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コンセントに挿すだけでネットにつながる! 家電のIoT化で蘇るPLC不死鳥伝説!
2019年9月2日 00:00
無線LANがこれだけ普及する前、Windows MeやWindows XPを使っていた頃のお話。「家やオフィスにLANケーブルを敷設するかわりに、既存のコンセントを利用してLANを組みましょう!」という規格が登場した。それが「PLC」という規格で、Power Line Communicationの頭文字をとったもの。日本語だと「電力線搬送通信」って、そのまんま。
当初のPLCは通信速度も数10~数100kbpsと遅かった。どのぐらいかというと、スマホの通信容量の上限を超えたときの遅さ(笑)。動画なんて見られるわけなく、LINEやメールがやっと(添付ファイルがあるとアウト!)という感じだ。
その後2006年あたりになると、通信速度が200Mbpsまで引き上げられた「HD-PLC(High Definition Power Line Communication)」に進化。しかし2009年になると、無線LANの規格に「IEEE802.11n」が登場し、通信速度が54Mbps→600Mbpsまで一気に引き上げられたことで、再び通信速度はWi-Fiに巻き返された。
以降はスマホの普及や無線LAN機器の値下がりで、家庭内のLANといえば「Wi-Fi」こと無線LANが主流になり、PLCは黒歴史として闇に葬られたかのように見えた。しかし! 再び今PLCが見直され、起死回生の勢いを見せ始めたのである!
Wi-Fiの問題は大混雑と電波の減衰、そしてセキュリティ
スマートフォンの爆発的な普及でWi-Fiの通信装置が安くなり、あらゆる機器がWi-Fi接続できるようになった。テレビやゲーム機、エアコンや洗濯機など家電の数々など、「IoT」を謳うデバイスのほとんどがWi-Fiを使っている。
しかしWi-Fiの電波は有限。次の図は総務省発表の電波の割り当てで、この範囲を逸脱した電波を使うと法律違反となる。Wi-Fiの2.4GHz帯のすぐ下の周波数は公共用の無線通信用に割り当てられ、すぐ上は移動体衛星通信サービスで使われている。
さらに図を見て分かるとおり、アマチュア無線、無線LAN、産業科学医療用はモロ被り。「産業科学医療用」と言うと難しいかもしれないが、一番分かりやすいのは入院患者の心電図モニターだ。データはWiFiと同じ周波数の電波を使ってナースステーション送信され、集中管理されているというわけ。
「でも病院でスマホ使えるよ」と思うかも知れない。確かに家ではWi-Fiで通信しているかもしれないが、出先ではWi-Fiの周波数とは違うスマホの4G(LTE)などの電波を使っているからだ。
でも入院患者の多くが、仕事をしたいとWi-Fiテザリングを使いパソコンとスマホでWi-Fi通信をやりだしたら、院内のネットワークは大混乱。実際にWi-Fiで接続して何人かでゲームをしていたら、医療機器に障害が発生したなんて例もある。
そして、混雑緩和と高速通信用に登場したのが、5GHz帯のWi-Fiだが、こちらもパンパン。
むしろタチが悪いのは、下の周波数は航空システム用で、5GHz帯のWi-Fiに被っている気象レーダーとの通信という点。いずれも上空との通信なので、「5GHzのWi-Fiの電波は上向きに飛ばさないように!」なんて決まりもある。
このようにWi-Fiの弱点は、外部からの電波で妨害されてしまうことや、暗号化されているとはいえデータの乗った電波を周囲に撒き散らしているので、セキュリティ面でも大きな問題を抱えている。だから工場や会社の機密情報を扱うシステム、お金を扱うシステムなどは、いまだに有線のLANを使っているのだ。
Wi-Fiのもうひとつの問題は、身を持って感じている人も多い"電波の届く範囲が狭い"という点。ドアを閉めただけで通信速度が遅くなったり、階が違うとアンテナの本数が激減したり。アンテナから遠くなるほど通信速度が遅くなり、ドアの数だけ電波が弱くなる。この電波のムラをなくすために、無線LANの中継器を置いたりしている家庭も多いだろう。我が家の場合は、各階のアクセスポイントは有線LANで接続している。
IEEE1901aとして世界標準規格の認定! スマートホームや家電のIoT化で蘇るPLC不死鳥伝説!
