パナソニックの理由(ワケ)あり家電~Panasonic 100th anniversary in 2018
第4回
人が感じるおいしさをどう表現するか。パナソニックが“ライスレディ”を採用し続けるワケ
2017年10月10日 07:00
10万円を超す高級炊飯器が人気だ。特にシェアを伸ばしているのが、パナソニックのハイエンドモデル「Wおどり炊き」シリーズ。同社の炊飯器は1956年に自動炊飯器を発売して以来、60年以上の歴史があり、2015年にはIHジャー炊飯器の累計販売台数2,000万台を達成している。マイコン式からIH式への進化、スチームを用いた炊飯方式、圧力炊飯の搭載など、これまで様々なブレークスルーを経て、現在に至っているわけだが、そこには技術を超えた“おいしさ”があった。
パナソニックの炊飯器の開発を行なっている兵庫県神戸市にあるパナソニックアプライアンス社 キッチンアプライアンス事業部 神戸工場で話を聞いた。
サーモスタット開発や、安価な価格設定など。製品普及のための努力
そもそも、パナソニック(当時は松下電器産業、ナショナル)の炊飯器の歴史は古い。
「公式には1956年発売ということになっていますが、その前の1953年にはごはんも炊ける『軽便炊事器』という製品を出しています。これは、炊飯以外に味噌汁なども作れる炊時用の製品として出したもので炊飯器という位置づけにはしなかったんです」(パナソニック アプライアンス社 キッチンアプライアンス事業部 商品企画部 コンシューマー国内商品企画課 竹原豊明氏)
炊飯器の国産第一号機は、1955年に発売された東芝の自動式電気釜に譲っているが、パナソニックでは同時期に同様の製品を発売していたという。その後、パナソニックでは、1958年に炊飯器事業部を立ち上げ、その4年後の1962年には、温度を一定に保つ世界初の磁性体サーモスタットを開発、同機構を搭載した電気式炊飯器「SR-18E」を発売。3,680円という価格は、当時でもかなり安価だった。
「磁性体サーモスタットは、オーム技術賞(電気化学技術奨励賞)を受賞するなど、注目を集めた技術でした。同技術によって構成部品が少なくなったこともあり、これを機に大幅なコストダウンの取り組みが行なわれました。それは便利な製品を世の中に広めたいという企業理念もあったと聞いています」(竹原氏)
最先端の技術を搭載しながらも、一般家庭にも購入しやすい価格設定にしたことで、炊飯器は一気に普及拡大した。1969年にはパナソニックの炊飯器生産累計台数は1,000万台を達成。当時、2.5軒に1軒がパナソニックの炊飯器を使っており、月産台数はなんと10万台だったという。その後も同社の炊飯器事業部では、1979年に業界初のマイコンジャー炊飯器を発売。これまでできなかった、火加減のコントロールができるようになった。
その後、1988年には現在のメインストリームである電磁誘導加熱方式を採用したIHジャー炊飯器を発売した。価格は当時で55,000円と炊飯器としてはかなり高額だったが、これまでとは違うPRを行なったことで、ヒット商品になった。
「直接的なヒットの要因となったのは、当時大人気だったお昼の番組『笑っていいとも!』でタモリさんが『ナショナルから出た5万円くらいする四角い炊飯器おいしいよね』と言ってくださったことだったそうです。この一言は相当影響が大きかったようで、当時の事業部はやはり炊飯器を売るのには食べてもらわないとわからないということを、思い知ったと聞いています。それから、会社帰りのサラリーマンをターゲットとした試食イベントなど、消費者の方に実際食べていただけるようなイベントを積極的にするようになりました」(竹原氏)
これら様々な技術のブレークスルーを経て、パナソニックの炊飯器は確固たる地位を確立していったのだ。
目指しているのは「日本人誰もがおいしいと感じるごはん」
