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令和の学問で最も重要なのは「家庭科」、パナソニック馬場 渉氏が語る「HomeXで実現する 次の100年のくらし」

 2019年10月9日に開催された、日経xTECH EXPO 2019の特別講演「HomeXで実現する 次の100年のくらし」に、パナソニック ビジネスイノベーション本部長の馬場 渉氏が登壇。同社が2018年に発表したくらしの統合プラットフォーム「HomeX」によってくらしをどのように変えていくのか、その狙いや戦略などについて語った。

パナソニック ビジネスイノベーション本部長の馬場渉氏

令和の学問で最も重要なのは「家庭科」

 馬場氏は冒頭に、「令和時代の学問として最も重要なのは『家庭科』です」とコメント。

 「家庭科は衣食住はもちろん、時間やお金の使い方、地域社会、環境、エネルギー、介護、子育て、家族と家庭など、非常に多岐にわたる生活そのものの学習体系になっています。パナソニックの『くらしアップデート』というビジョンからすると、家庭科こそが我々が今やろうとしている領域だと痛感しています」(馬場氏)

 暮らしを良くするためには、小学校や中学校で習う家庭科レベルのことを日常の生活習慣に落とし込むことで、豊かで幸せかつ健康に暮らせるというわけだ。

日経xTECH EXPO 2019の特別講演として登壇

 「米国だと『STEM』、つまりサイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マス(算数)が将来を支える学問だと言われていますが、家庭科は日本が誇る非常に面白いセグメントです。米国では家庭科をHome Economicsの略で『home ec(ホーム エック)』と呼びますが、義務教育から外れています。ただし生きる力とか、豊かに幸せに生きるウェルビーイングとか、マインドフルネスとかいろいろなことが言われる現代において、シリコンバレーなどでホームエックを勉強するべきだと言われだしている中で、日本は家庭科といういいフレームワークを持っているのです。これをテクノロジーと組み合わせた『家庭科テック』というようなものを産業にすることで、今後の暮らしにインパクトを与えていきたいと考えています」(馬場氏)

 では、なぜHomeXを通じて「くらしアップデート」を実現しようとしているのか。馬場氏は「人間は幸せを追求する生き物」であるとし、その幸せを実現する手段としては「映画スターやロックスターなどになりたいという夢や希望を実現する」ということに加え、「なんてことのない日々の暮らしを、日常のルーティンによって向上させることで幸せになる」という2つの手段があると話した。

 「当社が最も得意としているのは夢や希望というより、なんてことのない日々の日常の暮らしをちょっとずつルーティンによって良くしていくことで、幸せに結びつくということです」(馬場氏)

 毎日、昨日よりも今日をたったの1%だけでも良くする(1.01倍にする)ことで、1年後には約38倍にまで進化するのに対し、ほんの1%ずつ手を抜く(0.99倍にする)ことで1年後には30分の1以下に減退すると馬場氏は話した。

「夢や希望」と「日々の暮らし」の2つが幸せを実現するという
日々の暮らしにおけるルーティンを繰り返すと、その積み重ねが大きな差となってくる

 ちょっとした変化でも毎日続けることで人間の生活が長期的には大きく進歩するのにもかかわらず、なぜ行動しないのかというと、「モチベーション(行動の同機)」と「アビリティ(行動の容易さ)」、「トリガー(行動するきっかけ)」のバランスが重要になるという。

 「ちょっとずつ、1%でも良くする暮らしの日常は、夢や希望とか、医療、教育、仕事、お金といったクリティカルな意志決定が大きく左右するのではなく、どうでもいいことです。わざわざ問題とは思わないとか、問題とは認識しているけどわざわざ解決したいほど大きなものじゃない。魚をおいしく焼くとか、ちょっと汚れをきれいに落とすとか、日常で睡眠が長く取れたらとか、自分の体に合った食事が取れたらとか。誰しもが持っていても、それを問題と認識して解決するために策を講じるほど重要ではないというのが暮らしの諸問題です」(馬場氏)

日々の暮らしを少しでも良くしようとする行動に重要になるのが「モチベーション(行動の同機)」と「アビリティ(行動の容易さ)」、「トリガー(行動するきっかけ)」のバランスだという

