そこが知りたい家電の新技術
パナソニック「前後スイスイ カルル」シリーズ
前後スイスイ カルル NI-WL600 |
「80年ぶりのフルモデルチェンジ」――日進月歩の家電業界の中において登場以来、ほとんど形を変えてこなかったアイロン。そんな状況に、一石を投じたのがパナソニックだ。今まで、三角形だったかけ面を、葉っぱ形にした「前後スイスイ カルル」シリーズを発売したのだ。この形状変更には、どんな意味があるのか。そして、なぜ今、「80年ぶり」のモデルチェンジなのか。
パナソニック 商品企画グループ 白谷和子氏と、洗濯機技術グループ アイロン設計チームの八木豊彦氏に話を伺った。
■「嫌いな家事」常連のアイロンがけを変えたい!
――この大幅なモデルチェンジのきっかけはなんですか。
パナソニック 商品企画グループ 白谷和子氏 |
もっと使いやすいアイロンってなんだろう、ということで今回はプロジェクトチームができたのですが、正直、アイディアはそう簡単に出ないんですね。日本と中国工場の企画・技術・デザインといろいろな部署の人たちを集めて、お茶飲みながら、座談会のような形で話し合いを繰り返しました。
パナソニックのアイロン事業は80年を超える歴史がある | アイロンがけは嫌われる家事の第3位 | そもそも論に戻って使いやすいアイロンを開発するプロジェクトチームが立ち上がった |
普通、アイロンを進化させようと思うと、スチーム量を増やすか、あるいはかけ面のコーティングを改良する、そういうアプローチになりますよね。でもこれでは他社と変わらないよね、ということで、もっと根本的なところからそもそもから見直す、ということになりました。
ここにいくつか、出てきたアイディアがあるんですが、たとえば衣類にスチームを当ててシワを伸ばした後にすぐに冷やすと、パリッと仕上がるんですね。こうしたプロと同じような工程を採用したらどうかとか、あとはパソコンのマウスみたいに、片手で軽々かけられるようなアイロンにしようとか。その中のひとつに、今回製品になったダブルヘッドのアイディアがあったんです。
八木 1つ目のすぐに冷やす、というのはなかなかいい発想なんですけど、熱源と同時に冷やすユニットを同時に搭載する、というのが技術的には現実味が薄かった。
2つ目のマウス形は、使っている風景は面白いんですが、ギミックに過ぎないなと。きちんとした性能をそこできちんと載せられるかというと、やはりおもちゃみたいなものになってしまうんですよね。
実は、国内市場だけならばコードレス前提で新しいデザインを考えられるのですが、海外市場はコード付きがメインなので、コードがあっても成立する新しい形でなくてはならないんですね。そういう側面から、実現性を探ってこの形に行き着きました。
台座に置いていると普通のアイロンに見えるが…… | 上から見ると違いが一目瞭然。葉っぱのような左右対称の形をしている | ハンドルまわりもアイロンっぽくない形状だ |
そんなわけで、両方に先端のあるダブルヘッドを選択したわけですが、正直に言うと、このアイディア自体は、実は前から社内にあったものなんです。でも、チャレンジしようというところまで至らなかった。それがなぜ今実現したかというと、上層部の意志がハッキリしていたから、というのはありますね。クリーニングの出費を控える巣ごもり消費、という背景もありますが、それ以上にアイロンはこのままでいいのか、なにかやらないと市場の先細りが起こるのではないか、というメーカーの危機感が実現に至った大きな要因だと思います。
■大きく、取り回しのよい形状でアイロンがけが楽に
――上下両方に先端がある、ダブルヘッドベースのメリットはなんですか。
白谷 かけ面全体が「見える」ことです。今までのアイロンは、どこまでかけ面があるのか使っているときにわからなかったんですね。結局、上から見えている先の尖っている方ばかりを使ってアイロンがけをすることになるので、疲れる原因になります。さらに、今までの形だと、どちらが前かハッキリしているので、往復するときには手首を返して、本体を取り回す必要がありました。この形ならば、前後対称になっているので手首を返さずにそのまま往復できる。とにかく、圧倒的に使いやすい、ということが挙げられると思います。当社の調べですが、ワイシャツのアイロンがけの時間が約20%短くなったというデータもあります。
さらに、この形状にすることでかけ面の長さも従来機比で39mm、大きくなっています。かけ面が大きければ当然、効率はよくなりますし、スチームが出る範囲も従来機比で1.8倍で、全面から出るように設計変更しました。
進行方向を気にせず使えるのが利点 | かけ面の面積自体が大きい | 重心が真ん中にあるので版画のバレンのような感覚で使える |
実際にモニターさんにも試していただいてますが、取り回しがよくなったので、袖口や襟のような、細かいところのアイロンがけが楽になった、という声を頂いてます。同時に、ワイシャツの背中のような広い面も楽になっていると思います。
上から見たときにかけ面の周囲が見えると、安全面でも気をつけやすい、というメリットもありますね。
■試作を重ねてたどりついた台座の形状
――技術面で苦労したところはありますか。
洗濯機技術グループ アイロン設計チームの八木豊彦氏 |
そう言っていてもしょうがないので、まず最初は普通のアイロンをベースにかけ面だけを尖らせたのを貼り付けました。ですが、今までのように、配線部分をお尻にあるまま、ただかけ面の形を変えるだけだとかけ面が隠れて見えないんですね。これでは新しい形の意味がない。ということで、どこをどう削れば左右対称の理想的な形になるのか、テストを繰り返しましたね。
開発途中に作られた試作機 | ホルダー部分の形状を模索している | 縦に長くコネクタを変形させることで電源コネクタを確保 |
――その結論は?
