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パナソニックが「空気の質」検証に本腰を入れる理由とは? 厳重な新施設に潜入!

パナソニック「IAQ検証センター」。工場の敷地内から少し離れたところにある建屋

家電メーカーが空気清浄機などで「除菌効果」を謳うものとして有名なのは、OHラジカルのイオン系、最近勢力を強めるオゾン系などがある。そのほか、空気中に放出しないが電車のつり革や手すり、飲食店のテーブルに塗布して使われている「光触媒」も空気清浄機で採用されているものがある。

そうした中、今回紹介するのはパナソニックのジアイーノでおなじみ「次亜塩素酸」系だ。「次亜塩素酸」は、多方面からの誤解や誤情報、思い込みや口コミで、えらくややこしい状況にある。そこで、パナソニックの工場に建設された実験設備を取材してきた内容を含めて、改めて説明したい。

これまでこれらの消臭/除菌効果は、大学の研究室などの第三者機関の中にある小さな「実験室」で行なわれていた。カビや臭い菌なら問題ないが、インフルエンザやSARS、COVIDなどの菌が外に出たら大問題だからであり、実験室の中にある小さな「安全キャビネット」で実験する他なかった。「安全キャビネット」は、映像で病原菌を扱うシーンなどでもよく見かける、ガラス張りの箱に長いゴムグローブが付いているものをイメージしていただけると近いだろう。

つまり今まで効果の検証に使っていた実験室の小さな空間は、空気清浄機や空気除菌機を使う「実際の部屋」とは大きく違っていた。

入口ドアに「Panasonic」と「IAQ検証センター」の文字

そこでパナソニックは実験室での検証結果を補強するため、愛知県春日井市にある工場に独自の実験設備「IAQ検証センター」を設立。今年2022年4月より順次稼働している。実際の部屋の大きさレベルで、ジアイーノやナノイーの検証を行ない「高品質な空気の研究」を推進するという。

春日井から世界へ! 高品質な空気を極める「IAQ検証センター」とは

まず施設の名称となっている「IAQ」とはなんだろう? 正式名称はIndoor Air Qualityの略で「室内の空気の質」を示している。二酸化炭素やPM2.5が多ければ空気がいいとはいえないし、菌やカビが浮遊している空気も同様だ。温度と湿度のバランスもIAQのひとつだ。

パナソニックが開発したビル用IAQモニタリングシステム。室温や湿度だけでなく換気も合わせて、高品質な空気を作りベストな居住環境を作り出す
高品質な空気を作るには、7つの要素を満たさなければならない

とくにコロナの影響により、日本はもとよりアジアをはじめ世界各国でIAQへの関心が高まっている。もともと日本はコロナ以前から花粉症対策やPM2.5、大陸からの黄砂などの問題を抱えており、その対策として「空気清浄機」が発達してきた。さらに近年では臭いの問題も。介護や医療現場、ペットの臭いや梅雨どきの部屋干しの臭いに悩む人も多くなり、家電メーカー各社もそれに応える形で、独自の方法で消臭対策にも力を入れている。

空気清浄機やエアコンなどでおなじみのナノイーは、一般家庭だけでなくビル空調や山手線、京阪電車や大阪モノレールにも採用されているほどだ。

こうした空気の質に関する技術は、日本、とくにパナソニックが得意とする分野で、中国やベトナム、マレーシアやタイなどのASEAN諸国に加え、アラブ首長国連邦そして北米などグローバルに展開しているのだ。

「次亜塩素酸」は有用、なのにウワサに翻弄されてきた悲劇

パナソニックの空間除菌には、ナノイーとジアイーノがある。このうちジアイーノを担当しているのが春日井工場だ。パナソニック 空質空調社の小笠原卓 副社長によれば、当初の研究は次のようになると説明する。

「今回新設されたIAQ検証センターは、まず春日井工場が担当するジアイーノの検証を行ないます。将来的にはナノイーの実験なども行ない、ジアイーノとナノイーのハイブリッド空気清浄加湿器などの研究も視野に入れています。ここはパナソニック全体のIAQの開発拠点となります」

