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タテパナとヨコパナを強化する、次代に適応するためにパナソニックが新たに目指す「モノづくり」
2018年7月23日 12:00
パナソニックは創業100年という筋目となる今年、今後のモノづくりの方向性を定める活動を行なってきたという。そして、この半年間での活動内容を説明すべく、都内でプレスセミナーを開催した。
登壇したのは、「Panasonicモノづくりビジョン」の策定を主導してきた生産革新担当(兼)生産技術本部長、品質・環境担当の小川 立夫氏。同氏は冒頭で、パナソニックのモノづくりの原点を、創業者である松下 幸之助氏の言葉を引用して説明した。
「物資の生産、供給にあたる企業の使命は、真に人びとの役に立つような優良品を開発し、それをできるかぎり合理的に生産して、適正な価格で、必要なだけを供給するということだと思います」
小川氏によれば、創業者が語ったこの言葉は、100年を経た今も、そして今後も変わらない我々の理念だとした。
100年前に創業された同社は、今や国内に126カ所、海外に199カ所の拠点を持ち、従業員は約25万人にものぼる。
「当社の特徴は、多様性に富んだ多彩な商品を作っていることです。大量生産から少量生産まで、大きな物から小物まで、あるいはお客様のご要望に沿った非常にリードタイムが長いものから、注文から即日で納品するもの、B to CからB to Bまで、本当に多彩な市場と向き合ってモノづくりを進めさせていただいております」
そんな大規模かつ多彩で多様な同社のモノづくりの根幹を担い、モノづくりの技術を培っていくのが生産技術本部の役割だとする。
同本部は戦後間もない1953年に中央研究所の機械部門として発足したのがはじまり。1963年には生産技術研究所という独立した研究所となる。そして今ではイノベーション推進部門の中に組み込まれ、「卓越した生産技術力により、モノづくりイノベーションをリードし、事業部の経営に貢献する」ことをミッションとしている。
「モノづくりビジョン」策定の背景
現在、政府は“Society 5.0”という新たな社会を目指すと、第5期科学技術基本計画で掲げている。“Society 5.0”とは、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもの。
「これまでの情報社会という流れを、さらに社会に推しだして、人を中心とした新しいつながりの社会、超スマート社会の実現を目指すというものです。
情報社会、インターネットの時代には『あるルートを介して人あるいは機器がつながっていた』ものが、“Society 5.0”でのIoTの時代には『あらゆるルートで、モノとモノがつながっていく、そのモノとモノのつながりを介して人と人がつながっていく』という時代になります。そうした時代に、新たなビジネスチャンスがあると考えております」
そうしたビジネスチャンスを手にするためには、新たな時代にフィットしたモノづくりの方向性が必要だという。そこで策定されたのが「モノづくりビジョン」なのだ。
これまで同社が得意としていたのは「大量生産品をできるだけリーズナブルに提供する」こと。そこでは、構想/計画/設計/試作/量産というプロセスを、ウォーターフォール型というバケツリレーのような手法で行なってきた。
「この手法により、ガッチリと製品の品質や信頼性を作り込んできたわけです。ですが、色んなモノがつながって、あらゆることが社会で同時に起こるという世界が来た時には、構想から量産までに非常に長い期間がかかってしまいます。
そうしている間に、お客様の価値、考え方そのものが変わってしまう。そこで、なんとかお客様に価値を実感してもらうために、構想のところからお客様と一緒に作り上げていく方向に世の中が変わってきています。
これはソフトウェア開発では、アジャイル型といわれ、10年以上前からやっていました。同様のムーブメントを、我々のハードウェア開発でも興さないといけません。
当社にとっては、小さな単位で速く動くということは、あまり得意なことではありませんが、あえてそこにチャレンジをして企画/構想から試作を非常に速く作り、速くお客様に使ってもらい、お客様に価値を実感してもらいながら、本当にお客様の要望に合うモノに作り直していく。
