藤本健のソーラーリポート
杉並区が区内の小中学校に太陽光発電システムを配備した理由とは
by 藤本 健(2013/11/18 07:00)
杉並区全ての区立小中学校に太陽光発電システムを配備
今年7月、東京都杉並区がすべての区立小中学校に太陽光発電システムを配備するという記事が朝日新聞に掲載された。災害時に学校が避難所となった際に利用するのが目的で、東京23区では初の試みで、全国的にも珍しいそうだ。2014~16年度の3年計画で、区立小中学校66校の屋根に太陽光パネルと蓄電池を設置するために、3億円の予算を確保したとのこと。非常に先進的な取り組みだと感心する一方、1校あたり500万円弱の予算で、どれだけのことができるのかも気になるところだ。今回は、杉並区役所・環境部に伺って話を聞くとともに、モデル校となっている荻窪小学校を見学してきたので、レポートしよう。
これからのエネルギー政策は地域分散型にしていく必要がある
杉並区役所で対応してくれたのは、環境部・地域エネルギー対策担当課長の木浪るり子さん。
「3.11の東日本大震災を経験し、大規模集中型エネルギーシステムに過度に依存した都市の生活が、災害に対していかに脆かったかというのを実感しました。中でも原子力発電所の事故に伴う電力需給の逼迫は、計画停電や37年ぶりの電力制限令の発動を招くことになり、社会経済活動に重大な影響を及ぼしました。人工呼吸器使用者が危機に瀕する事態が起きたり、信号機が消えてしまったため、お巡りさんのいないところでは事故があったようです。八王子では発電機を室内で使ったために一酸化炭素中毒で亡くなったという話も聞きました。夏にはお年寄りが無理な節電をして熱中症で亡くなったということもありましたし……。そうした状況を見て、区でもできる施策があるはずだ、と『杉並区地域エネルギービジョン』というものをまとめました」
と、木浪さんが見せてくれたのが、平成25年6月発行となる2つの冊子。
「国としてもエネルギー政策を進めてきていますが、やはり一極集中のエネルギー供給では震災のようなことが起きたときに対処できません。やはり地域分散型にしていく必要があると考えています。大規模災害が起きても困らないよう整備をしていく必要があります。もちろん、困らないといっても普段のような生活ができるわけではありますが、最低限のことが実現できるよう、多角的に取り組んでいるのです」
その杉並区が描く街の将来像を絵に表したものが以下のマップだ。
これを見ると、今回の本題である区立学校に太陽光発電、蓄電池を設置することのほか、区役所に太陽光発電やコジェネ、電気自動車を整備すること、清掃工場の熱で発電したり、廃熱を有効利用すること、集合住宅や病院・福祉施設に太陽光発電を設置すること……と、さまざまなアイディア、計画が盛り込まれている。
「区立の小中学校に太陽光発電や蓄電池を設置するのは、すべての小中学校を救援避難所として指定しており、いざというときに、住民のみなさんが避難してくる場所だからです。災害が起きて避難してきたときに、真っ暗な体育館で、情報もなく……というのでは非常に不安です。従来も明かりを灯すためのぼんぼりは用意していました。灯油を焚いて72時間使えるという用意ですが、72時間過ぎたらどうしようもありません。また、ぼんぼりを灯すのは入口だけ。中はやはり真っ暗です。そこを克服するために太陽光発電の装備を導入しようとしているのです」と木浪さんは話してくれた。
小規模ながら、あるとないとでは大きな違いが生じる
そもそも1校あたり500万円程度の予算で太陽光発電と蓄電池を導入するのであれば、、せいぜい5kW程度のパネルしか導入できないだろう。5kWといったら家庭1、2軒分の電力にすぎないが、これだけの電気で避難してくる数千人の人を支えることができるのだろうか?
