カデーニャ

時代を先取りしていた、動いて喋れるスピーカー「BSP60」開発秘話

 スマートスピーカーに注目が集まっている今日このごろですが、その大半は音声コマンド入力が可能な、いわゆる箱モノとしてのスピーカーです。プラットフォームごとに音声認識の精度や機能に差はありますが、独自性をもったモデルはさほど登場していません。

 しかしスマートスピーカー躍進の影に、音声でコントロールが可能で、動いて踊れるモデルがあったことをご存知でしょうか。それが、ソニーモバイルコミュニケーションズが開発したスマートBluetoothスピーカー「BSP60」(2015年発売)です。

 踊れるBluetoothスピーカーというと2007年に発売されたソニーのRollyを思い出しますが、実は直系の存在ではないとのこと。Xperia(ないしは条件を満たしたAndroid)との連携をベースとしたスピーカーであり、人とインターネットのコミュニケーションハブとなることを具現化したプロダクトです。

 どのような経緯で開発が進んだのか、またハードウェアとしてのキーポイントはどこか、R&D PM(設計リーディング)を担当されたソニーモバイルコミュニケーションズ PD 商品設計3部 3課 プロジェクトマネージャーの高木良浩さんにお話を伺いました。

「変わったものを作れという話があるんだけど、やらないか」と社内ヘッドハンティング

高木 いままでいろんな製品を作ってきました。VAIOの小型に特化した電気設計に参画しましたし、さまざまな製品で活用できる統合プロセッサ開発の一角で、フォトアルバムを内蔵した「サイバーショットG1」の開発にも携わりました。その次には二つ折りのAndroidタブレット「Sony Tablet P」の電気リーダーをやってきました。

――インパクトが強いプロダクトをたくさん作ってこられたんですね!

高木 ソニーモバイルコミュニケーションズにきてからは電話のシステム周りを見ていたんですけど、途中からかつての上司がヘッドハンティングにきまして(笑) 「変わったものを作れという話があるんだけど、やらないか」と。

高木 弊社はソニーモバイルコミュニケーションズという名前からイメージできるように、コミュニケーションを大事にしたものを作りたいという意識があります。そこでスピーカーに、コミュニケーションを深掘りしたものを入れたらいいんじゃないか、という話からはじまりました。弊社は当時ボイスコントロールができるスマートウォッチ(SmartWatch3 SWR50・2014年発売)があったので、それと組み合わせようということになりました。さらに動きがあったら面白いよね、ということで「BSP60」は生まれ、私はその段階から開発に参加しました。

インパクトのあるデザインと誰でも使える直感的な操作を両立

――「BSP60」の球型というのは最初からイメージされていたんですか。

高木 「コレは何?」というインパクトを持たせるためにこのようなデザインとなりました。あとは全世界の人が見ても高級感のあるものにしたかったんですね。ネジは見えませんし、合せ目も極力少なくして、黒い光沢感も含めて。

ただ、完全な球体ではないんですよ。底面はフラットですし、耳のパーツの先端はちょっと尖らせているんですね。ここで何か起きるんじゃないかなというアクセントをつけています。

――まず注目してもらいたいのは、耳の動きということですか。

高木 そうですね。音を出す時は、ちゃんとその形になるようにアクションさせたかったところがありますね。

――ディスプレイの四隅にある、光っている部分はタッチセンサーですよね。ボイスコントロールが前提にあったとはいえ、タッチコントロールも入れようと考えていたのですか。

高木 何らかのボタンは必要だと考えていて。でもメカ的なスイッチがついているとデザインが破綻してしまうので、タッチセンサーを入れることになりました。耳のパーツもそうですが、押せる部分は光らせる、押せない部分は光らせないようにしています。

――極力直感的な操作が可能で、子供や奥さんも簡単に使えるようにということでしょうか。

高木 ですね。

――子供は好奇心でもって使い始めちゃうでしょうね。

高木 はい。あとペットのいる家庭だと、犬が大興奮するとか(笑)

――犬ですか! 嫉妬心の強い猫だとどうなんでしょうね。

高木 いや猫は意外と大丈夫みたいですよ。彼らはすぐに飽きちゃうみたいです。犬はそうじゃないと(笑)

設計の難しい「球体」デザイン

高木 球って設計しづらいんですよ。何を最優先にレイアウトするかを考えて、結果こうなりました。意外と無駄な空間がないんですよ。なんとかつめこみました。またマーケティング側から、なるべく小さいものにしてほしいという要望がありました。

――ソニーというと、小さくて高性能というイメージありますものね。

高木 で、製品は直径がちょうど100mmなんですよ。でも95mmで設計したらパーツが全部入らなかったんですね。直感で100mmではじめたら、ちょうどよかったんですね。スタッフの勘がよかったんですかね。

