そこが知りたい家電の新技術

羽根がないのになぜ風は揺らぐ? パナソニック「スリムファン」に迫る

~秘訣は扇風機初の「流体素子技術」にアリ

パナソニックの“羽根のない扇風機”「スリムファン F-S1XJ」。風向きを変える板がなくても、風が左右に広がる点が特徴だ

 扇風機市場が盛り上がりを見せている。2009年末に登場した、ダイソンの“羽根のない扇風機”「エアマルチプライアー」を皮切りに、バルミューダの「GreenFan(グリーンファン)」、東芝の「Sient(サイエント)」など、実売で2万円以上する高級モデルが、次々と世に出ている。

 こうした高級タイプの扇風機に共通するのが「DC(直流)モーター」。従来の扇風機に使われているAC(交流)モーターよりも高価だが、ACモーターよりも細かい制御ができる点が特徴となる。消費電力が2Wや3W程度の風力を弱めた省電力運転もできるため、これまでの扇風機ではできなかった、そよ風程度のやさしい風が送れる点が特徴だ。

 そんなDCモーター扇風機市場に、今年新たな商品が加わった。パナソニックの“羽根のない扇風機”「スリムファン F-S1XJ」だ。

 “羽根がない”という点はダイソンと同じだが、デザインは大きく異なる。ダイソンは円状に空いた穴の外周から風が出てくるのに対し、このスリムファンは円柱状の本体の中央に空いたスリットから風が出てくるというもの。しかもその風は、「流体素子技術」というテクノロジーを用いることで、羽根やルーバー(風向板)もないのに左右に広がり、やさしく揺らぐような風を送るという。

 なぜ羽根がないのに風が広がるのか。流体素子技術とは何なのか。その秘密を探るべく、パナソニックの商品グループ リビングアプライアンスチーム 主事 鹿窪亮佑氏に話をうかがった。

扇風機ユーザーのほとんどは弱運転しか使わない

――今回のスリムファンは、いつごろから開発がスタートしましたか?

パナソニックのリビングアプライアンスチーム 主事 鹿窪亮佑氏

 2012年頃から検討を開始しました。背景としては、近年、扇風機の市場がとても広がっており、2011年の東日本大震災の後、扇風機市場は急激に伸び、2012年も節電需要が継続され、市場が伸長したことがあります。

 特に高単価、高付加価値の商品が伸びており、2011年から2012年の間では、販売価格が1万円以上のゾーンが倍以上に伸びています。当社では扇風機の2割が、実売8,000円以上の高付加価値商品になるのでは、と見ています。

――ダイソンやバルミューダ、東芝などと比べると、パナソニックはDCモーターを搭載した高付加価値の扇風機というジャンルでは後発ということになってしまいましたが……

 これまでDCモーターの扇風機が出せなかったのは、市場性を見極めさせていただいたというのが正直なところです。扇風機はもともと消費電力が少ない機器なので、DCモーターに変えたところで大きく節電できるかというと、費用対効果としてそこまで効果は得られないのでは、というスタンスでした。

 しかし震災以降、高付加価値の扇風機の市場がだいぶ広がっているということもあり、DCモーターの扇風機の開発をスタートしました。開発は、空気清浄機や加湿器、除湿機など空質関係の商品を担当するパナソニックエコシステムズ株式会社が行なっています。また、もともと旧三洋電機で扇風機を担当していたメンバーも携わっています。

――DCモーターの製品を開発するに当たって、重視した点はどこでしょうか

 新商品のコンセプトは、“やさしい風”、“長く当たっていても疲れない風”、“窓を開けた時にそよいでくる自然の風”を軸にしています。

 開発に当たってユーザーの使用状況を調べてみると、風量を最も弱い「弱」運転で使われている方が多く、全体の半分くらいに及びました。「中」運転を含めると、ほぼ9割の人が「弱」または「中」を使っている結果になり、普段使いの中では、やさしい風が求められていることがわかりました。長く使っていると、強い風は鬱陶しく感じられてしまいます。

 そこで、やさしく気持ち良い風とは何かを問うアンケートを行なったところ、「ソフトな風」、「やさしい風」、「身体全体に当たる風」という声が挙がりました。そこで、やさしい風、人に当たっても疲れにくい風を軸に開発しました。

「扇風機100周年」を飾るカッコイイ製品を

――最初から羽根のない扇風機を作ろうという話だったのですか?