「蓄電池には3.2~6.6kWh程度のリチウムイオンを入れることを検討しており、そこに費用がかかるため太陽電池のほうは各校4kW程度となります。話を聞いたところ、4kWの太陽電池に3.2kWhのバッテリーというのがバランスがいいとのことだったので、そのくらいのシステムを導入することになります。とはいえ、これで全員が快適になるような電力が得られるわけでは決してありません。それでもぼんぼり1つの現状と比較すると、夜間の照明を何日間も持続できるということだけでも大きな進展ではないでしょうか。また、情報がないことでパニックが生じやすくなると聞いています。体育館の中にテレビ、ラジオ、そしてパソコンが1つずつでもあれば、大きな助けになるのではないでしょうか? 携帯の充電も5つだけではありますが、利用できるようにする予定でいます」(木浪さん)
なるほど、この電力では全員が満足できるようなものには程遠いけれど、あるとないのでは大きく違うことも確かだ。
新聞には2014年~2016年までの3か年計画で設置と書かれていたが、木浪さんによると杉並区地域エネルギービジョンは2021年度までの計画とのことなので、時間はもう少しかかりそうだ。ただ、なるべく早いうちに設置はしていくと話していた。
「太陽光発電の場合、ただ一律に設置というわけにもいきません。校舎や体育館の方角がどちらを向いているのか、影にならないのかなど、学校ごとの状況を踏まえて、順番に設置していく形になります。ただ、中には屋上緑化をしている学校もあるので、そうなった場合、どこに設置するかが難しいところですね。ただ、すでに6校では設置済みであり、先進的な取り組みをしているところもあります」と木浪さん。その6校のうちの1つが、杉並区立荻窪小学校だ。
まるごとエコスクールとして徹底的なエコ配慮を行なう荻窪小学校
荻窪小学校は1931年開校という歴史ある学校だが、2009年に新校舎を完成させ、そちらに移転している。
この新校舎の移転改築にあたって、10.6kWの太陽光発電システムの設置をするとともに、これまでも区が積極的に取り組んできた校舎屋上・壁面の緑化や校庭の芝生化、通風・換気による排熱などの省エネ・省資源型の校舎作り、地中熱を利用した換気システム(クールヒートトレンチ)、外断熱や複層ガラスの装備を行なうなど、徹底した工夫を行ない、「まるごとエコスクール(環境共生型学校)」として計画されたのだという。
杉並区地域エネルギービジョンよりも先に作られたため、まだ蓄電池は設置されていないが、実際どのような設備が備えられているのか、訪ねてみた。
案内してくれたのは副校長の吉田暁子先生。先生について屋上にドアを開けると、ここには屋上プールがある。景色もよく、新しいからか、まるでホテルのプールのような雰囲気だったが、このプール遮熱効果を発揮するのだとか……。その脇に行くと、ズラリと28枚の太陽電池パネルが並んでいる。京セラ製の多結晶太陽電池で、環境の授業の際には子供たちもこれを見にくるという。
太陽電池はもう一カ所設置されている。それは3階の教室から出られるバルコニーの屋根に設置されているシースルータイプの太陽電池パネルだ。この両方を合わせて10.6kWとなっているのだ。
残念ながら当日は故障中であったが、1階のホールには大きなテレビを使ったモニターが設置されており、時間ごとの発電量や天気と発電の関係などが表示され、誰でも見れるようになっている。
なお、ここで発電した電気はすべて校舎内で使うようになっており、売電のシステムにはなっていない。これについては、今後、杉並区内の各学校に設置されるものも同様とのことだった。
屋上緑化やクールヒートトレンチなど太陽光発電意外にも様々な取り組みを
一方、荻窪小学校では屋上緑化も積極的に取り組んでおり、これも大きく2カ所に設置されている。
「ここに芝生を植えているので、とくにメンテナンスもしなくて大丈夫だと思っていたのですが、最近雑草がかなり生えてしまい、ここから花粉が飛ぶと近所からクレームが来てしまいました。職員で雑草を抜くなどの対応をしていますが、この辺が難しいところでもあります」と吉田先生は話す。
また、非常にユニークなのが、地中熱利用のクールヒートトレンチというシステム。
これは図のように外気をいったん地中を通して冷やし、それを地下を経由して、校舎の上の階へと柱を通じて上げていくというもの。確かに廊下部分にはちょっと変わった円柱のようなものが立っているが、これで校舎内を冷却する仕組みになっているのだ。
さらに、窓を手で開け閉めしなくても、効率よく換気し、夜間の涼しい風を取り入れるための自然換気・ナイトパージという仕組みも導入されている。風量や温度をチェックしながら、風が吹くと窓がパタパタと開いたり、閉まったりするもののようだが、これらによって夏場はかなり涼しくなっているそうだ。
今後、太陽光発電が導入される学校のすべてが、このように徹底したエコスクールになるわけではないが、こうした学校が増えていくというのは、やはり心強く感じられる。もちろん、いざということなど起きて欲しくはないが、これらの装備でどこまでのことが実現できるのかには期待したいところだ。