ぷーこの家電日記
第614回

私の上京物語!? 春の風物詩に懐かしさを感じる
2026年4月10日 07:04
4月に入り、あちこちで入学式があったり、大きなランドセルを背負っている子供や真新しい制服姿を見たりすると、「あぁ、大きくなったんだねぇ。おめでとう!」と無性に感動して、見知らぬ子供を見て泣きそうになる(笑)。
それは学校だけじゃなくて、新社会人を見ても思う。この季節になると、新入社員の団体をよく見る。入社して配属前の数カ月の間、新人研修を実施している企業は多い。なので、ランチ時や帰宅時に、団体でわいわいキラキラ談笑しながら歩いている姿は私の中で風物詩だ。
「地下鉄のホームで、そんなに広がるのは邪魔だなぁ」なんて一瞬思ったりすることもあるけれど、数カ月後に配属先が決まると、同期全員が集まるということはほぼなくなるので、この期間ってとても貴重でかけがえのない時間だよなぁって思うと、これまた何だか感動して泣きそうになる(笑)。この季節の光景は感動の宝庫だ。あぁ、若者よありがとう。
そんな感動の光景を見ていると、不意に博多弁が耳に入ってきて、「福岡なの?」と見知らぬ若者に声をかけてしまいそうになった(もちろん声がけはしていない)。「就職で上京したのかな」「不便してないかな」「ちゃんと食べてるかな」など、よく分からない親心に襲われると同時に、上京したての頃を思い出して懐かしい気分になる。
きっとこれも今の季節だけ。しばらくすると多くの人が方言を使わなくなる。私も日常は標準語を使うようにしている。言葉は相手に何かを伝えるための手段なので、自分にこだわるよりも、なるべく伝わりやすいものを選ぶ方が良いと思っているからだ。ただ、家では方言。夫も同郷出身なので、全然通じるし、むしろ方言の方が温度感まで伝わって良い。「私バイリンガルだから」なぁんて言っている(博多弁は「~ばい」と語尾にばいを使ったりするので、それをもじったただのダジャレである)。
外で話す標準語は結構使いこなせているはずなんだけれど、もちろんぽろっと方言出ることはあるし、標準語と思い込んでいて実は方言だったということもある。明らかに方言とわかるものは早々に気付けるのだけど、厄介なのは「標準語でも使うけれど、ニュアンスが違う」という隠れ方言のようなものだ。
私がつい最近知って、ゾッとしたのは「ですね」と「でしょ(う)?」という言葉だ。福岡ではこれを敬語として多用する。目上の方に丁寧な敬語のつもりで「なるほどですね」とか、「外は暑かったでしょう?」のように使っていたけれど、これは標準語的には「タメ口で失礼」とイラっとする人も多いらしい。私は今までどれだけ失礼な物言いをしていたのだと、恥ずかしいやら申し訳ないやら。言葉としては伝わるので方言だと気付く機会が少ないのだ。
ちなみに夫も知らなくて「え? 失礼なの?」とつい先日青くなっていた。もし、「あのですね、」と声をかけてきた新人がいたら、怒らずに早めにそっと「それ方言だよ」と教えてあげてほしい。知らないまま生きてきた私は、もう何をどう話して良いのか分からない会話迷子になってしまっているのである(笑)。
言葉だけじゃなくて文化の地域性の違いなども結構ある。肉まんには酢醤油が付いてないとか、焼鳥屋に豚バラがないことがあるとか、福岡県民が上京して驚いたことあるあるだと思う。長く生活していると記憶も曖昧になってきて、「福岡の納豆って辛子ついてなかったような……。付いてた?」なんてことも。
地域性と思っていても、ただの「我が家あるある」というさらにマイナーなものだったり、「それって地域の違いというよりも世代の違いなのかな?」というジェネレーションギャップだったりするので、混乱するし面白い。そしてそういう話は夫と2人でもかなり盛り上がる。
「みかんジュースといえば、ふくれん(全国農業協同組合連合会福岡県本部の子会社)だったじゃない? セブンイレブンの100%オレンジジュース、材料は違うけど、ふくれんが作ってるんだよ」「マジでー?!」など、トリビアを織り交ぜるとさらに盛り上がる。
みかん繋がりで「これは我が家だけ? 家には必ずみかんの缶詰があって、クレープとかゼリーとかよく作ってくれてた!」と言うと「うちにもあった! みかんゼリーめっちゃ食べたよね」とこれまた盛り上がったのだけど、はたと気づいた。これは我々世代だけのあるある話なのではないかと。
私たちが子供だった1980年代、福岡は生産量3位に入るほどのみかん生産地だった。なので、消費量もかなり多かったはずだ。そしてみかんの時期が過ぎても缶詰でみかんを日々食べていたのかも。現代の子はそんなにみかんゼリー食べてない気がするけれど、確認するすべはない(笑)。
そんなみかんゼリー話で盛り上がったら、無性に懐かしくて食べたくなってきた。我が家のデザートの定番みかんゼリーは、缶詰のみかんをシロップごとゼラチンで固めたものだった。小学生の頃に友人の家でご馳走になったみかんゼリーは、缶詰じゃなくてみかんジュースを固めたもので、初めて食べたそれはすごく綺麗で美味しくて衝撃だったことがある。
それを思い出して、私はドン・キホーテに走った! ドン・キホーテのプライベートブランド商品には、どちらのゼリーも叶える夢のような商品があるのだ。「みかんジュースで満たされみかん缶」である。子供の頃の私が見たら発狂するかもしれないほどの夢の商品。しかも大きい!
買う時に「こんな贅沢なことしちゃって良いんだろうか」とちょっと手が震えた(笑)。出来上がったゼリーは「これは貴族の食べ物だ!」と、感動で子供の私が心の中で歓喜の舞をしていた。ありがとうみかん。ありがとうドン・キホーテ!
4月は新しいことが始まる季節ではあるけれど、妙に懐かしさや思い出が駆け巡る季節だよなぁと思いながら、「あ、若者は未来を見て、若者じゃない人間は過去を見るのかぁ」ということに気付いてしまって、ちょっぴり悲しくなったのでありました。まだまだ明るい未来を見るぞー!(若作り)


