そこが知りたい家電の新技術

シアトルのスペシャリティコーヒーブームを支えたハリオのV60フィルター

 今年、ハリオが初めて電動のコーヒーメーカーを出した。その名も「V60 珈琲王 コーヒーメーカー」。ハリオといえば、耐熱ガラスで知られるキッチンウエアのメーカーなので、なぜ今コーヒーメーカー? と意外に感じた。しかし、同社に伺って、お話を聞いてみると、脈々と受け継がれてきたコーヒーに対する熱い想いを知ることができた。インタビューに対応してくださったのは、ハリオ マーケティング本部 取締役専務 村上達夫氏だ。

実験用の器具メーカーとしてスタート

ハリオ マーケティング本部 取締役専務 村上達夫氏

 製品名にある「V60」は、ハリオが2005年から展開しているハンド・ドリップ用のドリッパー「V60 透過ドリッパー」と、専用のペーパーフィルター「V60ペーパーフィルター」からとったものだ。珈琲王 コーヒーメーカーを知るためには、まずV60というフィルターについて話を伺った方がよさそうだ。

 ハリオは、耐熱ガラスの専門メーカーとして、1921年に創業。当時の帝国大学のすぐ近くの神田・須田町に会社を構えたのは、耐熱ガラスが理化学用の薬を作るための道具として用いられることが多かったという背景がある。

 「当時は、ホウケイ酸ガラスと呼ばれていました。熱を加えても破損がなく、膨張などもないガラスとして大学の学術的なサポートをしていたんですね。その後、ティーポットなども作り始め、1957年にコーヒーサイフォンも作り始めました」

ハリオ本社に並ぶコーヒーサイフォン。ハリオでは1957年から作っている

 コーヒーサイフォンとは、気圧の差でお湯を移動するコーヒー抽出のための道具だ。まるで実験道具のような見た目なので、実験器具を作っていた同社にとって、作りやすい製品だったのかもしれない。ハリオでは、その後、コーヒードリッパーなども扱い始める。

 「日本のコーヒー市場は高度成長期前の1970年代、インスタントコーヒーからスタートしているんです。当時のアメリカで主流だった、ネスカフェのインスタントコーヒーをそのまま輸入していたんですね。その後、高度成長期を経て、“本物のコーヒー”を求めるというムーブメントが出てきて、豆をミルでグラインドしてコーヒーを提供するような専門店がたくさん出てきました。それが日本で本物のコーヒーが提供された最初の時だと思います。そのときは、サイフォンコーヒーが主流でしたが、その後カリタというメーカーが紙のフィルターを使った抽出方法を初めて、ハリオでは抽出用のポットを提供していました。当時は“紙はカリタ、サイフォンはハリオ”という棲み分けができていたようです」

 その後、ペーパードリッパーが定着するようになってからは、様々なバリエーションが出てくるようになり、2000年代になってからハリオでも、ペーパーフィルターを扱うようになった。それが、現在、高い評価を受けている「V60」というフィルターだ。独自の円錐形が特徴のこのフィルター、形は発売当時から変わっていないという。

V60ペーパーフィルターは、理化学分野の濾過の考えから形を決定した。写真は、村上さんがインタビュー時に紙を4つに折って作ってくれた濾過紙の形

 「そもそも、ハリオというメーカーは理化学分野からスタートしているので、フィルター、イコール濾すという概念が最初から定着していたんですね。実験室で何かを濾す場合、紙を4つに折って、濾過するのが当たり前。扇形、円錐形というのは濾すための原点なんです。V60という名称も、正三角形の内角の60℃というのを表しています」

 実はこの形は、布を使ったネル・ドリップの形と共通している。

 「ネルドリップが透過式の原点だと思っています。ただし、ネル・ドリップは、使った後の片付けや管理が大変という弱点もある。V60はできるだけ、ネル・ドリップに近づけようとして作ったフィルターです。ネル・ドリップは、ネルが浮いた状態になっていますが、ペーパー・ドリップは、ドリッパーとフィルターがどうしても密着してしまう。これを回避するために、V60のドリッパーではフィルターを浮かすために、ドリッパー内部に波型の溝を付けています」

 2005年当時、V60のプロダクトデザインを担当していた村上さんは、「理論的に考えても、この形しかない」と満を持して「V60」と銘打ったフィルターとドリッパーの発売をスタートした。

独特の円すい形を採用した「V60 ペーパーフィルター」
フィルターを浮かすために、内部に波型の溝を付けた「V60 透過ドリッパー」

逆輸入で人気に火が付いた

アメリカ・シアトルでの人気を皮切りに、欧米各国のカフェでV60が使われるようになった

 V60を発売してからまもなく、思いがけないところから反響があった。

 「V60の人気に火がついたのは、アメリカのシアトルが最初です。2008年当時、シアトルではスペシャリティコーヒーというムーブメントが出てきました。その人の好みに合わせて、その人のためだけのコーヒーを入れるというものです。お客様一人一人のために、ペーパー・ドリップでコーヒーを入れるのですが、そこで使われていたのが、ハリオのV60だったんです。ペーパー・ドリップというのは、言ってしまえばただお湯をかけるだけなんですが、人によって仕上がりが異なる。スペシャリティコーヒーができたことで、コーヒーの専門家が出てきたんです」

