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Wi-Fi不要なスマート家電!? アイリスオーヤマが「かんたん音声操作」にこだわる理由

「家電を音声で操作するためには、スマートスピーカーが不可欠である」と思う人は少なくないかもしれない。日本の家電メーカーであるアイリスオーヤマは、インターネット接続とこれに関わる面倒な初期設定が要らない、シンプルな音声操作機能を搭載する家電を「音声操作シリーズ」と名付けて、その開発と魅力を伝えることに力を入れている。音声操作シリーズのカテゴリは空調家電から照明器具、薄型テレビにまで着実に広がりつつある。

アイリスオーヤマはなぜインターネット接続が要らない音声操作対応の家電にこだわるのだろうか。他社製品と比べた時に見えてくる音声操作シリーズの特徴を知るため、同社で音声操作に関連する技術を担当する家電事業本部 TV・OA機器事業部 マネージャーの鴫原秀郎氏を訪ねて話を聞いた。

アイリスオーヤマの鴫原秀郎氏

子育て世代の家族の暮らしを応援する音声操作を目指した

アイリスオーヤマではこれまでに、GoogleやAmazonのスマートスピーカーと連携する音声操作対応のLEDシーリングライトやエアコンを商品化してきた。鴫原氏も音声操作シリーズのラインナップを立ち上げた背景に、スマートスピーカー連携を否定する意思はないことを強調している。その一方で「子育て世代の家族の暮らし」を想定しながら、よりシンプルで便利な音声による家電操作のあり方を追求してきた結果、現在のラインナップ拡充にたどり着いた。

「特に両手が塞がっていても、家電の電源を切り換えたり基本的な操作が声でできることによって、親が自身の手を子供のために使えるメリットが生まれます」(鴫原氏)。

言うまでもなく、スマートスピーカーと連携する家電でも同じことができる。ただ、そのために対応する製品を探して、揃えて、初期設定など使えるようになるまでセットアップする手間が要ることが果たして「便利」と言えるのか、鴫原氏も疑問に感じるところがあったという。ならばユーザーが頻繁に使うであろう基本操作を音声で行なうための仕組みを本体に埋め込んだエッジ型のAI(人工知能)エンジンこそが、日々の生活に活躍する家電に相応しいはずという考え方を起点に音声操作シリーズの開発が立ち上がった。

ユーザーの発声に応じて素速く対応するために、レスポンス性能を磨き抜いた。このことは鴫原氏が最も強くアピールする点のひとつだ。何よりまずは体験してみようということで、アイリスオーヤマのオフィスにおじゃまして音声操作シリーズの家電に触れてみた。

なるほど、納得のスピード感である。例えば扇風機「サーキュレーターアイ」は音声で電源/風量/上下左右首振りの操作ができる。電源オフの状態からの起動は言うまでもなく、風量を強くした状態での運転中に声をかけても、モーターの駆動音にかき消されることなくコマンドを正確に素早く認識してくれる。

音声操作に対応する扇風機「サーキュレーターアイ」。風量調整や首振りなど音声コマンドに対して小気味よいレスポンスを返してくれる
声の操作で扇風機をコントロール。反応も早い

音声コマンドが「でんげんをいれて(電源を入れて)」「じょうげくびふり(上下首振り)」のような形に“決め打ち”されていることから、曖昧なコマンドを発声してしまうと反応しない点は課題とも言えるが、音声操作でできることが必要十分な範囲に限られているぶん、覚えるべきコマンドも指折り数えられるほどで済む。慣れるための時間はさほどかからないだろう。

専用の物理リモコンも付属しているが、扇風機から遠く離れた所から操作したり、子供を寝かしつけている最中に手が離せない場面などで音声操作が活躍する

エッジ型AIの音声操作だからこそ、心地よく使いこなせる点とは?

