そこが知りたい家電の新技術

「蒸気レス」炊飯器やエアコン「霧ヶ峰」からみる三菱のデザインとは

~三菱デザイン研究所が目指す“家電のデザイン”を聞く

神奈川県鎌倉市大船にある「三菱電機デザイン研究所」。敷地内には情報技術研究所、住環境研究開発センター、設計システム技術センターを併設する

 海外の家電製品に比べて画一的な要素が強い印象の国内メーカーの白物家電だが、今年に入って「デザイン性を重視」という声があちらこちらで聞かれる。

 2013年4月に発表したコンパクトタイプの掃除機「Be-K(ビケイ)」の記者発表会の席上でも、三菱電機ホーム機器の新社長・田代正登氏は、輸出事業の拡大とともに、国内に向けては高齢者向けの製品の拡充とデザイン性を高めることが必須だと語った。他社との差別化を図るためにも「これからはデザインが大切」だと。

 一口にデザインというが、見た目の美しさだけでなく、使いやすさという点でのユニバーサルデザインという観点もある。三菱の目指す「家電のデザイン」とは何なのか。そこで、今回は神奈川県鎌倉市大船にある三菱電機デザイン研究所を訪ね、これまで同研究所が主体となって開発してきた歴代モデルを例にとり、誕生に至る経緯やデザインについての考え方について話を伺ってきた。

生活の中で生まれる不満点からコンセプトを構築

 三菱デザイン研究所では、家電デザインから産業用ロボット、エレベーター・エスカレーター、重電システム、電子デバイス、情報通信システムまで幅広いデザインを手掛けている。プロダクトデザイン技術で「美しい造形」を、インターフェースデザイン技術で「気持ちよく、わかりやすい操作性」を、コンセプトデザイン技術で「共感できるコンセプト」を創造し、生活者により満足してもらえるような製品づくりをしているのだという。

主管技師長の中町剛氏

 白物家電を手掛けるホームシステムデザイン部の主管技師長の中町剛氏は、「我々が家電製品のデザインをする際に2つのパターンがあります。1つは工場から『こんな製品を作ってほしい』という依頼を受けてデザインするもの。そしてもう1つは、こちらでコンセプトモデルを作り、工場へ提案する場合です。工場からの依頼がある場合は、製品化はスムーズですが、コンセプトモデルを作って、それを提案する場合は本当に需要があるのかどうかなど、入念な検討がなされてOKが出れば、製品化へということになります」

 三菱電機の白物家電は、掃除機や炊飯器などは埼玉県にある三菱電機ホーム機器、エアコンや冷蔵庫は静岡製作所内の工場で作られるが、それぞれの工場主導での製品づくりのほかに、デザイン研究所の提案から製品化される場合もあるということだ。

 「コンセプトデザインをする際には、こんな不満点があるのではないか、それを解決するためにはこんな手法がいいのではないかという仮説を構築します。どんなに人にどんなシーンで使ってもらい、そのベネフィット(利点)はどんな点にあるのかということを生活者視点で考え、製品のコンセプトづくりをします。コンセプトを言葉で表現してから、意匠へと落とし込むという手順で行ないます」

ユーザーの不満解決のために生まれた新発想の掃除機「ラクルリ」

 例えば、2006年に発売したサイクロンクリーナー『ラクルリ』は、ユーザーの掃除機への不満調査を分析した結果、浮かび上がった「掃除中に掃除機がいろいろなところにぶつかり、引き回しがしにくい」という多くの声を解決されるために生まれた。

 「物が多く置かれた狭いダイニングキッチンなどでも、掃除機本体がぶつかることなく、すいすい自由に進むめるように考え出されたのが、360度回転する台座に、5輪のキャスターをつけるという“本体回転機構”です。掃除機はしまい込まないほうが使いやすいので、リビングの隅などに出して置いても美しく見えるように、本体のまわりにホースを巻きつけられるようにしました」と中町氏。

スムーズな引き回しを実現させた2006年発売のサイクロンクリーナー「ラクルリ」TC-C3ZH。本体にホースを巻きつける収納方法も画期的だった
円形の本体とソフトバンパー付きのターンテーブルを組み合わせ、360度回転するため、進みたい方向に進むことができる

