大河原克行の「白物家電 業界展望」

パナソニックの社名変更/ブランド統一から1年、その成果を坂本俊弘副社長に聞く

by 大河原 克行


社名の「松下電器」、生活家電のブランド「ナショナル」を、すべて「パナソニック」に統一してから1年が経ったが、その成果はどれほどのものか(写真は2008年9月16日の記者説明会にて登壇する大坪文雄社長)
 今日(10月1日)、パナソニック株式会社は、松下電器産業株式会社から社名を変更して、ちょうど1年を迎えた。そして、国内の白物家電ブランドとして使用していたナショナルのブランドも、パナソニックに統一。この1年の間に、グローバルブランドである「パナソニック」の白物白物家電が続々と登場したが、社名変更、ブランド統一の成果は、どんな形で表れているのだろうか。

 国内コンシューマーマーケティング総括担当兼コンシューマプロダクツマーケティング部門長、デザイン担当であるパナソニックの坂本俊弘代表取締役副社長に、社名変更、ブランド統一による1年の成果を聞いた。



金額ベースでシェア上昇、新たなブランドイメージ“エコ”の構築にも成功

――2008年10月1日に、社名をパナソニック株式会社に変更してから1年を経過しました。大坪文雄社長は、社名変更に、ブランド統一にあたり、「松下の名前、ナショナルの名前を手放しても、それ以上の価値を手に入れる」と宣言しました。1年を経過して、その価値とは何だったのでしょうか

パナソニック 国内コンシューマーマーケティング総括担当 兼 コンシューマプロダクツマーケティング部門長、デザイン担当の 坂本俊弘代表取締役副社長
坂本氏: 90年以上に渡って使ってきた松下の名前、そして、長年に渡り、親しまれてきたナショナルの名前を手放すことに対して、とくに専門店の方々から不安を感じるという声がありました。しかし、専門店の経営者の方々と真摯に話し合い、看板を「ナショナル」から「パナソニック」に付け替えていただいた。新たな創業に当たり、本音で話し合う機会になったこともあって、パナソニックと専門店との結びつきが強くなったといえます。

 「価値」というのは、いくつかの観点から捉えることができます。もし、それがシェアという観点からお話しするのであれば、国内における白物家電全体における金額シェアは約1ポイント上昇し、27.6%となったことがあげられます。特定の商品であれば急激にシェアを高めることができますが、白物家電市場全体で、しかも、もともと20%台後半のシェアを持っているメーカーが、金額ベースにおいて1ポイントもシェアを引き上げるのは至難の技です。それを達成したことには大きな意味があります。

 しかし私自身、このシェアの上昇にはやや不満なところがある。もっとシェアは伸ばしたい。社内にはまだまだ行けるとは言っていますよ(笑)。そして、別の観点からの「価値」という点では、新たなライフスタイルを提案できる商品が揃ってきたことがあげられますね。


――新たなライフスタイルを提案できる商品とは。

坂本氏: 1つは、eco(エコ)という観点で強い商品が揃ってきたことです。

 先頃、ECO NAVI(エコナビ)の商品群を発表しました。パナソニックが目指しているのは、先進、洗練、信頼のブランドであり、そのベースとなる考え方に地球発想とするエコがあります。エコというのは、ナショナルブランドの方が先行していましたが、社名変更にあわせて、パナソニックは、世界で最もエコを愛するブランドであることを訴求してきた。この1年で、パナソニックとエコの結びつきがかなり進んだのではないでしょうか。

 そしてこれは、パナソニックブランドのAV機器においても、エコであるという印象を持っていただくことにもつながっている。これまでのAV機器は、どちらかというと機能優先のところがあったが、パナソニックのAV機器であれば、エコにも配慮された商品であるというイメージができ上がりつつある。エコナビがAV機器にも搭載されるのではないか、という期待感も持っていただいている。加えて、パナソニックのAV機器が得意とするリンクによって、さらにエコが推進されるという認知にもつながっている。

 いまやエコは、ユーザーが商品を選択する際に、重要な要素としているものです。ブランド統一によって、パナソニックのすべての商品がエコを前提として開発されたものであるという、新たなブランド価値を構築できたと考えています。

