そこが知りたい家電の新技術

三洋電機「eneloop mobile booster」

~スマホ時代を先取りしたモバイル電源“モバブー”はなぜ生まれたか
by 藤山 哲人

モバイラーの必需品「モバイルブースター」。でも発売当初はスマホがなかったはず

スマートフォンなどモバイル機器の電池が充電できる外部電源「エネループ モバイルブースター」(写真右)

 「携帯電話」という言葉は、今や「スマートフォン」を表す時代になった。調査会社の調べによれば、2011年の出荷数ベースでスマートフォンが従来型の携帯電話を追い抜き、契約数ベースでも、2015年3月にスマートフォンが携帯電話の加入者数を越えるという。

 スマートフォンの普及と共に増えてきた製品に、携帯型の外部電源「モバイルバッテリー」という製品がある。“高機能がゆえに電池の減りが早い”というスマホの弱点が補えることから、多くのメーカーが多くの製品を投入している。

 スマートフォンの必需品と言えるこのモバイルバッテリーのパイオニアとなったのが、三洋電機の「eneloop mobile booster」(エネループ モバイルブースター)、通称“モバブー”だ。

 このモバブーが発売されたのは、2007年12月。その当時は、スマートフォンはまったく普及しておらず、テレビが見られるワンセグ携帯を初めて三洋電機が発売した頃。消費電力の多い携帯電話などが存在しなかった時代だ。発売が2007年末ということは、開発をスタートしたのはさらに昔ということになる。

大阪の三洋電機本社を訪問した

 しかし、そんなスマホが存在しない時代に、なぜ三洋電機はモバイルバッテリーを世に送り出し、そして今でも人気の製品となっているのか。三洋電機の担当者に話を伺った。さらに、モバイルバッテリーをより賢く使うためのテクニックについても教えてもらった。


“これからは緊急時に使える汎用電源が必要”と2006年に開発スタート

三洋電機 エナジーデバイスカンパニー グローバルCRM事業部 市販事業統括部 グローバル営業企画部 商品企画課 吉成章喜課長

 まず話を伺ったのは、2007年の第一弾の製品から開発に携わった、エナジーデバイスカンパニー グローバルCRM事業部 市販事業統括部 グローバル営業企画部 商品企画課 吉成章喜 課長。第一弾のエネループ モバイルブースターが発売された2007年12月当時のモバイル機器と言えば、ニンテンドーDSやPSPといった携帯用ゲーム機、iPodなどの携帯音楽プレイヤー、ワンセグでテレビが見られる携帯電話が流行りだしたころだ。

 モバイルブースターの当初の目的は、これらのモバイル機器を充電することだった。

 「モバイル機器は、機能の多様化にともない、消費電力は高まる一方で、しかも電池が交換できない電池内蔵型の機器が増えてきました。そこで、“これからのモバイル機器では緊急時に使える汎用電源が必要”と考え、エネループ モバイルブースターを開発しました」

 三洋電機がモバイルブースターの開発をスタートしたのは、モバイルブースターが発売された2007年12月の更に1年前の2006年。携帯電話業界では、番号ポータビリティサービスがやっと始まりだした頃だ。その頃から、モバイル機器の外部電源のニーズを予見していたのだ。

エネループ モバイルブースターの第一弾製品は、2007年12月に発売された。写真は大容量タイプの「KBC-L2S」

 とはいえ、当時の携帯電話の機能といえば、通話とメール、ワンセグが中心。四六時中、携帯電話をかけているユーザーでもなければ、出先で電池切れすることは珍しい。たとえ電池が切れたとしても、コンビニへ駆け込んで乾電池式の緊急充電器を買い求める、というのが当時のスタイルだったはずだ。

 実際、モバイルブースターの売れ行きは“爆発的”というものではなかった。発売後の2008年、売り上げは着実に伸びていたものの、四半期毎の販売グラフは緩い成長曲線を描いていた。この確実ながらも緩い伸びは、2009年度に入っても、大きく変わらなかった。


「iPhone対応」で爆発的なヒット

 その状況が一変したのは、発売から2年後。2009年度の第三四半期(10~12月)だった。そのきっかけとなったのが、とある有名なスマートフォンが誕生したことだ。

「2008年7月にiPhoneが日本でも発売され、スマートフォン市場が急速に拡大しました。ここで、外出先でバッテリー切れしてしまったときの緊急電源として一躍注目を集めました」(吉成氏)

