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パナソニック“うんち博士”の研究で生まれた理想のトイレとは? 工場で見て驚いた
2022年2月25日 07:05
東京から東海道新幹線で豊橋駅を過ぎて数分すると、山側のE席から見えるパナソニックの工場。ここは洗面台や公衆トイレなどでおなじみの非接触の水栓、そしてトイレの「アラウーノ」などを作る幸田工場だ。
「そんな便器の名前をいわれてもわからない!」という人もいるかもしれない。でも個室に入るとフタが自動で開いて、ボタンを押せば便座まで自動で上がるトイレに遭遇したことがないだろうか。しかも普通は背中にある水タンクがなく、とってもシンプルでオシャレに見えるアレ。そのトイレの多くがパナソニックの「アラウーノ」といってもいいほどだ。
経験者の中にはトイレのフタが開くと、きめ細かい泡の膜が一面を覆っていて驚いた方も多いはず。さらに「アラウーノ」の名が示すとおり、このトイレは使うたびに自分自身を洗う機構がいろいろと搭載されている。
今回はその秘密を探るべく工場を独占取材。そこで知ったのは便器を作る以上に、オシッコとウンチの研究だったことだ!
【閲覧注意】実在した! パナソニックの「うんち博士」に聞いた超リアルな研究
以下ではちょっと生々しい話と写真があるので、お食事中の方や苦手な方は注意して欲しい。
一般的に、何かを開発するには色々な実験をして問題を洗い出し、それを解決していく。それはトイレも一緒だ。でもトイレは普通の家電と異なり測定器を使った結果だけでなく、オシッコやウンチをしっかり流し、こびり付きにくい形状や機能を研究しなければならない。
ではどうするか? モニターの人に実験してもらう手もあるが、1日で実験できる回数には限りがあり、その日によって出るもののコンディションが違う。健康的な場合もあれば、お腹を壊していることもあるだろう。実験は可能な限り同じコンディションで行ない、水の量や形状などの1つだけを変えて繰り返し実験することで、最適な解を求める。
つまり、トイレを開発するには実験用の擬似的なオシッコやウンチが不可欠。そこでトイレの開発に並行して、実験用のウンチの開発も始まる。温度による粘度の違いや油分の含有率など、試行錯誤して5つの「模擬便」が生まれた。コンディションに応じてお腹の調子の悪いときから健康なとき、さらには消化器の疾患で水に浮くタイプまである。これらを開発したのはパナソニックの川本早高氏。「うんち博士」の異名を持つ。
でもうんち博士の研究はこれだけで済まなかった。除外できていない不確定要素としてあったのが、用を足したときのポジションや勢い、量などだ。そこで開発されたのが「模擬便吐出装置」。アクチュエータ(押し出し装置)で擬似便を入れたピストンを押し込むことで、毎回同じ圧力、同じ時間、同じ位置に落とせる。しかもトイレに付着した一部が水溶性のものなのか油分なのかが分かるように、流し終えると色で区別できるようになっている。うんち博士いわく「本物を超えた偽物」だ。
さらに、今もよく話題となっている「男性も座ってオシッコをすべき説」。近年では「男性も座る」人が過半数を超えているが、まだ4割が立ってする派だという調査結果も出ている。
そこで問題になるのが、いわゆる「お釣り」の汚れだ。この問題を解決するため「アラウーノ」は、フタを自動的に開けると同時に食器洗い洗剤を応用した極細かい泡の膜を便器全体に張る。すると立って用を足しても、お釣りは泡でガードされまわりに飛び散らない。
ここでうんち博士の再登場! 擬似オシッコはもちろんだが、身長や勢い、切羽詰まっている場合とリラックス時、もちろん狙う場所も人によってまちまち。しかもオシッコは水道のような「線」で流れず、「連続した点」で落ちる。これを完全再現するのが「模擬小便吐出装置」だ。毎回一定量で一定時間、一定箇所を狙えるスグレモノ。
これらはすべてパナソニックの持つ特許で、特許庁のデータベースを調べたところ本当に実在した! 「流すたびに自動で洗浄できる」パナソニックのトイレ実現において、「うんち博士」こと川本早高氏はまさに影の立役者といえる。
水タンクがないのに一気に流れる秘密
「アラウーノ」をはじめとした節水式のトイレはいま、人気が高まっている。一般的なトイレなら1回流すとおよそ13L、小で8Lの水が必要。しかし節水式トイレなら1回およそ5L。小なら3L程度で済んでしまう。家族がいれば一日数十回ほど流すので、年間の水道代に換算すると1万5,000円ほど安くなる計算だ。
ここで、ちょっとトイレの構造について紹介したい。トイレにいつも水が少し溜まっているのは、用を足したときの臭いや汚れを軽減する役割もあるが、カットモデルの写真を見ても分かるように、S字になった「トラップ」というところに水をためることで、下水の臭いが逆流しないようにしている。シンクや洗面台の排水管がS字になっているのも同じ理由から。
