老師オグチの家電カンフー

日本を救うのは「ズボラ家電」

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです
設定した曜日や時間にカーテンを自動開閉してくれる+Style「スマートカーテン」。「もう朝よ、起きなさい」と言いながらカーテンを開けてくれるお母さん代わりになるアイテムだ

日本も格差社会が進んだと言われますが、家電の新製品も大きく二極化しています。価格の高い安いではなく、使う人の意識が上を向いているのか、下を向いているのかの違いです。

生活の質をより向上させる製品がある一方、人間のラクしたい、ダラけたい欲望をサポートする製品が目立ってきているのです。

具体的に挙げると、前者は例えば、味を追求したコーヒーメーカー、見た目も美しい調理家電などです。とくにコロナ禍では調理家電が売れました。外食が制限される中で、自宅で美味しいものを食べたい、家族で楽しい時間を過ごしたいと思う人が多かった。より健康的に美しくなりたいと、健康家電や美容家電にも注目が集まりました。いわば、QOLを向上させる製品です。

かたや、生活レベルを上げるためではなく、ラクしたいを叶えるのが、ズボラ家電。個人的なイチオシは、水を使わずレトルト食品を加熱できる「レトルト亭」です。コロナで外出が激減し、一時期は毎日レトルトのカレーが昼食だった時期があるのですが、お湯を沸かして温めるのも、お皿に出してラップしてチンするのも面倒に感じていました。最近は箱ごと電子レンジで加熱できるタイプも増えてきましたが、全てではないですし。

そんな究極のズボラ人間(私)でも、そこまでラクさせてもらえるんですか、と驚きを持って迎えた製品が「レトルト亭」です。クラウドファンディングのMakuakeですぐ完売してしまったので、買えてはいないんですけどね。

他には、インスタントラーメンを調理してそのまま食器になる製品などもズボラ志向が強い。大きくは、ロボット掃除機や食洗機もこのベクトルにある家電です。

水を使わず直接ヒーターでレトルト食品を加熱する、アピックスインターナショナル「レトルト亭 ARM-110」。Makuakeでは完売している

より良い生活をしたいとラクしたいは、反対の概念にも思えますが、どんな人間にも両方の意識が備わっています。それを曖昧に表現した言葉が、「便利」です。自分も家電について書くときによく使う単語ですが、QOLの向上とズボラ、その両方を含んだ概念と言えるでしょう。「手を抜きたい」「サボりたい」じゃ聞こえが悪いので、便利という言葉に置き換えられているわけです。そして家電は、この両面を実現することで普及してきました。

家電だけではなく、例えばスマートフォンでも同じです。コンピューターと携帯電話の機能を融合することで、場所を選ばず情報の入手や発信が行なえ、生産性を高めるツールとして登場したスマホも、普及するにつれダラけた側面が目立ってきました。わが家の高校生の息子などは、暇さえあれば横になってYouTubeやゲームに浸ってますからね。スマホは人をもっとも堕落させがちな、世界最大のズボラアイテムなのです。

家電に話を戻すと、AIやIoTの家電も普及させるには、ズボラ要素を高めていく必要があるでしょう。現状では、設定などの手間が利便性を上回る製品も多いですから。スイッチやリモコンを触ることなく、家中の家電をまるで召使いがいるようにAIが操作してくれる世界が理想です。

庶民が王や貴族の生活に憧れていたのは、贅沢な暮らしだけでなく、自分は何もしなくてもいい、ラクできていいなという感情もあったはずです。今や贅沢という点では、空調の快適さ、美味しいごはんなど、すでに江戸時代の殿様のレベルを超えていますが、ラクという点では、まだまだ伸びしろだらけです。

人並みの生活のための家電は、もう中国メーカーにおまかせしてしまいましょう。予想もしなかった上質な生活、もしくは究極にラクできる生活を実現することが、曲がりなりにも先進国の企業に求められているのではないでしょうか。知らんけど。

サンコー「おひとりさま用折りたたみラーメン鍋 21SFEPFO」。インスタント袋麺がちょうど入るサイズで、そのまま食器としても使える
小口 覺

ライター・コラムニスト。SNSなどで自慢される家電製品を「ドヤ家電」と命名し、日経MJ発表の「2016年上期ヒット商品番付」前頭に選定された。現在は「意識低い系マーケティング」を提唱。新著「ちょいバカ戦略 −意識低い系マーケティングのすすめ−」(新潮新書)<Amazon.co.jp>