 初代のサイクロンクリーナーの後も、紙パックタイプの「ラクルリオゾ」、空間まできれいにする「ラクルリエア」などが発売されたが、2010年8月の「風神」の発売を機に姿を消している。これについて中町氏は「当時としては高価格だったことや、見た目のデザインについての印象が強かったこともあり、360度回転してどんな狭いところにもすいすい進むという利点がユーザーにうまく訴求できていなかったことが残念だった」と振り返る。

“出しておける”炊飯器を目指した「蒸気レスIH」とレンジグリル「ジタング」

 ユーザー調査に基づいた「ラクルリ」と異なり、潜在的な要望を引き出す形で生まれたのが「蒸気レスIH」の炊飯器だ。

 蒸気レスIHが生まれたきっかけについて中町氏は「炊飯器のデザインというのがどうしても洗練されておらず、かっこ悪いために“隠すもの”という常識を覆したかった。でも、かっこいいデザインにしたところで、カウンターに置けるだろうかと考えた時に、蒸気の問題にぶつかったのです」

 当時、三菱電機ホーム機器に問い合わせても蒸気が出ることに対するクレームはなかったが、中町氏は「本当は困っていたのに仕方ないとあきらめていただけはないのか」と語る。

蒸気レスIHの初代モデル(右)と、15の炊き分けができる4代目モデル

 当初は蒸気をなくすための方策として、引き出し式にしたビルトインモデルも考えたという。だが、機構などを検討したところ、案外小さいものが作れそうだということで、従来どおりの炊飯器型とし、これまでになかった“四角いデザイン”を採用することに。

 こうして製品化が決定したものの、カラーをどうするかで議論が重ねられ、白、黒、シルバーなどの候補のほかに、メタリックレッドが導入されることになったのだという。

 「ツヤのある赤色を出すには2度塗装が必要で倍の時間とコストがかかる。売れても利益は2割程度になると言われ、当初は店頭で目立つための“見せ色”として導入したのですが、実際に発売されると、これが圧倒的な人気を集めました」

 同様に、デザイン研究所のコンセプトモデルを基本に生まれた調理家電としてレンジグリル「ジタング」がある。

 「家電というのは個々のデザインばかりに目を向けがちですが、部屋に置いたときの佇まいというものも考えるべきものだと思っています。そうした観点から、キッチンに置いたときに統一感があって、美しいキッチン家電群ということで、オーブンレンジ、コーヒーメーカー、炊飯器、トースターが一体になったコンセプトモデルを作ったことがありました。このまま製品化をするには至りませんでしたが、この時のオーブンレンジの部分が、ジタングの根底になっています」

レンジグリル「ジタング」誕生のきっかけともなった調理家電のコンセプトモデル。オーブンレンジ、コーヒーメーカー、炊飯器、トースターが一連となっている美しいデザイン
製品化された「ジタング」(写真奥)もこのコンセプトモデルとほぼ同じ高さで作られている
炊飯器部分
シンプルなデザインにするため、お米の種類や炊き分けなどの操作部もすべて本体そのものでなく、台座部分にまとめるという考え方
オープンキッチンのカウンターにも置けるように、背面もすっきりとしている
コンセプトモデルを基本に製品化され、2011年5月に発売されたレンジグリル「ジタング」の初代モデル

ミドルクラスの掃除機にも個性を

 それでは、この春に発売された小型の掃除機「Be-K」のデザインへのこだわりはどこにあるのだろうか。

ホームシステムデザイン部の四津谷瞳氏

 2013年モデルの「Be-K」のデザインを担当したホームシステムデザイン部の四津谷瞳氏は「元々、このBe-Kは掃除機の本体を持って掃除をする人が多いことに目をつけ、コンパクトで軽量なミドルクラスの掃除機を作ろうということで、2009年に初代モデルが生まれました」

 営業担当者からは、「ミドルクラス以下の掃除機では吸込仕事率が負けていると売れない」と言われていたので、それを上回る魅力のあるもの、個性的なものをという掛け声のもと、「美しくて軽い」というキャッチフレーズの掃除機づくりをしたのだという。

 これまで紙パック式もサイクロン式もほぼ同じデザインだったが、2013年モデルでは、紙パックは丸みを帯びたやさしいデザインに、サイクロン式はスタイリッシュなデザインにしており、重量もさらに軽くなっている。