パナソニック エコシステムズ 代表取締役社長で、パナソニック 空質空調社 副社長の小笠原卓さん

ナノイーはOHラジカルというイオンを放出するが、ジアイーノは次亜塩素酸水溶液(注:一般的には「次亜塩素酸水」と呼ばれるが、誤解を避けるため「次亜塩素酸の溶けた水」という意味を強調して本稿では「次亜塩素酸水溶液」と表記)から蒸発させた次亜塩素酸を空中に放出する方式だ。

しかし次亜塩素酸(化学式HClO)は、いろいろな誤解がされている。一番分かりやすいのは「次亜塩素酸ナトリウム」(漂白剤)を水に溶かした水溶液とは違うということ。末尾に「ナトリウム」と付くだけで化学式も「NaClO」とまったく別物になってしまうのだ。

厚労省がアルコールの代わりに、机やドアノブなどに噴霧して乾拭きする用にすすめているのは「次亜塩素酸ナトリウム」(漂白剤)の薄い水溶液。ただし空中に噴霧すると人やペットに有害。目が痛くなるのですぐ分かる

「次亜塩素酸ナトリウム」(漂白剤)を水で薄く希釈した水溶液をスプレーで噴霧すると除菌効果がある。ただ人やペットには有害なので、スプレーしてテーブルを拭くなどに使うものとして厚労省などでもアドバイスしている。一方「ジアイーノ」は「次亜塩素酸ナトリウム」でもなく「空中噴霧」でもないため安全性に問題はない。

さらにジアイーノの「次亜塩素酸」水溶液は、コロナ発生当初にアルコールが欠品した際に消毒液として注目された比較的新しい物質。そのため科学者の間でも「次亜塩素酸」自体の効能の「肯定派」と「否定派」に分かれてしまったのも誤解の原因。ただ今では独立行政法人の製品評価技術基盤機構(NITE)が「正しく使えば除菌効果あり」と結論を出して、効果が認められている。とはいえ「正しく使えば」という条件がついて、モヤッと感は完全には拭いきれていないのも事実だ。

あまりに混乱したので独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE)が独自に実験した結果をまとめ「物品の消毒に利用できます」と結論づけた。ただし相当の分量(濃度)が必要との条件つき

次に「次亜塩素酸水溶液」の空中噴霧。こちらは「ナトウリム」が付かない「次亜塩素酸水」として販売されているもので、多くはアルミのパック容器に入って販売されている。でも「次亜塩素酸水溶液」は紫外線に弱く、生成したそばから劣化するので、数日で効果ゼロに。だからレトルトパックに入れて劣化をできるだけ遅くしているというわけ。問題はメーカーによって使用期限が1カ月というメーカーもあれば3カ月や6カ月という場合も。これは「どこまで効力が薄くなっても除菌に有効か」をメーカー各社が設定しているから。つまり効果が薄くなったら、ジャブジャブ使えば、当初の濃度を確保できるというワケ(NITEの条件)。

また、一部のメーカーが景品表示法に違反した表示などで消費者庁から措置命令を受けたことがあり、これが原因で「次亜塩素酸水溶液には効果がない」と誤った認識をされているという問題もある。

ジアイーノは装置内で高濃度の「次亜塩素酸水溶液」を生成し、タンクの水に混ぜることで濃度を調整しているので、市販の次亜塩素酸水のように濃度が低くなり効果が薄れることがないのが特徴。

新型ジアイーノの内部。右下の「電気分解」とかかれているタンクに水と左上の「塩タブレット」を自動投入することで、高濃度の次亜塩素酸水溶液を生成する
生成された高濃度の次亜塩素酸水溶液は、加湿器と同じ蒸発タンクに送り込まれ濃度が調整される。これにより水分はタンクに残ったまま「次亜塩素酸」が気体として空気中に放出される

