大河原克行の「白物家電 業界展望」

パナソニックが打ち出す「ボリュームゾーン本格化」の意味とは

~「安物とはいわない商品を作る」と大坪社長
by 大河原 克行
5月15日に行なわれた決算会見でボリュームゾーン戦略に触れる大坪文雄社長

 2009年5月15日に行なわれたパナソニックの2008年度連結決算の会見の席上、パナソニックの大坪文雄社長は、「当社が製造業として、成長を維持する方法は、次の3つに集約される」として、「新事業・新商品で新市場を創造すること」、「既存事業、商品をグローバルに展開すること」とともに、「ボリュームゾーンの攻略に正面から挑む」ことを掲げた。

 ボリュームゾーンの攻略は、いわば低価格路線への展開を打ち出したものだ。パナソニックにとって、大規模な方針転換だといっていい。


富裕層ターゲットの付加価値戦略を脱却

 これまでのパナソニックの手法は、付加価値戦略を軸とするものだった。

 新興国市場の攻略においても、その手法は変わらず、富裕層およびネクストリッチ層(中間所得層)と呼ばれる需要層を対象に、付加価値商品によってシェアを広げ、事業を拡大してきた。

 たとえば、中国の場合、富裕層となるのは年収150万円以上となる2.2%の2,900万人。ネクストリッチ層は、年収75万円以上の7,300万人。あわせると全人口全体の7.7%が対象となる。

 インドでは、年収250万円以上の1,250万世帯が富裕層、年収60万円以上の7,500万世帯が中間所得層とされ、これらをあわせた全世帯の約35%が、パナソニックのターゲットとなる。

 富裕層、ネクストリッチ層に向けては、日本を中心に展開してきた付加価値商品の「V商品」を主軸に据えるとともに、「EM(エマージングマーケット)-WIN」と呼ばれる新興国市場向けに企画した新商品の投入を開始している。

 EM-WINは、現地の独自規格や仕様に対応し、言語、技術仕様、社会的要請を考慮した、現地のライフスタイルに密着した新たな提案を行なえる商品と位置づけられる。

 すでに、中国、インド、ベトナムでは、市場特性を考慮した電子レンジ、エアコン、洗濯機、CRTテレビ、コードレス電話、ドライヤーなどを投入。インドでは同国の省エネ基準に合致したエアコンを商品化。ベトナムでは同国初となるビッグ&クリーンを標榜した冷蔵庫を投入した。2008年度実績で、EM-WIN商品は、49モデルに達しているという。

 「現地視点でのデザイン、価値が評価される適正な価格を実現した、BRICs+V向け戦略商品として、新興国事業拡大の原動力になる」(大月均専務取締役)というわけだ。

 つまり、先進国市場での売り上げを牽引し、同時に新興国市場の富裕層に攻略したV商品を高付加価値商品とすれば、EM-WIN商品は、新興国のネクストリッチ層を狙った付加価値商品ということになる。

ボリュームゾーンの商品で市場拡大を図る

 だが、今回、大坪社長が示した「ボリュームゾーンの商品」とは、V商品と異なるのは当然、EM-WIN商品とも異なり、さらに需要層拡大を一歩進めたものとなる。

 大坪社長は、「マジョリティとなる消費者が欲しいというボリュームゾーンの商品を生み出していく必要がある。我々の商品のダイナミックレンジを広げなくてはならない。ここから逃れていては、我々の成長はあり得ない」とし、次のように語る。

 「ボリュームゾーンの商品とは、“安物”というイメージではない。インドのタタ自動車はサイドミラーが1つ、ワイパーが1つ、エンジンがむき出しなどの仕様となっているが、インドの市場が求めている仕様であり、インドの人の声を聞けば、安全であり、価格でもちょうどいい車となり、憧れのブランドとなっている。一番消費者が求めているものを作っているという点では、タタを参考にしたい」

