ニュース
日本製エアコンを続ける三菱の静岡工場 徹底したこだわりを見てきた
2024年9月9日 08:05
かつての三洋電機の生活家電はハイアールに買収されて名がAQUAに変わり、東芝は家電事業が中国の美的集団(マイディア)へ、テレビ事業がハイセンスの傘下。シャープは中国の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下だ。日立の家電部門もトルコの資本が入り、つい先日は日立エアコン部門がボッシュに買収された。日本メーカーの技術の高さが認められ、海外進出の足掛かりになるのはうれしい一方、寂しさも禁じ得ない。
そんな中、今も国内生産で頑張っている日本メーカーも残っている。その一つ「霧ヶ峰」でおなじみの三菱電機は、エアコン部門が創立70周年を迎え、数十年ぶりにエアコンの製造ラインをマスコミに公開した。貴重な工場内のモノづくりのノウハウを見てみよう。
冷凍冷蔵関連事業が集約されている静岡製作所
三菱電機のすべてのエアコンは、静岡駅からほど近い静岡製作所で「商品企画・設計」から「開発評価・生産」そして「ユーザーからのフィードバック」を受けるサポートまで一貫して行なっている。さらに冷蔵庫や業務用のエアコンまで、三菱の「冷蔵・冷凍」をすべて担当する「冷えモノ」のプロフェッショナル集団だ。
エアコンも冷蔵庫も冷気を作って冷やす機械という点は共通。つまり、それぞれのコア技術や部品は似通っており、相互にノウハウを共有し技術を高めるために静岡製作所に集約されている。
冷蔵庫とエアコンで共通の重要部品を挙げると、冷気を作る「熱交換器」、これに高圧ガスを送り込む「コンプレッサー」、そしてコンプレッサーを駆動させる強力な「モーター」、そして温度に合わせてモーターをパワフルからゆっくり運転する「制御回路」がある。これらの部品を1つの箱の中に詰め込めば冷蔵庫となり、室内機と室外機に分けて装置を作るとエアコンになるといってもいい。
ただそれぞれの部品がいくら高性能でも、組み立てたときに最高のパフォーマンスを出せないと、いい製品は作れない。ましてや省エネ性能の高い製品ならなおさらだ。
組み合わせのロジックも、部品も多々あるので、最高のパフォーマンスを出す「正解」は、なかなか見つからない場合もある。そんな中でも実験を繰り返し「正解に近いもの」を見つけ出していくことが求められる。製品として販売される前に、厳しい環境や使い方などをしても、正しく動作するかの検証も行なわれる。
使う人からの反響としては、買ってよかったなどの好意的な内容もあるが、●●が故障した、●●がうまく動かないなどの声ももちろん集まる。この声はカスタマーサービスや窓口を通して、最終的に集まるのも静岡製作所だ。その声はストックされるだけでなく、次の研究に活かされ、今設計しているエアコンにフィードバックされる。
こうして「商品企画・設計」→「開発評価」→「生産」→「ユーザーからのフィードバック」→「商品企画・設計」のサイクルを延々と70年間繰り返し、カスタマー本位で作られているエアコンが、「霧ヶ峰」シリーズというわけだ。
6年連続で「省エネ性能ナンバーワン」誇る
電気代の高騰もあり、エアコンを購入する場合は、省エネ性を重視して購入する人が非常に多い。とはいえ店頭のPOPなどに掲げられている「APF」や「COP」など、数値を見てもよくわからない人がほとんどだろう。
最近はだいぶ分かりやすくなって「政府が定めた省エネ性能に対して、どのぐらい達成しているか?」や、標準的な家庭を想定して「年間の電気代」などが掲げられている。
とはいえ一番目を引くのが、サボテンが変形したようなトロフィーが目印の「省エネ大賞」だろう。この賞は「一般財団法人 省エネルギーセンター」が主催している。
大賞を受賞したエアコンはいくつかあり、どれも受賞したことを大きく掲げている。三菱電機の霧ヶ峰「Zシリーズ」は同賞を受賞しているが、販売店を見回すと他社にも「省エネ大賞」モデルがあり、「同率一位なのかな?」と思うかもしれない。
しかしこの大賞は、自己申告制でかつ、規定の省エネ性が確保されていると受賞できるものなのだ。商品購入の際には大変参考になる指標だが「販売されているエアコンの中で最も省エネとは限らない」点に注意。
そんな中、ここ6年間連続して「省エネ性能ナンバーワン」を謳う(三菱電機調べ:国内家庭用エアコンの2019~2024年度4.0~9.0kWの各クラス)のも霧ヶ峰の「FZシリーズ」という、上記のZシリーズとは別モデル。
実はFZシリーズは省エネ大賞を取っていないが、6年前から「最も省エネなエアコン」だという。不思議かも知れないが、省エネ大賞と違ってトロフィーがないため目立たないものの、三菱電機の調べでは「発売されているエアコンの中でも最も省エネ」なのがFZシリーズだという。とはいえ「省エネ大賞」のZシリーズでもじゅうぶん省エネエアコンだ。
逆にいえば、霧ヶ峰で2番目に省エネ性の高い「Zシリーズ」でも「省エネ大賞」を受賞でき、さらにそれより省エネの「FZシリーズ」も用意している三菱電機は、省エネエアコンに強いメーカーといえるだろう。
「人の感情を読む」ためのエンジニアリング
三菱のエアコンには世界初や日本初の様々な技術を盛り込んでいる。そのひとつが霧ヶ峰の代名詞をなっている「ムーブアイ」だ。エアコンの脇にちょっと飛び出した部分があり、くるくると部屋を見渡しているのを量販店などで見たことがあるかもしれない。
これはサーモカメラの一種で、くるくる回って部屋の中の温度ムラ、どこに何人いるか? 外から日がさして壁がどれだけ熱くなっているか? などを調べて、エアコンの風量や風向を調整している。
