そこが知りたい家電の新技術
三洋電機DNAから世界を視野に更なる進化を続けるハイアールアクアセールス
by 阿部 夏子(2014/2/27 07:00)
発足3年目の家電メーカー
三洋電機の洗濯機と冷蔵庫事業を譲り受ける形で2012年1月5日にスタートしたハイアールアクアセールス。中国の大手家電メーカー、ハイアールの子会社という形ながらも、日本ではAQUAという独自のブランドで製品を展開する。
中国資本でありながら、社員のほとんどは元三洋電機という、特殊な環境でスタートを切ったAQUA。三洋電機で培った開発力や技術力を元に、違うブランドで製品を作っていくというのは、これまでにない経験だっただろう。今回は、製品開発、設計、デザイナーなど、“現場”で働く方々に、ブランドスタート時から、3年目を迎えた今までのことを伺った。
インタビュアーは、最新の家電製品はもちろん、三洋電機時代の製品もよく知る家電コンシェルジュの神原サリーさんが担当する。
冷蔵庫チームから冷蔵庫R&Dセンター 商品企画部 商品企画課 齋藤幹夫氏、商品統括部 商品企画部 冷蔵庫企画課 担当課長 伊勢戸明子氏、冷蔵庫R&Dセンター 商品企画部 デザイン課 チーフデザイナー 福田直之氏の3名、洗濯機チームから洗濯機R&Dセンター 商品企画課 課長 内藤正浩氏、商品統括部 商品企画部 ランドリー企画課 課長 水谷明弘氏、洗濯機R&Dセンター 技術開発部 機構設計課 主任 田中啓之氏の3名、合計6名の方にお話を伺った(以下、敬称略)。
ほぼ100%が元三洋電機社員
神原:私自身、三洋電機時代から製品はもちろん、みなさんのこともよく存じ上げているので、なんだか不思議な気もするんですが、そもそも、これまで勤めていた会社が事実上なくなり、全く新しい会社、ブランドで開発をスタートするというのは、どういう心情だったのですか?
内藤:洗濯機チームと冷蔵庫チームでは少し事情が違うんです。冷蔵庫は、2007年からハイアールと三洋電機で合弁会社(ハイアール三洋エレクトリック株式会社 後のハイアールアジアインターナショナル株式会社)を設立後、三洋電機からの出向という形で、ハイアールグループで製品作りを始めています。ただ、我々洗濯機チームは2012年からのスタートだったので、色々戸惑うこともありました。
福田:冷蔵庫のデザインを担当している私からすると、ハイアール三洋に出向となった当時は社名が変わっただけという印象でした。ただ、転籍前は中国市場に向けた製品を作っていたのが、2012年以降は、国内市場を視野に入れた製品作りを始めました。これまでなかなか開発できなかったいわゆる“超大型クラス”の冷蔵庫を作り始めたのも転籍以降からです。
神原:現在、ハイアールアクアセールスにいらっしゃる方は、ほぼ元三洋電機の方と考えていいんですか?
内藤:ハイアールアクアセールスの場合は、ほぼ100%元三洋電機の人間ですね。ただ、研究開発をするR&Dセンターの人に関しては、外部の人材を積極的に取り入れています。
神原:三洋電機からAQUAに変わって、何が一番変わりましたか?
