そこが知りたい家電の新技術

韓国でルンバよりもLGの「HOM-BOT」が売れている理由

LG Electronicsのお掃除ロボット「HOM-BOT」。韓国では日本で展開していないカラーも用意する

 韓国大手の家電メーカー、LG Electronicsについてレポートしている。後編では、日本でも販売しているLG Electronicsにお掃除ロボット「HOM-BOT」について、レポートしよう。開発担当者、技術担当者に話を訊いたほか、韓国・釜山にあるHOM-BOTを作っている工場にも行ってきた(残念ながら、工場の中は撮影NGだったが……)。

 LG Electronicsが実際どういう製品を展開しているのか、今後の戦略についてなどをまとめた前編は→コチラから。

丸かったものを四角にした理由

HOM-BOTは、一般的なお掃除ロボットとは異なり、本体形状は正方形を採用する

 「HOM-BOT」の一番の特徴、それは丸ではなく、四角いということ。日本でもよく知られるルンバや、シャープのココロボ、東芝のスマーボ、いずれも形は円形で統一されている。それは、「自分で勝手に動く」というお掃除ロボットならではの理由からだ。例えば椅子の下に入り込んでしまった時、四角よりも円形の方が引っかかりがなく、脱出しやすい。また壁や家具にぶつかった時のダメージも四角より円形の方が少ないだろう。

 それでもLG Electronicsは丸ではなく四角を選択した。

 「LGでも、最初は丸いお掃除ロボットを作っていました。LGでは、2003年に初めてお掃除ロボットを発売してから、コンスタントに新モデルを発表し続けています。形が四角くなったのは、2013年モデルからなんです」と、開発担当者のSimon Yoon氏は言う。

開発担当者のSimon Yoon氏

 形を変えた理由は1つ「ニーズがあったからです」

 「これまでになかった新しいタイプの製品ということで、お掃除ロボットに対するユーザーの期待値は当初かなり高かったです。しかし、実際に使い始めてみると、お掃除ロボットだけでは掃除が完結しないと感じるユーザーが多く、お掃除ロボットのほかにもう1台掃除機を用意していました。特に、不満が多かったのが、コーナーの掃除です。我々はその現状を打破するために、今まで丸かったお掃除ロボットを四角くするための技術開発を進めました」

 形を全く変えてしまうのだから、相当なチャレンジだっただろう。

 「確かに椅子の下などの複雑な形から脱出するには、円形がベストだと思います。そこで我々が考えたのが、本体の上と下両方にカメラをつけることです。室内をしっかり検知すれば、本体がどこかに入り込んでしまう可能性が少なくなる。また、業界で初めて、アルゴリズムも搭載しました。たとえばどこの掃除で手こずったのか、掃除するたびに学習するので、より効率的な掃除が可能になります」

 形を変えることで生まれる不利を技術で補ったというわけだ。HOM-BOTにはほかにも、様々な機構を搭載する。例えば、前方についている3つの超音波センサー。超音波を用いることで、透明なガラスも認識し、ぶつかることがない。

 「HOM-BOTのコンセプトは“Working smart”。とにかく賢く掃除することを目指しました」

LG electronicsでは、2003年からお掃除ロボットの販売をスタート。当初は円形だった
ユーザー調査ではお掃除ロボットのパフォーマンス、コーナーの掃除などに不満が集中した
本体前方には3つの超音波センサーを搭載する

テレビを見ながら使えることを目指した

 HOM-BOTのもう一つの大きな特徴が音が静かなことだ。しかし、そもそもお掃除ロボットの運転音が小さい必要があるのだろうか。筆者は、お掃除ロボットのヘビーユーザーだが、使うのはいつも外出中。そのため、運転音に対して不満を抱いたことは一度もない。

 「確かに、お掃除ロボットのそもそものコンセプトはそうです。しかし、外出中に使って、本体にコードが絡まってしまったり、やり残しがあったりするので、自分がいる時に、本体の様子を見ながら使いたいというニーズがありました。そこで、我々が考えたのが、テレビを見ながら使えるお掃除ロボットというコンセプトです。これは、トップから直接の指示があって、進めたプロジェクトです。掃除機の運転音で一番気になるのは、モーターの駆動音です。HOM-BOTでは、強いトルクがなくてもゴミを吸い込みやすい設計にしました。一般的なお掃除ロボットでは、本体に6つのモーターを搭載しています。その分、電力も使うわけです。HOM-BOTでは、ゴミの吸い込み経路を短くしたことで、モーターの数を4つとしました。これまで、サイドブラシに1つずつあったモーターを廃止し、メインブラシと2本のサイドブラシを1つのモーターで動かしています。モーターの数が少なくなったことで運転音の低減にもつながりました」

本体裏側。両サイドのサイドブラシと中央のメインブラシを1つのモーターで駆動しているという
HOM-BOTのダストボックスは、メインブラシのすぐ上に備えられている
ダストボックスを取り出したところ。HEPAフィルターが採用されている

