そこが知りたい家電の新技術

エレクトロラックスが本気で作った“日本向け”掃除機とは

by 阿部 夏子
エレクトロラックス本社で小物家電の事業部長を務めるHenrik Bergstrom氏

 北欧の家電メーカー「エレクトロラックス」は、2月に日本市場向けの紙パック式掃除機「ergothree(エルゴスリー)」を発売した。同社はデザイン性の高さから、家電量販店ではなくインテリアショップでの販売が中心だった。それが、2010年10月から家電量販店での販売をスタート、現在は調理家電なども積極的に展開している。

 同社は1912年創設のスウェーデンの家電メーカーで、世界150カ国で製品を展開。これまでに3億5,000台もの掃除機販売実績を持つグローバル企業である。そこまで大きな会社が、参入が難しいといわれている日本の市場に挑戦する意味はどこにあるのだろう。本社で小物家電の事業部長を務めるHenrik Bergstrom氏に話を伺ってきた。

世界で2カ所しか実現し得ない特殊な塗装を採用

2月に発売した日本市場向けの紙パック式掃除機「ergothree(エルゴスリー)」

 日本向けに発売した今回のエルゴスリーは、そもそも日本のマーケティングチームが本社に企画書を送ったことから始まったという。

 「日本のマーケティングチームから送られてきた企画書には明確な目標が記されていました。それは“日本市場において最もパワフルで、高性能な掃除機を作りたい”というものです」

 しかし、エレクトロラックスでは、すでに世界各国で様々な製品を展開しているし、日本でもその中のいくつかのモデルを販売している。それでは、満足できなかったのだろうか。

 「確かに、私たちは自分たちの製品に自信を持っています。優れたダストピックアップ率、静音性、クリーンな排気については、第三者機関の認証も受けていますし、シェアNo.1を占めている市場もあります。しかし、日本から送られてきた企画書で特に重要視されていたのはサイズ、そしてデザインの問題です。日本の消費者は、本体のフォルムはもちろん、たとえばボタンやホイールなど細部に至るまで、こだわる方が多い。これはアメリカやヨーロッパにはない傾向です」

 エレクトロラックスは、早くから独自のデザインセンターを設立。専用のデザイナーを雇って製品作りを展開してきた。日本進出当初は、家電量販店でなく、インテリアショップで製品を販売していたほど、デザインには力を入れている。それだけにデザイン面を見直したというのは少し意外に感じた。

 「北欧で求められるデザインと、日本で求められているデザインは全く違っています。北欧のデザインは、シンプルでピュアなものが主流ですが、日本では、本体の機能性を表現するようなデザインや、精巧さが求められているように感じます。ただ、我々のデザインが日本で受け入れられていないとは考えていません」

 事実、同社のスティック型掃除機「エルゴラピード」は、日本のスティック型掃除機市場で35%のトップシェアを占める人気製品だ。同氏も、「日本でスティック型掃除機市場を確立したのはエルゴラピードによるところが大きい」と胸を張る。では、エレクトロラックスが考える“日本向け”のデザインとはどういうものなのだろう。

 「エルゴスリーで目指したのは、日本市場において最も優れた掃除機です。これまで以上に、日本人の嗜好やこだわりを研究して作りました。特にこだわったのは、塗装の部分です。本体中央の金色のデザイン部分は、京都で特注したもので、世界でも2カ所しかできないという特殊な塗装技術を用いています」

 シンプルでピュアなものを目指す北欧デザインに対して、日本向けの「エルゴスリー」では、ほかの掃除機にはないデザインやこだわりを詰め込んだというわけだ。

日本のスティック型掃除機市場において35%のシェアを占めるスティック型掃除機「エルゴラピード」と、エレクトロラックスジャパン 代表取締役 ゴードン・トム氏本体中央のデザイン部分の塗装にこだわったという。高級感のあるツヤっぽい仕上がりになっている

