2018年4月17日 18:15
2018年4月16日、映画監督の押井守氏が発起人となる「ILC Supporters」の発足記者会見が行われた。
ILC(国際リニアコライダー)とは、全長30キロの長大な加速器であり、光速に加速された電子と陽電子を正面衝突させることで、「宇宙誕生から1兆分の1秒の世界を再現」することができるという実験施設。ILCによって宇宙創成の秘密、そして未だ知られざる宇宙の法則解明に近づくと言われている。「ILC Supporters」は、そのILCの日本への誘致を実現しようというプロジェクトだ。
会見には、メンバーとして押井守氏、東京大学特任教授の山下了氏、アニメーションプロデューサーの竹内宏彰氏、アニメーション監督の森本晃司氏、クリエイター・声優の木村優氏、ゲームディレクターの鈴木裕氏が参加。会見には不参加となったが作曲家の川井憲次氏もメンバーに名を連ねる。
ILC Supportersの発足理由について、発起人である押井守氏は、
「地上でビッグバンを再現するという学術目的以外になんの目的も持っていない装置が、大変なお金をかけて作られる、というのは良い話だと思った。戦後の日本は利便性、地上的な幸福の追求、つまりいかに豊かな暮らしをするか、というのを目指して来たが、その結果、若者が希望を持ちづらい息苦しい世界になってしまった。映画監督は夢みたいな話を作る仕事だが、そんな自分が一度は夢みたいなことを実現して、人類の役に立つことをしたい。そう思って色々な人を巻き込んでいったら、気づいたら発起人になっていた」
「これまでは映画という仕事を通じて社会に関わっていくという立場を貫いていたが、今回は最初で最後の社会的な運動に関わってみようと思った」とした上で「できるだけ楽しくやっていくのもテーマの一つ。創作と同じ精神で、わくわくするものでなくてはいけない」と語った。
東京大学 素粒子物理研究センターの山下了氏によれば、ILCの計画が開始されたのは1980年代。今年2018年はいよいよ日本政府の誘致検討が最終段階に入るという年とのこと。立地については日本の北上山地が国際的にも有望視されており、あとは日本政府が承認するかどうか、というところまで来ている。ILCができれば日本で初めての国際的な研究所ということになり、欧州のCERNと同様、世界中の研究者が集まる「知のフロンティア」となる。
押井氏から「未来のためにボランティアで手伝え」と言われてプロジェクトに加わったというアニメーションプロデューサーの竹内宏彰氏は、ILC Supportersの活動について「ILC誘致を実現するための応援組織。意義と認知を広げるためのバックアップ活動」と説明。参加条件としては「知って、語って、広める」の3つだけ、とのこと。ILCの意義については、イノベーションに必要な3要素「才能」「技術」「創造」挙げた上で、この3要素が低下し国際競争力が弱まる日本を変える契機になりうるとした。
ILCの誘致は日本政府も検討しており、政府間議論もすでに始まっていものの、予算の問題や、管轄省庁が複数にまたがることなどが障壁となりえるという。政府の承認には多数の民意が必要ということで、ILC Supportersはそもそも日本での認知度が低いILCを周知していく活動を行っていくとのこと。具体的には、ホームページなどで配布中のタトゥーシールを使ってSNSにハッシュタグ入りの投稿をしてほしい、とした。タトゥーシールにあしらわれたILC Supportersのロゴはアニメーション監督の森本晃司氏がデザインを手がける。
イベントでは他にもILC Supportersに賛同する著名人が登壇。「バーチャファイター」などで知られるゲームクリエイターの鈴木裕氏、外務省任命「カワイイ大使」として国内外で活躍するクリエイター・ファッションデザイナー・声優の木村優氏、小説家・編集者の山下卓氏などがILCに対する思いを語りました。
イベント後半のトークショーでは、「ILC事業の国家的意義と重要性」や「ILCによってもたらされるものは何か」といったテーマが語られた。押井氏は「直感的に捉えたILCは、何の役にも立たないもの。以前、それが何の役に立つのか、などと連呼する政治家がいたが、それに猛烈に腹が立った」「日本人は形あるものしか尊重しない、目に見えるものしか評価しない。人間の感覚で追いきれないものをどうやってイメージで追うのか。そのためにどれだけのお金、時間、才能を使い潰すことで獲得できるのか。そういったことに日本人は無頓着」と語る。
山下氏は「ヨーロッパでは、科学とは文化だという。科学や数学こそ人の営みであり、本質的なものと感じていた」と語り、「科学によって世界を知ることで、世界に対する考え方が変わる。その中で新しい技術が出てくるかもしれないし、技術の使い方に対しても謙虚になれる」とし、また「このプロジェクトのいいところは、日本にとっても世界にとっても大きなチャレンジであるということ」とILCの意義を語った。
ILCによって何がもたらされるか、という問いに対して押井氏は「科学は思想。技術は科学の応用であり、社会化されて形になったもの。科学は思想なので目には見えない。ILCが形になって日本がどう変わるか、なんて、聞いちゃうこと自体がダメ。それがわかったら作らないし、映像作品にしても、そうしたものを喚起するために作るのだから、作り始めるときに自分の中に答えがあるわけではない」と自身の作品作りを例にして回答。アインシュタインの有名な台詞であり、今回制作されたショートムービーの主題である「神はサイコロを振らない(のか?)」になぞらえて「だからこそサイコロを振らなくちゃいけない。サイコロを振らないと生きられないのが人間。サイコロというと博打というイメージが付いて回るが、そうではなく、自分の中のサイコロを振れということ」と語った。
押井氏はイベントの最後の挨拶で、ショートムービー制作時のエピソードを紹介。映像のラストで2つのサイコロが振られるカットでは、サイコロは5のゾロ目で、しかも計算したかのように絶妙に画面に収まったが、これは全くの偶然であり、そのあと何度振っても、ゾロ目はおろかうまくフレームに入ることもなかったという。押井氏は「それが映画を作ることの面白さ。人間の直感がつくる計算しきれないもの」と語り、「サイコロを振る」ことの重要性を再度説明。
最後に「ILCは思想的に面白い。それは、現代のピラミッドであり、なんの役に立つのだ、というところがキモ。そこからしかILCの理解には入っていけない」「人間がどうなっていくのか、人間社会がどうなっていくのか。この歳になるとそれくらいしか興味がなくなってくる。目の黒いうちにILCがスタートするのを見届けたい」と語った。