パナソニックでは現在、10万円を超える最高級クラスのほか、エントリーモデルから普及価格帯まで幅広いレンジの炊飯器に加え、小容量タイプや、業務用、さらには、海外向けの製品など幅広い製品を展開している。開発の中でもっとも重視しているのは、やはり「おいしさ」。目指しているのは「日本人誰もがおいしいと感じるごはん」だという。
「見た目でいえば、粒がよくふくらんでいて張りがあること、粒の表面の組織の崩れが少ないこと、白く透明感があり、つやがあること。食べた時に、粒感を感じ、適度な弾力があり粘りがあるがべたつかない、粒の中心までやわらかく、適度な甘みがあることを目指しています」(竹原氏)
実は、炊飯器の市場そのものは、1988年から約600万台とほぼ横ばいの状態が続いている。ただし、その構成比は変化してきている。安価なマイコン製の炊飯器の割合が減り、高火力を実現するIH炊飯器が増加、さらに現在では約1割ほどを売価7万円以上の高級製品が占める。この現状には、パナソニックの製品が大きく貢献している。というのも、2013年にパナソニックが現在もその名を引き継ぐ、「Wおどり炊き」という製品を発売して以来、高価格帯の割合が大きく伸長しているのだ。
科学的かつ論理的なアプローチでおいしさを追求する専門家集団“ライスレディ”
炊飯器を作る上で、技術はもちろん重要な要素だが、パナソニックがそれ以上に重視しているのが、“おいしさ”。同工場には、科学的かつ論理的なアプローチでおいしさを追求する専門家集団“ライスレディ”が存在し、日夜、おいしさの実現にいそしんでいる。パナソニック 炊飯器技術部 ライスレディ 加古さおり氏に話を聞いた。
「ただおいしいというのは、個人の主観になってしまいます。それを科学的に、こういう理由があるからおいしい、こういう理由があるからこうした方がいいというのを分析して、調理科学に基づいて製品に落とし込んでいくというのがライスレディの仕事の1つです。そのために大学や研究機関と連携するなどして、普遍的な理論のもとに、製品化するということを心がけています。加えて、市場の声に基づいたおいしさの探究、トレンドの分析といったことも不可欠です。その2つを融合させて、簡単、便利、健康な調理の提案というのを日々行なっています」(加古氏)
ライスレディというのは、あくまで愛称であり、パナソニックではレシピやおいしさを追求するチームを「調理ソフト」チームとして、電子レンジやIHクッキングヒーターの開発にもそれぞれ担当がついている。炊飯器の場合、初代のライスレディが入ったのは、39年前。初めてのマイコン炊飯器のところから調理ソフト担当が入り、どうやったらおいしいごはんが炊けるか、その理論を落とし込んだ製品を発売した。
では、実際どのような作業を通して、おいしいごはんを追求しているのだろう。
「炊飯器1機種につき、約3tのごはんを炊いて、そのデータを綿密に分析していきます。パナソニックの炊飯器の最新機種では全国50種類以上の産地銘柄米に最適な炊き方を提案するという『銘柄炊き分けコンシェルジュ』機能を搭載していますが、それについてもチームで全て実際に食べて、味、プログラムを決定していきます」(加古氏)
50銘柄のごはんを全て食べるというのは、大変な作業にも思えるが実際には「もっととんでも無い数の銘柄米を食べている」という。というのも、ごはんというのは、米と水からできている本来シンプルなもので、味の違いを出すというところに、技術、そしてライスレディのスキルが必要なのだという。
「ユーザーが選ベるのは、どんなお米を使って、どんな水を使うというところまでであって、そこからどう熱を加えていくのか、どう炊き上げていくのかというのは、ある意味ブラックボックスでもある炊飯器が行なうわけです。教科書的にいうと炊飯というのは、固いお米に水と熱を加えて、でんぷんの構造を変化させて、消化・吸収の良いごはんにすること。なんですが、それをいかにうまく、おいしいごはんにしていくかというところがポイントになってきます」(加古氏)