エコはもともと「ナショナル」ブランドを中心に展開されていたブランドが統一されたことで、パナソニックにもエコというブランド価値が構築できたという


電子レンジとデジカメ、イヤフォンと美容家電というコラボレーション

――国内では、わずか1年前まで、ナショナルブランドであった白物家電と、パナソニックブランドを推進してきたAV機器との間には、商品そのもの、モノづくりの手法、マーケティング展開においても壁がありましたね。これはどう変化しましたか。


坂本氏: 例えば、ディーラーコンベンション(製品内覧会)ひとつをとっても、展示の方法が変わりました。

 かつてのディーラーコンベンションの展示方法は、入口から右に行ったらパナソニック、左に行ったらナショナルといったものでした。

生活家電とAV家電の統一ブランドだからこそできる提案も増えてきたという。写真は乗馬型フィットネス機器「JOBA」と、プラズマ液晶テレビ「VIERA」
 これが昨年10月以降、まず最初に生活シーンを見せ、そこからシーンごとの提案を行なうという仕組みになった。家まるごとの利用提案が、1つのブランドでできるようになり、事業部門を越え、子会社やグループ会社の枠を越えて、商品同士がリンクした提案できるようになってきた。エアコンをはじめとする家庭内の消費電力を、リビングの大型テレビに表示するといったような、パナソニックによる統一ブランドだからこそできる提案も増えてきた。

 マーケティング施策においても、これまでにはなかったコラボレーションが始まっている。例えば、電子レンジのマーケティングにおいて、おいしくできた料理をデジカメで撮影して、料理が好きな人たちがブログにアップするという使い方を共同提案するといったことが始まっています。また、女性向けのイヤフォンとして開発した「ムーンジュエル(Moon Jewel)」と、美容商品との共同キャンペーンということも開始しています。

 こうした取り組みは、これまでにはなかったことです。パナソニックという1つのブランドに統一されたわけですから、右に行ったらパナソニック、左に行ったらナショナルというような、かつての考え方は社内にはなくなっていますよ。

生活家電でも世界市場を意識した商品が誕生

――社名変更、ブランド統一は、パナソニックが目指す「グローバルエクセレントカンパニー」に向けた布石になるとの考え方も示していました。この点ではどうでしょうか。

これまでは日本市場を強く意識していた生活家電が、世界統一ブランドになったことにより、世界を意識した商品提案がなされるようになったという。写真はななめドラム式洗濯機のNA-VR5600(左)とNA-VR3600(右)
坂本氏: AV機器はパナソニックブランドで統一されていましたから、以前から世界を意識したモノづくりを進めてきました。しかし、白物家電に関しては、国内はナショナル、海外はパナソニックでしたから、ナショナルブランドの白物家電は日本市場を意識する傾向が強かった。

 しかし、これがパナソニックという世界統一ブランドになったわけですから、自ずと世界を意識することになる。私は「V商品」(付加価値が高く、経営に大きく貢献する商品群)部会長も務めているのですが、各部門から提案される来年度のV商品を見ても、デザインのテイスト1つとってもかなり変わってきている。世界を意識した商品提案が徹底されてきたと感じます。

 それと、グローバルエクセレンスという点では、ブランドイメージが高位平準化してきたことが見逃せません。世界で闘うために、ブランドの価値を高めることは、重要な要素です。例えば、社内のブランドマネジメントグループによる調査結果では、白物家電において「洗練されたライフスタイルを提案しているブランド」という認知では、前年に比べて16.7ポイントも上昇した。「先進技術を搭載したブランド」という点でも、わずか1年で17.5ポイントも上がっている。

 外部の調査からも同様の結果が出ています。日経BPコンサルティングによる「ブランド・ジャパン2009」では、ブランド総合力において、パナソニックは昨年の10位から5位に上昇。BtoBにおいても、先見力、人材力、信用力において2位となっています。なかでも、「好きなブランドである」、「気に入っているブランドである」という点では前年調査の28位から8位に、「いま最も旬なブランドである」という点では、前年の108位から4位に急上昇している。これには私自身も驚きましたよ(笑)。

 このようにブランドイメージが上昇したことによって、さらに高い次元での提案ができるようになる。むしろ、課題は上昇したブランドイメージを来年も維持し、さらに高いところに持っていくということです。その努力の繰り返しがブランド価値を高め、グローバルエクセレンスへの挑戦権獲得につながると考えています。