人はどのようなときに幸せを感じるか

 何が人間の豊かさに結びつくのか、どのようなときに人は幸せを感じるのか。この20年くらいの間にさまざまな科学的アプローチによって明らかになってきていると馬場氏は話し、続けた。

 「HomeXで人々の暮らしをよくするという取り組みは、これまでに明らかになってきた『幸せ』や『豊かさ』、『充実した気持ち』というサイエンスをエンジニアリング、つまり工業化し、それをプロダクトやサービスにしてビジネスにするということです。サイエンスがあってエンジニアリングがあってビジネスにするから、スケーラブルになり、サステナブル、つまり持続可能で再現性の高いものとして普及していきます」(馬場氏)

 人々の生活をほんの少しでも良くし、科学的に解明された人の「幸せ」を実現するというのが、HomeXのアプローチというわけだ。しかし人間は長期的なメリットではなく、時として短期的な近視眼的なものの見方で意志決定をしてしまうと馬場氏は話す。

 昔のコミュニティなら、近所のおばさんに注意されたり、親に「早く寝なさい」とか「歯みがきをしなさい」などと促されて行動を補正するが、そういう機能がない場合、そうした行動補正を促す何かが必要になる。

 「人間は自分の欲求のみで独りよがりで生きると、どんどんずれてしまうというのは皆さんが感じることだと思います。人間は本人が求めない何かをわざわざ『Hey, Siri』とか『Hey, Google』などと呼んで求めません。そこで『ナッジ』と呼びますが、呼びかけて介入し、働きかけることでちょっとずつ生活が良くなったり、悪くなるのを防げる。これを促してしてくれる存在というか、伴走役になるのがHomeXのようなテクノロジーです。人間をナッジして補正し、助けてくれるパートナーという考えです」

「0.99」から「1.01型」へと習慣を変えるためには、タイミングの良い後押しが必要とのことだ

 日々1%でも暮らしを良くしていくようなルーティンに変えるためには、何らかの気付きを与えること、行動のハードルを下げること、モチベーションを高めることが重要で、「それによって普段はしないような行動をし、向上していくというような考え方です」と馬場氏は語った。

 「生活の中で『今そのお酒をやめましょう』とか『この野菜から食べましょう』など、誰かの働きかけでその瞬間に行動を変えるというのはあると思います。しかしリアルの生活を把握・理解し、共感し、いいタイミングで働きかけない限り、『プライバシーに介入しないでくれ』となります。人間のリアルな暮らしを観察して共感し、本人以上に利用者のことを思って働きかける。そんな存在になれればと思っています」(馬場氏)

ユーザーを生活を把握・理解し、共感し、いいタイミングで働きかけることが重要になる

「HomeX ディスプレイ」から始まる、パナソニックのスマートホーム

 パナソニックがHomeXの第1弾として発売したのが、「HomeXディスプレイ」だ。

 「日常の、例えば冷蔵庫や炊飯器を使うといった行動を『クリック』と呼びますが、暮らしの中でクリックひとつひとつに反応して何らかの促し、つまりナッジをしてくれるというコンセプトでHomeXのディスプレイは作られています」(馬場氏)

パナソニックは2018年にHomeXの第1弾製品「HomeX ディスプレイ」を発表した

 HomeXディスプレイ搭載の住宅「カサート アーバン」を2018年に発表し、これまでに百数十件の受注契約を結んだと馬場氏は話す。

 「壁がすっきりしたデザインで統一されるのがいいとか、ユーザーインターフェースが今風なモダンでいいとか、いろんな理由で買われていますが、今後どんどんソフトウェア、ハードウェア含めてアップデートすることで、『なるほど、こういうことだったんだ』、『これで暮らしが変わるな』という実際の体験を具体的に提供していくサイクルにしていきます。今はまずある住宅や家電、建材などから始めて、“破壊的な変化”というより少しずつ変わっていくようなアプローチです。究極的には人間の幸せは従来よりマネジメント可能になっているので、それを実現する製品群を提供していこうということです」(馬場氏)

パナソニックホームズは2018年11月にHomeXディスプレイを備える住宅「カサート アーバン」の受注を開始。すでに百数十件の受注契約を結んだとのことだ

 HomeXが実現するのは「スマートハウス」ではなく、「スマートホーム」だと馬場氏は語る。ホームは座標軸の原点という意味もあり、自分の原点、自分らしさ、自分本来の姿という意味も表しているという。

