パナソニックの理由(ワケ)あり家電~Panasonic 100th anniversary in 2018

第3回

実は、新技術の宝庫だった! パナソニックのIHクッキングヒーターの進化がスゴイ

2018年3月に100周年を迎えるパナソニック。国内の家電市場においてシェア27.5%を獲得するなど、名実ともに日本トップの家電メーカーだ。この連載では、パナソニックのものづくりに注目。100周年を迎える中で、同社がどのような思考でものづくりを続けてきたのか、各製品担当者に迫る

 ガスに代わる新たな調理用熱源として、27年前から製造を続けてきたIHクッキングヒーター。長時間使い続けていても室温が上がらない、火を使わないことによる安全性の高さ、電気のエネルギーを直接鍋に伝えるためエネルギーのロスが少ないなど、ガスにはない利点がたくさんあり、新しい調理用熱源として注目を浴びたが、当初期待されたような普及率には達成していないのが現状だ。

 背景にはさまざまな問題があるが、大きな要因のひとつとして2011年に起きた東日本大震災がある。電気をなるべく使わない「節電」ムードが高まった中、当時人気が集まっていた「オール電化住宅」は一気に失速、オール電化住宅に組み込まれて販売されることが多かったIHクッキングヒーターの需要も落ち込んでしまった。

 そんな状況の中、1990年に業界で初めて200VのIHクッキングヒーターを開発したパナソニックは、2014年10月に累計販売台数500万台を達成している。当初の予定から考えると、ずいぶん遅いペースといえるのだろうが、そこには、苦境に立たされながらも「おいしさ」を求めてきた歴史があった。

 今回、IHクッキングヒーターの開発の歴史を伺いに向かったのは、製品の開発から生産を全て行なっているという兵庫県神戸市にあるパナソニックアプライアンス社 キッチンアプライアンス事業部 神戸工場だ。

パナソニックアプライアンス社 キッチンアプライアンス事業部 神戸工場

200台の試験的導入からスタートした200VのIHクッキングヒーター

 神戸工場は、IHクッキングヒーターに加えて、IHジャー炊飯器の開発、オーブンレンジの生産も行なっているというパナソニックの調理家電の一大拠点だ。

 「この工場の一番の特徴は内製一貫生産だというところです。基となる基幹部品、IHクッキングヒーターでいえば、コイルを巻くところから樹脂部品の成型加工までやっています。細かな部品の生産から組み上げまで、全てここの工場でやっており、それが我々の強みでもあります」(パナソニック アプライアンス社 キッチンアプライアンス事業部 商品企画部 設備用商品企画課 課長 清水裕之氏)

パナソニック アプライアンス社 キッチンアプライアンス事業部 商品企画部 設備用商品企画課 課長 清水裕之氏

 この拠点で、まず最初に見せていただいたのが、1974年に発売したという100Vの卓上型IHクッキングヒーター第一号製品だ。

 「カウンタータイプと呼ばれていたもので、ガラガラと移動して使えます。使い方は今のIHクッキングヒーターと一緒ですが、100Vタイプなのでコンセントに差して使っていました。専用の鍋しか使えなかったのですが、家庭用に開発されたもので、当時の定価は約35万円でした。パナソニックのIH技術はここからスタートしたといっても過言ではないです」(清水裕之氏)

1974年に発売したという100Vの卓上型IHクッキングヒーター第一号製品

 パナソニックはそれから16年後、業界に先駆けて、200VのIHクッキングヒーターを発売する。ビルトインと呼ばれるキッチンに組み込んで使うタイプのIHクッキングヒーターの原型とも呼べるものだ。そもそも、日本の家庭では100Vが主流であり、200Vの家電製品を作るというのは、大きな決断だった。

 「200VのIHクッキングヒーター開発の根底には、安心、高火力、クリーン、快適という4つのキーワードがありました。火を使わない、袖火のリスクがないという意味での『安心』、ガスコンロの熱効率がガスは約50~60%なのに対し、IHクッキングヒーターの熱効率は約90%とムラなく『高火力』を実現できます。また、フラットなトップでお手入れしやすいという意味での『クリーン』、室温が上がりにくく夏場でも『快適』に過ごせます」(商品企画部 設備用商品企画課 林田章吾氏)

商品企画部 設備用商品企画課 林田章吾氏

 しかし、200VのIHクッキングヒーターの導入には、家電メーカー1社の決断だけではなく、電力会社やキッチンメーカー、ハウスメーカーを巻き込んだ取り組みが不可欠だった。

