e-bike日々徒然

自転車で大冒険していた中学生パワーはないけど、今はe-bikeで「遠くの新しい景色」を求めている

先日、古い写真から「中学生時代に自転車で峠に上っていた」ことを思い出しました。「そうそう、あの頃、自転車が趣味だったんだよな」と懐かしい気持ちに。

中学生の頃に友達と顔振峠(こうぶりとうげ・こおぶりとうげ・かあぶりとうげ)に行ったときの写真。顔振峠は埼玉県飯能市にある峠で標高500m。奥武蔵グリーンライン沿いにあります

ルートは自宅→正丸駅(しょうまるえき)→苅場坂峠(かばさかとうげ・かりばさかとうげ)→顔振峠→自宅、だったと思います。現在の筆者なら「バイクじゃないと無理」となるルートで、e-bikeでもこの距離は少し遠慮したくなります。でも中学生だから、やや無謀なチャレンジも強引にやってのけたようです。

なんで中学時代は自転車に熱心だったんだろう? その頃の写真を漁ってみたら、サイクリングブームだったようですね。1978年(昭和53年)前後。ランドナーやスポルティーフといった自転車を中学生が競うように買っていたという記憶があります。

その頃の写真を見ると、中学の級友が何人か集まってよくサイクリングをしていたことがわかります。たとえば奥多摩湖(おくたまこ)に行っていたようです。

どこかで一休みしているときの写真。ドロップハンドルのスポーツ自転車でサイクリングしています。最初に見たときは場所がわかりませんでしたがどうやら青梅駅(おうめえき)前です。後方の茶色と白のタイルの建物は現在でも(色は違うものの)残っています
自宅→青梅駅→奥多摩湖へとサイクリングしたようです
奥多摩湖近くで休憩中。「奥多摩 水と緑のふれあい館」から南西に180mくらいの場所で、現在でもこの地形が残っています。我々は5人グループでのサイクリングでしたが、右側にもサイクリストが6人ほど写っています。やっぱりサイクリングブームだったんですね
自宅から奥多摩湖は距離が約50kmで獲得標高は約500mです。新品の自転車をゲットした中学生は、それだけでテンションが高まって奥多摩湖まで行けちゃうんですね。ここからUターンで帰っても残り50kmはあるのに……
しかもこの日は奥多摩周遊道路まで上っています

かすかに、奥多摩湖→奥多摩周遊道路→あきる野市→福生→自宅というルートだったと記憶しています。中学生5人組すごい体力! 若さってすごい!

ほかにもサイクリングの写真が出てきました。山の中っぽいところで記念写真。すぐにどこかわかりませんでしたが、写真に写り込んだ石碑から高尾山(たかおさん)の山頂付近であることがわかりました。

別の日のサイクリング。こんどは中学生8人組です。「YMCA」や「JUN」のTシャツが時代を感じさせます。自転車はみんなランドナーですね。フタ付きのアルミ製と思われるボトルやハブブラシも時代を物語ります
記念写真の左奥に石碑があります。調べてみたら、これは「日本野鳥の会」創始者、中西悟堂氏の歌碑だそうで、高尾山の山頂近くにあるそうです。8人組中学生、サイクリングで高尾山なのか! スゴ!

うっすら思い出すに、確か森の中の坂道で、自転車を押したり、たまに乗ったりして、かなりがんばって上ったような記憶があります。帰りに八王子の街中を走ったことも思い出しました。自宅から距離にして約40km、獲得標高は約750mです。やっぱりすごいな、中学生パワー。

自転車に乗ることも、知らない景色を見に行くことも、とても楽しかったんでしょうね。写真の中学生はみんな笑顔です。

こういう写真を見ていると、また自転車に乗って新しい景色を見にいきたくなります。とくに高所からの景色を。

ただ、筆者がそうするならe-bikeに乗って、と思います。人力自転車は、乗る人の体力がそのまま走行の原動力になります。なのでライダーの体力が向上しないと、「もっと遠くの新しい景色を」という希望は叶いません。加齢とともにどんどん「もっと遠くの新しい景色」から遠ざかりがちなのが人力自転車です。

そんな目減りを止め、「もっと遠くの新しい景色」を現実的にしてくれるのがe-bikeだと思います。トランポを併用すれば、さらにさらに「もっと遠くの新しい景色」が身近になるでしょう。

トランポと人力自転車というのもアリですよね。でも筆者の場合、高所に自転車で上っていくのはもはや苦行です。しかしその苦行は、e-bikeによりエンタメに転換することを知っています。なのでやはりe-bikeで。中学生のパワーとテンションには及びませんが、e-bikeがあれば同じように新しい景色を求めて楽しんでいけそうです。

スタパ齋藤