パナソニックの理由(ワケ)あり家電~Panasonic 100th anniversary in 2018
パナソニック アプライアンス中国がWi-Fi搭載の温水洗浄便座を日本より先に発売した理由とは
2018年2月26日 07:00
中国で展開するパナソニック アプライアンス中国(以下、アプライアンス中国)が今、独自の取り組みで存在感を増している。中国市場に参入してから40年、テレビ事業の撤退などで2014年以降は厳しい局面が続いていたが、2017年4月に中国人の呉亮氏をトップに据え、EC(Electronic Commerce:電子商取引。インターネットで物の売買をしたりすること。ネット通販)を強化するなど、従来とは違う取り組みをスタートし、テレビ事業撤退以降、初の黒字化を達成した。
そんな中、アプライアンス中国が最も力を入れている事業の1つが、温水洗浄便座だ。日本ではすでによく知られた製品だが、トイレの整備自体が成長過程にある中国市場においては、まだまだ普及率、認知度共に低い。そういった環境の中、アプライアンス中国は体脂肪も計測できるWi-Fi搭載の温水洗浄便座を独自で開発、販売した。2017年の3月、上海でこの製品を見たとき、「IoTが進化した中国市場ならではだな」と感嘆したのを覚えている。
しかし、この製品はWi-Fi搭載や体脂肪計測といった先進機能だけに着目して開発されたものではなかった。アプライアンス中国でキッチン、バスルーム事業部 営業部 部長を務める金 海龙氏に話を伺った。
中国と日本、一番違うのは「スピード感」~メーカーの数は3年で4倍以上に
中国市場における温水洗浄便座の普及率はまだ低いが、これからすぐに日本に追いつくと自信を見せる。
「普及率は現状で3~4%とまだまだ低いものの、状況的に考えれば、タイミングがずれているだけであって、80年代の日本と同じように今後は爆発的に普及していくと考えています。日本と中国で違うのは、売り方です。家電として、小売りルートで売るのか、建材として、BtoBをメインとして扱うのか。日本では量販店での販売がメインですが、中国では工務店と一体になって販売しているというケースが多いです」
中国の消費傾向のひとつにインフルエンサーという存在がある。SNSなどで製品やお店の情報を発信するインフルエンサーと呼ばれる人達が莫大な影響力を持ち、その人が「良い」と発信したものが一気に売れるという現象がたびたび起きている。パナソニックの温水洗浄便座が最初に売れたきっかけもそうだった。
「有名なインフルエンサーの方が、日本でパナソニックの温水洗浄便座『ビューティートワレ』を買ってきたというブログをアップしてから、認知度が一気に拡がりました。その後、日本で『ビューティートワレ』を買う人が増え、日本のニュースなどで“爆買い”などが報道されたことでさらに人気が出ました。実際、2014年度の売上は70万台ほどだったのに対し、2017年度は中国だけで230万台を見越しています」
アプライアンス中国の売上も順調に推移している。しかし、金氏が安堵の表情を見せることはない。背景には他社の猛烈な追い上げがある。
「2015年の6月には中国で温水洗浄便座を扱うメーカーは68社でした。しかし、その数は2018年現在で300社以上にも増えています。ベースとなるのが、もともと3,000社ある陶器の便器メーカーです。物流や設置面などが整っていない地域もまだまだ多いということで、各地で会社を展開しているという背景もあり、数は減っていくとは思いますが、チャンスがあると思ったらすぐに取りかかる、こういうスピード感の中で我々は戦っていかなければいけないのです。
日本は30年かけて温水洗浄便座の普及率を80%まで拡大しましたが、中国はその半分、いやもっと早くそこまで達成するでしょう。そこにいかに食い込んでいくかが重要です。そのためには、ローカルのメーカーと張り合うのではなく、持続的に優位性のある製品を出し続けることが重要です。品質や安全性を重視している我々は、製造コストもローカルのメーカーに比べれば高い。お客さまのニーズに合わせた、他社にない独自の価値を提供していかなければなりません」
座るたびに体脂肪率を計測する“Wi-Fi搭載の温水洗浄便座”
その取り組みの1つがWi-Fi搭載の温水洗浄便座だ。座るたびに体脂肪率を計測、そのデータを専用アプリで管理できる。この画期的な製品をアプライアンス中国では日本より先に発売している。
背景には、インターネット分野での圧倒的な進化がある。例えば、スマートフォンの普及率は日本をはるかにしのぐ勢いで、若者はもちろん、高齢者も当たり前に使いこなす。街では皆、電子マネーを使い、現金を持ち歩く必要は全くない。その徹底ぶりは街角の屋台にも及ぶ。街角で風船を売っている屋台でも、支払いは「アリペイ」と呼ばれる電子マネーだ。アリペイのユーザーは中国国内だけで約7億人。アプライアンス中国が戦うのは、圧倒的な速度で進化を遂げる巨大なマーケットなのだ。