一番きつかったのは、耳というかデュフューザーを動かすモーターですね。凝った作りをしていて、2つ入っていますが、くっつくくらいのレイアウトなんです。またボディをこれ以上小さくすると画面も見えづらくなるので、いいバランスにまとまっています。

高木 デュフューザーが開いていると押したくなるじゃないですか。だから押して戻るように、バネだけで支えるようにしています。

高木 デュフューザーもスイッチとして機能します。内部にフォトインタラプターをつけていて、レバーが下がることで検知できるようにしています。

Dカットの軸にはポテンションメーターをつけています。軸の角度によって軸が行ききった・戻りきったことを検出しています。

実は試作時に白いパーツで作っていたのですが、フォトインタラプターが反応しなくてですね。黒いパーツで作った時は問題なかったので、いったい何が原因だとほぼ徹夜したのですが、白いパーツだと赤外線を透過しちゃうというのが原因でした。

――確かに赤外線は物質に浸透する性質がありますが、そうなんですか!

高木 発光素子が発した赤外線を受光素子が受けとれなかった、遮られているかを検出するパーツなのですが、なんで反応しないの、なんで逆の反応をするのと悩んだ結果、赤外線を遮るのが白いパーツだから。というところに行き着きまして。黒マジックで塗って試したらまだダメで。

――浸透力ありますね!

高木 翌日、ホームセンターに行って屋根用の黒い塗料を買ってきたんですね。これは赤外線も紫外線もカットするのですが、これで塗ったらやっとうまく行きました。とはいっても生産効率が悪いので、最終的には別部品にして、光を遮る部分には黒いパーツをはめ込んで使うことにしました。「お金かかるけど仕方ないよね」といって(笑)

お金の話を続けますと、フレキシブルケーブルは取り数によってコストが変わります。そこでパーツをくるっと巻き込む形にして、広げると長方形の短冊になる形にしました。

メカ担当のスタッフが、ここまでこだわるとは思ってなかったんです。おかげで、だいぶコスト面で助かったんですけどね。

高木 その他のスペースは、スピーカーボックスとして使っています。

全方位に音を届け、全方位の音を録れる

――スピーカーユニットのサイズを教えてください。

高木 26mmのユニットを使っています。出力は1.25W×1.25Wで計2.5Wです。

――パワーが小さいように感じますが、実際の音は必要十分ですよね。

高木 それに、これ以上パワーをかけても音圧があがらないんですよ。スピーカーボックスの容量とユニットサイズのバランスをとった結果で、ここは設計のこだわりポイントですね。

高木 スピーカー音は前も後ろも、横も斜めも、全方位的に似たような特性になっています。同じような音を全方位に拡散しています。

高木 その役目を果たしているのがこのデュフューザーですね。これ、実はテーパー状になっているんですね。もしフラットな状態にすると音は直線状に反射してしまうのですが、テーパー状にすると音が広がりやすいんです。

高木 マイクは本体前面にあります。無指向性のシングルマイクなのですが、感度特性を見ると結果的に同心円状に広がっているんですね。どの方向からの音もとれるようになっています。

多少凹んでいる周波数帯もありますが、声の帯域ではないので問題ないんですね。

――設計上のポイントってあるんですか。

高木 実は狙ったわけじゃないんです。この球体の形が、うまく音を周りこましているんだなと。

実は全方向に音が出る、全方向の音が録れることから、弊社ではテレカン(電話会議)に使う人もいます(笑) ニーズは違うんですけどね(笑)

――デュフューザーを合わさる部分の、白いお皿は何の用途に使っているのですか。

高木 スピーカーグリルです。これがないとメカメカしてしまいますし、デュフューザーが開いたら白がアクセントになりますし、LEDの光をうまく拡散させて、綺麗に光らせることができるんです。

走破性を高めるためにわざと残したガタつき

高木 下の部分は少し隙間がありますが、サスペンションが入っているので遊びが必要だったんですね。

まず板バネとスプリングでサスペンション構造を実現しています。モーターとかは固定せず、フリーにしています。なぜこの構造にしたかといいますと、落下試験対策なんです。一番ショックがくるのはこの底部なので、強い衝撃が逃がせるようにしました。またデュフューザーをはめ込み式にしたんですよ。

考え方は2つあります。ガチガチに固めるか、あえて外れるようにするか。結果として外れるように作りました。これで落下試験をすると、狙い通りに気持ちよく耳が2つ飛んでいくんです(笑)

――衝撃を逃がすってことですよね。柔道の受け身をとっているかのようですね(笑)

高木 ガチガチにしていたら軸が折れていたか、角が欠けたかもしれませんね。

――ホイールではなく、底面前後に備わった足の部分にもサスペンションは備わっているのですか。

高木 入っています。なおこのパーツを我々はスタビライザーと呼んでいます。「BSP60」を触ってみると、前後にガタつくのがわかりますが、これはホイールとスタビライザーの高さが違うことから生まれた遊びです。もちろんわざとこうしました。