ブランド価値向上のカギは「CLUB Panasonic」

――今後、ブランド価値を高めるためにはどんな手を打ちますか


坂本 顧客とのコンタクトポイントを、量と質の両面から増やしていかなくてはならないと思います。

 まず重要なのは「商品」そのものによる顧客との接点です。2つめには、広報宣伝活動による訴求。テレビCMなどはこれに含まれます。そして、3つめにはイベントやキャンペーンを通じた訴求。4つめには販売店店頭における店づくり、POPによる訴求。ここには、販売店の店員に向けたセミナーなどを含みます。

 この4つのコンタクトポイントについては、これまでも積極的に取り組んできました。このバランスを維持しながら、新たに5つめのコンタクトポイントとして、ウェブやメールといったインターネットを活用した活動を重視していきたい。

 先頃、日本ブランド戦略研究所が発表したウェブサイト価値ランキングで、パナソニックは、前年の5位から、今年は2位に上昇しました。価値は713億円から852億円へと上昇し、売り上げ価値ではトップとなりました。この価値をもっと上げていきたい。

パナソニックユーザー向けの会員制情報サイトを開設。月間ページビューは3,500万を超え、メーカーの会員制サイトとしては最大規模となる
 パナソニックでは、国内のユーザーを対象に、2007年11月から、CLUB Panasonicという会員制の情報サイトをスタートしました。ここでは商品のお役立ち情報や購入検討中に知りたいこと、お買い得情報や便利なコンテンツなどを提供しています。当初は、パソコンの会員だけを対象にしたサービスでしたが、開始から約1年後には携帯電話向けサイトもスタートし、現在では、パソコン会員で107万人、携帯電話会員が43万人となり、合計150万人の会員数に達しています。月間ページビューは3,500万に達し、メーカーの会員制サイトとして最大規模です。

 会員を構成を見てみますと、パソコンからの利用ユーザーは、40代以上の男性が主体となっていますが、携帯電話からアクセスするユーザーは、10~20代の女性の比率が高い。まだまだ携帯電話の会員を増やす余地があると考えていますが、これは、若い世代への訴求を高めることにつながるともいえます。

 商品の購入には口コミが重要な要素となっているため、このサイトを通じて、会員から口コミで情報発信をしてもらうことも積極化したい。そして、ここで得た情報は、商品開発やマーケティングにも生かせますから、市場とリンクした製品づくりやマーケティング戦略の立案にも活用できる。これからは、いかにインターネットを活用するかが、パナソニックブランドの価値を高めるためには重要な要素だといえます。CLUB Panasonicでは、2010年度には、300万人の会員獲得を目指したいですね。

BtoBにおいても評価されるブランドへ


――社名変更にあわせて、創業者の理念を風化させないということも宣言しましたね。

坂本: これは、若い世代を含めて、松下幸之助創業者の理念を徹底するための仕組みができています。その点では、まったく心配がないと考えています。

――パナソニックへのブランドが統一された一方で、新興国の中間所得層をターゲットとしたボリュームゾーン商品の投入が始まろうとしています。これらのブランドについては、今後どうなりますか。

 例えば、薄型テレビにおいては、VIERAというサブブランドがありますが、もし仮に別のブランドを、ボリュームソーン向けに展開した場合、市場のイメージは、そのブランドは「安かろう、悪かろう」というものになる。我々が目指しているボリュームゾーン商品は、価格だけを追求したものではなく、市場ごとに最も求められている機能を搭載した商品であり、「安くても、いい商品」です。先進国で評価されているのと同じ価値を提供するという点では、統一したブランドで展開するのがいいと考えています。


――2018年の創業100周年に、世界ナンバーワンの電機メーカーを目指すなかで、パナソニックブランドのイメージはどうなっていくのでしょうか。


坂本: BtoCにおいて評価されるブランドというだけに留まらず、BtoBにおいても、評価されるブランドになっているのではないでしょうか。「家まるごと」の提案に加え、「ビルまるごと」といった提案でも、パナソニックの評価がもっと高まり、それが相互の商品にプラスに働くといった構図を描いています。これは10年先ということではなく、もっと早い時期に実現したい。

 ブランド戦略は短期的な評価は難しいものです。この1年という短期的な評価をするのではなく、長期的な視点で捉えるべきです。ただ、あえてこの1年という短期的な評価するのではあれば、ブランド価値は着実に上がっていますから、スムーズな船出ができたという点で、合格点に達したとはいえるのではないでしょうか。

 いずれにしろ、これからが本当に意味で、社名変更、ブランド統一の成果が求められるといえます。




2009年10月1日 00:00