 「社会生活をすると外との接点が増えるので自分の軸がずれていきます。それを補正してホーム(原点)に戻すだけでも人間は幸せに感じます。しかし心地よいゾーンにずっと閉じこもって殻を破らないと、成長しないし豊かになりません。心地良いゾーン、つまり自分のホームをどんどん拡張して新しいホームにアップデートしていくということ。これをやるためのキーは人の時間の使い方です」(馬場氏)

「ナッジ」によってホーム(原点、自分らしさ)が広がっていき、「自分のホームをどんどん拡張して新しいホームにアップデートしていく」(馬場氏)

 長期的なメリットやビジョンと短期的な欲求を天秤にかけて、短期的な欲求を選択してしまいがちなのが人間の時間の使い方だと馬場氏は話す。

 「しかし我々は(壁スイッチなど)世界中の10億人との毎日の接点を持っています。我々のリアルの接点をちょっと工夫することで、ポジティブな働きかけができると思っています。長いサイクルで暮らしを見た時に、テクノロジーが生活を快適にしていきます。それは1年や3年といった時間で起こるものではありませんが、こういう視点で取り組む価値のあるテーマかなと思っています」(馬場氏)

 HomeXは具体的に何をどう変えていくのか。携帯電話産業は約20年で大きく進化しており、自動車産業は100年に一度の大変革が訪れていると言われている。そんな中、スマートホームはまだ始まったばかりだが、これから大きく変わろうとしていると語る。

 「家庭科に出てくるものすべてが暮らしの対象であり、『暮らしの産業』をテクノロジーで成長産業にしていきたい。家電関連市場が数兆円とか住空間のサービス関連市場が数兆円とかそういうサイズではありません。家事を貨幣換算したら日本国内でも150兆円と言われています。だいたい主要国のGDPの25%は家事であり、その規模の活動が貨幣経済の外側にあるのです」

暮らし関連産業はかなり巨大な市場だと馬場氏は語る

 HomeXが現状で提供しているのは、壁に設置するHomeXディスプレイによってユーザーとさまざまな機器・サービスとのタッチポイントを作り、それによってユーザーの生活をより良くしていくというものだ。パートナー企業にAPI(アプリケーション開発インターフェース)を提供することで、スマートホームにかかわるさまざまな企業がそのプラットフォームに載っていく。

 こうした取り組みが産業構造を大きく変えていくと馬場氏は話す。

 「当社が工業化社会、『ソサエティー3.0』の世界の中で提供してきた価値は、どんどんソフトウェアで実装されています。マイコンが登場してから40年ほど経ちますが、基本的に住宅の製品、家電製品の構造はずっと変わらず来ていました。しかしソフトウェアとハードウェアの境界線を数十年ぶりに書き替えます」(馬場氏)

 自動車業界は車そのものの作り方や考え方が大きく変わりつつあるが、住宅業界はまだまだそうした議論が進んでいない。しかし必ずソフトウェアによって大きく産業構造が変わると馬場氏は語る。

 「ソフトウェアとハードウェアの境界線を変えて、今までの商品を作り替えていくことで、家電そのもの、住宅そのものの商品価値とは違った提供価値が持てるようになります」(馬場氏)

3階層で構成された、HomeXによる「くらしアップデート」

 続いて馬場氏は、HomeXを構成するいくつかのポイントについて解説した。

 「機器には人手を介さずにWi-Fi経由で機能やコンテンツが配信されます。ハードウェアを買った後はずっと劣化するのではなく、購入・設置後もずっと進化し続けます」(馬場氏)

 HomeXによる「くらしアップデート」は3階層あると馬場氏は続ける。

 「機器やコンテンツをアップデートすることによって暮らしをアップデートします。そして暮らしをアップデートすることによって人間をアップデートします。究極的には幸せを提供するための商品構成だから、人間がアップデートされて人間が幸せになり、豊かになり、落ち着き、安心する。人間をアップデートさせるために私たちはやっています。そのためには暮らしがアップデートされる必要があり、暮らしをアップデートするためにはコンテンツがアップデートされる必要があります」(馬場氏)