八木 中心部に重心を持ってきて、どこにでも動かせるような、ちょうど版画のバレンのようなイメージですね。配線分を真ん中に詰めるということで。重心が真ん中だと、実際の重量よりも軽く感じる、ということもありますしね。
前後対称のボディにすべてを詰め込むのがキツかったんですが、特に気を遣ったのは、コードレスモデルです。台座に戻すときに、尖った部分が引っかからないようにするのにすごく苦労しました。今までなら、台座に接触する本体の下の部分は平らでしたので、ちょうど、携帯電話を充電するみたいに真上から置いてしまえばよかったんです。しかし、ダブルヘッドにしてしまうと、尖った部分が生まれるので、これをホールドするために、ヘッドを差し込む方式にしなければなりません。そうすると、今までのコードレスアイロンに慣れた方には、違和感のある動作になってしまうんですね。そこをいかに、上から置くように差し込めるかに苦労しました。
まず、コネクタの形状を変え、台座部分の出っ張りが少なくて済むように調整しています。どこを、と言われるとここの切り込みの角度とか、すごく細かいことの積み重ねですね(笑)。ひっかかりをなくすだけが目的なら、台座の角度を変えればそれで済むんですが、アイロンの場合、台座角度は20度が最も疲れにくい、というのがわかっていて、そこは譲れないところなんです。出しては入れ、出しては入れ、何度も試作とモニターをかけて、ここまでたどり着いてます。
最終製品のコネクタ部分 | 真上から置いてもきちんとはまるように形状を調整した | 従来機種は横にコネクタが長い |
その点、コード付きモデルは楽でしたね。足を付けてキチッと立つようにすること、ちゃんとかけ面の先端が見えるように中空のデザインにすること、この2つをきっちり押さえれば、使い勝手は変わりませんから。
もう1つは、きちんと真ん中に重心があることですね。部品の配置をきっちり計算しないと、重心がブレてしまい、せっかくの使い勝手が損なわれてしまうので、そこには気を遣ってます。
コード付きの機種には足を付けて、自立するようにした | 先端部分のそばには足やバーを付けず、ヘッドの先を見やすくしている |
■「コードレスが生まれたとき以来の感動を味わって欲しい」
――ところで、この製品を見ていると、アイロンってなんで三角形だったんだろう、もっといろいろあってもいいのにと思ってしまいますね(笑)
白谷 ………いや、本当、そうなんですよね。なかなか私たちにもわからないところです。だから80年間かかったんじゃないでしょうか(笑)
八木 難しいところですね。加工技術なんかもあると思うんですが、やはり、大きいのは実際に変えてみよう、と動いたことでしょうね。じゃあ、次にどういう形になるのか、と聞かれても、今はまだまったくわかりませんが(笑)
白谷 あと、スチーム機能が付くと、水タンクが必要になるのでどうしても、形は制約されるんですね。水タンクという意味でも、この対称の形は傾きや偏りがないので理にかなってるなと思います。
――最後に、製品が完成して、今はすでに発売されているわけですが、今はどんな心境ですか。
白谷 とにかく、難産だったので売れてくれ、という気持ちですよ(笑)
八木 自分で言うのもなんですが、今までの常識を覆したと思っています。本当に使いやすいのってなんだろう、という道具の原点に帰ったなと。20年前に初めてコードレスを使ったときに、もう戻れないという感覚がありましたが、これもそうなるといいなと考えてます。
白谷 今まで変わらなかったところを変えられた、というのは社内でも大きい影響がありました。今は、「次の形はなんだ」と必死になって考えていますよ。ただ、とにかく使ってみないとよさがわからない製品なんで、一度手にとってください! と言いたいです。
2010年3月19日 00:00