インターネット接続の要らないエッジ型AIによる音声操作はネットワークインフラの状態に影響を受けないため、常時安定した操作レスポンスが得られる。そのため生活家電との相性がとても良いのだと鴫原氏が説明する。

コマンドのフレーズは決め打ちになるものの、ユーザーによって声質や発声の仕方などは変わるものだ。異なる条件下で、家電が音声コマンドに正しく反応できるように、アイリスオーヤマでは多くの音声サンプルを準備して機械学習のアルゴリズムを丁寧に練り上げてきた。

一方で、いったん各家電にビルトインしたAIエンジンに、ユーザーの声や生活習慣をラーニングしながら追加する機能は持たせなかった。「なぜならば家電の側が学習・成長してしまうと、その進化に使う人間の側が追い付けなくなるケースも出てくるから」だと鴫原氏が理由を語る。ユーザーは家電が正確に応答を返せるように「話しかけ方」を工夫したり、上手く付き合える距離感を使いこなしながら縮めていくことも求められるが、このほどよい「あいまいさ」を残しておくことが、音声操作に対応する家電とユーザーの距離感を縮める近道なのかもしれない。

音声操作に対して正確に、素早くレスポンスを返せるようにエッジ型AIを搭載する方向で開発が進められてきた

アイリスオーヤマの音声操作シリーズはどの製品も共通のアルゴリズムをベースにしているが、音声操作への振る舞いは個別のカテゴリごとに最も使いやすくなるようにチューニングした。

例えばテレビの場合は内蔵スピーカーの音声に邪魔されることなくコマンドを認識できるように、マイクはテレビ本体にビルトインせずに、壁掛け設置もできる別筐体の音声リモコンに搭載した。先ほど体験したサーキュレーターアイは、モーターの速度を切り換えるたびに変わる回転音による定在波の影響を避ける工夫を凝らしている。またすべての製品で男性の声、女性の声で反応が変わらないようにアルゴリズムの調整を行なった。

スタンダード価格帯の製品に音声操作機能を搭載できる理由

鴫原氏は「アイリスオーヤマは技術力のすごさをアピールすることよりも、ユーザーの体験価値を最大化することを最も大事にしている会社」であると話す。

音声操作に関わる技術についてもこの同社の基本的な姿勢に軸足を置きながら、外部パートナーと密接に連携しながら開発してきた。例えば音声認識用のSoC(システム化されたICチップ)は、LSIメーカーから提案を受けたチップをアイリスオーヤマの側で入念に評価・検証した後に、目指す性能を実現するためのカスタマイゼーションを追い込んだ。

音声認識は機械学習の知見を活用しながらアルゴリズムを練り上げたうえで、SoCに最適な形で組み込む必要がある。製品に搭載できる技術として完成させるまで、さらに密なコミュニケーションを交わしながら、一丸となって開発が進められるパートナーとの信頼関係を築いていることもアイリスオーヤマの強みなのだと鴫原氏は話す。

ほかにも製品を開発する際に、購入したユーザーにコストメリットを実感してもらえる値付け感も重視しているそうだ。特に音声操作については、まだその価値が広く一般に浸透するまで至っていないため、機能を追加したことで製品の販売価格が跳ね上がってしまうことにユーザーの理解を得ることが難しい現状がある。

「最先端の技術を載せるのだから開発費用がこれだけかかる。ひいてはコストアップの分を販売価格にも反映させて欲しいという説明は当社の中では成立しません。これがメーカーとして本来あるべき姿勢だと私も思います。だからといって現実に商品として販売するからには利益も追求しなければなりません。音声操作対応のようなプラスアルファの機能を載せたうえで、全体の中でコストバランスを収め切ることが勝負所と意識しています」(鴫原氏)。

実際のところ、音声操作に対応する家電製品をラインナップのプレミアム価格帯に位置付けるメーカーが多くある中で、アイリスオーヤマの音声操作シリーズは驚くほどに戦略的な販売価格を実現している。だからこそ「音声操作に対応していること」がなおさら目を引くのだ。

音声操作に小気味よく応答する4Kテレビ「LUCA」

アイリスオーヤマのオフィスで視聴した4K液晶テレビ「LUCA(ルカ)」シリーズに同梱されている、ユニークな「音声操作リモコン」も体験した。

アイリスオーヤマの4K液晶テレビ「LUCA」シリーズ。驚くほど手頃な価格で音声操作対応を実現している

天面にマイクを内蔵する音声リモコンは、コマンドを受け付けるとテレビに赤外線信号を発信して、電源のオン・オフと音量のアップダウン、チャンネル切り換えができる。「ねえ LUCA(ルカ)」、または「LUCAテレビ」のどちらかのウェイクワード(同社は“ウェイクアップワード”と呼称)を話しかけてから、あらかじめ決められたフレーズを発声して操作する。最初の発話を認識してから6秒以内であれば、キーワードの連続入力もできる。音声のアップダウン操作の時に役立つ。