“はじめちょろちょろ、中パッパ、ぶつぶつ言うころ火をひいて、ひと握りのわらもやし、赤子なくともふたとるな”というよく知られたかまど炊きの言い伝えがあるが、これは非常に理にかなっているのだという。
「この言い伝えは、江戸時代の文献に既に出てくるもので、私もライスレディをもう20年以上やってきていますが、この言い伝えというのは、覆されていません。この言い伝えの中には、炊飯に必要な要素が全て入っています。
一口に“炊飯”といっていますが、実はその工程は非常に複雑。はじめちょろちょろのところで、釜の中にごはんと水がある時には“煮る”という調理なんですね。だんだん、お米が水を吸って、水が少なくなってくると今度は“蒸す”に変わって、最後、一握りのわらもやしという追い炊きのところは、“焼く”になります。煮る、蒸す、焼くという異なる調理方法を釜の蓋を取らずに、中を見ないでコントロールするというところに、炊飯の難しさがあります。『赤子なくともふたとるな』という言い伝えがある通り、フタを開けずに目で火加減を見たり、耳で音を感じたりしながらごはんを炊かなければいけないというのが、炊飯という調理の非常に難しいところです」(加古氏)
おいしさを支える基本の技術
従来、五感や感覚に頼っていた炊飯は、センサーや加熱技術の進化により、劇的に変化した。
「2017年になっても、相変わらず、始めちょろちょろ中パッパでやっているわけですが(笑)、炊飯において最も重要な火加減を釜底のセンサーを使って、安定して検知できるようになりました。はじめちょろちょろのところで、お米の芯まで水を吸わせて、中パッパのところで、強い火力でムラなく沸騰させます。釜の中が沸騰したら、吹きこぼれないように一旦火を止めて、今度は米の中まで火を通すように、沸騰維持をしていきます。20分くらい加熱すると、釜の中の水がなくなって、この状態をドライアップといい、ここで火を消します。最後は、15分程度蒸らして終わらせます。これが、基本の炊飯です」(加古氏)
今の炊飯器には、吸水工程も、蒸らし工程も全て含まれているので、米を研いで、水を計量したらすぐに炊き始められるし、終了ブザーが鳴ったら、すぐにおいしいご飯が食べられるという。一昔前によくやっていた研いだ米をそのまま水に浸して30分放置や、炊飯終了後は一度かき混ぜて、再びフタをして蒸らすといった作業は必要ないのだ。
「夏場で30分、冬場で2時間と言われていた米の水へのつけ置きがなぜ炊飯器では20分でいいのか。これは、水温が関係しています。下の表は、米を水に浸けておいたときのデータです。横軸が浸水時間、縦軸が吸水率です。水温20℃の場合、これ以上米が水を吸いませんという飽和に達するまでに約2時間かかっているのですが、水温を40℃にすることで、約20分でそこまで達します」(加古氏)
吸水工程は、ごはんの甘みを引き出すという意味でも、重要な工程だという。
「浸水温度は、米の持つ還元糖量にも関係します。水温20℃ではそこまで甘味成分が増えませんが、40、50℃まで水温を上げると、甘味の成分が増えていきます。これはなぜかというと、米に含まれる酵素が働いて、でんぷんをグルコースに分解するという作用が働くからです。米というのは稲の種子なので、適当な温度になると発芽するために、中に溜めていたでんぷんを発芽するための栄養をブドウ糖などの成分に分解していくんです。稲にとっては発芽するための栄養を酵素によって作っていくのですが、人間にとってはそれが甘味、つまりおいしさということになります」(加古氏)
7,500粒と75,000粒を同じように炊き上げる
加古さんは、炊飯器の強みを「米のもっている性質をうまく引き出すこと」にあると語る。例えば、パナソニックの炊飯器では、毎回炊飯するたびに、今何合炊いているのかを検知して、炊飯量に応じた火力をコントロールしている。その調整は秒単位で行なわれており、この調整により、炊飯量が違うときでも、いつも同じ理想のごはんを炊き上げることができるのだ。