スリムファンに先行して発売された、リビングタイプのDC扇風機「F-CJ329」。しかし、スリムファンはあえてこれ以上のスリムさにこだわったという

 いや、まずは従来の扇風機のような、リビングに置くタイプのDC扇風機を作ろうという話がありました(注:リビングタイプのDC扇風機は「F-CJ329」など2製品が、スリムファンに先行して発売された)。しかし、これだけでは話題性がないなと。

 実はパナソニックは、1913年に卓上型の扇風機を製造しており(編集部注:厳密にはパナソニックエコシステムズの前身企業である川北電気企業社)、2013年で100周年となります。記念すべき年に、当社としては初めてのDCモーターを採用した扇風機を投入するに当たって、新しいコンセプトの商品を提案しようということになりました。

 そこで、風のやさしさに加えて、デザインにもこだわりました。ユーザーからの声で、リビング扇は置いておくと邪魔、ダサいという声があったことが理由の1つです。扇風機は昔からデザインが変わっていないこともあって、どうしても“ダサい”というイメージがありました。

 ですが、ダイソンさんから羽根のない扇風機が出てきたことで、扇風機もカッコ悪いばかりではないというイメージが広がってきました。それなら、とことんスリムでかっこ良い扇風機を作ろうと。できるだけコンパクトに、できるだけスリムなものを目指そう、ということになりました。

ルーバーを採用しないことで、支柱部の直径が約7cmというスリムなデザインを実現している

 しかし、人にやさしい、自然のようなやさしく揺らぐ風を演出するには、一般的にはエアコンなどに導入されているルーバーという制御板が必要となります。それを入れてしまうと、どうしてもサイズが大きくなってしまいます。

 そんな中、社内の技術者から、ルーバーを使わなくても風が広げられる技術の提案を受けました。それが、今回採用した「流体素子」という技術です。扇風機で導入されるのは、恐らく業界ではこれが初だと思います。

羽根がないのに風が広がる流体素子技術の鍵は「圧力」

――その「流体素子技術」で風を広げる仕組みについて、詳しく説明していただけますか

スリムファンの風の吹き出し部。風が壁に沿って流れ、その向きが左右に変わることで、風を揺らしている

 スリムファンの基本的な動作は、本体下部の台座部から空気を吸い込み、その風を支柱に送り、支柱のスリット部から風を出すというものです。この風がスリットから出るとき、風はまっすぐではなく、左右どちらかの壁に引き寄せられて流れていきます。風が壁に沿って流れるこの性質は、「コアンダ効果」と呼ばれるものです。

 しかし、このスリットの出口付近では、圧力の変動が繰り返し起きています。風は圧力が高い方から低い方へ流れますが、圧力変動により圧力の高い部分と低い部分が左右交互に切り替わるため、風は左右に揺らぎます。風が片側に流れたら、今度はその逆側に風が傾きます。この圧力のバランスが絶えず繰り返されることで、やさしく揺らぐ風が送風できます。

――風が吹き出る際の圧力の高低が切り替わることで、風が左右に揺れているのですね。しかし、なぜ圧力の高低が切り替わるのですか?

スリムファンの支柱の断面モデル。支柱の外周を沿うように曲がりくねった風路「フィードバックループ」が、風を揺らす重要な機構となる

 この模型(左の写真を参照)をご覧ください。これはスリムファンの支柱部分の断面モデルですが、この外周にあるウニウニに曲がった風路「フィードバックループ」が、圧力の高低を切り替えるためのポイントとなります。

 先ほど、支柱から出た風が、コアンダ効果によって壁に沿って流れると説明しましたが、その際、風が流れ出ていない側の壁に、周りの風が支柱側に引きこまれたことによる風が入り込みます。この時、フィードバックループに風が取り込まれます。