内藤:三洋電機もAQUAも家電製品を作っているというところは一緒ですが、一番違うのは『お客様の声を重視する』という点です。もちろん、三洋電機もそこは重視していましたが、AQUAは本当に徹底しているなという印象でした。
神原:ご苦労もあったでしょう。
内藤:最初は本当に大変でしたね。2012年の1月に新製品を発売するというのがまず大前提としてありましたから。時間は短いのに、それまでのやり方とは全く違いましたから。工程や生産地、開発の方法はもちろん、細かいルールまで色々変わりました。外資系企業のイメージからすると、本社が現地に対して細かい指示を出すというイメージがあるかもしれませんが、うちは全くの逆なんです。現場の自主性を重んじて、現場の人間がイチから全部やるという方式。それがハイアールのいう『自主経営体』ということなんです。
水谷:普通に考えたら、日本で展開するブランドも、ハイアールという世界共通のものを使うのが当然ですが、私達の場合は『AQUA』という独自のブランドを展開しています。そういったことからも、日本は日本にあったやり方で、というその国に適した方法を採用するというのがハイアール本社の考え方です。現場に裁量があり、製品についても任してもらっています。
内藤:ただし、国内向けの製品だけを開発していれば良いというものではなく、中国向けの製品の開発も一緒にしています。こと家電製品に関しては、日本の常識は世界では通用しないので、考え方を大きく変える必要がありました。
オールAではなく、“AQUAらしさ”で勝負
神原:AQUAは、“新しい家電ブランド”としてスタートしたわけですが、日本にはすでにたくさんのメーカ-、ブランドがあります。その中で、どういった層をターゲットにしているのでしょう。
内藤:私達がターゲットとしているのは、ブランドやメーカーというよりも、モノの価値を見て買ってくれるような方ですね。こと家電製品に関していえば、日本ブランドの製品しか買わないという人も確かにいらっしゃいます。それも価値観の1つですよね。でも、AQUAでは、そうではなくて、モノの価値、こだわり、何か1つ響くところのある製品を作っていきたいなと。ほかの製品にはない機能など、1つポイントになるところがあるような製品を作っています。たとえば大手ナショナルメーカーの製品のように省エネ、節水、サイズ全てがトップクラスというのは、今のAQUAでは難しいです。そういう観点からでは、ナショナルメーカーと同じ土俵で戦うことはできないんです。
水谷:社長の中川も、国内の先輩メーカーと同質化競争はしないと明言しています。それでは、AQUAの良さは出せない、と。AQUAらしさのあるユニークな製品を作りたいと思っています。
グローバル視点での製品作り
神原:ハイアールアクアセールスになってから、製品作りも変わったということでしょうか。
田中:技術者として言わせてもらうと、ハイアールアクアセールスになってモチベーションはかなりあがりました。(三洋電機時代は)色々アイディアはあっても、製品化することが難しい状況が続いていましたので。これまで、自分たちのチームだけで開発していたのが、ハイアール本社チームとすり合わせしながら開発していきますので、環境はかなり変わりました。
内藤:たとえば、先日発表したドラム式洗濯乾燥機なんかは、まさにその視点だと思います。
神原:ヒーターを使って、お湯を約50℃まで温めて、汚れを効果的に落とすというドラム式洗濯乾燥機「AQW-DJ7000」ですね。
内藤:AQW-DJ7000は、中国での展開も睨んで開発を進めたドラム式洗濯乾燥機です。お湯洗いというのがグローバルの洗濯機市場では大きなキーワードになっています。しかし、日本市場では、水でも十分に洗える、そのための洗剤がちゃんとあるという考えが一般的でした。ヒーターを使って水をお湯にするので、その分、電気代も時間もかかってしまいます。しかし、実際にお湯で洗ってみると、やはり明らかに汚れが落ちるんです。だったら、そのためのドラム式洗濯乾燥機を作ろうと。
神原:実際、私は自宅でAQW-DJ7000を使っているんですが、この洗濯機大好きです(笑)。これまで、私は風呂の残り湯で洗濯するということには抵抗があったのですが、水からお湯に沸かすとどうしても、時間がかかってしまいます。そこで、今回初めて、風呂の残り湯を使った洗濯をしました。というのも、AQW-DJ7000には、三洋電機時代から搭載しているオゾンによる、除菌機能が搭載されているからです。残り湯もきちんと除菌してから使えるのは、AQUAの洗濯機ならではですよね。お湯洗いも汚れ落ちをしっかり実感できました。
水谷:ありがとうございます。そういっていただけると嬉しいです。実は、社内ではお湯洗いは日本ではダメだろうという声が強かったです。他社でも、過去にお湯洗い機能を搭載したことはありますが、あくまでサブ的な付加機能で、メイン機能として本格的なお湯洗いを搭載しているところはありませんでした。ただ、洗濯機の本質機能は、あくまで汚れ落ちです。だったら、汚れが落ちる製品を作ろう! と。それで製品化が決まりました。
神原:確かにお湯洗いは時間も電気代も水洗いよりはかかりますが、その分、効果はすごいです。洗濯好きな人におすすめの一台ですね。
中国の家電選びはデザイン・ブランド重視の傾向
神原:冷蔵庫に関しては、ブランドが変わったことでどういう変化がありましたか?