さらにややこしいのは、世界保健機構(WHO)から「次亜塩素水溶液を空気中にスプレー(空中噴霧)すると人体に悪影響がある」と声明が出たこと。一般的に販売されている次亜塩素酸水はスプレーボトルに入れて、ペットのトイレや粗相をしてしまった場所、机やドアノブに噴霧する(残留物質がなく拭き取りは不要)。しかしこれも空気中に噴霧したら空気を除菌できるのでは? と世界で試す人が続出。それにより健康被害が出てWHOが動いたというわけだ。それゆえ食品工場の除菌に「次亜塩素酸水溶液」を使う場合は「工場が無人であることを確認してから噴霧すること」という条件が付いた。

ジアイーノの吹き出し口から出てくるのは風だけ。下部の蒸発ユニットで「次亜塩素酸水溶液」から「次亜塩素酸」の気体のみを送風しているため人体には無害。実は次亜塩素酸は蒸発しづらく、これのみを蒸発させる技術も秘めている

ジアイーノは「次亜塩素酸水溶液」を作り、その水から「次亜塩素酸」を気体として蒸発させているので、スプレーで噴霧しているわけではない。つまりNITEが認めた正しい扱い方なので、安全かつ効力を持つ正しい濃度で空中に放出されるのだ。

このように、ここ3年ほどで「次亜塩素酸」はウワサや誤解、条件や注意勧告で翻弄され続けて来たことを知ると、なぜIAQ検証センターを設立したのかがよく分かるはずだ。

実験室の箱ではなく実際の部屋で効果を実証するIAQ検証センター

これまでナノイーやジアイーノの効果をはじめとしたエビデンスは、大学の研究室の小さな箱の中で行なわれていたが、IAQ検証センターの設立で研究が大きく進歩すると岡本 剛CTOは説明する。

「これまでは施設がなかったため大学の研究室や第三者機関に依頼して、ナノイーやジアイーノの性能評価をしてもらっていました。次亜塩素酸だけでも長年にわたり相当数のエビデンスを強化してきました。確かにこれだけでも十分な機能評価になりますが、あくまでも実験室での話。私たちは一般のご家庭と同じ環境でナノイーやジアイーノを使って効果が得られることを実証したいのです。そしてこれまで実験室で得られたエビデンスを、春日井のIAQ検証センターで強化、補強していきます。あわせて今後も次亜塩素酸のポテンシャルを引き出し、さまざまな共同研究を行ないます」

パナソニック エコシステムズの岡本 剛CTO
大学や第三者機関とともに調査した次亜塩素酸の効力

とくにジアイーノで使用している「次亜塩素酸水溶液」は、多岐にわたった誤解が多く「実際の部屋と同じ空間でこれだけの効果がありました」というエビデンスがあれば信頼性も格段に上がるだろう。

新設のセンターにはパナソニック調べで業界初となる実験室が2つある。ひとつは「ジア環境 バイオセーフティレベル2(BSL2)試験室」ともうひとつは「実空間除菌実験室」だ。

「ジア環境 バイオセーフティレベル2(BSL2)試験室」は、ステンレス製の二重壁でできており、外側の部屋から、密閉された中の実験室で実験できるようになっている。実験室は減圧されており実験室中に噴霧する菌などが外へ漏れないようになっている。

ジアイーノは菌を酸化させることで抑制/除菌するため、酸化に強いステンレス製の部屋になっている
完全に密閉された空間で、外から操作を行なう場合はグローブを使う

外側の部屋には内部に菌などを送り込むネブライザーと、菌を回収するためのインピンジャーがある。室内には滅菌灯や菌を散布する吹き出し口、そして実験するジアイーノが設置され、ジアイーノは外からグローブで操作が可能だ。

完全密閉された部屋は、温度や湿度を完全にコントロール可能。ステンレス製の壁は、錆びにくく菌が付きにくいためということだった。本来立ち入り禁止となる「バイオセーフティレベル2」の領域だが、まだ建設中ということで特別に入室できた。またこの部屋はジアイーノを設置しなくても次亜塩素酸ガス濃度が調整できるようになっている。