 当時のシアトルでは、「Japan Hospitality(ジャパンホスピタリティ)」の代表格としてハリオのV60に人気が集まっていたという。

 その後も、V60の快進撃は続く。

 「スペシャリティコーヒーの世界大会があって、そこでV60が使われていたのが大きなきっかけになったようです。YouTubeで、V60と検索してみたら、V60の動画がいくつも出てきて、驚きました。ドリッパーの内側に付けた独特の溝のデザインで、動画で見ても、すぐにV60だとわかるというのも、嬉しい発見でした。アメリカ西海岸のおしゃれなセレクトショップから、うちの製品を置きたいという問い合わせが来るなんて、これまで考えたこともなかったですから(笑)」

 その人気は、逆輸入的に日本でも広がっていった。

 「とはいってもまだまだ日本では、舟形のフィルターの方が一般的です。ただ、スペシャリティコーヒーの流れが日本にもきているのは確かですね。豆はもちろん、淹れ方、道具にもこだわっているカフェが増えてきた。そういうお店に、V60が選ばれているというのは本当に嬉しいことです」

V60から派生した「コーヒーをおいしく飲むための道具」作り

 V60の人気が定着してからは、フィルターのみならず様々な関連製品も展開している。その代表例が、先が細く、コーヒーをドリップするのに最適な形状を採用したケトル「V60ドリップケトル」だ。

 「コーヒーをおいしく淹れるために、お湯を少しずつ入れるというのはもはや常識ですよね。だったら、そのためのケトルを作るというのは当たり前の発想でした」

コーヒーをドリップするのに最適な形状を採用したケトル「V60ドリップケトル」
先が細いので、お湯を細く、少量ずつ注ぐことができる

 当初は、フィルターとドリッパーの間にすき間を設けるためにデザインしたという独自の波形も、V60のデザインとして定着してきた。

 「オリジナリティを出すという意味でも優れたデザインだったと思います。表面に波形をつけることで、強度も出ますし、フィット感が出て持ちやすいという長所もあります」

 現在、同社ではケトルのほか、ポットやグラスにも同デザインを採用。V60シリーズとして、展開している。

V60関連製品。表面の波型が特徴的だ

コーヒーメーカーではなくて、お湯かけ機

V60 珈琲王 コーヒーメーカー

 ここで、ようやく「V60 珈琲王 コーヒーメーカー」の登場だ。水を入れるだけで、自動的にコーヒーができあがるコーヒーメーカーは、V60の人気に火を付けたスペシャリティコーヒーとは対極の存在にも思える。なぜ、今コーヒーメーカーなのだろうか。

 「まず、これまでとは違うジャンルにチャレンジしてみたいという気持ちがあったのは確かです。ただ、我々としては珈琲王はコーヒーメーカーではなくて、お湯かけ機と考えているんです。中身はこれまでハリオが展開してきたV60フィルターであり、ドリッパー、ポットなんです。それらをお湯かけ機にセットしただけのものだと」

 V60で成功を収めた後だ。それなりのプレッシャーもあっただろう。

 「中身の機構に関しては、豆の量からお湯の温度、お湯を出すタイミングなど、相当色々と検証しました。一番重視したのは、蒸らしとスタンバイ(準備)です。それはドリップ・コーヒーにおいては絶対守らなければいけない鉄則でもあるのですが、それを守っているコーヒーメーカーって実はあまりないんです。珈琲王では、熱いお湯を提供するためにタンクのお湯を60℃でスタンバイしています。そこから抽出時に95℃まで湯温をあげて、熱いお湯で抽出するようプログラムしています。蒸らしに関してもこだわっています。最初に出るお湯は、粉を湿らせる程度。その後、30秒間は蒸らしの時間をおいて、そこから抽出を開始します。

 コーヒーに関しては『V60 透過ドリッパー』発売時に色々研究していたので、基本はわかっていました。ただ、ハリオは電気メーカーではないので、いざ製品化するときには色々難しいこともありました。電気メーカーの発想ではなくて、コーヒー器具屋の発想だったので(笑)」

 実際、同社1階には、コーヒー器具の研究も兼ねたカフェスペースが併設されている。歴代のサイフォンコーヒーメーカーの横には、丁寧に入れ方が説明されたボードまで置いてある。様々な種類の珈琲を試飲したりもするという。珈琲王の反響はどうだったのだろう。

ハリオ本社1階にあるカフェスペース
村上さん自らコーヒーを淹れてくれた
コーヒーサイフォンの抽出方法が書かれたボードも

 「実はシアトルのコーヒーショップからは『なんで、コーヒーメーカーなんて作るのか』と言われてしまいました。ただ、私の考えでは、珈琲王は、ドリップ・コーヒーの入門機のような位置づけで考えています。プログラムがあらかじめ入っているから、失敗がない。自分でドリップするのが面倒だと考える人が使うイメージですね」

 V60というフィルターにより、世界に名を知られるようになったハリオ。プロダクトデザインを担当していた村上氏は、それをどんな想いで見つめていたのだろう。

 「製品がいくつ売れたとか、売上とか、数字的なことよりも、日本の製品が世界に認められたことが素直に嬉しかったです。特にデザインに関していえば、戦後からこっち、日本は欧米のデザインに憧れて、追いかけているような状態でしたから。それが、日本のデザインも悪くないんだ、かっこいいんだ、と認められたのが嬉しかった。今年、開催が決まった2020年 東京オリンピックのプレゼンテーションを見ていても、感じたことですが、日本のデザインやプレゼンテーションも確実に進化していると感じています」

阿部 夏子