話をPLCに戻そう。現在、PLCを使ってより快適なネットワーク環境を築こうと、パナソニックがさまざまな取り組みをしている。パナソニック 執行役員 ビジネスイノベーション本部 本部長の馬場 渉氏はPLCについてこう語った。
「PC/モバイルのインターネット“Society 4.0”の時代は、通信にスピードが求められました。でもリアル社会のインターネット“Society 5.0”時代は、あらゆる据え置き機器がネットワークにつながります。中にはそれほど通信速度を必要としない機器もあるでしょう。たとえばエアコンをスマホで操作するのに、通信速度は必要としません」
“Society X.0”とは、政府の描く社会のビジョンで、4.0はいわゆる「情報化社会」で情報を中心に機能する社会を提示した。今示されている5.0は一歩進んで、「IoTであらゆるモノと人がつながり、そのとき情報はAIなどによりが整理された状態で人に提示され、さらにロボットや自動運転などの新しい技術で、人の可能性が広がる社会」としている。また同氏は「簡単」こそ「普及」のトリガと説明する。
「簡単を表す比喩として“コンセントに刺すだけで動く”とよく言われます。コンセントにしてもAmazonの「今すぐ買う」にしても、何かをブレイクスルーするキーワードは簡単さです。そこでIoT PLCは(Wi-Fiのような難しいセットアップなしに)コンセントに刺すだけで、IoT家電がネットワークにつながる「セットアップフリー」を目指しています」
パナソニックがPLCの開発を始めたのは2003年ごろで、世界でも老舗の部類に入る。しかし各社がまちまちに開発したPLCは、互換性がなく、相互に通信できないためパナソニックとソニー、三菱電機でアライアンスを結成。中でもパナソニックが旗振り役となって国内の標準化に尽力してきた。
PLCはコンセントの100Vの電力線に、データの信号を載せて通信する。機器側から逆の視点で見ると、きれいなサイン波を描く電力に乗ったデータ信号は、ノイズ以外の何者でもない。場合によっては、屋内配線やテーブルタップがアンテナとなり、データ信号が電波となって漏れてしまうこともある。PLCはノイズ対策との戦いと言っても過言ではないほどなのだ。
これについてパナソニックのイノベーション推進部門 ビジネスイノベーション本部 IoT PLCプロジェクト 総括担当の荒巻 道昌氏は、こう説明した。
「IoT PLCは(ネットワーク)導入コストの軽減、最大2kmの到達距離と確実な通信を実現する中継機能、そして高い安全性が導入事例から分かります。家庭への普及の課題して取り組んでいるのは、国際標準化と法制度整備、そしてパートナー連携での共創です」
注目するのはRS制度という政府の新制度。Regulatory Standbox(新技術実証)制度といい、AIやIoTなどの技術の実用化とその可能性を検証し、実験で得られたデータ元に法の規制緩和などに結びつけるというものだ。
「パナソニックは2018年にRS制度の第1号認定され、IoT PLCを自社製品6機種に組み込みを実住宅にて評価したほか、他社製品140機種で誤動作の有無を確認、危険や障害の発生防止が守られることを確認しました。これを元に電気用品調査委員会 電波雑音部会にて、ルール化に向け審議予定です」(荒巻氏)
そして2019年には、IEEE1901aとしてIoT PLCが世界標準規格として認められた。日本が主体となってIEEEの規格となるのは非常に珍しいこと。逆に言うと世界も注目しているのがIoT PLCなのだ。
こうして当初は、家庭内LANに変わるものとして登場したPLCだが、現在は高速通信はWi-Fiで、さほど速度を必要としないIoT家電の通信にはPLCというように住み分けしながら、くらしのネットワークを担っていくだろう。
面白いのは、神社仏閣のライトアップなどにPLCが活躍しているという点。これらの場所には、ネットワークを新たに敷設するのは難しくあるのは電源の配線のみ。そこにPLCでライトを制御する信号を流して、一括してライティングを管理しているというのだ。京都などでよく見るライトアップの都部は、IoT PLCに支えられているというわけだ。
「WiFiの場合は電波の減衰で、部屋ごとに通信速度にムラができてしまいました。しかしIoT PLCならどの部屋のどのコンセントを使っても同じ通信速度が出ます」(先の図参照)
詳しくは後述するが、IoT PLCは少し先も見据えていて、家に敷設される他の電線でもデータ通信できるようにと考えている。そのひとつはテレビのアンテナ線。今テレビは個人に1台の時代になり、コンセントにアンテナ出力を備えた部屋が多い。このアンテナ線を使うと、1Gbpsの通信も可能になるという。また固定電話のモジュラージャックでも高速通信が可能だという。既存の電力線そのものではないが、未来の住宅ネットワークが楽しみだ。
