パナソニックの理由(ワケ)あり家電~Panasonic 100th anniversary in 2018

読まない人も多いトリセツをいかに読んでもらうか、パナソニックの専門チームに聞いた

2018年3月に100周年を迎えるパナソニック。国内の家電市場においてシェア27.5%を獲得するなど、名実ともに日本トップの家電メーカーだ。この連載では、パナソニックのものづくりに注目。100周年を迎える中で、同社がどのような思考でものづくりを続けてきたのか、各製品担当者に迫る

 家電に関わる仕事を10年以上続けてきて、つくづく感じるのが「家電は買って終わりではない」ということ。当たり前のことのように感じるが、我々含むメディアや広告では、いかにその製品が魅力的かを伝えはするものの、製品を購入した後のことはフォローできない。実際はその製品を購入してから、どう使うか、使いこなせるかどうかが重要なのに、その情報を伝えきれていないというのが現状だ。

 その重要な情報を最も手っ取り早く得られるのが、家電製品を購入すると必ずついてくる「取扱説明書」だ。製品の使い方はもちろん、こう使うとダメ、安全に使うにはどうするかなど、情報がいっぱい詰まった重要なモノのはずなのに、取扱説明書をきちんと読まないというユーザーも多い。取扱説明書、通称トリセツを作っている部隊は「いかに読んでもらうか」、日々工夫を重ねて、文字通り戦っている。

製品ごとに専任のトリセツ担当者を配置

 話を伺ったのは、エアコンのトリセツを担当しているパナソニック アプライアンス社 エアコンカンパニー エアコン事業部 商品開発部 機構開発課 主務 根垣美佐氏と、洗濯機のトリセツを担当しているランドリー・クリーナー事業部 技術統括部 開発管理課 主任技師 樋口史代氏のお2人。パナソニックの白物、いわゆる生活家電を取り扱う事業部では、製品ごとに専任のトリセツ担当者を配置している。専門の知識が必要ということももちろんだが、パナソニックではそれだけトリセツを重要なものとして考えているのだ。

 トリセツを作るチームは、製品が完全に出来上がる前から、その製品がどういうものか、どういう新しい機能を搭載しているかを共有し、それをいかにユーザーに分かりやすく伝えるか半年以上前から議論を重ねていくという。

 「エアコンでも、洗濯機でもそうですが、基本機能が記載された“ひな形”というものが存在します。それをベースにしつつ、新しい機能の説明を追加したり、お客様からの問い合わせが多かった部分を手厚くするなど、よりわかりやすい説明に書き替えていくという作業が中心になります」(樋口氏)

ランドリー・クリーナー事業部 技術統括部 開発管理課 主任技師 樋口史代氏

 しかし、パナソニックの家電製品は、これまでなかった全く新しい機能が搭載されることも少なくない。そういうときは、ユーザーにどう伝えるべきか、かなり早い段階から取り組んでいく。

 「昨年発売されたドラム式洗濯乾燥機には、これまでにない画期的な機能『洗剤自動投入機能』が搭載されました。液体洗剤や、柔軟剤をあらかじめ本体に投入しておくことで、洗濯機本体が衣類の量などを検知して洗剤の量を計測、自動投入するというものです。

 洗剤自動投入機能を新たに搭載すると聞いたのは、製品を発売する約10カ月ほど前でした。最初にこの機能を搭載すると知った時、これは大変なことになるなと(笑)。これまでにない全く新しい機能をお客様にどう伝えるのか、相当苦労しました。例えば、洗剤自動投入という機能の中で、その洗剤の量をあらかじめ設定できる機能があります。自動投入される量を少なめに設定するのか、標準、あるいは、多めにするのか、お客様ご自身で設定できるというものです。しかしそもそも、標準の洗剤量というのは、どれくらいを指すのか、きちんと説明する必要があります。

業界で初めて液体洗剤・柔軟剤の自動投入機能を搭載したドラム式洗濯乾燥機「ななめドラム洗濯乾燥機 NA-VX9800」
本体の洗剤投入口。ここにあらかじめまとめて液体洗剤を投入する