本来、製品の品位からいったら遊びはないほうがいいのですが、ガチガチに作ってみたら紙1枚すら乗り越えられなくて止まっちゃって。すこし凸凹した机でも使いたいといった要望を想定すると、走破性に問題があったんですね。そこでコンマ5mmほどの遊びを入れました。コンマ5mmの根拠は大工道具の金尺の厚みで、基準を定義するのに分かり易いと思いまして。

――サスペンションを固めたスポーツカーが、歩道の段差を乗り越えられないかのようなお話ですね。

高木 近いところはありますね。で、今度はスピーカーが音を出したときに、サスペンションのスプリングが共振するようになってしまいました。そのためにグリスを入れて対策しています。共振音はいろんな箇所で発生してて量産間際まで頑張って、全部消していきましたね。

――2.5wの出力でも共振しますか。

高木 ええ、ビビリ音は出ますね。もっと高い音圧にしていたら大変なことになっていました。

徹底したホイールの粉塵対策で異物混入をゼロに
高木 ホイールハウスは車輪を覆う形にしています。異物巻き込みを気にして、ホイールハウスからはゴミやホコリが入らないようにしています。スマートフォンと同じ基準で、砂とか粉が入らない設計をしています。

ホイールが動かなくなるという故障が多くなると思っていたので、その部分はものすごく注意しました。結果としてホイールの異物混入に関する市場レポートって来てないんですよ。発売から2年が経ちましたが。品質に対しては問題なかったですね。

――タイヤに関してはいかがでしょうか。

高木 最初は普通のゴムでやっていたんです。テスト中に押し付けて引いたりしたらタイヤの跡が机についちゃったんですね。いわゆるブラックマークです。高級感のあるプロダクトなのに、ブラックマークを残しちゃダメだろとなって、シリコンゴムに変えたんですね。

ただ1点、シリコンゴムは扱いに問題があります。使っているとシロキサンガスが出るんですよ。このガスが部品の接点につくと接点不良を起こすんですね。もしモーターのブラシについたら危ない。そこでシリコンゴムのメーカーに相談して、一定時間熱を加えるアニール処理をお願いして、先にガスを出してしまいました。

――1つ1つにコストがかかっていますね!グリップなどは大丈夫でしたか?

高木 摩擦に関しての懸念はなかったですね。トレッドのパターンも……、特に根拠はないです(笑) 経年変化で削れることを想定したテストも行いましたが、制御側で補正できる範囲に収まりました。片側だけが削れたとしても大丈夫でした。

ディスプレイは「焼付き防止用のスクリーンセーバー」搭載
――タッチセンサーはディスプレイの四隅に備わっているんですね。

高木 それなりの面積がないとタッチを検出できないのと、球面に対してエアーギャップができてしまうので、エアーキャップの影響がない材料を使っています。

――ディスプレイは白色のOLEDですね。

高木 カラーにしたいという意見もありました。7セグの殺風景なものでもいいんじゃないか、とも。いずれにしても黒いカバー越しとなるので、スモークがかかった状態になる。実際にカラー液晶を入れて試したら、色がくすんでしまって表示がわからなかったりしたんですよ。

じゃあOLEDでそれなりにドット数があるものを、となったのですが、われわれは弱小開発チームなので、カスタムで作る予算はないんです。そこで既存品のなかで使えそうなものを探そうと世界中のメーカーに相談にのってもらいました。

OLEDは全部白点灯するとムラがでます。スマートウォッチとか小さい面積だと問題ないのですが、これだけ大きいと駆動回路の電力が大きすぎて、どこかで息切れするとムラになってしまうんです。そこでOLEDメーカーには「点灯率はできるだけ抑えてください」と言われました。

またずっと同じ場所を点灯させると、そこだけ素子が劣化して暗くなるから「均等に光らせてください」とか。「BSP60」には動く時計の画面とかあるのですが、あれは焼付き防止用のスクリーンセーバーなんです

――すごく久々に聞く言葉です!

高木 ソフト担当のスタッフは苦労しましたねー。

“動く”スピーカーの未来系は明るい?

――見て楽しい、使って楽しいスピーカーに未来はあるでしょうか。

高木 「BSP60」は2年前に出た製品ですが、スマートスピーカーのブームがはじまったので、そこに動きをつける人が増える可能性はあるでしょう。

ただ苦労も多いので、作るだけのマインド、リソース、予算など大変ですよというのはいえますね。

――ありがとうございました。

この記事は、2017年12月21日に「カデーニャ」で公開され、家電Watchへ移管されたものです。

武者良太

1971年生まれのガジェットライター。AV機器、デジタルカメラ、スマートフォン、ITビジネス、AIなど、プロダクトとその市場を構成する周辺領域の取材・記事作成も担当する。元Kotaku Japan編集長。 Twitter:@mmmryo