2023年に登場した「エモコアイ」は、人の感情を読むセンサーだ。エアコンにはレーダーが装備されて、エアコンの前にいる人の心拍や呼吸などをセンシングして、いわゆる交感神経と副交感神経の状態を見ることで、心地よいと感じているのか? 緊張や不快感を持っているかを調べている。
さらにエアコンをリラックスモードにすると、人に風を当てないようにして、緩やかな冷気を送りリラックス状態を見ながらコントロールする。逆に仕事や勉強モードにすると、直接風をあてたり、少し冷気をあてたりして、適度な緊張状態を作り出す。このように霧ヶ峰には、他社にはない独自の機能が盛り込まれている。
これらの開発を行なっているのが静岡製作所にある様々な研究施設だ。高温多湿な部屋、低温乾燥した部屋などの密閉した空間を作り、エアコンが正常に動作するかなどの基礎研究から、センサーや気流の研究をしている。
一般的な部屋を模した実験室には、温度センサーを2,592点、湿度センサーを16点、風速センサーを300点のマトリクス状に設置し、温度や湿度の広がりやムラ、風の届き具合や気流を解析していた。
さらにダミー人形には、22カ所にセンサーを埋め込み、人間の部位による体感温度を調べている。頭や顔、胸や背中はもちろん、左右の足、ひざ、ふくらはぎに加え、ももは左右と前後も0.1℃単位で計測している。さらに驚かされるのは、温度測定だけでなく、人間そのものが熱源体になっていることもシミュレーションしていること。つまりこの人形の“体温”をコントロールして、あたかもそこに人間がいるようにエアコンに見せ、理論通り正しく制御できるかも検証できるのだ。
製作所内ではエアコンの省エネ性とパワーの源となるモーターも独自の開発を行なっている。一般的なモーターは、電線を巻き付けるスポークが何本もあり、そこに1本の電線を巻き付けていく。スポークに高密度に電線を巻くことで強力なモーターが作れるが、放射状に飛び出るスポークに巻き付ける生産工程は非常に難しい。
そこで三菱は、モーターを分解して、放射状の部品1つ1つに分解し製造している。こうすると電線を簡単に高密度で巻くことができ、スポークを何個か集めて円状にしている。最終的にスポークごとの電線をそれぞれ結線することで、簡単な生産装置でより強力で効率のいいモーター製造している。
「動作が複雑で遅い生産工程を、いくつかの単純で高速な製造工程に分解する」という、部品そのものの作り方についての研究も怠らない。
こうしてモーターをユニット状にすると、スポーク状のコイルをいくつも連結するため、その連結部でポキポキと音がすることから「ポキポキモーター」と呼んでいる。名前はそのままシンプルだが、実は革新的なモーターの製造方法なのだ。
フローラックとからくりを使った手動ラックを組み合わせ
生産ラインもモデルごとに最適化されている。三菱電機の発売するエアコンすべてを開発/製造しているだけに、売れ筋の標準モデルから最高グレードモデルまですべてに対応しなければならない。
そのため標準モデルは、作業員の熟練度に関係なく高品質な製品が作れるライン生産を取っている。一人の作業員が常に同じ部品を取り付ける場合は、「からくり」と呼ばれる半自動部品供給システムを用いている。
逆に1人でいくつかの部品を取り付ける場合や、モデルごとに部品が異なる、部品が重い場合などは自動車の生産ラインでよく見られる、ラインとシンクロして動くラック「フローラック」が使われている。フローラックには、モデルごとに必要な部品がピックアップされ、作業員はそこから部品を取り出してラインの製品に組み込んでいく。
最上位モデルは、作業員1人が組み立てを担当するセル生産を行なっていた。セル生産は、作業員の習熟度が求められ、大量生産向きではない。それゆえ品質が求められるハイグレード機の生産のみとなっている。とはいえ丸ごと1台を組み立てるのではなく、いくつかの工程に分けていた。製品は台車のようなものに載せられ、自分の担当工程が終わると、その台車を次の工程の人のもとへ移動するというやり方だ。
品質検査でも合理化が行なわれているという。従来配管の漏れは、ガスを充填して配管にテスターを当てて漏れをチェックしていた。現在はガスを充填した機器をチャンバー(密閉空間)に入れるだけで漏れを検知できて、工数削減と時短につながっている。
「ポカヨケ」対策のデジタルアシスト機能を活用
組み立ては基本的に人手。人間は機械と違って同じことを繰り返すのが苦手で、どうしてもミスをしてしまう。たとえば部品を間違えたり、ネジを打ち忘れたり、見逃してしまったりなどなど。これらは一般でも「ポカ」「ポカミス」などと呼ばれる。
人が介入する生産ラインにおいてどうしても「ポカ」は起きてしまうため、いかにして「ポカ」を減らすように、「ポカ」をしてもすぐに検知できるようにするしくみが必要だ。これを工場では「ポカヨケ」と呼ぶ。
そのためにラインで採用されているのが、視線をトラッキングするコンピュータアシストシステム。組み立てにしても検査にしても必ず「注目すべき部分」がある。これをコンピュータに覚えさせ、「作業員の視線」をトランキングして「見るべきところを見ているか?」をチェックするものだ。もし見逃していたら警告を出すことで「ポカヨケ」できる。
一人でいくつもの作業をするセル生産のラインでは、コンピュータがやるべき作業をモニターに映し出す、電子組み立てマニュアルなども導入され、作業の標準化や教育委時間の短縮に合わせて「ポカヨケ」を支援している。