 大坪社長が示す考え方からも、これまでのEM-WINとは異なるモノづくりが行なわれることは明らかだろう。

成長戦略の1つとして、ボリュームゾーンの攻略を掲げるボリュームゾーン商品は次なる新興国市場攻略の鍵となる

 「ボリュームゾーンの商品を作るためには、各国におけるマーケティングを強化し、生活研究も徹底しなくてはならない。柔軟な発想で設計することが必要であり、ロスのない設計、不要なスペックを切るといったこともやらなくてはならない。生産に関しても、自社でやるという考え方だけでなく、パートナーを活用することも考えていく。そのためには、日本にいると発想に限界が出る。海外の中核拠点に、現地人技術者を配置するなどといったことも必要だろう」と、大坪社長は、ボリュームゾーン戦略に強い意志を見せる。

 5月18日、中国・北京。大坪文雄社長は、中国全土から集まった約80社のパナソニックグループ子会社の董事長を前に、「ボリュームゾーン戦略」について説明した。

 ボリュームゾーン戦略を推進する主要国において、社内に向けて大坪社長自らが説明したのはこれが初めてのことだ。

 ボリュームゾーンのコンセプトは示されたものの、具体的な商品の形は、それぞれの国において、これから検討がはじまることになる。一部には、すでに開発中の商品をボリュームゾーン向けの商品に転換するものもあるだろう。

 ただ、中国の現地法人の間では、まだ市場ターゲットや、商品企画、事業規模などの具体的なものはなにもない。

 「単に安い商品を作ることがボリュームゾーンということではない。あくまでもパナソニックとしての付加価値を搭載することが前提となる。中国市場におけるボリュームゾーンの商品とはいったい何か。そこにパナソニックの付加価値をどう加えることができるのか。これから検討を加え、市場ターゲットを明確にしていく」(パナソニック中国・北東アジア副本部長兼松下電器中国有限公司副董事長の木元哲氏)。

 中国では、農村部での家電商品購入を促進するための補助金制度である「家電下郷制度」を実施。政府から一定の価格以下の商品を対象に、補助金対象商品を認定。認定商品の購入者に対して、補助金を付与する。

 商品価格の対象は、テレビでは3,500元以下、冷蔵庫では2,500元以下、洗濯機では2,000元以下とされており、農村部にも幅広い販売、サービス網を有していることも条件となる。

いかにボリュームゾーム向けに商品を開発できるかが鍵になる。写真は中国市場向けのパナソニックの冷蔵庫

憧れブランドから農村部での使用も視野に

 パナソニックでは、洗濯機とエアコン、電子レンジで商品が認定されたが、これらは農村部向けの普及商品として新たにラインアップされたものであり、まさにボリュームゾーンの先駆け的商品ともいえる。


 大坪社長によると、2008年度下期はエアコンだけで30億円の実績。洗濯機が加わった2009年度第1四半期までで累計50億円の成果が見込めるという。

 「家電下郷制度における第1四半期の販売計画は9万7000台。だが、4月だけで4万8000台の実績に達しており、新年度の出足は極めて順調」(木元氏)という。

 今後、中国政府では、都市部においても同様の制度を実施する考えを示しており、補助金を利用した家電普及が促進される可能性が高い。その点でも、ボリュームゾーンの商品は、パナソニックのビジネスチャンスを広げることになる。

 パナソニックでは、新興国市場での事業をドライブさせるために、モノづくりイノベーション本部内に、グローバルマーケティング部会を設置している。

 同部会では、これまでの富裕層戦略によって培った「憧れのブランド」としてのブランドイメージを生かし、新たな需要層攻略のための具体的な施策を立案。さらに、各国における流通体制の継続的な改革も行なっている。

ボリュームゾーン商品開発の一翼を担うことになる中国・上海の中国生活研究センター

 また、中国・上海には中国生活研究センター(中国生活研究中心)を、ドイツには欧州生活研究センターをそれぞれ開設し、中国および欧州で生活する人たちに関する研究、調査を実施。その成果を商品開発に結びつけている。