「私たちは、お米一粒一粒にかかる熱量を同じにしたいんですね。例えばお米1合は約7,500粒のお米ですが、10合は約75,000粒になります。これを同じように炊き上げるために7,500粒の中の一粒と、75,000粒の中の一粒が同じような熱履歴を通って、同じだけの熱量になるようにプログラムしています」(加古氏)
おいしいごはんの実現には、技術の進歩が不可欠だというわけだ。
「まずは、加熱方式がIHになったというのは大きいです。従来のヒーター式の炊飯器というのはヒーターと鍋が接していたので、鍋が熱くなりすぎて周りが溶けるということがあったのですが、IH炊飯器では釜と本体は接していないんですね。内釜は首つり状態になっていて、フックとセンサーしか触れていません。内釜の周りに空気があることで断熱層になっていて、釜がいくら発熱しても本体が直接熱を受けることはありません。
こうすることで、ヒーター式では、本体が熱に耐えられないという問題もあり、700W程度が限界だったのですが、今の炊飯器は最高1,400Wと倍の火力が入るようになりました。これは、もともとパナソニックの特許技術でしたが、現在は他のメーカーさんも同様の構造を採用しています。
次に、炊飯の要はなんといっても火加減なのですが、昔のヒーター方式では細かい思い通りの火加減がなかなかできなかったんですね。IHになって釜の熱応答性が良くなり、細かい温度調節などができるようになりました。
3番目は、火力維持ができるようになったというところです。昔の炊飯器というのは吹きこぼれとの戦いで、ちょっと油断するとすぐに吹きこぼれてしまっていました。もっと加熱したくても、できなかったというジレンマがありました。今は沸騰検知のセンサーを入れることで、沸騰直前まで火を入れることができるようになりました。ヒーター式の炊飯器ではできなかったかまどの炊き技が、IH炊飯器では再現できるようになったというのが、おいしさのポイントです」(加古氏)
おいしさの優劣を決めるのは人であり、官能評価が不可欠
技術の発達の一方で、ライスレディがなにより重要視しているのが、実際に食べてみて、人がおいしさを判断する官能評価だ。
「なぜ官能評価を重視しているのか、まず1つめに、おいしさの優劣を決めるのは、人間であるということ。2つめにおいしさの物差しは一定ではないということです。トレンドや好みによっておいしさは変わるものなので、科学的な数値でこれがおいしいと決めてしまうと、それを変えるのはとても大変です。そこに柔軟に対応するためにもおいしさをを人間が評価する官能評価は現実的といえます。ただ、それを科学的資本として残すためには、安定した官能評価システムの構築と官能評価する人の教育管理が不可欠になります」(加古氏)
実際、加古さんがライスレディとして働き始めた頃と、現在では、ごはんのおいしさのトレンドは大きく変わってきているという。
「もちもちとした甘いごはんが受け入れられるようになったのは、大きな変化だと思います。パナソニックでは、圧力をかけたときのもちもちとしたおいしさというのは、“日本人誰もが好むおいしさではない”とずっと主張してきたんですね。しかし、2011年にずっと圧力炊飯をやってきた三洋電機と一緒になったときに、改めて全国で食味調査をしたんです。その結果をみたところ『もちもちと甘い』というのが、おいしいごはんの特徴だとはっきりでてきました。そこでパナソニックでも、圧力をかけない、あっさりしたごはんというのにこだわり過ぎるのもよくないんじゃないかということで、ごはんの評価基準を見直し、パナソニックとしては初めての圧力炊飯を搭載した炊飯器を出しました」(加古氏)
結果的に、この判断は間違っていなかった。パナソニックのライスレディと、かつての三洋電機炊飯チームが一緒に開発した炊飯器は、“史上最高傑作”として、2013年に発売、高級炊飯器の人気に火を付けた製品となった。