 2008年に発売されたiPhoneは、携帯電話業界の一大ブームとなった。

初代iPhoneの発売以来、およそ1年おきに3G、3GS(写真左)が発売され、スマートフォン市場が一気に拡大した。現在はiPhone 4(写真右)のバージョンアップ版「iPhone 4S」が人気となっている

 「とにかく問い合わせが殺到しました。それまでパッケージでは、iPodなどの携帯音楽プレイヤー対応を謳っていたため、広報も“エネループ ブースターでiPhoneは充電できるのか?”という質問の電話を多く受けました」(吉成氏)

 この情報は開発にもフィードバックされた。iPhoneが充電できることを確認すると、即座にアクションを起こしたのが、販売企画課の服部旨生課長だ。

三洋電機 エナジーデバイスカンパニー グローバルCRM事業部 市販事業統括部 グローバル営業企画部 販売企画課 服部旨生課長

 「パッケージに“iPhone対応”を謳ったところ、売り上げが急増したんです。2009年度第2四半期に比べ、第3四半期ではおよそ倍の伸びが見られました」

 それ以来、エネループ モバイルブースターは、モバイルバッテリーの代名詞的な存在になり、その後も数々の改良も加えられた。2011年度第1四半期の時点で、累計74万台を出荷しており、さらに出荷が伸びそうな勢いという。

 また三洋の調べでは、日本のスマートフォン市場は、2012年には2011年と比較して、出荷ベースで20増%の勢いで拡大し、従来式の携帯市場が縮小すると予測している。ますますモバイルブースターが活躍する時代になったことになる。

 「私たちは携帯電話やスマートフォン市場を見据え、その時代にマッチした製品を開発・発売してきました。形こそあまり変わっていませんが、エネループ ブースターは容量や出力をアップさせ、今日まで改良し続けているのです」(吉成氏)

 発売当初は時期尚早とも思われたエネループ モバイルブースターだが、他社の先陣を切って、スマートフォンユーザーのニーズに応えた。三洋電機の予測は的中したのだ。

2009年度の第3四半期からiPhoneの対応をパッケージで謳ったところ、第2四半期に比べ販売台数が2倍になったという(写真のデータは、2010年10月の発表会当時のもの)初代エネループ ブースターの発売から、現在に至るまでの進化の過程

素朴な疑問……「エネループ」なのに、何でリチウムイオン電池なの?

「エネループ」といえば、同社のニッケル水素電池が真っ先に思い当たる。しかし、モバブーの電源はリチウムイオン電池だ。これはなぜ?

 さて、このモバイルブースターは「eneloop(エネループ)」シリーズの製品である。それだけに、“モバブーにもニッケル水素電池のエネループが入っている”と思っている人がいるかもしれない。しかし、中身はリチウムイオン電池だ。

 なぜニッケル水素電池ではなく、リチウムイオン電池を採用したのか? 吉成氏によれば、そこには技術的な理由があるという。

 「リチウムイオン電池を使っている第一の理由は、電圧です。ニッケル水素電池のエネループは、電圧が1.2Vしかないので、直列に繋いでも2.4V。USBの5Vまで電圧を上げるには、リチウムイオン電池の方が効率的です。

 第2の理由は、ニッケル水素電池が重く、大きいことです。モバイルブースターはモバイル機器に使うものなので、できるだけ軽く小さくする必要があり、軽くて電圧の高いリチウムイオン電池を採用しています。

 理由としてはもう1つあります。三洋は古くから充電式の電池を開発しており、リチウムイオン電池もいち早く製品化しました。自社製のリチウムイオン電池を持っており、かつ多くのノウハウが蓄積されているので、モバイルブースターに採用したということです」(吉成氏)

 ここで失礼を承知で、意地悪な質問をしてみた。ニッケル水素電池とリチウムイオン電池を同じ「eneloop」シリーズとして展開するのは、ユーザーに誤解を与えているのでは?