部屋の外も密閉された空間でここまで「バイオセーフティレベル2」の空間。中央の実験室に菌を送り込んだり、空気を回収して効果を確かめたりする。奥のブラックボックスは、次亜塩素酸ガス発生装置。ジアイーノじゃない秘密の機械
バイオセーフティレベル2の実験室見取り図。前の写真は、ドア横にある覗き窓から撮影しているのがよく分かる

「実空間除菌試験室」は実験室内部のパーティションを移動することで、6畳から80畳の空間を自在に作れる実験の部屋だ。パーティションの周りはゴムのパッキンになっており、目的のサイズに変更したらパッキンを押し出し完全に密閉された空間を作れる。

2枚のパーティションを移動していろいろな大きさの空間を作れる
「実空間除菌試験室」の広さを変えて試験が行なえる
この部屋ではシャーレに付着させた菌を使い、ジアイーノの次亜塩素酸を曝露させる前後で効果を比較。実際の家庭にある絨毯やドアノブなどの付着菌に対する効果を調べる

こちらは壁や床材を張り替えて実際の部屋に近い構造にしたり、湿度や温度をコントロールすることで四季の調整、また換気量の調整なども可能だ。ただ先のバイオセーフティレベル2の実験室と違って、外の部屋からコントロールできないため、試験用のジアイーノなどの装置を入れ、菌やウィルスの付着したシャーレなどを置き、実験後に培養してその増減を調べるようになっている。

パナソニック エコシステムズ 常務 取締役 IAQ BU長 山内 進さん

これらの新しい実験施設によってさまざまな可能性を見出したいという山内さん。先の岡本さんも大きくうなずきながらジアイーノの未来像を語る。

「多様な実用環境にて、菌やウィルスに対する次亜塩素酸の抑制効果を検証していきます。主な取り組みとしては、飛沫やエアロゾルに含まれる菌・ウィルスに対する、気体状の次亜塩素酸による抑制効果の検証です。さらにはモノに付着している菌やウィルスに対する抑制効果、さらにカビやPM2.5、花粉やアレル物質に対する抑制効果の検証も行ないます。こうして有機物へのメカニズムなどを解明し、北米やアジア、中東、欧州に展開する上でさまざまな検証や認証を取得していきます」

ここ春日井から日本、アジアへ、そして欧州から北米が驚く次亜塩素酸のポテンシャルの高さを披露してくれそうだ。

春日井が世界有数の次亜塩素酸研究拠点になる!?

ペットのブリーダーから「消臭用にいい」と評判になり、コロナ禍の数年前から流行り出した次亜塩素酸水。コロナ禍になりアルコールが市場から消えたために「消臭用」だけでなく「消毒用」としても有用では? と急遽浮上した「次亜塩素酸水」だった。

しかし不運にもいろいろなウワサや誤解で翻弄され、その効果が確かなものにもかかわらず、理解してもらえるまで時間がかかってしまった。未だに効力をまゆつばものと考える人も大勢いる。

空気を洗うというコンセプトで発売されたジアイーノ。介護施設や病院、ペットショップやブリーダー、そして一般家庭の除菌消臭としても活躍中
ここまで大きなデモがある量販店は少ないが、小型のデモが量販店に置いてあるので、ぜひ臭いを比べてほしい。必ず「えっ! こんなに!?」となるハズだ。

とはいえ量販店などの店頭で「ジアイーノ」のデモを体験すれば、消臭に圧倒的な効果があるのは一目瞭然ならぬ「一鼻瞭然」。第三者機関の実験室という狭い空間ながら菌の除去や抑制に効果があることも実証されている。パナソニックが新たに設立した「IAQ検証センター」では、実空間での実験ができるので、研究が飛躍的に進むだろう。

空気に対する日本人のこだわりは世界でも上位。そして空気清浄機や空間除菌機の技術も世界トップレベル。今後はこの場所が世界でも有数の「キレイな空気の研究拠点」になるかもしれない。