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実は元祖だった!? 日本のe-bikeを先取りしてきた国産ブランド「XROSS」とは?

2013年に発表され、翌年から販売が開始されたXROSSの「B1h」。ロードバイクタイプのe-bikeの先駆け的な存在で、13.5kgという軽さを実現

近年のe-bikeは、海外の大手自転車メーカーも力を入れるようになり、一気に選択肢が広がりました。スポーツ自転車で有名なブランドからも数多くリリースされており、古くからの自転車ファンにはうれしい限りでしょうが、もともとは日本で生まれた乗り物だけに、海外ブランドばかりが目立つのは、ちょっと寂しく感じることも。ただ、国内にも小規模ながらユニークなe-bikeをリリースしているメーカーが少数ながら存在します。

その中でも、個人的に注目してきたのが「XROSS(クロス)」というブランド。現在もアルミフレームながら軽量で運動性能の高い「DX612」などのe-MTBをリリースしているので、知っている人も多いかもしれません。実はこのブランドは、e-bikeという言葉がまだ一般的になる前から、ロードバイクタイプの軽量なe-bike「B1h」を手掛けていました。

XROSSブランドを運営しているのはライフサイズモビリティという会社。代表の近藤 修五さんは、長くホンダの技術研究所で電気自動車(EV)や燃料電池車などの研究開発に従事していた人です。経歴もユニークな近藤さんに会社を立ち上げた経緯や、ユニークな製品を生み出し続ける理由、e-bikeの持つ可能性などについて話を聞いてみました。

ライフサイズモビリティ代表の近藤さんにe-bikeについて取材してきました

e-bike前夜の先駆け的な存在だった「B1h」

近藤さんが現在の会社を立ち上げたのは2011年のこと。ライフサイズモビリティという社名のとおり、ミニマムなエネルギーで移動できる等身大の乗り物を作ることで環境問題や社会に貢献したいという思いからでした。

「ホンダには約35年間在籍して、1990年代からEVの開発を担当していました。当時、将来的には地球環境や社会状況はこうなるだろうという未来予想図があったのですが、今振り返ってみると、だいたい予想どおりになっています。CO2が増えて気候変動が起きるとかですね。その状況に対して、できることを考えたときに最小限のエネルギーで移動できるモビリティを作ることだと思ったんです」

そうした移動手段として有望だと考えたのは電動アシスト自転車でした。当時は、ロードバイクブームが盛り上がっていた頃。そこに電動アシストを加えたら……というのが「B1h」のコンセプト。ただ、当時はまだe-bike専用ドライブユニットはありませんでしたから、入手可能なもので作る必要がありました。

「ヤマハやパナソニックは電動アシスト自転車を作っていましたが、唯一使えたのはサンスター製だったので、それを使用してコンセプト設計をしました」

設計でもっともこだわったのは、早く快適に走れること。これを実現するためにロードバイクを選択しました。バッテリー容量を極力、車体重量は13.5kgに抑えました。当時の電動アシスト自転車はバッテリーがどんどん大型化して25kgを超えていましたが、近藤さんはEV開発に携わっていた経験から「バッテリーの大型化は運動性能を損なうデメリットが大きい」と考えたそうです。

「国内の法規ではアシストできるのは24km/hまでと定められているので、それ以上の速度域で巡航することができれば、バッテリー容量を抑えることができます。平坦な区間は軽さを活かして24km/h以上で巡航し、坂道や信号待ちからの発進時だけアシストが使えれば、疲労を抑えて長い距離を楽に走れるのではないかと考えました。ロードバイクの軽快さも損なわれずに済みます」

ロードバイクの軽快さにこだわってバッテリー容量を抑えて、車体重量にもこだわったという

ロードバイクらしいスマートなスタイルで、重量増を最小限に抑えた「B1h」はお披露目と同時に大きな注目を集め、多くの問い合わせが寄せられたとか。実は筆者も当時お借りして乗らせてもらったのですが、確かにロードバイクらしい軽快な走りを味わいながら、上り坂などではアシストによって楽ができるという乗り味で、新しい乗り物だと感じたことを覚えています。