サーキュレーターアイと同様に周囲がある程度ざわついている場所でも素早く、正確に音声コマンドを認識した。ウェイクワードを話しかけるとテレビの内蔵スピーカーの音声を一時的に下げて誤認識を防ぐ。5m以上離れた場所から発話してみても小気味よく応答した。

テレビメーカー各社からはチャンネルリモコンに音声操作用のマイクを内蔵する製品も多く発売されている。アイリスオーヤマがわざわざ音声リモコンを別の筐体に切り分けた理由を、鴫原氏は「リモコンが手元にない、あるいは手が離せない場面でより安定したハンズフリーによる音声入力に対応できる形を模索したから」だと答えている。

LUCAには音声操作対応に特化したテレビリモコンを同梱する。テレビの音量やチャンネル切り換えの操作が、テレビから離れた場所でも操作できる。コマンドに対して正確に答えられる精度の高さが魅力

同社の音声操作シリーズは、子供を寝付かせながらテレビを消したい時や、ベッドに入った後で室内照明を消灯したい場面などを具体的に想定してベストな使い心地を追求している。あまり複雑な操作を音声のみでやりきることは想定していない。テレビについては開発時に「入力切り替えぐらい音声操作に対応しても良いのでは」という意見が挙がったこともあったそうだが、ユーザーの利便性を最優先に考えて、まずは思い切って枝葉の部分を切り落としてシンプルな音声操作リモコンにまとめあげた。思い切りの良さもアイリスオーヤマの「らしさ」であると言えそうだ。

アイリスオーヤマのLUCAシリーズは今どき珍しくインターネット接続の機能そのものを搭載していないテレビだ。その理由を鴫原氏に訊ねたところ「どのボタンを押しても迷わない、安心して使えるテレビ」を目指したからだという。コンセプトに共感するユーザーから支持も得ているそうだ。ただ今後はインターネット接続により実現できる便利な機能を、簡潔な操作性を損なうことなく、なおかつユーザーにメリットを感じてもらえるように取り込む道筋も模索したいという。

アイリスのAIは「応答を言葉で返さない」

シンプルな音声操作にこだわることによって、家電と音声操作の本来あるべき関係性も垣間見えてくるのではないだろうか。鴫原氏に手応えを尋ねたところ、アイリスオーヤマでは「音声操作への応答を言葉で返すべきではない」という考えに至ったのだという。

「音声コマンドを話しかけた後に、『わかりません』『失敗しました』等の答えが返ってくると音声操作に魅力が感じられなくなるからです。ベッドに入って、さあ眠ろうという時に、照明器具の音声操作に失敗してしまうと気が立って眠れなくなることも有り得ます。だから当社の音声操作シリーズは短いアラーム音か、またはテレビの場合はLEDランプの3色の点灯でシンプルに操作結果を返す仕様としています」(鴫原氏)。

ユーザーの評価は概ね前向きだという。ただ、今後は製品の想定ターゲットに合わせて例えば人気のアニメキャラの声で応答してくれるような製品があってもいいのではという意見も開発チームの中から出ているそうだ。または音声認識のほかに人感センサーなど多種センサーを組み合わせた操作方法も考えられるだろう。鴫原氏は今後もユーザーの声に耳を傾けながら様々な可能性を見つけたいと語っている。

家電の音声操作が今後ブレイクする可能性も?

年初から拡大する新型コロナウイルス感染症の影響を防ぐために、非接触/コンタクトレスで利用できるユーザーインターフェイスがにわかに脚光を浴びている。各家庭の家電製品についても、外出から帰宅後すぐに照明やエアコンの電源を物理リモコンに手を触れることなく操作できる音声認識インターフェイスの価値がこれから高く評価されるのではないかと筆者も考えている。鴫原氏は、アイリスオーヤマの家電も今後さらに音声操作によるインターフェイスのブラッシュアップを続けながら寄せられるニーズを真摯に受け止めていきたいと話している。

欧米や諸外国に比べて、日本では家電の音声操作の普及が進まないとも言われている。でも一方で過去、日本国内ではその価値が理解された後から人気に火が付き、一気に普及した技術やサービスもあった。慎重に価値を見極めようとしている日本のユーザーに、アイリスオーヤマならではと言えるものづくりの姿勢が受け入れられ、家電の音声操作がブレイクするきっかけが生まれるのか。今後の展開に注目したい。

山本 敦