 ループに取り込まれた風は、支柱をグルっと回り、反対側の壁、つまり風が流れ出ている側の壁から出ます。この時、吹き出し口付近の圧力が変わり、支柱から流れ出る風の向きが、逆方向へ変わります。

 すると、今度は先ほどと同様、風が流れ出ていない方の壁に風が引きこまれ、フィードバックループに取り込まれた風が逆側から出て、圧力が逆転します。

 この圧力変動が左右で繰り返し起きることで、風は永続的に揺らぎ、ルーバーなしでも広がる風が出ているというわけです。

スリムファンの風が揺らぐ機構を示す動画。圧力変動が左右で繰り返し起こるため、風が永続的に揺らぐという(音声なし)

――このループがないと、流れが切り替わらないということですか

 そうです。フィードバックループがないと、右か左かに寄った風が寄りっぱなしになります。ループがあることで、風が圧力のバランスを取ろうとするため、左右に揺れた風が出ます。この風の切り替わりは非常に高速で、1秒よりも短いタイミングで切り替わっています。目をつぶって顔に風を当てると、何となくわかりますよ。

 流体素子技術を使うことで、ルーバーを使わずに済むことはもちろん、直進風で一定の風を当たり続けるのに比べて、風の当たり方が柔らかくなるというメリットもあります。

スリムファンの風の揺らぎ方のイメージ図。まずは支柱から出る風が壁に沿って外へ流れるが、フィードバックループに流れる風が絶えず吹き出し部の圧力を変動させるため、ルーバーがなくても風は永続的に揺らぐ

 もともと技術側では、流体素子の技術が何かに使えないかと考えていたようです。一方で我々マーケティング側でも、スリムな扇風機を作りたいという想いがあり、それが合致しました。はじめはもっと太くてボテッとしたものでしたが、もっとスリムに、もっとスタイリッシュにということで、直径7cmという細さになりました。

――最初に本製品を見た時、送付口が前だけでなくて後ろにもあれば面白いのかなとも思いましたが、そうするとフィードバックループがなくなるので、難しそうですね

 そうですね。フィードバックループがなくなると、左右に揺らぐ風が出せなくなります。

流体素子によるやさしい風に「こんなに気持ち良い風があるのか」

――流体素子のメリットはわかりましたが、逆に流体素子を使うことによるデメリットはありますか

 デメリットとしては、風の出口を細くすればするほど、風切り音がしてしまう点があります。実際、風量を最大にすると、けっこうな音がします。静かなオフィスだと、うるさく感じられてしまうかもしれませんが、スリットを広くすると、今度はデザインがカッコ悪くなってしまます。

 ですが、先ほど申し上げた通り、弱運転で使われている方が多いなら、そんなに強い風にこだわらなくても良いじゃないかと。今回は基本的にパーソナルユースの製品で、リビング扇とコンセプトが違う、ということで、流体素子技術を採用しました。

――パーソナルユースということは、スリムファンはサーキュレーターとしては使用できないということでしょうか

 そうですね。部屋全体の空気を撹拌させるような、サーキュレーターとしての機能はありません。

――実際に風を受けられて、どのような感覚を受けましたか?

 「こんなに気持ち良い風があるのか」という感じですね(笑)。風が柔らかいんですよ。羽根を使っていないこともありますし、流体素子の技術がうまく取り入れられたなと。このような揺れている風を出す製品は、他社にはないと思います。

――この流体素子技術は、ほかにどのようなシーンで使われていますか?

流体素子は食器洗い乾燥機のノズルにも使われている。モーターを使用しないため、狭いスペースに向いているという

 扇風機ではこれが初ですが、家電の分野では、温水洗浄便座や食器洗い乾燥機のノズルにも使われています。ルーバーを動かすためにはモーターが必要ですが、これならモーターがなくても広がるため、狭いスペースのところには向いています。

 また、無菌室のエアシャワーや、新幹線の消雪用スプリンクラーが水を出すところでも使われています。スプリンクラーにルーバーを使うと、ルーバーが凍結してしまうようです。

直径18cmにこだわった理由。スリットの開口部の幅は微妙に違う?