この小さいサイクルをこまめに回すことで完成度を上げつつ、最短でお客様が求めているモノを提供していきたい。そのために、モノづくりのシステムを変える必要があると考えています」
従来からの延長線上にあるタテパナと、新たに加えるヨコパナ
同社がイノベーションを語る上で、昨今、頻繁に使っているのが“タテパナ”と“ヨコパナ”というキーワードだ。
小川氏によれば、タテパナとは、従来の事業部軸や商品軸で開発/生産/販売のタテ軸を通して、ある決まった領域、決まった商品を提供していくこと。
一方でヨコパナは、同社の内外にある様々な技術や製品、モノをヨコでつなぎ合わせていき、新たな価値を作り上げてくことだとする。
「タテパナとヨコパナには、それぞれ変わらずに磨いていこうというものと、今の時代に合わせて変える必要があるものとがあります。
まずタテパナの中では、開発/生産/販売を一体にしますので、収益を求めるという点では最適な構造です。そこで、品質やコスト、納期を追求していく点は変えません。これを高めていくために、デジタライゼーションを進め、デジタルの力で極限まで競争力のある品質/コスト/納期にしていきます。
一方で速いサイクルで変わっていくお客様の価値に対応していくために強化すべきなのがヨコパナです。当社が持っている色んな商品や技術、あるいは社会にあるモノをクロスバリューで組み合わせていこうというものです」
さらに同社は、「モノづくりビジョン」を策定する上で、2030年の世界で主流となるキーワードを読み解いたという。そこに同社が培ってきた新しい価値を創造するために持っている技術やノウハウなどをピックアップ。その交点にあるキーワードを抽出し、今回の「モノづくりビジョン」を策定したという。
「モノづくりビジョン」の中身
「モノづくりビジョン」は4つのキーワードで構成されている。ベースとなるのが“Circular”と“Integrated”。その上に、“Dynamic & Scalable”と“Rapid”とを配置する。言葉だけを聞いていると、意味がよく掴めないが、小川氏が言うには「このビジョンにより、お客様と社会の課題を解決していく」ものだという。
「まずベースとなる “Circular”は、地球環境と共存しながら循環型の経済、地域社会との共存、そして環境負荷の軽減を目指すということ。
その上で、我々のこだわりとして“Integrated”を配置します。無理やり日本語にすると、“摺り合わせ”といった意味合いです。材料とデザインを掛け合わせるとか、工場で培ってきた匠の技をデジタルと掛け合わせるといった、どこかに我々が工夫してきた価値が残るようなモノづくりを、今後もこだわっていきたい。ロボットで自動化していく中でも、人が作業して作っていた時の想いを込めていきたいと考えています」
2つのベースの上に載るのが、いわゆる大量生産を意味する“Dynamic & Scalable”と、お客様の新しい価値に寄り添うためにはスピードを重視した“Rapid”。
「“Rapid”は、試作品だけでなく量産化までの工程を速めていくことです。量産化し、お役様に価値が認められた商品は、さらに次のフェイズの“Dynamic & Scalable”のプラットフォームへと持っていきます。逆に“Dynamic & Scalable”の中から、お客様の新たな価値が見つかれば“Rapid”に持っていきます」
“Rapid”に開発されている新たな製品/サービス「HomeX」
それぞれのキーワードについての詳細も語られた。まず、同社が苦手とする“Rapid”について解説。小川氏は、同社が生み出した価値を、より速くユーザーに届けるため、プロトタイプでアイデアを高速で具現化していくと語る。
「そのために、3Dプリンターを多用することになります。最新の3Dプリンターでは、樹脂での造形だけでなく、金属で金型そのものを作ることもできます。従来は数カ月かかっていた成型工程を劇的に短縮します。3Dプリンターであれば、複雑な成型の金型も1週間程度、設計図があれば数日で作れてしまいます」
こうした速いモノづくりに関しては、専任で取り組む組織として、マニュファクチャリング推進室を生産技術本部の傘下に設立。いかに速く良いモノを作るかという検証を同時多発的に行なっているという。