 「今のように、工事さえすれば200Vの機器を設置できるというわけではないので、200Vの機器だけを作ってもダメでした。実際、電力会社などを巻き込んで製品開発を進めたと聞いています。発売年の1990年は、実は本体は数百台しか売れていないんです。これは、大阪の枚方の特定の地域に、試験的に導入したという経緯があり、電力会社と一緒に進めた取り組みでした」(清水裕之氏)

IH普及のきっかけは、北海道の高気密高断熱住宅

 しかし、IHクッキングヒーター普及のきっかけは思わぬところにあった。それは北海道の高気密高断熱住宅だったというのだ。

 「北海道の高気密高断熱住宅は、寒い地方で普及が進んでいるもので、高い省エネ性と快適性を実現しています。しかし、空気を外に出さないという家のつくりで、自然な換気が行なわれにくくなります。ガスコンロを使って調理をすると、熱や水蒸気、二酸化炭素が発生し、それがなかなか外に出ていかない。一方、IHクッキングヒーターでは空気が汚れにくいため、高気密高断熱住宅との相性が良かったんです。省エネに優れた住宅を推進する法改正の後押しもあり、大手のハウスメーカーも積極的にIHクッキングヒーターを導入してくれました」(林田章吾氏)

IHクッキングヒーターの普及拡大のきっかけのひとつといわれる北海道の高気密・高断熱住宅。自然な換気が行なわれにくく、IHクッキングヒーターとの相性が良かったという

 IHクッキングヒーターの普及が進むにつれ、本体の機能も進化を遂げる。例えば、調理中であることを、赤い円で示す「光るリング」や、魚をひっくり返さずに焼ける「両面焼き自動ロースター」なども、この時期に開発された。中でも一番の変化は、従来のIHクッキングヒーターでは使えなかった「銅鍋」や「アルミ鍋」が使えるというオールメタル加熱方式を新たに採用したことだ。

 「IHクッキングヒーターを導入する上で、鍋の問題は大きなハードルになっていました。これまで使えなかった銅鍋やアルミ鍋を使えるようにしたことで、便利さや使い勝手が広がりました」(林田章吾氏)

加熱中であることを分かりやすく表示する「光るリング」
2002年に発売したオールメタル加熱方式搭載のIHクッキングヒーター「KZ-321MS」

 普及拡大のために、取り組んだのは新機能の開発だけではない。購入しやすい価格設定もそのひとつだ。1990年の発売当初は定価で35万円としていたのを、1997年には195,000円とするなど、20万円を切った価格設定とした。

 「注目していただきたいのは、価格だけではなく、火力や使い勝手の向上、オールメタルの採用など、進化しながらも価格を抑えているという点です。IHクッキングヒーターの需要拡大のための企業努力として、新たな価値を提供しつつ低価格を推進していきました」(清水裕之氏)

普及拡大のための企業努力として、低価格化を推進。注目すべきは、高機能化しながらも、低価格を実現しているという点だ

「なべふり」「揚げ物」IHクッキングヒーターの弱点を1つずつ潰していく

 低価格化や魅力的な機能の搭載もあり、2009年には累計販売台数300万台を達成する。オール電化住宅の普及など、IHクッキングヒーターにとっては追い風が吹いていた。

 「一度、IHクッキングヒーターを使って頂いた方にはご好評をいただいていましたが、新しいお客様にも製品を知っていただきたいという想いで開発したのが光火力センサーです。IHクッキングヒーターの魅力を伝えるのに『高火力』というのは大事なキーワードですが、そうすると安全性は大丈夫かというお声を頂いておりました。高火力と安全性を両立するために搭載したのが、鍋底の温度だけを高精度で検知する光火力センサーです。温度を検知するセンサーは、発売当初から搭載していましたが、従来はトッププレートのガラスを通じて鍋底の温度を検知するため検知が遅く、正確性に欠けていました。光火力センサーは、鍋から出る赤外線で鍋底温度を検知するので、温度管理が正確で早いという特徴があります」(林田章吾氏)

鍋から出る赤外線で鍋底温度を正確に検知する「光火力センサー」を新たに搭載した。温度検知のスピードや正確性において、飛躍的に進化を遂げた

 光火力センサーを搭載したことで、IHクッキングヒーターの2つの弱点が改良された。まず1つめは炒飯や野菜炒めを作る時に、ついやってしまう「なべふり」だ。IHクッキングヒーターでは、ヒーターの上に鍋があることを確認して発熱している。なべふりのように、ヒーターから鍋を持ち上げるような動作をすると、調理が終了したと判断し、瞬時に温度が下がる。再びヒーターの上に鍋を置いても、元の温度に戻るまで時間がかかっていたのだ。