一般的なトイレは背中の水タンクを一気に流すことで、このS字に溜まったモノをその圧力で押し流す。トイレットペーパーなども一緒に流さねばならず、押し流すにはそれなりの圧力が必要になり、結果として10L以上の水を使うことになる。
しかしアラウーノは背中の水タンクがないのに水が流せる。しかも必要な水は約5Lと1/3程度。これは、パナソニックが特許を持つ節水式の「ターントラップ」が使われているから。
ターントラップの写真を見ると分かる通り、通常はL字の配管が上を向いているのでトイレには水が溜まっている。しかもこのL字の機構は密封されているので下水の臭いがターントラップから漏れないようになっている。
流すときはこのL字を内蔵モーターで下に向けるだけ。加えて家の中の下水管で止まらないように5L弱の水で洗い流す。一般的なトラップのように圧でS字を乗り越えて流す必要がないので節水できるというワケだ。
そこで、カンのいい方だと気になるのは「トラップをモーターで回すため停電時には流せない?」という不安。でもご安心を! 非常時には電池でバックアップできるようになっている。
「非常時に電池なんて入手できない!」というのは阪神大震災や東日本大震災を経験した人ならご存知のとおり。でも抜け道があるのをご存知だろうか? 確かに円筒型の単1~単4電池は一瞬で店からなくなったが、その片隅には角型の006P電池(9V電池)が余っていた。アラウーノが使うのは、災害時でも比較的入手しやすい場合がある、この電池だ。また断水のときは普通のトイレと同様に、バケツで給水すればいい。
また水を一気に流す必要もなく、外側から渦を描くように水を流すので、ムラなく洗い流せるというのも特徴となっている。流し終わったあとにも専用洗剤や食器洗いの洗剤を応用した泡の膜を作るので、水を流すたびにトイレが自身を洗い流すようになっている。
これが製品名の「アラウーノ」たるゆえんとなっている。
「モレないタレない」を目指したら陶器ではなく特殊樹脂製になった
トイレといえば「陶器」というイメージがあるだろう。しかし「アラウーノ」はなんと樹脂製。正確にいうと有機ガラスコートされた汚れのつきにくい新素材だ。「どう見ても陶器なんだけど」という方は、工場での写真をご覧あれ。
鉄のフレームに樹脂製のリブ(構造支持体)をはめ込み、その上に有機ガラス系新素材でトイレ内部と外部を覆っている。もしどこかで「アラウーノ」を見かけたら、トイレの横をトントンとノックすれば、その音でも陶器じゃないことが分かるはず。
では、なぜ一般的な陶器製にしなかったのか? その答えは陶器ではここまで「タレない、モレない」トイレを作れなかったから。ご存知のとおり陶器は型に粘土を詰めてシッカリ圧縮し、それを窯で焼いて仕上げる。湿った粘土を焼くので、焼き上がりは縮んでしまい、厳密には1個1個にバラツキ、つまり誤差が生じてしまう。
パナソニックが作りたかったのは、便座の下の土台に3mmのフチをつくり、もしオシッコがフチに落ちても外にタレないようにするトイレ。しかし同社によると陶器ではなかなか精度が出せなかったという。また微妙な傾斜をつけるのも難しい。さらに便座と土台のすき間を極力狭めオシッコが外側に漏れないようにしたかった。こちらもミリ単位ですき間を詰めるために有機ガラス系素材が有利とのこと。
有機ガラス系素材は、プラスチック樹脂と同等の精度が出せるので、3mmのフチでもそれ以下のすき間も詰めることができて、個々のバラツキが一切ないという。こうして便座と本体のすき間からタレない、モレないトイレが作れるのだ。
しかも陶器のトイレは50~70kgと重く、搬入出や取替え作業なども大変だ。一方でアラウーノはだいたい20kgと軽く、搬入施工も一人でできるので、業者にも人気が高いとのこと。
モデルによって価格はさまざまだが、取替え工事施工費込みで20万円前後といったところ(筆者調べ)。つまり今タンク式のトイレを使っている場合は、アラウーノに交換して年間1万5,000円の水道代が浮くと、13年も使えば元が取れる計算だ。
「トイレなんてどれも同じ」という考えを改めた!
筆者は20年ほど前に自宅を建てた。全部カスタマイズできる注文住宅だったので、コンセントの位置から壁紙、部屋の照明までいちいち考えねばならなかったが、トイレだけは「一番安いのをお任せで! 色も適当なのでいいです」と注文した覚えがある。その結果、水がたっぷり流れるトイレでかつ、ぢ主の筆者は後からシャワートイレを購入して自分で工事した。
今回アラウーノの工場見学をして「トイレをナメていた」ことを悔い改めたい! 節水トイレなら10年強使えば元が取れる計算だし、奥さんに「そんなに汚すなら……切り落としたろか!」などと怒られることもない。お掃除も簡単で、いいことづくし。
配管工事の必要もなさそうな上に、筆者はあと20年ぐらいは生きていられると思うので「アラウーノ」への買い替えも検討しようと思っている。
今回の取材で一番勉強になったのは「トイレの買い替えは、居間のエアコンと同じぐらいの価格で、手軽に変えられるものだった!」という驚きの事実だ。