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開発費を集める夢のツール!? クラウドファンディングの理想と現実

クラウドファンディング

 「群衆」という意味の「Crowd」と、「資金調達」という意味の「Funding」を組み合わせた用語で、Webなどを通じてプロジェクトを公開し、そのプロジェクトを達成するために一般の人から財源や協力を集める仕組みのこと。なお、Webサービスにおける「クラウドサーバー」で使われる「cloud」は雲のことであり、クラウドファンディングのクラウドとは異なる。

 目標達成のために他者から財源の提供を募るという仕組みそのものは以前から存在したが、ハードウェア業界で注目を浴びたのは2009年にサービスを開始したKickstarter。本体を重くすることでiPhoneを片手で取り出しやすくするドック「Elevation Dock」が2012年に100万ドルを集めたほか、電子ペーパーを利用したスマートウォッチ「Pebble」もKickstarterから生まれた。なお、Pebbleはその事業を閉じたが(資産をFitbitに売却)、Elevation Dockは今も元気に営業しているようだ。

Elevation Dock: The Best Dock For iPhone by Casey Hopkins + ElevationLab — Kickstarter

Pebble: E-Paper Watch for iPhone and Android by Pebble Technology — Kickstarter

Elevation Dock
Pebble

 国内でも2011年に「Readyfor」「CAMPFIRE」といったクラウドファンディングがサービスを開始したほか、2013年にはサイバーエージェント・クラウドファンディングが「Makuake」を開始(現在の社名はマクアケ)。その他にも地域特化型やテーマ特化型など、数多くのクラウドファンディングが国内でサービスを展開している。

 クラウドファンディングには、金銭でのリターンを得る「投資型」、プロダクトやサービスの提供をリターンとして得る「購入型」、リターンを必要としない「寄付型」という形態に分かれるが、ハードウェアでは圧倒的に「購入型」が多い。開発中、もしくは国内展開に向けて認証取得中といった製品に対して支援を行ない、完成した製品をいち早く受け取る、という形式が主流だ。

 ハードウェアの開発費調達手段としてクラウドファンディングに期待する声もあるが、クラウドファンディングでの開発費調達はそう簡単ではない。というのもハードウェアの場合、支援者に対して製品を提供する必要があり、そのためのコストが発生するからだ。

 映画や電子書籍など成果物がローコストで大勢に展開可能なプロジェクトであれば、原価のことをあまり考えなくとも沢山の人から支援を募ることができる。また、最近人気の飲食店をオープンするといったプロジェクトも、飲食そのものではなく、特典を付与した会員証(例えば優先的に予約が取れるなど)を発行するといった手法により、支援メニューに飲食の原価を含めずに済む、という展開が可能だ。

 一方、ハードウェアの場合、支援してくれる人は「製品を手に入れる」ことが目的であるため、支援メニューにも製品の原価を組み込まざるを得ない。飲食店の予約優先権のように「価値に換算することが難しい特典」を用意できればいいのだが、ことはそう簡単ではない。

 また、クラウドファンディング時の支援価格には製品の原価だけでなく、各クラウドファンディングの手数料として約10~20%が目標達成時に徴収される。さらに多くのクラウドファンディングは表示した金額での決済となるため、送料や製品発売想定時の消費税も織り込まなければならない。

 例として一般販売時の想定価格が10,000円(税抜)の製品を手数料15%のクラウドファンディングに展開、先行で支援してくれる人への特別価格として10%を割り引いた9,000円を支援価格として設定したとしよう。手数料15%として1,350円、一般発売時価格の消費税800円、送料を1,000円とした場合、合計で3,150円、一般販売価格に対して30%近い金額が費用として必要ということになる。ここから製品原価をさらに引くと、開発費として使えるのは支援総額の数十%程度だ。

 クラウドファンディングを実施するためにかかる人件費も重要だ。文章を書く、写真を撮る、動画のシナリオを考える、動画を撮影し、編集するといった工数は、外部に出すなら安くても数十万円のコストがかかる。ひとたびクラウドファンディングをはじめたら、支援を得るための広報活動にも積極的に力を入れる必要があり、こうした時間は会社にとってコストであり、クラウドファンディングを実施しなければ開発に充てることができた人的リソースであるということを忘れてはならない。

 前述のコストのうち、人的工数以外の費用はプロジェクトの総額に対して発生するため、支援総額に比例して費用も高くなる。そのため、相当に高い目標金額を達成しない限り、ハードウェアの開発費を賄うような金額を手元に残すことは難しい、というのが実情だ。

 結果として国内におけるハードウェアのクラウドファンディングは、開発費を集めるというよりも先行販売としてのプロモーション目的のものや、すでに海外で発売されている製品を日本で販売するために必要な各種認証の取得費用を集めるために実施されるケースが多い、というのが現状だ。

 とはいえ、クラウドファンディングがまったくハードウェアの開発に効果がないわけではない。その効果の1つは市場調査だ。まだ開発中の製品に対して、単なる購入アンケートではなく実際に自分のお金を払って支援してくれるユーザーがどれだけいるのか、どれだけの金額が集まるのかという数字は、一般販売に向けて大きな財産となる。また、残念ながら目標を達成できなかったとしても、量産したはいいがまったく売れずに在庫の山が積み上がる、という事態を回避できるという点では、会社にとって大きな価値だろう。

 クラウドファンディングで認知を集めることはメディアへのPRともなり、資金調達のためにVCへプレゼンテーションするときにも強力な材料ともなる。クラウドファンディングは直接的に開発費用を集める手段としての課題は多いが、製品開発を総合的に見れば、使い方によっては非常に有用な武器となるのだ。

 しかしながら、クラウドファンディングに出せば必ず注目を集められるというわけではない。もちろん、クラウドファンディングのプラットフォームからPR協力も受けられるが、プラットフォームから見るとあくまで数多いプロジェクトのうちの1つであり、よほど製品がすばらしく、放っておいても話題になるほどの製品でもない限り、自分自身で積極的に情報発信をして認知を獲得していくという覚悟や計画はクラウドファンディングにおいて非常に重要な要素だ。

 クラウドファンディングならではの課題もたくさんある。まず、一度発表した価格や内容、予定発送スケジュールは修正が難しい。しかしハードウェアの開発にスケジュール変更はつきものだし、長い開発期間(クラウドファンディング終了日から1年を越えることもままある)の間に自社では何ともできない状況の変化が起こることも多い。

 一例を挙げると、Cerevoが手がけたiConvexというプロジェクトでは、開発期間中にiPhoneのデータ転送端子がDockコネクタからLightningに変更されることが発表され、当時の環境ではその部材を購入することができないことがわかって全額を返金するという事態になったこともある。当然、クラウドファンディング手数料ぶんは戻ってこないし、お客様の信頼は失い、掛けた開発費は戻ってこないなど、事前にはとても想定できない結果となった。

iConvexの紹介ページ

 他にもクラウドファンディングで製品の概要を発表した結果、自社が開発を完了させる前に他社が模倣品を製造してしまい、自社製品よりもずっと安い値段で市場に流通させてしまうということも。

 Kickstarterで7億円以上を集めたFidget Cubeはクラウドファンディングでの価格が$19。しかし、その構造の単純さから模倣品が$2を下回る価格でまたたく間に流通してしまった。

 クラウドファンディングを効率的に活用するためには、事前にしっかりと計画を練ることが必要不可欠だ。

Fidget Cube
この記事は、2017年12月5日に「カデーニャ」で公開され、家電Watchへ移管されたものです。

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