 「新しいセンサーを搭載したことで、すぐに温度が戻るようになり、メーカーとして『なべふりができる』と言えるようになりました」(林田章吾氏)

 もう1つは、「揚げ物」だ。あまり知られていないことだが、多くのメーカーではIHクッキングヒーターで揚げ物をする際、油の温度を正確に検知するために専用の揚げ物鍋を使うように推奨している。パナソニックはこの光火力センサーがあることで、鍋を選ばず、どんな鍋でも揚げ物をすることができる。

 「油の処理という問題もあって、自宅で揚げ物をすることを敬遠される方も多いですが、当社のIHクッキングヒーターであれば、少量の油でも、フライパンを使ってでも揚げ物ができます。それは、他社との大きな違いです」(林田章吾氏)

付属の鍋を使わずに揚げ物をできるというのは、当時画期的な提案だった。

 しかし、パナソニックの開発チームにとって、ライバルは他社製品ではなく、ガスコンロだったという。

 「IHの良さはわかるけど、IHにしないというお客様が多いのですが、その理由の1つがガスコンロに慣れているからというものです。例えば、火を見ながら調理できるとか、どんな鍋でも使える、なべふりしたいというニーズ。それをひとつずつ解決しているというのが、我々の取り組みでもあるんです」(清水裕之氏)

IHでしかできない新たな提案「トリプルワイドIH」

 一方、ガスコンロを追いかけてきたこれまでの開発とは切り口を変えて取り組んだのが、2008年にスタートした「トリプルワイドIH」だ。3つのIHヒーターを横並びに配置し、グリル部は省略、天面のみとした斬新なスタイルはこれまでにないものだった。

 「IHならでは、IHだからこそできる製品を作ろうという想いで、パナソニックのシステムキッチンと一緒に始めた取り組みです。空いた部分で盛りつけなどもでき、ガスにはできないIH独自のキッチン空間を提案しています」(林田章吾氏)

3つのIHヒーターを横並びに配置した「トリプルワイドIH」
IHならではの新しい調理スタイルを提案。パナソニックのシステムキッチンチームと共同開発した

圧倒的に使いやすいグリル革命から、グリル戦争がスタート

 一方、IHクッキングヒーター独自の機能として進化を遂げたのが、グリル部だ。魚を焼いたりするのに使うグリル部は、IHクッキングヒーターに限らず、ガスコンロにおいても「手入れしにくい場所」の筆頭だ。グリルの中にある凹凸のあるヒーターと、魚の脂がべっとりついた焼き網は、どんなにがんばってもピカピカにはできない。しかしパナソニックの「ラクッキングリル」は全く違う。中はフラットで凹凸はなし、しかも焼き網ではなく、食器洗い乾燥機で丸洗いできる専用の皿を使うのだ。

従来のグリル部。ヒーターが露出しており、焼き網や受け皿などの手入れも面倒
ラクッキングリルの庫内。ヒーターを内蔵しており、庫内はフラット。簡単にお手入れできる

 「2012年に発売した『ラクッキングリル』は、ヒーターの上にガラスを設け、ヒーターがむき出しになっていません。通常のグリルで魚などを焼くと煙やニオイが発生しますが、あれは食材から出た脂がヒーターに落ちて出るものです。ラクッキングリルでは、ヒーターが露出してないので、油煙を大幅にカットしています。お手入れしやすいというだけでなく、汚れにくいというのも大きな特徴です」(林田章吾氏)

ラクッキングリル専用皿。焼き網と比べればお手入れははるかにラク。食器洗い乾燥機で洗うこともできる
ヒーターの露出がないことで、脂の飛び散りが少なく、汚れにくい

 ラクッキングリル発売以降、他社もグリルの開発に注力し始める。事実、現在発売されているIHクッキングヒーターの多くが、グリル部に特色を持たせているのだ。この流れは、ガスコンロメーカーにも飛び火、グリル部専用のお皿や鍋など、そこから派生したグッズも数多く展開されている。

 「グリルというのは、お客様がよくチェックされる場所なんです。例えばシステムキッチンを選びに来たお客様の多くは、扉の色やデザイン、収納の形だけでなく、なぜかグリル部を引き出してみるという方が多いんです(笑)。だからこそ、一目でみて違いがわかる『ラクッキングリル』は多くのお客様に支持されたのだと思います」(清水裕之氏)

