大河原克行の「白物家電 業界展望」

徐々に明確化するパナソニックのボリュームゾーン戦略

by 大河原 克行

ボリュームゾーンは避けては通れない道

 パナソニックが、2009年5月に打ち出した「ボリュームゾーン」への取り組みが、少しずつ明らかになってきた。具体的な製品が登場し、本格的な第一歩を踏み出すには、来年夏まで待つ必要があるが、パナソニックの幹部のコメントから、その概要が見えつつある。

 パナソニックのボリュームゾーン製品とはどんなものなのか。

 パナソニックの大坪文雄社長は、「ボリュームゾーンの攻略に正面から取り組むことは、パナソニックにとって、避けては通れない道である」との姿勢を示す。

 その背景には、3つの市場環境の変化がある。

 1つは、電機メーカーにとって、新興国市場のボリュームが拡大し、とくに新興国の中間層が大きなターゲットとなること。2つめには、モノやサービスの低価格が加速すること、そして3つめに環境に対する活動が企業にとっては避けては通れないものになるということだ。

 なかでも、低価格化が加速する背景には、単に安いものが注目を集めるというのではなく、カーシェアリングの利用といった新たな消費活動や、必要な機能や技術を搭載した製品を、適切な価格で入手する「スマート消費」の考え方が広がるという点が見逃せないといえる。

 こうした市場の要請に対して、パナソニックでは、新たな市場を創出する商品の投入、既存の商品を新たな市場へ展開する取り組み、そして、新興国の中間層もライフスタイルにあったボリュームゾーン商品の投入が不可欠とする。

大坪文雄代表取締役社長

 「価格競争はますます厳しくなる。そのためには、既存のビジネスの手法では限界がある。グローバル経営の視点を持ち込み、現地に最適化したモノづくりを進める必要がある」(大坪社長)

徹底したライフスタイル調査による新たな商品作り

 ボリュームゾーンの商品づくりは、既存のビジネス手法とは異なる、新たな手法を用いる必要がある。

 海外事業を担当する大月均代表取締役専務は、ボリュームゾーン商品の定義を次のように語る。

 「先進国および新興国の富裕層に向けては、当社が持つブラックボックス技術などを活用した付加価値提案を前面に打ち出すV商品がある。また、新興国のネクストリッチ層に向けては、EM(エマージングマーケット)-WINと呼ばれる新興国市場向けの商品がある。EM-WINは、現地の独自規格や仕様に対応し、言語、技術仕様、社会的要請を考慮した、現地のライフスタイルに密着した新たな提案を行なえる商品であり、既存のV商品の技術をベースに開発したものとなる。だが、ボリュームゾーン商品は、まったく新たな発想で開発したものであり、ベースもこれまでの商品とは異なるものとなる。

中国家電下郷制度に対応したボリュームゾーン向けの洗濯機

 ボリュームゾーン商品は、ロスのない設計、不要なスペックを切るといったことも視野に入る。そして、生産に関しても、自社グループ工場での生産だけでなく、ODMなどのパートナーを活用することも考えていくつもりだ 商品企画も、日本ではなく、現地で行なう方向で体制づくりを開始している。

 だが、大月専務はこうも語る。

 「とはいえ、すぐにボリュームゾーン商品を投入できるわけではない。当初は、EM-WIN商品のなかから、中間所得層向けに最適な形に改良できるものから、投入していくことになる」。

 一例として大月専務があげたのが、インドネシア市場向けに投入を計画している冷蔵庫だ。

 「インドネシアの市場において、冷蔵庫の最も標準的な使い方は水を冷やすという使い方。朝起きると、家族が飲む水を煮沸して、それを冷蔵庫で冷やす。1人が1日2本のペットボトルの水を飲むとして、5人家族の場合、10本のペットボトルが入る冷蔵庫が必要。これをインドネシアの中間層向けに投入する。

インドネシア市場向けに投入を計画している冷蔵庫現地で配布するパンフレット

 これは隣国のマレーシアにも展開できるものだという。

 また、薄型テレビでは、32インチや40インチ、42インチあたりをボリュームゾーンの重点サイズとし、「BRICs+V(ブラジル、ロシア、インド、中国、ベトナム)といった国において、どこにテレビが設置されるのか、一日ノテレビの視聴時間はどのぐらいなのか、音質にはどの程度こだわるのか、どのぐらいのボリュームで聞いているのか、ホコリに対する耐久性はどの程度なのかといった利用環境を調査し、それにあわせて商品企画を行なっていくことになる」(パナソニック 常務役員 AVCネットワークス社 上席副社長 宮田賀生氏)とする。

中国・上海にある中国生活研究センター

 「基本的には、各国ごとにライフスタイルを調査し、それに適した商品企画を行なう。中国やドイツには、生活研究所といった形で、専任の市場調査部隊を設置しているが、それ以外の国でも、現地の社員などが中心となって、市場調査を進め、商品企画に生かすことになる」(大月専務)という。

 大月専務によると、本格的なボリュームゾーン商品が登場するには、来年夏まで待たなくてはならない、とする。だが、今年秋からは、既存商品に改良を加えたボリュームゾーン商品が登場することにはなりそうだ。また、中国の家電下郷制度に対応した形で商品化したものも、ボリュームゾーン商品の1つと位置づけられており、これもすでに商品化されている。

安くて、品質がいい“やすいい商品”を目指す

 ボリュームゾーン商品は、基本的には、新興国の中間層をターゲットとしたものとなる。

 では、先進国におけるボリュームゾーン商品というものはあるのだろうか。

坂本俊弘代表取締役副社長

 坂本俊弘代表取締役専務は「日本市場向けにもボリュームゾーン商品はあるうる」と語る。

 「必要とする機能だけを搭載しその分価格を抑えることで、新たな市場を開拓するものは、ボリュームゾーン商品といえるのではないか」」(坂本俊弘代表取締役専務)とする。

 たとえば、現在、3万円前後の実売価格となっているデジカメのうち、小学生が必要とする機能に抑え込み、その分、価格は1万円前後にする。小学生という新たな市場を開拓し、まとまった台数が見込めることになる。

 こうした新市場を創出するという狙いを持ったボリュームゾーン展開が、先進国における取り組みとなる。

 その際、パナソニックが大前提とするのが品質を維持したまま、ボリュームゾーンに踏み込むということだ。

 「悪かろう、安かろうでは、すぐに限界が来る。安くて、品質がいい『やすいい商品』であることが重要」(坂本俊弘代表取締役専務)

 それを証明するように、こんな例え話をする。

中国量販店に展示されているVIERAシリーズ。新興国においてもVIERAブランドで展開している

 「仮に薄型テレビのボリュームゾーン商品を投入したとしても、VIERAのブランドは維持する。もし、VIERA以外のブランドをつけたとすれば、それは自ら安くて、VIERAよりも品質の悪い商品を作ったということにしかならない」」(坂本俊弘代表取締役専務)

 VIERAという信頼のサブブランドを維持しながら、ボリュームゾーンに展開していくというのが、先進国における戦略ということになる。

 ボリュームゾーン商品は、これから続々と登場することになるだろう。それがパナソニックのグローバルエクセレンスへと踏み出すには欠かすことができない要素の1つとなる。

 ボリュームゾーン商品による本格展開まで、いよいよカウントダウンが始まっている。





2009年10月19日 17:08