そして「B1h」の発表から3年後、ヤマハが初めてe-bikeという名称を使ってロードバイクタイプの「YPJ-R」をリリース。e-bike専用のドライブユニットを採用したことでも注目を集めましたが、バッテリー容量を最小限に抑え、重量を軽くするというコンセプトは「B1h」と共通のものでした。自分のコンセプトが間違っていなかったと確信することもできました」と近藤さんも当時を振り返ります。

「B1h」と同時に、アシストがなく太いタイヤを履いた「B3」というモデルも発表されていました。当時のタイヤは細いほうがいいとイメージに対するアンチテーゼでした
「B1h」と「B3」のコンセプトをかけ合わせ、太いタイヤを履かせた「B3h」というコンセプトモデルも作っていたとか。今流行りのグラベルe-bikeを先取りしたようなコンセプトです
2016年には「B1h」も細部をブラッシュアップし、第2世代へと進化。車体重量は13.0kgとさらなる軽量化を実現

シマノ製ドライブユニットの登場でe-MTBもリリース

「B1h」が大きな注目を集めたこともあり、「ロードバイクタイプの次はMTBタイプを作りたい」と考えた近藤さん。ただ、実際に製品化されるまでには4年の歳月が必要でした。

「まず、B1hで使っていたサンスター製のドライブユニットでは、山の中を走るMTBにはパワーが足りませんでした。この課題はシマノやボッシュがe-bike専用ドライブユニットをリリースしてくれたことで、大きく前進しましたね。e-bike専用に設計されたことで、従来の電動アシストユニットとは別物と言っていいほど走行性能とフィーリングが向上しました」

さまざまなドライブユニットを検討し、最終的に選んだのはシマノSTEPS「E8080シリーズ」でした。「このドライブユニットの登場でそれまで思い描いていたものが具現化できた」と近藤さんは語ります。

シマノSTEPS「E8080シリーズ」を搭載するフルサスe-MTB「DX612」が2020年に登場。価格は566,500円で。電動コンポーネントを採用した「DX6Di2」(価格682,000円)も同時にリリースされました

ドライブユニットの特性は、各メーカーによって異なりますが、フレームの設計は自転車メーカーなりの個性が出てくる部分。XROSSのフルサスモデル「DX612」は、コンパクトなトライアングルフレームを採用しています。これは、ドライブユニットとバッテリーというe-MTBにおける重量物をできるだけ重心の回転軸に集めるための工夫。この設計によって、軽快なハンドリングを実現しています。

中央の三角形を小さくしたコンパクトトライアングルフレームは、ドライブユニットとバッテリーを縦に並べ、重心の回転軸に集めるための設計

「B1hでは、重量の数値はかなり軽くできたのですが、ダンシングで左右に車体を振ると重さを感じるという声もありました。MTBはロードバイクよりも車体を振り回すシーンが多いですから、その動きの中での軽さも実現したい。そのために重量の集中化を図りました。フレーム中央部の三角をコンパクトにすることで、高剛性化も同時に実現できました」

「DX612」はアルミフレームですが、22.2kgというカーボンフレーム並みの軽さを実現。しかも、実際に乗ってみるとスペックの重量以上に軽く感じます。特に曲がる際など車体を左右に倒し込む動作が軽いのは、設計時の狙いどおりということでしょう。

実際に試乗した際も、アルミフレームのフルサスモデルとは思えないほどの軽さが体感できました
バッテリーが外付けとなっているのも軽さのため。3面を覆うインチューブにしようとすると、その分フレームが重くなってしまうという

驚かされるのは、こうした基本設計を近藤さんはほとんど机上で計算しながら行なっていること。もちろん、実際にフレームを製作してからも、細部を作り直したりしているそうですが(DX612のフレームは4回ほど作り直しているとか)、基本設計には変更は加えておらず、自動車の設計で培ったノウハウが自転車作りにも活かされているようです。

幅広いバリエーションモデルを揃える

XROSSの特徴の1つが、小規模メーカーでありながら実に9種類ものバリエーションモデルを揃えていること。基本は車名に「6」の数字が入るフルサス系と、同じく「5」が付くハードテイル系の2ラインですが、アドベンチャータイプのハンドルが装備される「A」の付くモデル、そしてシマノSTEPS「E5080シリーズ」のドライブユニットを採用した「AX」で始まるモデルが選べます。