 標準の洗剤量というのは、各洗剤に記載されているのですが、使用量にばらつきがありました。今回は水30Lに対してどれだけの洗剤量が標準なのか、技術部門が検証したものを各洗剤メーカーに確認、その上でトリセツに表示しています」(樋口氏)

 しかし、これまでのドラム式洗濯乾燥機にはない全く新しい機能だったため、その表示の仕方や機能の説明方法をどうするか、決定までにはかなり時間がかかったという。

 「わかりやすさというのは、いろいろな考え方があります。例えば、標準の洗剤量を表示しないほうがわかりやすいという方、細かい洗剤量まで全て知った上で、自分で設定したいという方、その個人差にどこまで寄せるかというのも問題なんですね。今回は従来にない新しい機能ということで、発売前の製品を使っていただいていたモニターさんのご自宅に伺ってかなり綿密なヒアリングを行ないました。その上で、通常のトリセツとは別に独立した『かんたんガイド』を作ること、その中に洗剤の銘柄ごとの標準量を明記することを決定しました」(樋口氏)

洗剤自動投入機能をわかりやすくまとめた「かんたんガイド」
代表的な洗剤・柔軟剤の標準量を表にまとめて表示した

 発売前の製品を実際に使ってみて、様々なヒアリングを行なうモニター制度は、品質保証部という別の部署が行なっているものだが、製品を実際に使った生の声が聞こえるため、トリセツを完成させる上で貴重な意見だという。

 「最終版ではないのですが、モニター機にもトリセツを付属しています。その上で、どこが分かりにくかったかなどのご意見をいただきます。ただ残念ながら、モニターの方でもトリセツを読まないという方は多いんです。まずは読んでいただく、そこが一番の目標であるということはずっと変わらないですね」(樋口氏)

“読んでもらえるトリセツ”への努力

 実際、「読んでもらえるトリセツ」への取り組みは継続的に続けている。それは、過去のトリセツを見れば一目瞭然だ。今回、一番古いもので昭和40年のトリセツを見せていただいたが、今のトリセツとは全く違うサイズや説明の仕方だった。

歴代のエアコンのトリセツ。左上が最も古く、昭和40年のもの、右下は平成元年のもの。時代を経ることで、トリセツのサイズでイメージも全く異なる。
2005年、2010年、2017年の洗濯乾燥機のトリセツ。10年の間にも表紙のイメージはかなり変化している

 昭和40年のエアコンのトリセツの表紙は雪景色を採用、中の説明もごくシンプルだ。一方、昭和48年の洗濯機のトリセツは、1色刷りながら中の説明はかなり細かい。今のように洗濯物の量を計る重量センサーがついていないので、洗濯物のおよその重さなども明記されており、この表を目安にして衣類を投入するようにとの指示もあった。

昭和40年のエアコンのトリセツ。表紙には雪景色が採用されている
中の説明もごくシンプル
昭和48年の洗濯機のトリセツ
中の説明はかなり細かい。右下には、衣類の重さの目安が表で掲載されている

 「とにかく、お客様に読んでいただくことが第一なので、表紙を雑誌風にしたり、二色刷にしたり、カラーにしたり、様々な取り組みを続けてきました。最近では、これを読めばとりあえず使い始められるという『かんたんガイド』を付属したりしています」(樋口氏)

 しかし、全ての製品で同じような取り組みをしているのかというとそうではない。実際、エアコンのトリセツでは、数年前に「かんたんガイド」の採用を廃止したという。

 「エアコンのトリセツでも『かんたんガイド』を作ろうという取り組みはしていました。しかし、根本的なところで、エアコンのかんたんガイドで知らせることとは何かという議論になりました。エアコンは冷やす、暖めるというのが基本機能であって、それはリモコンのスイッチを押すだけでできます。当時、タイマー予約の仕方などを『かんたんガイド』に掲載していましたが、エアコンにとってガイドの必要性は高くないという結論に至り、2011年にかんたんガイドを廃止し、トリセツの裏表紙を利用した早見表に形を変えました」(根垣氏)