 「確かにeneloopは、もともとはニッケル水素電池の商品名です。しかし同時に、エネルギー(energy)を再生(loop)できる環境にやさしい電池のブランドでもあるのです。リチウムイオン電池もニッケル水素電池のエネループと同様に繰り返し使うことができ、環境にもやさしいため、ブランド名として“eneloop”と謳っているのです」(吉成氏)

エネループ ブースターに刻まれた“eneloop”のロゴニッケル水素電池のエネループ。エネループは、繰り返し使えて環境にやさしい電池のブランド名なのだ


最新モデルでは大容量化、高出力化、残量表示の分かりやすさを改良

最新モデルのエネループ モバイルブースター。写真上が「KBC-L2BS」

 一躍人気商品となったエネループ モバイルブースターは、今年9月に発売された「KBC-L54D」と「KBC-L27D」で、第4世代となる。初代の発売から4年の歳月が経った今、スマートフォンに加えてiPadをはじめとしたタブレットPCも登場し、内蔵バッテリー容量も増える一方だが、この新製品はモバイル機器の進化に合わせて成長している。

 「新型の5,400mAhモデルのKBC-L54Dは、2010年モデル(KBC-L2BS)に比べ内蔵リチウムイオン電池の容量がおよそ10%増えています(旧モデルは5,000mAh)。また出力を1.0A(アンペア)から1.5Aにして強化することで機器の充電時間を短くしたり、2台同時充電を可能にしています。

 2,700mAhの新製品は、旧モデルが2,500mAhだったので200mAh容量が増えています。また出力は従来品が500mAでしたが、これを倍の1Aに強化しました。

 さらに両モデルとも共通で、バッテリ残量の表示を変更しました。これまでは残量をブルーのLEDの点滅状態で表示していたのですが、新モデルからはより分かりやすくするために、緑→オレンジ→赤という色で残量を表示します」(吉成氏)

 ちなみに、ヘビーユーザー向けの大容量タイプと、ライトユーザー向けの中容量モデルという2種類を用意するのは、第一弾の発売当時から変わらぬラインナップだ。

写真左は2010年モデルのKBC-L2BS、右は2011年9月に発売されたKBC-L54Dで、前年モデルと比べると、容量アップと出力強化がされている。従来モデルは、電池残量をブルーのLEDの点灯状態で表していた
最新モデルでは、電池残量が3色のLEDで表示され分かりやすくなったのも特徴。写真の「グリーン」は、容量が十分にあることを示す「オレンジ」は、残量が約40~70%の状態「レッド」は、電池残量が約40%以下。充電をしたほうが良いということだ

 さらに、乾電池型のニッケル水素電池「エネループ」を利用した新製品もラインナップされている。これらは、内蔵バッテリー容量が少ないモバイル機器に向くとのことだ。

 「乾電池が使えるのは、11月に新発売された1,800回繰り返し使えるエネループ電池を2本同梱した、スティックタイプの『eneloop stick booster(エネループ スティックブースター)』です。USBコネクタから出力500mAの電流を、90分ほど出力できます。リチウムイオン電池を搭載している モバイルブースターに比べると容量が少ないのですが、携帯電話の緊急充電器としても、またmicro USB用のアタッチメントも同梱しているので、スマートフォンの充電にもお使いいただけます。

 このほかモバイルブースターシリーズでも、エネループ電池が使える『KBC-E1ADS』という製品も出ています」(服部氏)

 エネループの外部電源は、用途に応じてユーザーの選択肢が広いのが特徴だ。

 「このほか、ギターのエフェクターなどの外部バッテリーとして使える“eneloop music booster”や、ステックブースターのニンテンドーDS用や、アパレル関連会社とのコラボレーションモデルなどもあります」(服部氏)

アルミ製の筒の中に単3エネループを2本入れて出力できる「エネループ スティックブースター」。スマートフォンの充電にも対応できるように、micro USBアタッチメントも付属している。また付属の電池は、11月14日に発売されたばかりの、1,800回繰り返し使える最新のエネループだエフェクターなどの外部電源として使える「eneloop music booster(エネループ ミュージック ブースター)」。9Vを出力する

 ここで期待してしまうのが、タブレットPCのような大容量モバイル機器をフル充電できる、“超大容量”のエネループ モバイルブースターが今後発売されるのか? という点だ。

「常に市場を睨みつつ、新製品とのマッチングを考えながら製品を開発しています。ですが、現時点では、タブレットPC用の大容量エネループ ブースターを発売する話はありません」(吉成氏)

iPadなどタブレットPCには、5,400mAhのモデルを2台用意するのが良いだろう。充電時間も早く、ちょうど1回フル充電できるぐらいの容量となる

 タブレットPCユーザーは、現時点では、5,400mAhのエネループ モバイルブースターを2個持ち歩くというのが、最善の対策のようだ。


ユーザーには“環境面”が評価された。災害時の緊急電源にも

 エネループ モバイルブースターは、ユーザーからの評価も上々だ。同社が2010年8月に三洋が独自に調べたユーザーアンケートでは、それまでコンビニで発売されていたような乾電池式の緊急充電器から、エネループ モバイルバッテリーに買い換えた理由について、「使い切りの乾電池を捨てるのが環境に悪いと思った」、「乾電池の交換費用が高い」が上位となった。