 両センターともに、所員は現地人で構成し、仮説に基づいて、大規模な市場調査を行なうのが特徴だ。中国ではすでにヒット商品を連発するなどの成果に結びついている。こうしたセンターにおける市場調査も、ボリュームゾーンの商品づくりでは効果を発揮することになるだろう。

 これまでは7大都市での市場調査体制に加えて、5つの農村部でも調査を実施して、それらの市場にあわせた商品開発の行なわれることになる。

 「中国の農村部では冷蔵庫の野菜室が、あまり使われないという状況がある。また、洗濯は手洗いにこだわっており、脱水だけ洗濯機を利用するという傾向が強い。こうした農村部ならではの用途を考慮した商品づくりも必要になってくるだろう」(パナソニック中国生活研究センター・三善徹所長)と、中国生活研究センター発の商品企画も、ボリュームゾーン攻略の重要な鍵になる。

 そして、これらの商品づくりにおいてベースとなるのは、板や粉という源流まで遡って、実行する原価低減活動となる「イタコナ」活動である。

 「イタコナ活動は、2006年に大きな考え方をまとめ、2007年度からV商品の一部に展開し、2008年度に海外の一部商品に広げることができた。本格的な全社展開はこれからだといえる。イタコナで狙ったのは、モノづくりの本質において、改革を起こすこと。ボリュームゾーンとイタコナの活動をミックスさせ、新興国で一番消費者が求めている商品を探し出す」(大坪社長)

 イタコナ活動は、細かい部分にまでコスト改善を加える活動であり、それだけの活動に陥りすぎると、削減意識ばかりが先行し、新たなものを創出するという活動と相反する危険性がはらんでいるともいえる。

 だが、イタコナ活動の成果を、ボリュームゾーンの商品に結びつけることができれば、イタコナ活動をスムーズに新商品開発につなげることができる。

 その点でも、イタコナ活動とボリュームゾーン攻略は、両輪とし捉えるのが適切だといえる。

ボリュームゾーンで勝つためにはイタコナ推進が重要になるボリュームゾーン攻略は世界ナンバーワンへの足がかりになる


「海外2桁増販」実現には新たなターゲットを取り込むことが不可避

 パナソニックは、2009年度を最終年度とする中期経営計画「GP3計画」において、主要目標の1つに「海外2桁増販」を掲げており、BRICs+V(ベトナム)を重点市場に位置づけている。

 来年度から始まるポストGP3計画においても、引き続き、海外事業の成長が、「エンジン」と位置づけられるのは明らかで、BRICs+V(ベトナム)は重点市場と位置づけられる。それを下支えするのが、ボリュームゾーンの商品ということになる。

 また、今回の決算発表の席上、大坪社長が言及したように、新興国市場攻略においては、これまでの重点市場としていたBRICs+ベトナムに加えて、インドネシア、メキシコ、ナイジェリアといった次なる新興国市場を新たなターゲットとしており、ボリュームゾーン商品の展開は、こうした新市場でも効果を発揮することになる。

 だが、2008年度に掲げた当初計画を見ても、V商品は、海外市場だけで、8,500億円の売り上げを計上しているのに対して、EM-WIN商品の約200億円の貢献に留まる。

 EM-WIN商品がスタートしたばかりということを差し引いても、この数字から、パナソニックが得意するのは明らかに高付加価値商品であることがわかる。

 パナソニックが、ボリュームゾーン商品でどれだけの成果をあげることができるのか。

 右打席でヒットを連発したアベレージヒッターが、左打席に立って、クリーンヒットを打つことができるのか。そして、相手にあわせて打席を変えることができるスイッチヒッターへと進化できるのか――

 パナソニックによるボリュームゾーン商品の展開は、「スイッチヒッターへの打撃改造」。そんな比喩が的を射ているのかもしれない。




 


2009年5月27日 00:00