アプライアンス社 エアコンカンパニー エアコン事業部 商品開発部 機構開発課 主務 根垣美佐氏

 エアコンのトリセツチームが今、一番重要なページとして位置づけているのが見開きのページだという。

 「トリセツを見てくださらないお客様が多い中、見開きのページくらいは開いてくれるだろうという期待を込めて(笑)、見開きのページでは、その製品がどういう製品なのか、パッと見てわかるように工夫しています。例えば、最新モデルの『エオリア』は大きなフィルターを備えた空気清浄機能が特徴です。このエアコンには、こういった機能があるんだよということを分かりやすく見開きでまとめています」(根垣氏)

最新モデルの取扱説明書
見開き。空気性機能を新たに搭載したので、見開きでも空気清浄機能をアピールしている

IoT時代のトリセツはどう変わっていくのか

 家電製品の最近のトレンドの1つがインターネットと家電をつなぐことで、利便性をさらに向上させるIoT家電だ。パナソニックのエアコンと、ドラム式洗濯乾燥機も既にネットに対応している。スマートフォンにアプリをインストールすることで、外出先から本体の操作ができるなど、便利な一方、ネット対応の家電製品を購入しても、実際には接続しないままという人が多いのも現状だ。トリセツではそのあたりをどう説明しているのだろう。

 「ドラム式洗濯乾燥機では、アプリの使い方の説明はトリセツに記載していませんが、アプリの開発当初は記載する方向で進めていました。しかし、そうするとお客様は、トリセツと本体、アプリの3つを見なくてはなりません。便利になるはずのアプリ導入なのに、たくさんの説明を読まなくては使えないのであれば、それは本末転倒です。最終的にトリセツにはアプリと本体の接続までを説明して、アプリそのものの使い方までは表記していません」(樋口氏)

ドラム式洗濯乾燥機ではスマホアプリと連携することで、外出先から運転操作や、予約操作ができるほか、洗濯終了したことをスマホに通知するなどの機能を備える
トリセツではアプリのインストール、初期接続までを説明。アプリの使い方についての説明はない

 トリセツそのものをアプリで読めるという取り組みも開始しており、今後も同様の取り組みに注力していくという。エアコンでもアプリの使い方に関しての説明は省略しているものの、アプリを構成しているソフトウェアの著作権をトリセツに表示しなければならなくなり、最初はそれに戸惑ったと話す。

 「著作権は、アプリで使用するソフトによって必ず掲載しなければならないのですが、全て英文でその上かなりボリュームもあるので、最初はびっくりしました。お客様や社内からも全て英文で書いてあるが、これはなんだという問い合わせもありました。エアコンやドラム式洗濯乾燥機は比較的早い段階でネット対応した機種を発売していることもあって、後からネット対応した家電チームから著作権の掲載や、アプリをどう説明するかなど聞かれることも多いです」(根垣氏)

パナソニックのエアコン「Eolia」。無線LANを内蔵し、スマホアプリからの操作にも対応する
著作権を記載したページ。オープンソースのソフトを使っているため、必ず記載しなくてはならない

グローバルでトリセツをどう展開していくか

 パナソニックが家電を販売しているのは、日本だけではない。特に最近注力しているのが、インド、インドネシア、タイなどのアジア圏だ。樋口氏は、海外の洗濯機のトリセツも担当している。

 「海外、特にアジア圏ではトリセツに注力しているというメーカーがまだ少ないのが現状で、トリセツといっても細かい文字がバーっと書いてあるだけというものも多いです。基本は現地で作っていただくのですが、それを日本でチェックして改善していこうという取り組みを進めています」(樋口氏)

左が日本のトリセツ、中央と右が海外製のトリセツ。サイズも本体の厚さも異なる

 実際、海外のトリセツは、日本のものと比べると、サイズも小さく、白黒の仕上がりだ。トリセツにかけられるコストが少ない中、樋口氏は少しでも分かりやすく、見やすいトリセツにしようと試行錯誤を重ねている。

 「例えば、これまで文字ばかりで分かりにくかったページにイラストを多用し、目で見ただけでわかるようにしています。イラストを多用することで、お客様がわかりやすいということはもちろん、言語を問わずに同じレイアウトを採用できるというメリットもあります」(樋口氏)

樋口氏が監修する前のトリセツ。細かい文字がびっしり書かれており、正直読む気をなくす
樋口氏が監修した後のトリセツ。左の写真と同じページで、書かれている内容もほぼ一緒だが、イラストを多用することで格段に見やすく、分かりやすくなっている

