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物価高の時代、バーミキュラが値下げできた“製造改善”とは?
2023年5月25日 08:05
世界情勢や為替、働き方改革など様々な要因により、多くの領域で値上げラッシュが続いている。中でも大きいのが電気代やガス代などの燃料代。これらは製品開発、製造から物流まで多くの企業の活動にもダメージを与え、数多くのメーカーが値上げを発表している。
そんな中、愛知県名古屋市に本拠地を置く、精密加工が特徴の調理器具や家電を手掛ける愛知ドビーは、2023年4月3日よりバーミキュラ(Vermicular)ブランドの製品、及びサービスの価格改定を実施。なんと最大25%(多くは10%)の値下げに踏み切った。
一例として、人気のフライパン(26cm)は旧価格18,590円から、新価格は16,830円になる。オーブンポットのマットブラック(22cm)は旧価格35,090円から、新価格は26,400円へと約25%の値下げに。炊飯器ライスポット ミニ(3合炊き)は旧価格78,430円から、新価格67,760円となった。これ以外にも多くの製品やサービスが値下げされている。
各種コストが膨れあがっているこの時期になぜ値下げができたのか? 愛知ドビーの代表取締役副社長 土方智晴さんによれば、品質を落とすことなく、むしろ要となる鋳物の品質を高めるなど、大胆な改善を行なったという。どのような工夫がなされたのかお伝えしたい。
独自技術を活かして今のホーロー鍋を生み出した
愛知ドビーは1936年に愛知県名古屋市で誕生した老舗の鋳造メーカーだ。もともとは鋳造技術を活かしてドビー織物を織るための織り機を製造していた。その後、国内の産業が変化する中で、自動車や船舶関連の部品を作る下請け工場となっていった。2010年に、自社技術を活かして生み出したのが鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」だ。
その後、フライパンや家電製品である「バーミキュラ ライスポット」など多くの調理関連製品を展開しており、多くのファンからの支持を集めている。実はバーミキュラも、'22年4月4日に原材料・資材および物流費等の大幅な高騰を理由として各製品10%の値上げを行なっている。
このときの価格改定に関して土方智晴さんは、「鉄を溶かす電気炉の電気代は2倍近くなりましたし、鋳物の素材となる銑鉄やニッケル、ライスポットの半導体まですべてが値上がりしていました」と説明する。
2022年は円安が急速に進んだことや、世界的な半導体不足も発生。これらは小さな製造業者をも襲った。なかでも、半導体は50倍にまで値上がり。1台売れるたびに赤字になる逆ザヤの状態になっていたという。このため、やむを得ず値上げの判断をしたそうだ。
13年目、初めて原材料から見直すことに
'22年4月に価格改定の発表を行ない、6月から値上げしたバーミキュラ。しかし、1通のユーザーからの声で土方智晴さんの考えは大きく変わる。
「お客様からくるメールはすべて目を通しているのですが、その中に『こんなに高くなったらもう買えません。企業努力も大切ですよ』って書いてありました。こちらとしてはめちゃくちゃ努力して、苦渋の選択をしたつもりでしたが、そう思われてしまうのだと。嫌な思いをしました。ただ、時間が経つと本当に死にものぐるいで努力したかな? って考えるようになりました」(土方さん)
バーミキュラの代表的な製品であるオーブンポットの場合、鉄を始めとする材料を決まった順番、量で配合して鋳物にしていく。この工程は非常にバランスが難しく、少しバランスが狂うだけでうまくいかないとのこと。このため、製造工程の効率化や改善は行なうものの、要になる部分は13年前にバーミキュラを開発したときからあえて変えないように守ってきたという。お客様からのメールをきっかけに土方智晴さんはここに手を付けることにした。
「鋳造の部分はこれまでも変えていないつもりでも何かが少し変わるだけで不良率が上がるようなところでした。しかも鋳物がうまくできていないと精密加工もホーローもうまくいきません。ずっと変えないできたこの部分を1から考えてみることにしました」(土方さん)
コストを下げるために、鋳物の原材料や配合、中でも高価なニッケルの配合量や電気炉の温度を見直したり、試行錯誤を繰り返した。鋳物作りは社長が担当しているが、それ以外の部分も全社一丸となってのコスト削減を行なった。家電量販店や百貨店などの店頭に置いていたパンフレットもデジタル化していった。
中でも最も大変だったのはやはり鋳造の部分だった。精密加工もホーローも鋳造のできに合わせて調整されているため、鋳物が変わると全て変わってしまうという。しかし、いいこともあった。13年間製造してきたことにより、職人たちにも知見やノウハウが蓄積されており、様々な改善案が出てきた。
さらに鋳造から見直したことでできあがった鋳物の品質がアップし、精密加工工程における研磨の段階も減らすことができたそうだ。台数は非公開だが月産台数も増やせたという。
25%の値引きを実現した「工程の見直し」
全社一丸となったコストカットへの取り組みにより、'22年に値上げした10%を削減することができた。さらに「画期的な製造改善が可能となった」というマットブラックのポットについては、ホーロー工程の見直しによって、値上げ前の価格よりも安い25%の値下げを実現した。
「ホーロー工程ではホーローを吹き付けて焼くというのを3回繰り返しています。ただ、マットブラックに関しては2回吹き付けて1度に焼成できる“ウェットオンウェット”ができるようになったので、コーティング量は同じですが計2回の焼成でできるようになりました。このため、約25%の値下げを実現することができました」(土方さん)
近年は特に、様々なものやサービスの値上げが進んでいる。資源などのコストが上昇する中で適正価格になるのは当然のことなので、値上げ自体の否定はできない。ただし、なかには便乗値上げに見えるような例もある。そんな中で土方さんは「ものづくりの会社として改善力を活かすことで、値段をもとに戻すことができた」と語る。
バーミキュラの鍋やフライパンは一般の製品と比べると高価だ。それでも同社は「ラグジュアリーブランドを作りたいわけではない」という。今回は製造工程を全面的に見直し、全体としての赤字、逆ザヤを解消しながら値下げを実現した形だ。
ブランドを守るため、存続させるための苦渋の選択として値上げに踏み切るという道も当然ある。その一方で、同じくブランドを守ることを目的に値下げを選ぶ。これは称賛されるべきだろう。バーミキュラのこの決断は単なる値下げにとどまらず、ファンと寄り添っていくブランディングを示した動きといえる。