“Rapid”の一例として、現在、米西海岸の同社のビジネスイノベーション本部(副本部長 馬場 渉氏)が開発している「HomeX」を挙げた。HomeXが具体的に何かは明かされていないが、パナソニックの家電や住宅などを組み合わせ、ソフトウェア主導型で未来の住空間環境に向けたサービスを提供するもの。
「今までコントローラーとか、あるいは制御の仕方がバラバラだった家電を、一つのやり方、お客様の触りやすい見やすいやり方で制御がトータルでできるようにしていくもの。色んなセンシングが同時に行なわれることで、お客様の生活シーンを理解して居心地のよい温度や明かり、風の流れなどをソフトウェア側が理解し、快適な住環境を提供していくものと理解しています。
そんなHomeXのキモになるのは制御していくソフトウェアですが、インターフェイスとセンサー部分については、温度や湿度センサーを組み込んだプロトタイプを、3Dプリンターを使って非常に短期間で作り出しました」
ロボティクス分野で活かせる、これまでの家電開発ノウハウ
“Rapid”が新たな課題なのに対して、“Dynamic & Scalable”は、これまでの同社の強みを磨き上げていくこと。そのために行なっているのが、フィジカル(リアル)空間での工場などのオペレーションを、サイバー上に再現し検証していくこと。サイバー上で最適化された仕組みを、フィジカル空間で実行することで、最大30%の効率化が図れるところまで実現しているという。
小川氏が“摺り合わせ”と表現した“Integrated”に関しては、ロボティクスの分野を例に挙げた。
「ロボットは、色々な技術の複合芸術のようなものです。基本的にはセンシング、実際に動かすアクチュエーション、それを制御する頭と、これら3つの部分で成り立っています。これらは非常に多様な組み合わせがあるとともに、産業用にもサービス用にも応用できる。これからの産業の基盤となるモノだと考えています。
このロボットの分野では、我々が家電製品の開発で培ってきた『機械をいかに安全に動かしながら、きちんとお客様との接点をつくっていくか』というノウハウが活かせます」
つまり、機械操作の素人であるユーザーでも、安全に使えるロボットの開発は、家電製品で培ってきたノウハウを多く活かせる分野だという。
現時点の取り組みとしては、WHILLと連携して開発しているロボット電動車いすなどが挙げられた。これは、人が押さなくても自動で目的の場所まで行き、使い終わったら自動で帰っていく車いす。これを安全かつ快適に使えるよう、開発を進めているという。
さらに、開発中のトマト収穫ロボットは、人と同等速度で収穫できる機構と、トマトを判別するAIを備えるまでになったとする。そのほか、自律搬送ロボット(ホスピ)は既に病院などで活躍中だ。
“Integrated”のもう一つの例として、新しい軽量素材「セルロースファイバー樹脂」に触れた。これは植物由来の軽いけれども強度の高い素材なのだという。そもそも同素材は、環境省の委託業務で開発したもの。これをコードレススティッククリーナー「POWER CORDLESS(パワーコードレス)」の構造部材として活用した点が、“Integrated”なのだ。
「モノづくりビジョン」の中で、“Circular”については、「使うエネルギーよりも創るエネルギーを多くしていくこと」だと語る。エネルギーを創る機器を増やしつつ、エネルギー使用は減らしていく。これらを同時に進めることで、環境負荷を抑えたモノをつくることを目指すという。
“Circular”を達成するためには、資源の有効活用と、CO2を出さない工場づくりが必要。同社は2050年までには創るエネルギーが使うエネルギーを超えることを目標を達成に、既に近赤外線を使った樹脂選別技術の採用や、太陽光パネル、廃熱発電、蓄電など、様々な取り組みが始まっている。
一連の説明を終えた後、小川氏は「これからサービス産業が伸びていっても、やはり最後に人との接点にあるのはモノだと考えています」と語る。「あくまでもモノづくりに関してはこだわりを持ち続けていきたい。そして次の100年でも、モノづくりの会社として発展してまいりたいと思っております」という抱負と決意で説明会を締めくくった。