 四津谷氏は「紙パックは丸い形が受け入れられます。一方、サイクロンのほうは丸い形だと“サイクロン式”だと認識してもらえません。売り場に置いた時に、見ただけでサイクロン式だと分かる形を採用しました。見た目は全く違うデザインですが、本体の下側の型はサイクロン式も紙パック式も同じものを使っています。こうすることでコストを抑えることができました」

コンパクトタイプの掃除機の先駆けとなった「Be-K(ビケイ)」の2013年モデル。デザインを刷新している
サイクロン(右)と紙パックのデザインは全く異なるように見えるが、本体下側は同じ型を使っている
本体を持って掃除をすることを考え、持ちやすさにも配慮された取っ手

 また、本体カラーもデザインの重要な要素。特に生活家電はカラーで選ばれることも多いため、製品化する前にはパソコンで50~60種類のカラーを選定、さらに実際の製品に塗装してみて最終決定をするのだという。

エアコン「霧ヶ峰」のムーブアイは“手段としてのセンサー技術”

 一方、壁に掛けて使うエアコンなどは、デザインしにくく、個性を出しにくいようにも思える。三菱のエアコン「霧ヶ峰」といえば、独自のセンサー機能「ムーブアイ」で、知られるがエアコンのデザインというのは、どのように成り立っているのだろうか。

ホームシステムデザイン部ホームシステムデザイン第1グループの藤ヶ谷友輔氏

 霧ヶ峰のデザインを担当しているホームシステムデザイン部の藤ヶ谷友輔氏は「三菱ならではのセンサー機能、ムーブアイを知ってもらうためには、視覚的にもわかりやすくする必要がありました。そこで、あえて室内機の真ん中に目玉のように見えるデザインのムーブアイを取り付け、それが動くのを意識させて“センサーがちゃんと見張ってくれているのだな”とわかるようにしています」と語る。

 センサー技術の1つであるムーブアイを目立つ位置に配置したことで、三菱のエアコンといえば、ムーブアイとイメージを浸透させるという狙いもあったという。現在では、知名度も高まり、ムーブアイを広く知ってもらうための第1段階は過ぎたというが、次のフェーズでは「霧ヶ峰」はどう変わっていくのだろう。

 「具体的にどのようなデザインにするかということについては、まだここではっきり申し上げることはできませんが、今後はムーブアイを視覚的に見せる必要はなくなるでしょう。たとえば、炊飯器は蒸気が出て当たり前のものと思ってきたのを見直したことで、デザイン性もよく蒸気が出ないために置き場所を選ばずに、安全性も高い『蒸気レスIH』が生まれたように、“エアコンは温度を調節するもの”という本質のところを見直すことも必要だと思っています」

 藤ヶ谷氏はエアコンに限らず、これまでどんどんプラスしてきたモノづくりを見直し、引くことを考えながら、必要なものを追求していきたいと語る。

2012年11月発売のエアコン「ハイブリッド霧ヶ峰 ZWシリーズ」
三菱独自のセンサー技術「エコムーブアイ」が本体中央に備えられている
運転中は本体表面に設定温度などが表示される

これからは「デザイン」の時代に

 最後に、主管技師長の中町氏に三菱のこれからの白物家電のあり方について尋ねてみた。

 「蒸気レスIHやジタング、Be-Kなど、デザイン研究所発信の製品が売れるということがわかって、工場との信頼関係も深まり、デザイナーの価値が高まりました」

 これまでは、コストをいかに抑えるかということや、どんな付加価値をつけて売っていくかということが重要に思われてきたけれど、顧客はそれを求めていないということに気づいてもらえたことが大きいという。

 「これからはずばり“デザインの時代”だと思っています。他社との差別化を図るためにも、デザイン重視の家電づくりに期待が集まっていることを実感しています。スマート家電についても、まだキラーコンテンツが見つかっておらず、各社とも模索している状態。家電はやはりコンセプトが大切。生活者が自分に向いているものを見つけられるようにしていきたい」

 自分に向いているものを見つけられるということは、「自分には向いていないかも」ということもわかるということだ。見た目のデザインも含め、マスに向けたものでなく、個性のはっきりしたものを作ることは勇気がいるかもしれないが、その分、選びやすくなるはずだ。次世代型「霧ヶ峰」がどうなっていくのかも含め、引き算をしていこうという三菱の家電の今後が楽しみだ。

神原サリー