ハードテイルのモデルには写真の「DX512」(価格482,900円)のように「5」の数字が付く
アドベンチャータイプのハンドルを採用したモデルには写真の「DX612A」(価格566,500円)のように「A」の文字が入る

「ユーザーさんから『こんなモデルはないの?』と言われることがあったので、フレームとドライブユニット、そしてハンドルやコンポーネントの組み合わせを選べるようにしています。それができるのは、フレームやドライブユニットを揃えておいて、組み立ては全部自分たちでやっているからでもありますが」

最近はe-bikeの品薄状態が続き、お目当ての仕様のモデルに在庫がないようなことも少なくありませんが、オーダーを受けてから組み立てる方式なら、希望の仕様がないということも起こりにくくなります。

また、2021年からシマノSTEPS「E5080シリーズ」搭載モデルを用意した理由について、近藤さんは「少しでも購入しやすい価格のものを用意したかったから」と話します。

「スポーツセッティングの『E5080H』と呼ばれるタイプが追加された際に使ってみたら、検討中の「旅バイクコンセプト」に合ったドライブユニットでした。コンポーネンツとの組み合わせで価格を10万円くらい抑えられますし、重量も1kgくらい軽くできるので、同じフレームにこのドライブユニットを搭載したモデルも用意しました」

シマノSTEPS「E5080シリーズ」のドライブユニットを採用したフルサスe-MTB「AX611」は460,900円という価格と、21.1kgという軽さが魅力

パーソナルモビリティとしてのe-bikeの優位性

近年は電動キックボードのシェアリングなども登場し、3輪や4輪のパーソナルモビリティも注目を集めています。将来的には、そうした乗り物も制作したいという近藤さんですが、e-bikeにはこうした新しいモビリティと比べてもアドバンテージがあると感じています。

「自転車という多くの人が馴染みのある乗り物をベースとしているので、乗り方や使い方がある程度知られています。海外ではセグウェイなども普及してきていますが、交通システムの中にどう組み込んで行くかは段階を踏む必要があります。その点、e-bikeはルールやマナーも含めて市民権を得ているので、日々の生活に受け入れられやすいと思います」

そんな近藤さんが、次に製作したいと考えているのは、生活で使われるe-bikeやカーゴバイクなどの“働くe-bike”とのこと。

「子供を乗せたり買い物に使ったりするお母さんたちは自転車をすごく活用していますからね。もう少しオシャレで雨でもあまり濡れないようなものができれば、使いたいと思ってくれる人も多いのではないかと考えています」

XROSSでは2016年に「A1」というアシストのない街乗り自転車を開発。フレームにアタッチメントがあり、バスケットなどのオプションが装着できた。こういうコンセプトのe-bikeがあったら乗ってみたいと思う完成度

近年は50ccの原付一種の販売台数が激減し、地方などでは代わりにクルマを使う人が増えているようですが、そこをe-bikeで置き換えることができればCO2削減にも(そして乗る人の健康にも)効果が見込めます。免許証自主返納に伴って高齢者の移動手段がなくなる問題も指摘されますが、転倒しにくいe-bikeがあれば、その課題にも対応できるかもしれません。近藤さんが3輪や4輪のe-bikeにも興味をもっているのはそういう理由だとか。

「やりたいことはたくさんあります。現行のe-MTBももっと運動性能を上げたり、ほかのドライブユニットも使ってみたいですし。最近はe-bikeも海外ブランドに押されていますが、日本で生まれた乗り物ですし、置いて行かれないように良いものを作り続けたいと思います」

今後も登場してくるXROSSの新モデルが楽しみになります。

増谷茂樹

乗り物ライター 1975年生まれ。自転車・オートバイ・クルマなどタイヤが付いている乗り物なら何でも好きだが、自転車はどちらかというと土の上を走るのが好み。e-bikeという言葉が一般的になる前から電動アシスト自転車を取材してきたほか、電気自動車や電動オートバイについても追いかけている。