 ここで驚いたのが、「乾電池式は容量不足」「スマホが充電できない」といった性能面ではなく、「繰り返し使える」という“環境面”が評価された点だ。乾電池式の緊急充電器は、容量も少なく充電時間も非常に長く、中にはスマートフォンを充電できるほどの出力を持っていないものも多々ある。しかし、そうした性能面よりも、“繰り返し使う”というライフスタイルが、ユーザーに評価されたのだ。

 さらに、今年の3月に起きた東北関東大震災の影響で、エネループ モバイルブースターは、災害時の電源確保という新たな一面も見せた。

 「震災直後、店頭から乾電池がなくなってしまったのは記憶に新しいと思います。被災地のみなさんの多くが、携帯電話やスマートフォンを使い、情報を集めるという姿が報道されましたが、そこでもエネループ モバイルブースターが活躍したという報告を受けています」(服部氏)

 単に“実用的なバッテリー”としてだけでなく、“環境にも配慮した製品”“非常用の電源”という理由でもエネループ モバイルブースターを選ぶ人が増えているようだ。

エンジニア直伝、エネループモバイルブースターの賢い使い方プラス注意点

 乾電池のように使い捨てではなく、繰り返し使える“eneloop”シリーズだが、永遠に使えるわけではなく、寿命はちゃんとある。エネループ モバイルブースターも、およそ500回という繰り返し使用回数が買い替えの目安となる。この500回という回数は、電池容量とバランスを取ったうえで設定されているとのことだ。

 「繰り返し使える回数と容量は、相反する関係にあります。より多く繰り返し使えるようにすると、容量が減ってしまい、より大容量にすると繰り返し使える回数が減ってしまいます。重要なのはそのバランスです」(吉成氏)

 ここでユーザーとして気になるのは、どうすれば末永く、そして賢くエネループ ブースターを使えるか? という点だ。この疑問に対して、吉成氏に“モバブーを長く、賢く使うための4箇条”をアドバイスしていただいた。

(1)高温の場所に放置しない

「リチウムイオン電池は、高温の場所に置いておくと劣化が早まります。夏の車の中や、暖房機器などの近くなどに置かないようにするといいでしょう。とくにフル充電にした状態だと、さらに劣化を早めてしまします。できるだけ常温の場所に置いてください」

(2)使わない場合はバッテリー残量を半分にして保存

「モバイルバッテリーを長く使わないときは、バッテリー残量を半分(オレンジが点灯)にして保存しておくと長持ちします。フル充電や空っぽの状態で長期保存しないようにするといいでしょう」

(3)購入直後は1回活性化させる

「購入直後のバッテリーは、電池の中の物質が眠った状態です。もちろん、そのままお使いいただいてもかまいませんが、一度使い切って再充電すると、物質が活性化して本来の性能を発揮します。車で言えば慣らし運転をしてください。」

(4)内蔵のリチウムイオン電池の容量は、丸々充電できない点に注意

「エネループ ブースターの中には、DC/DCコンバータと呼ばれる部品が入っていて、リチウムイオン電池の3.7Vの電圧をUSBの5Vまで上げています。そのためDC/DCコンバータが電力を消費するので、内蔵バッテリー容量として書かれているmAhで示される電池容量を、そのまま充電できません。充電できる容量は、容量に対してだいたい40%~50%と考えてください」


“より繰り返し使えて、より大容量、より電力ロスの少ないモバイルブースターを”

 三洋は、電池業界では古くから充電式のニッカド電池(カドニカ電池)の開発に携わり、リチウムイオン電池も1994年という黎明期から実用化し、常に充電式電池のオピニオンリーダーとして業界を牽引してきた会社。そんな先駆的な企業風土から生まれたのが、スマホ時代を先取りした、エネループ モバイルブースターだったのだ。

 インタビューの最後に“究極のエネループ モバイルブースターとは何か”という未来像を、吉成氏に伺った。

 「より繰り返し使えて、かつ大容量というのが当面の目標です。また、先ほど申したとおりDC/DCコンバータが内蔵バッテリーの電力を消費してしまうので、より変換効率の高いDC/DCコンバータにすることも目指しています」

 これまで電池業界をリードしてきた三洋電機ならば、そうした先駆的な製品を、きっと世に送りだしてくれることだろう。






2011年12月22日 00:00