とにかく小さくすることを目指した

ヨーロッパなどで人気の高い「ultra one」。運転音42dBでありながら、パワフルで、排気もきれいな点が特徴

 エレクトロラックスでは、掃除機の基本機能として「静音性」「ダストピックアップ率の高さ」「排気のきれいさ」を挙げる。エルゴスリーではこれらの基本機能に加えて、「日本の家庭で使いやすいサイズ」にこだわったという。しかし、実績のあるエレクトロラックスでも、それは簡単なことではなかったようだ。

 「簡単な道ではありませんでした。というのも、私たちはすでに『ultra one』という紙パック式掃除機を発売しています。このモデルは、運転音が42dBと小さいだけでなく、排気のきれいさ、ダストピックアップ率の高さも実現しているハイエンドモデルです。Ultra oneは、世界での評価も高く、特にヨーロッパにおいて、高いシェアを占める人気モデルです。日本向けの新しい製品を出すということは、Ultra oneを超える製品を作らなければならないことを意味しています」

 完成したエルゴスリーのサイズは、同社のキャニスター型掃除機としてはこれまでで最も小さい267×374×233mm(幅×奥行き×高さ)で、重量は4.5kg。また、操作パネルを本体ではなくて、ハンドル部に設ける、床面の状態に合わせて自動で運転を制御するなど、日本の掃除機ではスタンダードな機能性も備えている点も注目だ。

 「ヨーロッパやアメリカにおいては、掃除機を足で操作する人が多いため、電源ボタンをホースではなくて、本体に設けるのがスタンダードになっています。しかし、日本市場を考えた時にそれはふさわしくないとして、エルゴスリーではハンドル部分に変更しています」

本体サイズは267×374×233mm(幅×奥行き×高さ)で、重量は4.5kg手元に操作部を設けた本体後部の排気口に至るまで、デザイン性が重視されている

最も大切なのは、ユーザーが何を求めているか

 一方、世界で製品を展開する同社に、日本の製品はどう映っているのかも気になるところだ。同氏も前述したように、日本の白物家電は世界でも特異な存在で、その機能も突出している。たとえば、本体からイオンを出して、室内の空気を除菌・脱臭するという機能は日本独自のものだという。

 「日本製品の機能の細やかさには驚かされます。しかし、最も大切なのは、ユーザーが何を求めているかだと思います。掃除機に対してユーザーが、最も期待することは室内をきれいにするということでしょう。基本性能で満足してもらうということが一番大切ではないでしょうか。もちろん、日本のユーザーが本当の意味でイオンなどの付加価値機能を求めているのなら別ですが、私たちのマーケティングではそのような結果は出ませんでした。

 私たちが追求しているのは、もっと本質的なことです。たとえば、リビングでテレビを見ている横で掃除機が使えたら便利だろう、とか室内の空気を汚すことなく掃除できればいいのになど。実際に使ってみて、快適に使えるか、掃除がしやすいかということにフォーカスしています。」

エルゴスリーの紙パックは同社独自の紙パック「e-bag」を採用。ゴミ吸込み口にシャッターが下ろされる。これにより、交換時にゴミが飛び散ることがなくなるという

 日本の市場では、5万円以上の高級ゾーンはサイクロン式が占めている。エルゴスリーがサイクロン式ではなくて、紙パック式を選んでいるのはどういった理由なのだろう。

 「私たちは、常に排気がきれいであることを重視しています。その選択の結果が紙パックであったということです。特にゴミ捨て時に周囲に飛び散るホコリの数でいうと、サイクロン式よりも紙パック式が優れているのは明らかです」

 最後にずばり、日本市場に力を入れる理由を聞いてみた。

「日本の消費者は、とても洗練されており、要求するレベルが高いのです。日本の製品は世界のどの国よりもユニークで、比類しないほどの出来映えです。新しい試みを試すには、おもしろい市場だと思いますし、製品が活性化するという利点もあります」

 毎年機能を追加した新製品を発表、街に家電量販店があふれかえっているのは日本だけだという。海外メーカーがそこでシェアを獲得するのは、簡単なことではない。完全日本仕様、日本限定発売だというエルゴスリーが日本の市場にどう受け入れられるか。これからに注目したい。






2012年3月22日 00:00