トリセツ次第でクレームの数も減る

 エアコンも洗濯機のトリセツも、基本的なひな形はあるにせよ、その中身は毎年少しづつ変化していっている。その重要な根拠となるのが「お客様からの声」だという。トリセツを改良することにより、ユーザーからのクレームが著しく減ったという例も過去にある。

 「ドラム式洗濯乾燥機の場合、乾燥運転をしたら必ず乾燥フィルターのお手入れをしていただきたいんです。フィルターのお手入れをしていただかないと、乾燥性能が低下してしまいます。実際、お手入れについての問い合わせやクレームが一番多い。そこで、2005年から始めたのが、写真を使って説明するという取り組みです。これまでイラストを使って説明したりしていたのですが、写真で説明するようになってから、クレームの数が一気に減りました。それ以降、特にちゃんと説明したいところは写真で説明するようになりました」(樋口氏)

写真を多用することで分かりやすくなり、クレームの数も減った

 メンテナンスが重要なのは、エアコンも同様だ。

 「上位機種のエアコンの場合、フィルターお掃除ロボットを搭載しているんですが、ホコリや油汚れが多い環境で使う場合はフィルターを取り外してのお手入れが必要になります。また、フィルターお掃除ロボットを搭載している機種の中でも、ホコリを自動排出する高機能タイプと、ホコリがダストボックスに溜まる方式に分かれているんです。ダストボックス方式の場合は、年に1回ホコリを捨てなければなりません。フィルターお掃除ロボットを搭載していても、頻度は少ないですが、お手入れが必要な場合があるんです。そこをどうお客様に伝えるかというところは課題です。お客様の中にはお掃除ロボットを搭載しているのだから、手入れは全く必要ないだろうと思っている方も多いんです」(根垣氏)

トリセツも1つの製品。厳しい審査と日々の努力

 パナソニックのトリセツは「分かりやすい、楽しく、扱いやすい」ものでなくてはならないと定義付けられている。そしてそれらは全てお客様目線から、考えられたものだ。

 それを徹底するために、創業当時から設けられているのが、「製品審査部門」だ。製品発売前に問題点を早期に発見し、使い勝手の改善点などを関係事業部門に連絡する部門で、どこの部署からも独立し、独自の審査基準を設けている。パナソニックから発売する全ての製品はこの製品審査部門で審査を受ける。そしてそれはトリセツも例外ではない。

 パナソニックのこれらの取り組みは、経済産業省が実施しているPSアワードを受賞するなど、社外からも評価されている。PSアワードとは、製品安全対策の優良企業を表彰するもので、アプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部による「分かりやすい取扱説明書作成に向けた不断の努力」が評価された。

経済産業省が実施しているPSアワード。製品安全対策の優良企業を毎年、表彰している
アプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部が優良賞を受賞。「分かりやすい取扱説明書作成に向けた不断の努力」が評価された

 「トリセツを作る上で、一番、気をつけているのはなんといっても、わかりやすさです。設計者がいうことはプロダクトアウトなので、それをそのままトリセツに書くわけにはいかないんです。お客様にも理解していただけるように、言い換える必要があります。言いたいことと、それが伝わるかどうかっていうのは、全く違います。私もトリセツなんて読みたくないです(笑)。でもそこを読んでいただけるように、日々努力しています」(樋口氏)

 一方で根垣氏は、トリセツを読まずに家電製品を使いこなしていないのはもったいない、と話す。

 「今の家電は本当に高機能で、便利です。例えば、エアコンって暖房運転が弱いというイメージを持たれている方がいらっしゃると思うのですが、それは暖かい風が出てくるまでに時間がかかるからなんです。そこをフォローするのが『おはようチャージ』という機能です。あらかじめ予熱運転をしておくことで、すぐに暖かい風がでてくるというものです。

 とても便利な機能ではあるのですが、実は設定するまでが複雑で、トリセツでその機能を調べない限り、設定するのが難しい。せっかく高い家電製品を買っていただいたのですから、色々な機能を試していただきたいと思います」(根垣氏)

阿部 夏子