 他社をも巻き込んだ“グリル戦争”の中、パナソニックのグリルはさらに進化を遂げる。

 「他社に追随できない、真似できないグリルを作ろうということで、2015年に発売したのがグリル部にもIHを搭載した『大火力ラクッキングリル』です。これは下にIHヒーター、上に遠赤・近赤ヒーターを搭載したもので、立ち上がりの時間が圧倒的に短くなりました。グリル皿の表面温度が250℃まで到達する時間が従来は11分30秒だったのに対し、新モデルでは2分という圧倒的な早さを実現しています」(林田章吾氏)

下にIHヒーター、上に遠赤・近赤ヒーターを搭載した「大火力ラクッキングリル」

 ヒーターで加熱するスピードと、IHで加熱するスピードは全くといっていいほど違うという。

 「例えば、サンマ5尾を焼くのに従来のグリルでは22分かかっていたのが、大火力ラクッキングリルでは約半分の12分で焼けます。従来のグリルでは、上からの熱は食材の表面に伝わってくるが、下からの熱がなかなか伝わりませんでした。その間に旨味が逃げてしまうんですよね。それを下をIHにすることで、皮はパリっと、中はジューシーに仕上げることができます」(清水裕之氏)

おいしいを叶える“調理ソフトチーム”

 パナソニックのIHクッキングヒーターを語る上で忘れてはならないのが、見ると思わず作ってみたくなる、おいしそうなメニューの数々だ。2017年からは、有名シェフによるレシピ提案や、シェフによるレシピブックも、購入者を対象とした抽選ではあるが用意されている。そういった魅力的なレシピを作っているのが調理ソフトチームだ。パナソニックの調理家電には、それぞれにレシピ開発を進める調理ソフトチームが存在するという。

 「特に最近では、グリルの圧倒的な進化によって、できるメニューが格段に増えています。ヒーターを露出しない構造により庫内が高くなり、今まで調理できなかったお菓子やかたまり肉も調理できるようになりました」(IHCH事業部 炊飯器・IHCH調理ソフト課 IHCH係 杉谷純子氏)

80℃の低温調理で仕上げたローストビーフ。しっとりとジューシーな仕上がりは、低温調理ならでは
アップルパイなども別売りの平面プレートを使って作れる

 IHクッキングヒーターにはあらかじめ、120ものレシピが用意されているのだという。また、最新モデルでは、ハンバーグやホットケーキなどのメニューを選ぶと、食材の投入タイミングや、裏返すタイミング、完成のタイミングまで全て音声でアシストしてくれる「焼き物アシスト」という機能も新たに搭載する。

 「ハンバーグをフライパンで上手に焼くのって実は難しいですよね。ホットケーキもちょっと目を離すと焦げてしまいます。焼き物アシストでは、普段料理しない人でも失敗しないで料理できるように、工夫されています。音声で指示が流れるので、人が加減を確認する必要がなく、これまでにない便利さです」(杉谷純子氏)

 現在、ホットケーキ、フレンチトーストなど、10種類のメニューが用意されている。

アシスト機能を使うことで、ホットケーキはまるで食品サンプルのように美しく仕上がる。ガスコンロを使って、このように焼き上げるのは至難の業だ
焼き物アシスト機能では音声ガイドが食材投入、ひっくり返すタイミング、加熱終了まで全てアシストしてくれる

安心・安全の先にあるもの

 2014年には累計販売台数500万台を達成したパナソニックのIHクッキングヒーターだが、2011年以降の販売台数の落ち込みは、見た目にも明らかだ。

2014年には累計販売台数500万台を達成したているが、2011年以降の販売台数の落ち込みは明らかだ

 「震災の影響というのはやはり大きいですよね。しかし、2012年の4月からこれまでのグリルとは全く違う『ラクッキングリル』搭載モデルを発売したことが我々を助けてくれたと感じています。この製品があったからこそ、500万台を達成できのだと思います。震災以降は、原点に立ち返って、安心、安全、快適というところを言ってきましたが、本来、調理器としての魅力で考えるとおいしさというところを伝えるというのが重要。体感や試食の場をもっと広げていければと思います」

 最新のIHクッキングヒーターは、調理家電といっても過言ではないほど、様々なプログラムやメニューが搭載されており、ガスコンロとは全く違う便利さやおいしさを実現している。パナソニックのIHクッキングヒーターの累計販売台数が1,000万台を達成する日はそう遠くないだろう。

左から、清水裕之氏、林田章吾氏、杉谷純子氏

阿部 夏子