電力線を使ったビルのインターフォンから、アンテナ線を使った1,000Mbps高速通信まで可能にするIoT PLC
IEEE1901aでパナソニックが進めたのは、物理的なネットワークの接続とその上位の通信方式の標準化だ。インターネットなどのネットワークレイヤ(OSI参照モデル)で言うと「物理層」にあたり、機器同士が通信をする際に、電気的にどのようにして相手と通信経路を確立させ、通信終了後に解放するのか? どのような信号の波を使って、どうやって同期を取るか? などを規格化している。
さらに物理的な通信が確立した上で、データの最小単位をどのようにして送受信するか、エラーの場合のリカバリー方法といった、通信の根本となるソフトウェア的な仕様も標準化している。先のネットワークレイヤで言う「データリンク層」にあたる。
これらは、インターネットで言うと「UDP」と「TCP」(TCP/IPの下位層)に相当する。IoT PLCもインターネットと同じ速さ優先の「UDP」と正確さ優先の「TCP」を使うとしているということだ。ここまでを含めてLSIのパッケージ化して、ハードウェアをライセンスし、他のメーカーはこのLSIを使って、自社の機器へ簡単にIoT PLCを実装できる。
今のところ標準化で規格化されているのは、ここまで。つまりコレより上位の通信については自由で、汎用性を持たせてある。だからインターネットでおなじみの(TCP/)IPv4でも接続できるし、台数増加対応した次世代IPv6でも使えるというわけ。なんなら太古の昔のNetwareだって使える。それだけ将来的にも汎用性があるということだ。
しかし下から第3層のネットワーク層以降はご自由にというのでは、逆に開発の敷居が高くなってしまう。そこでこれより上位についてはAPI(汎用的なサブプログラム)やネットワーク管理ツールなどをライセンスフリーで提供する。よく言う「SDK」というヤツだ。
先の荒巻氏に下層部だけの規格化に留めたのかについて聞いたところ、こう返事をもらった。
「ギチギチに規格化してしまうと、A社には都合よくてもB社には都合よくない場合などがあるので、現時点ではまずパートナー企業を増やし各社でアイディアを持ち寄って、方向性を決めたいのです。各社で合意が取れたとき、初めてそれを規格化すればいいんです。それまではSDKで大きな指針のみを提供し、各社でカスタマイズしてもらうことで、技術も向上していきます」
規格の話ばかりでなかなか分かりづらいというのが本音(ごめんなさい!)。でもそれを、分かりやすく具体的に示しているのが「HomeX」という家全体のIoT化だ。
これらを有機的にIoT PLCで接続し、これにAIを加えることで、家そのものが暮らしの問題点を洗い出し、解決方法を提示するというのだ。
先に登場した馬場氏は、世界を見据えて説明する。
「パナソニックの製品は幅広く、家電のほか家のスイッチやコンセントまで含めると、毎日触れて生活している方は、世界で10億人いらっしゃいます。これらのIoT化が進めば、IoT PLCデバイスの市場規模は2025年には57.5億台となります。コレだけ大規模なインフラとなるものは、他にないでしょう。初期のWi-Fiと同じで今はIoT PLCモジュールは高価かもしれません、しかし普及とともに安価になり、普及が加速します。世界の人々の未成熟なくらしネットワーク領域に貢献できるのは、我々だけと自負しています」
以前の記事「100年前の製品を、いまだに年間10万個も売るパナソニック」で紹介したとおり、パナソニックのコンセントや壁スイッチだけ見ても、全世界で使われている。全世界で毎日10億人が利用しているというのにもうなづける。
今はまだ狭い領域でくすぶっているIoT PLCだが、RS制度で法整備が進めば、IoT PLC家電の登場は秒読み段階。HomeXまでとは行かないが、より便利なくらしになるのは間違いないだろう。
さらにビル管理の手段としても大きな期待が寄せられる。集中式のインターフォンや照明の管理、各世帯へのお知らせなどは、IoT PLCが担うのはほぼ確実だ。さらにテレビアンテナを経由した1Gbpsの高速通信も集合住宅では、非常に便利に使われること間違いない。
いったん火が消えかかってしまっていたPLCだが、IEEEでの標準化を追い風に、再びスマートホームというプラットフォームで活躍するのが楽しみだ。
【お詫びと訂正】
記事初出時、老衰と表記している箇所がありましたが、正しくは減衰になります。お詫びして訂正いたします。