齋藤:中国と日本、2つの市場を見ていく必要があります。日本では、冷蔵庫といえば容量と、省エネを気にされる方が多いですが、中国では、それよりもデザイン重視ですね。中国でももちろん、省エネは大事ですが、日本とは測定方法が大きく異なります。日本では、冷蔵庫の省エネ性能を比較するのに、年間消費電力量で表示していますが、中国では1日の消費電力量で表示しています。測定方式が全く違うので、日本では良い値でも、中国方式で測定するとそうでもなかったり、またその逆もあったりと一概にはいえません。
伊勢戸:冷蔵庫の使い方も、日本と中国では違います。中国を始め、グローバルでは日本の冷蔵庫のようにドアをいくつもつくる『多ドア』の製品はないんです。たとえば野菜室に関しても中国では必要ないという認識が一般的です。日本で販売開始した容量495Lの「AQR-FG50C」は、日本で開発した製品で、野菜室も用意されています。同じスタイルで一回り小型の「AQR-FG40B」という機種は中国でも展開していますが、野菜室は野菜室として使わずに、冷蔵室として使っている人が多いですね。
内藤:中国と一口にいっても、地域によってかなり差があります。北京と上海では文化が全く違いますし、都市部と地方の差も大きいです。販売方法も日本とは全く違いますしね。日本の家電量販店では、製品分野や、クラス・カテゴリー別に売り場が作られていますが、中国ではブランド、メーカーごとの展示が一般的です。
齋藤:中国では家電量販店での買い方が日本とは全く違うんです。最初にブランドを選んで、そこから製品を選ぶというのが一般的で、そういう意味でのブランド意識は日本よりもずっと高いですね。
福田:特に冷蔵庫に関しては、『家庭内で価値が高い製品』として、機能や性能よりも、ブランドやデザインが重視される傾向が強いです。
ハイアールアクアセールスになってからさらに品質があがった
神原:海外資本の会社となると、アフターサービスや品質についても気になるところです。
水谷:全国どこでも、アフターサービスを受けられるように、約80カ所の拠点を設けています。これは、一般的な家電メーカーと同等のアフターサービスを目指した体制を構築しました。今扱っている製品は、洗濯機や冷蔵庫など、出張サービスが必要な据置型の製品なので、全国に出張修理できる体制を整えています。
内藤:ただ、今後もう少し強化していきたい側面もあります。AQUAが、都市部以外の地方への出張サービスはしてないと思い込んでいるお客様もいるんです。ナショナルメーカーと同じく全国どこでも安心してアフターサービスを受けていただけるということを広めていきたいですね。
田中:品質面からいうと、ハイアールと一緒になったことで設計品質があがりました。というのも、三洋電機時代に比べて、パスしなければならない規格が増えたからなんです。AQUAになってからは、日本の規格はもちろん、中国の規格もパスしなければいけないので、様々なところで品質を強化しています。例えば、中国の規格では、洗濯機の上に人が乗っても製品が壊れないような要求もあります。耐久性1つとっても、品質は確実に向上しています。中国製というと特に日本ではあまりよくないイメージがつきまといますが、実際には日本国内向けの製品を作るよりも設計も遙かに難しくなっています。
内藤:イメージだけでいうと、日本の製品が一番だと思っていましたが、そんなことは決してないんですよね。項目によっては、中国の方が強化しているものもあります。
水谷:色々なものを吸収することで、ますます企業が成長していくということを実感しています。
AQUAで感じる新しい可能性