「目標とするおいしさを変え、思い切った舵取りをした機種でした。昔からのファンが離れるんじゃないかと、心配もあったのですが、フタを明けてみると、おいしいという声が目立ち、あんまりこだわりすぎるのもよくなかったんだと、体感したモデルでもあります。ライスレディは、味を決めているわけではありません。味を決めているのは、あくまでお客様の声であり、お客様の反応を見ながら味を変えています。
ただ、おいしさというのは、嗜好性が高く、感覚的な側面もあるものなので、データや経験の積み重ねが非常に重要です。たとえば、柔らかいからおいしくないという人、固いからおいしくないという人がいたとしたらバランスを見て、その間をとることで、お客様の満足度が上げていくなどの調整が必要です。そういったお客様の声を拾って、味としてまとめていくのにはやっぱり1年はかかります」(加古氏)
固さから食感まで、ユーザーの多様な嗜好性に応える「炊き分け機能」
パナソニックの炊飯器では、個人の嗜好に合わせて、固いごはんから柔らかいごはんまで炊き分けられる「炊き分け機能」も搭載している。
「パナソニックの炊き分けの基本の考え方は、水の量は変えずに炊き方を変えるというところにあります。例えば、ごく標準的なごはんの場合、水の含有量は約62%です。それを固めのごはんの場合は60%、柔らかめは64%にするというのが、炊き分けということです。それをパナソニックでは炊飯工程で調整しています。固いごはんを炊きたいときは、火力を強くすることで、お米の中に含まれる水分を飛ばして固く炊き上げる、柔らかくしたいときはお米にたくさん水を吸わせて、蒸発量を抑えています」(加古氏)
最新のモデルでは「かため」や「やわらかめ」といったごはんの硬さだけでなく、「もちもち」や「しゃっきり」といった食感の炊き分けまで10種類の炊き分けに対応している。これには、火力の調整に加えて、圧力のありなしや、スチームを使うか使わないかなど、プログラムの調整も加えているという。しかし、パナソニックが目指すのは、「日本人だれもがおいしいと感じるごはん」のはず、炊き分け機能を搭載するというのは、矛盾にも感じる。
「昔は、8割の人が納得できるおいしいごはんを炊こうというのを目標としてやってきました。しかし、炊飯器を作り続けてきた中で、どうしてもそこから離れた好みの人というのがいるんですね。たとえば、10種の炊き分けの中の『よりやわらか』などはおかゆに近い食感で、正直、我々の理想からは外れてはいるんですが、そこを求めているお客様は確かにいらっしゃいます。私たちの理想を押しつけて、1つのコースのみを搭載するというのは、もしかすると1つの考え方かもしれません。しかし、今はお客様の嗜好に合わせて、全てのお客様に満足していただけるモノ作りをしようということで、これだけの尖った炊き分けを搭載しています」(加古氏)
コシヒカリ基準から、お米の個性を活かした炊き方へ
これまで様々なメーカーに炊飯器の取材をしてきた経験上、一昔前の炊飯器はコシヒカリをおいしく炊くことを基準としていたという話を何度か聞いたことがある。パナソニックではどうなのか、疑問をぶつけてみた。
「確かにそういう側面はありました。パナソニックでも、40年以上前、コシヒカリが日本の作付け1位になった時から、試験米として使っていましたし。今もコシヒカリを基準米としてソフトを開発しています。というのも、コシヒカリをおいしく炊くのは難しいんです。粒が固くて、吸水させて甘みを引き出すには、かなり高火力で炊かないといけません。コシヒカリがうまく炊ければ、どのお米もだいたいおいしく炊けるかなというのは、正直なところです」(加古氏)
その一方で、最新モデルでは50銘柄にも対応した「銘柄炊き分けコンシェルジュ」機能を備える。これは、各銘柄米の特徴を最大限引き出す炊飯プログラムを提案したもので、例えば同じコシヒカリでも魚沼産と、そのほかのコシヒカリではプログラミングを変えるという念の入れようだ。銘柄炊き分け機能は、2000年前後にも一度搭載した機能だったが、当時はどんなお米もコシヒカリっぽく炊き上げるというコンセプトだったという。