HomeXの全体レイヤー構造
機器やコンテンツをアップデートすることで、人間もアップデートさせるというコンセプトだ

 馬場氏は続いて、パナソニックが手がける店舗や施設などのB2Bの事例を紹介した。

 「元々パナソニックは家電中心のコンシューマービジネスでしたが、家電のDNAを持ってB2Bにシフトすると数年前に掲げて取り組んできました。民生のカメラ技術から店舗や介護のソリューションなどに展開し、B2Bのマーケットで成熟してきた技術を家の中に取りこんでいきます」(馬場氏)

自律アップデート型エッジデバイス「Vieureka(ビューレカ)」

 1つめに紹介したのがサッポロドラッグストアーの店舗に展開した自律アップデート型エッジデバイス「Vieureka(ビューレカ)」の事例だ。カメラによって来店者数を数えるところからスタートしたが、アップデートによって男女が識別できるようになり、年齢を識別し、商品の欠品も識別できるようになったという。

 「ソフトウェアがアップデートされてハードウェア、店舗の機能も増強されます。誰も人を介さずに我々のソフトウェアを配信し、エッジデバイスをコントロールする技術でAIモデルを改修するというものです」(馬場氏)

サッポロドラッグストアーの店舗に展開した自律アップデート型エッジデバイス「Vieureka(ビューレカ)」の事例
人間の心や体を増幅させるサービス群

 2つめがポラリスとの実証事例による「人間の心や体を増幅させるサービス群」だ。

「これは人間自体をアップデートするというものです。センサーやカメラなど使って、人間自体が気付かない睡眠障害や、いつもとは違って寝苦しそうにしている人に気付いてあげて介護します。我々の介護施設関連の協業プロジェクトで、きちんとユーザーを観察していくことで、人間の歩行の機能やオポチュニティが高まっていきます」(馬場氏)

自立支援介護サービス、ポラリスとの協業プロジェクトの事例
PLCを用いたIoT化の促進事例

 3つめに紹介したのはPLC(電力線搬送通信)を用いたIoT化の促進事例だ。

 「今後劇的にIoT時代が進み、家の中のすべての情報が大量に収集・解析される時代になると、ネットワークが明らかにボトルネックになります。私たちは以前からPLC技術に取り組んできましたが、これが産業界で火が付きました」(馬場氏)

 中国のエレベーター、国内のプラント施設、ドイツの街路灯など、さまざまな場所でPLCを利用したネットワーク化が進んでいるという。

 「人間が意識せずにコンセントを挿すようにインターネットにつながります。セッティングフリーの環境作りです。今までホームネットワークのために作ったPLCですが、家庭ではWi-Fiが普及し、B2Bで花開きました」(馬場氏)

 家庭で5台、10台程度の機器がつながるのであればWi-Fiで十分だが、家庭内のさまざまな機器がネットワークにつながるIoT時代になると、もう一度PLCが重要な役割を示していくと馬場氏は語っていた。

PLC(電力線搬送通信)を用いたIoT化の促進事例

 続いて馬場氏は「Panasonic Digital Platform」について紹介した。

 「元々は社内向けに展開した共通のプラットフォームですが、当社の26種類の製品が同じデータインフラ、同じAPIに載って、100カ国以上に広がり、暮らしのユーザーのデータが1000億件以上流れています。人間は自分の日常の暮らしを客観的に判断できる生き物ではないので、余計なお世話にならぬようにきちんとユーザーの気持ちに共感し、ユーザーの一歩先、半歩先で働きかけをしていきます。それがすべてデータでつながり、ユーザーを理解し、それによってより良い製品やサービスを提供するというサイクルを回していきます。パートナーの技術と当社の技術を統合し、一つのホームを中心とした暮らしのルーティンにインパクトを与えるサービスプラットフォームに仕立て上げているところです」(馬場氏)

社内プラットフォームをベースに協業パートナーにも提供する統合情報プラットフォームに発展させた「Panasonic Digital Platform」

 リアルな暮らしの中にテクノロジーやソフトウェアが入り込んでくる「ソサエティー5.0」の超スマート社会になると、「家庭科×テクノロジーには無限大の可能性があります」と馬場氏は語った。

 「私たちは今後こうした一つの統合ビジョンで進んでいくので、パートナーさんやいろいろな方々と協業して進めていければと思っています」(馬場氏)

「家庭科×テクノロジーには無限大の可能性があります」(馬場氏)