神原:ハイアールアクアセールスになってからは、中国市場はもとより、世界を見て製品開発をしているというのがよくわかります。
田中:そのあたりの意識は本当に変わったと思います。海外で家電製品を見て、ここを直せば日本でもウケるかもしれない、逆に日本の製品のここを変えれば海外で販売できるかもなど、これまでとは違う見方で開発を考えるようになりました。引き出しが増えているというのは感じています。
神原:今後の製品はどう変わっていくでしょう。
内藤:たとえば、中国では製品発売前に仕様を明らかにして、予約販売をする、というような流れがあり、製品の最終段階のチューニングにより、仕上がりが変わってきます。
水谷:自分の好みに合わせた選択ができるというのはいいですよね。お客様によって、必要な機能だったり、響くポイントというのは、全く違うので。
神原:それは大賛成です! 私の究極の理想かもしれないです。たとえばさっきの冷蔵庫の話しにあったように、日本でも家庭によっては、野菜室はほとんど使わないとか、製氷室は使わないとか、各家庭によって様々なニーズがあるはずなんです。今の大量生産方式ではそれらのニーズを全部叶えることは決して無理ですが、オーダーメイド……とまではいかなくても、車のように好みに合わせて色々なオプションが選べるようになればいいなと思います。
三洋電機を超えるような製品を作りたい
神原:これまで、お話を伺ってきて、三洋からAQUAという名前だけでなく、製品の開発からターゲットまで様々なところで、変化があったことが分かりました。そんな中で、元三洋電機だというのが、利点となったシーンはありますか?
水谷:一番は、販売ルートの確立ですね。通常、新しいブランド、メーカーであれば、当然、量販店様とのお取引もイチからスタートしなければならないのですが、私たちの場合、三洋電機からの財産を活用できたのは、大きかったです。ブランドスタートからわずか1カ月で店頭に商品を並べて頂けたというのは、全く新しいブランドでは考えられなかったことです。
伊勢戸:AQUAというのは、元々三洋電機時代から洗濯機のブランドとして使っていたので、売り場でも割とスムーズに受け入れられたと思います。ただ、冷蔵庫に関しては、『このブランド何?』というお客様も多かったようです。最初は受け入れられるのだろうかとかなり心配しましたが、購入者カードなんかを見ると、『元三洋電機だから購入した』という理由も多く見られて、お客様もそこをきちんと認識されているのだと安心しました。
水谷:量販店の売り場担当の人への説明がしやすかったというのも利点ですよね。『ブランドは変わったけど、作っている人や製品の中身は元三洋電機』と説明できたので。そもそも、お客様にとっては、家電製品というのは、5年から10年に1回程度しか、買い替えないものなので、認識してもらうのはなかなか難しい。それだけに、量販店の方にきちんと理解していただくというのは、重要なことなんです。
内藤:開発チームからすると『中身が三洋』といわれるのには、複雑な気持ちもあるんですけどね(笑)。開発チームでは、あくまでAQUAオリジナルの製品を作っているので。
福田:三洋というブランド、肩書きがなくなるということで、マイナスイメージでとられることもあったんですが、家電ブランドをイチから構築するというのは、人生で1回あるかないかの貴重な経験。AQUAというブランドに巡り会えたという想いがあります。
田中:率直に言えば、私たちが今持っている技術を培ってきたのは三洋電機。それを超えるような製品、それを超えるような成果を早く出したいですね。ナショナルメーカーではできないような製品作りをしていきたいです。
内藤:AQUAらしさみたいなものを作っていくのが、これからの目標ですね。