――流体素子技術については良くわかりました。このほかにこだわった点はありますか? 例えばデザイン面はいかがでしょうか

 支柱の素材にはこだわりました。支柱はシルバーの筒ですが、これは塗装ではなくて、実際のアルミを成形しています。同時に発売したリビング扇は塗装なんですが、これはアルミそのままです。

――素材そのままでキレイに仕上がっているというのはスゴイですね

 アルミの加工にはかなりこだわりました。最初はもっとピカピカしてギラついたものでしたが、最終的にはインテリアに溶けこむようなシルバーの質感に近づけていきました。

 また、リモコンのボタンの表示を、ピクト(アイコン)だけにしたのも特徴ですね。当社の製品はUD(ユニバーサル・デザイン)の観点から、「運転」「停止」といった文字が入ることが多いのですが、これはターゲットを絞った商品ということで、リモコンには文字を入れていません。

支柱部の銀色は、アルミそのものの素材だ
リモコンは支柱の一番上にマグネットで付いている。ボタンは文字ではなくアイコンで記されている
リビングタイプの扇風機「F-CJ329」における、台座部の操作ボタン。ここには日本語で説明記されている

 細かい部分では、スリットの幅にもこだわっています。スリットは縦に非常に長いうえに、本体下部には風を起こすためのファンが入っているため、必然的に下のほうが風が強くなってしまいます。そのため、まんべんなく心地良い風を出すため、スリットの幅を微妙に変えています。安全のために、子供が指を誤って入れないように設計しています。

――台座の中に入っているファンはどのようなものですか?

 ファンには加湿器で使われている、大型で筒状のターボファンを使用しています。ターボファンはゆっくり回っても大風量が出せるメリットがあります。また、音も静かです。

――台座部の直径は18cmということですが、このサイズにこだわった理由はありますか?

 リビング扇の台座部がだいたい36~37cmなので、せめてその半分を目指そう、ということで18cmとなりました。今まで扇風機が置けなかったスペースにも設置できます。

――台座部にはほかに何か仕掛けがありますか?

 台座の下部の風の吸い込みにはフィルターが付いているため、これがホコリを取る効果もあります。汚れても掃除機で吸い取れば大丈夫です。汚れが酷い時には、水洗いにも対応します。

スリムファンと、DCリビング扇を並べたところ
台座部の直径は18cm。リビング扇の36cmの半分だ
空気の吸い込み口は台座部下にある。フィルターが付いており、掃除機でゴミを吸い込んだり洗い流したりできる

ほかのDC扇風機にはない「やさしさ」「肌当たりの良さ」が味わえる

――既に5月から発売されていますが、販売状況はいかがでしょうか

 反応は良いですね。出荷ベースでいえば、当初の目標どおりに推移しています。

――夏にはピッタリだと思いますが、冬場にも使えますか?

 一般的な扇風機は、一度出して組み立てると、収納するために分解するのが面倒臭いですが、スリムファンなら出しっぱなしでも問題ありません。スリムファンにはナノイーイオンの放出機能もあるため、イオン発生器としても使用できます。ナノイーによる除菌・脱臭効果が1年中期待できます。

――「ここに置くと便利」など、オススメの置き場所はありますか

 ソファやベッドサイドです。本体は軽いので持ち運びできるので、人が座っているところや長居する場所に持ち運んでいただけます。

――確かに意外と軽いですね。照明器具など、他の機器との組み合わせてみても面白そうです

 製品を見た時に「これはスピーカーじゃないか」みたいな話もありました。確かにテレビの横にあれば、スピーカーに見えますね。ほかにも“間接照明にこの機能をつけたら良いんじゃない”のような話はいろいろいただいています。当社はさまざまな技術を持っているため、何かとコラボレートして、次の展開に活かせればと考えています。

――この製品を使ってほしいという、オススメのユーザー像はありますか

 インテリアとしても置いていただける商品なので、デザインやおしゃれにこだわる方に使っていただきたいです。

――それでは最後の質問です。ダイソンやグリーンファンなど先行して販売されているDC扇風機と比べた場合、スリムファンにはどのようなメリットがありますか?

 風のやさしさ、そして、風の肌当たりの良さです。これについては非常にこだわっています。

――よくわかりました。本日はありがとうございました。

正藤 慶一