 モーターの数を少なくしたことで、パワー不足はならないのだろうか。

 「お掃除ロボットは、充電式の掃除機です。コード付きで、常に電気が送られてくる掃除機に比べるとパワーは当然ながら、劣ります。例えば、一般のコード付き掃除機のパワーをお掃除ロボットで再現しようとしたら、その駆動時間は5分ともたないでしょう。そこで、私達が考えたのが、ゴミを吸ってからダストボックスまでの経路をなるべく短くするということです。例えばルンバはダストボックスが本体の後ろに設けられていますが、ということはゴミを本体後ろまで持ってこなければならない。HOM-BOTは、ダストボックスを吸い込み口の真上に配置することで、エネルギー損失を最低限に抑えています」

 形を変えたことで、実際のセールスにはどう影響したのだろう。

 「我々が思った以上の反響がありました。韓国国内、オーストラリアなどではルンバを抜いて、トップシェアを獲得しています。ヨーロッパのセールスも順調です」

 現在はルンバ以外にも様々なお掃除ロボットが販売されている。それらの製品とHOM-BOTの違いはなんだろう。

 「確かに最近はお掃除ロボットのラインナップがかなり充実してきています。中には価格がかなり安い製品もあります。しかし、HOM-BOTはあくまでプレミアム路線を貫きます。価格を下げて、品質を下げるよりも、納得してもらえるだけの機能性を搭載して、価格を維持していくつもりです」

複数の部屋を掃除するにはマッピングがベター

 HOM-BOTのコンセプトを理解したところで、実際の技術はどんな仕組みになっているのか、釜山にある工場で技術を担当しているByung Doo Yim氏と、Bongju Kim氏に話を伺った。

韓国・釜山にあるLG electronicsの工場。残念ながら工場内の撮影はNGだった
敷地内には、創始者・In-Hwoi Kooの銅像も
技術を担当しているByung Doo Yim氏(右)と、Bongju Kim氏(左)

 まず聞いたのは、HOM-BOTのマッピング技術について。お掃除ロボットは様々な方式があるが、たとえばルンバではランダムに動くのが特徴だ。室内を何度も往復しながら、同じ場所を何度も掃除することで、ゴミをしっかり取り除くのがルンバの方式。掃除に時間はかかるが、同じ場所を何度も掃除するので、ゴミの取り残しが少ない。

 一方、HOM-BOTは、室内をマッピングして、部屋の隅から順に掃除する方式。進路はまっすぐで、ルンバのランダムな動きとは全く違う。

マッピング技術ではHOM-BOT自身が部屋のどこを掃除したのか、どこを掃除していないのかを理解している

 「マッピング技術では、HOM-BOT自身が部屋のどこを掃除したのか、どこを掃除していないのかを理解しています。例えば、やり残したところがあれば、そこまで迷いなくまっすぐ進んで掃除することができます。ランダム方式と比べて一番の長所は、複数の部屋も全て掃除することができる点でしょう。本体上部のカメラで、室内の4つの角を全て検知して、それぞれトライしていくので、部屋のドアが開いていれば必ず、次の部屋に行くようにプログラムされています。1回の充電で約1時間の連続運転が可能ですから、150平方m程度の部屋まで掃除できます」(Byung Doo Yim氏)

 しかし、ランダム方式を採用しているメーカーでは、一度の掃除ではゴミを取り切れないと主張している。HOM-BOTでは一度通過しただけで全てのゴミを取り切ることができるのだろうか。

 「8割以上のゴミは一度の通過で取り除くことができます。しかし、それでは不安という声があったので、充電がなくなるまで何度も掃除をし続けるリピート機能というのを搭載しています。またカーペットモードやカーペット専用ブラシなど、用途に合わせたモードも用意します」(Byung Doo Yim氏)

今年だけで8回のアップデートを実施

 開発サイドだけでなく、技術者もユーザーニーズを常に考えているのがよく分かる。

 「ユーザーの不満を吸い上げることをとても大事にしています。それらのニーズは、マッピングやアルゴリズムなどのファームウエアのアップデートですぐに反映しています」(Bongju Kim氏)

HOM-BOTのUSBポート

 HOM-BOT本体には、USBポートが用意されており、パソコンでファームウエアをダウンロードすることで、簡単にアップデートが可能だという。驚くのは、その頻度だ。

 「今年だけですでに8回のアップデートを行なっています。今は、LGのホームページ経由でのアップデートになりますが、アップデートの情報をスマートフォンで確認して、Wi-Fiでアップデートできるような仕組みを今開発中です。ただ、特にヨーロッパでは個人情報に敏感な人が多いので、これらの仕組みが一般化するのはまだ先だと思います。まずは韓国国内、その後日本などアジアで展開してからになるでしょう」(Bongju Kim氏)

 これまで当たり前だと思っていた形をイチから作り直すというのは、開発者、技術者にとってかなりハードルの高い挑戦だっただろう。筆者も正直、「ほかのメーカーが円形にしているのにはそれなりの理由があるはず。それを四角にするなんて、独自性を訴えたいのだろう」と思っていた。しかし、インタビューを通して、何度も出てきたのは「ユーザーのニーズを大切にするということ」。

 自分たちの哲学や方法を重視するのではなく、ユーザーのニーズを一番に考え、かつスピーディーに製品に反映するというやり方は、日本メーカーが見習うべき点があるかもしれない。

 前編/ 後編

阿部 夏子