「北海道のゆめぴりかや、山形のつや姫など、コシヒカリとは全く違うお米が出てきたことで、我々もお米に合わせて最適な炊き方をしていかないとダメだよね、ということで、銘柄炊き分けコンシェルジュ機能を搭載しました。銘柄炊き分けというのは、あくまでパナソニックおすすめの味を届ける機能ではあるんですが、それを産地の方たちも納得した形でお伝えしたいというのが我々の想いであり、そのために試験場や生産者の方たちと意見交換することも大切にしています」(加古氏)
最新モデルでは、つい最近発売になったばかりの新潟県の新銘柄米「新之助」や同じく、今年の秋発売となった岩手県の「金色の風」などにも対応している。一般発売前の新銘柄にはどのように対応したのか。
「新しい銘柄米というのは、その年にいきなりパッと出てくるものではなくて、10年単位でずっと試験を繰り返して、ようやくデビューできるものです。試験栽培を繰り返して、そろそろ発売が確定したものに関しても、約3年くらいまえから情報として出回ります。それを察知して、銘柄炊き分け機能に入れさせてくださいと、現地までお願いにいきました。
50銘柄を搭載していても、実際、1人の人がスーパーで買えるのは、多くても5銘柄くらいだと思います。それでも、そこで選択肢が広がればと思っています。こんなお米があるんだと意外性を感じてもらいたいし、初めてその銘柄を知って、食べてみようと思っていただければ嬉しいですね」(加古氏)
おいしいごはんを海外にも
パナソニックでは現在、日本で培ったノウハウを基に、海外でも炊飯器の展開を進めている。ユニークなのが、例えば、中国には中国のライスレディを置いているということ。
「日本では“日本人誰もがおいしいと思えるごはん”を目指していますが、国が変わればおいしさも変わるのは当然のこと。日本人は多少時間がかかっても、おいしい炊きあがりを求めますが、中国の方はとにかくスピードを重視する傾向にあります。炊飯器の最高級モデルは、同じ型で日本と中国で販売しているのですが、中国モデルでは、いわゆる『標準コース』が日本で言う早炊きコースになっています。それくらい炊飯時間の短さにこだわるそうです」(加古氏)
またタイや、インドなどにおいても、現地のおいしさ評価に基づいた開発を行なっているという。
おいしさという見えないものを作り、伝えていく
様々な試行錯誤の上に、現在の「Wおどり炊き」が成立しているということは理解できた。それでも、10万円を超える本体価格はやはり高い。しかし、炊き分けや銘柄炊き分けコンシェルジュなど、様々なプログラムに対応している最新モデル「Wおどり炊き SR-SPX7」シリーズでは、1台で約7,500通りの炊き方を搭載しているという。
「銘柄炊き分けでも、それぞれで硬さを設定できますし、タイマー炊飯なども、全部炊き方を変えています。だから、高い! というわけではないですが、機能がそれだけ進化してきているのは事実です。日本人にとってごはんは毎日食べるものであり、おいしいごはんは毎日の生活を豊かにしてくれるものだと信じています」(加古氏)
確かな経験と技術、さらには科学的根拠により裏付けされた“おいしいごはん”。それにはライスレディという存在が不可欠だった。加古さんは、ライスレディとして生産者のヒアリングから、製品のPRまで飛び回る日々だ。ライスレディとしての仕事をどう捉えているのだろうか。
「おいしさというのは、見えないものですよね。どんなにすごい技術が搭載されている、何千通りの炊き方ができるといってもおいしく炊けるかわからない炊飯器に10万円は出しません。だからこそ、おいしさをきちんと説明できる、伝えられる、わたしたちのような存在が必要だと考えています」(加古氏)