「2015年くらいからWi-Fiを搭載した製品が次々と発表される中、温水洗浄便座にもWi-Fiを搭載したらどうだというアイディアが出ました。しかし、じゃあすぐに出そう、とはなりませんでした。これまでにない製品なので、コストやリスクなど様々な検証を行なっていたのですが、製品化が実現したのはECチャネルからの打診があったことが大きいです。2015年当時、Wi-Fiを搭載した家電製品はすでにたくさん市場に出ていました。しかし、実際に使って便利かどうかというと、そうではなくて、Wi-Fiを搭載することそのものを目的としたような製品が多かったのです。チャネル側としても現状のWi-Fi搭載製品によって、Wi-Fiを搭載した家電のイメージが悪くなることを避けたいという想いがあったようです。そこで、アプライアンス中国に、機能と利便性を兼ね備えたWi-Fi搭載のトワレを作ってみたらという打診があったのです」
その後は、アプライアンス中国が指揮をとり、製品の開発、製造を行ない、発売までこぎつけた。製品の売り上げも好調だった。温水洗浄便座の売り上げは、2014年度には7万台だった温水洗浄便座の売り上げが2015年には約3倍の21万台を達成した。
家電量販店には人がいない、家電の購入はほぼネットという現実
Wi-Fi搭載の温水洗浄便座を開発した背景には、もう1つ重要な目的があった。それは、ECサイトとの関係性向上だ。実は、中国の家電市場には、日本とは全く異なる特性がある。それがECサイトでの売り上げが多くを占めるということだ。代表的なものでいうと、京東とアリババの2つがあり、いずれも多くの家電製品を扱う。中国市場で売り上げを拡大するには、巨大ECサイトとの関係を築くことが不可欠だ。そのための第一歩が、「Wi-Fi搭載の温水洗浄便座を作ってくれ」というサイト側の要求に応えることだったのだ。
「京東やアリババといったECサイトとの関係性を築くことは、中国で家電製品を販売するために不可欠です。しかし、温水洗浄便座を中国で売り出した当初、ECサイトで製品が売れるとは思っていなかったんです。設置を伴う製品ですし、排水など、制約条件もあります。2013年当時はまだサービス網が全国にない状況で、ECサイトで製品を売ったとしても、設置をどうするのかという問題もありました。かといって、トイレ専業メーカーのようにショールームを各地に作るのも難しく、売りあぐねていたという状態がありました。売上も当時は年間5万台ほどしかありませんでした。しかし、温水洗浄便座は今後、必ず中国市場で売れるという確信がありました。売れるところに投資しようと、2014年からはECサイトでの販売に注力、全国どこでも対応できるような設置サービスも始めました」
しかし、“外資系企業”のパナソニックが、中国のECサイトと関係を深めるのは、簡単ではなかったという。
「2014年にECでの取り組みを強化した時に、ECに詳しい若手を多く採用し、専用のチームを作りました。それから、これまで全くコンタクトのとれていなかった大手のECサイトとも少しづつ関係性を築けるようになり、そのタイミングでWi-Fi搭載の温水洗浄便座を作ってくれという打診があったのです。オンラインで扱いやすい、話題になりやすい製品を展開することで、EC市場で一定の存在感をだすことができ、ECサイトとの関係性もより強固になりました。今では、パナソニックのブランドデーを作るなど、様々な取り組みやサイトユーザーの声を反映した製品作りも進めています」
オンラインとオフラインの両方からの取り組み
その一方、オンラインではない、「オフ」の取り組みも強化している。温水洗浄便座は、オンラインでモノを売って終わりという製品ではなく、トイレへの設置が伴う製品だからだ。しかし、ただ設置、保証サービスを充実させるといっても、中国の広大な国土、人口の多さを考えると並大抵なことではない。しかし、アプライアンス中国では、それをやってこその「ジャパンクオリティ」だとし、ECサイトで販売した温水洗浄便座において、すべて無料での設置サービスを実施している。
「お客様が、サイトで製品を購入し、製品が自宅に届くタイミングを見て、無料設置サービスのご案内もしています。これだけオンラインのサービスが充実していても、家電製品を扱う我々の業種では、実際に設置現場に行って行なうオフラインでのサポートが不可欠です。設置サービスや保証サービスを伴わない製品が横行することで、温水洗浄便座のイメージそのものが下がってしまう危険性もあります」
とはいえ、広大な国土を持つ中国において、各家庭に赴いて設置サービスを行なうというのは、簡単なことではない。
「場所によっては、行くまでに1日、2日かかる場所もありますから、ECサイトの物流部門と連携して、製品が届くタイミングで、現場に行けるように、情報共有を徹底しています。物流が早くても、サービスが追いついていなければそれは意味がありません。そういった側面においても、ECサイトの協力関係が不可欠です。我々の製品は、確かにローカルの製品よりも価格が高いです。しかし、安易に価格競争に乗るのではなく、信頼できるサービスを付加価値とすることで、価格を維持していければと考えています」
オンラインでの取り組み、オフラインでの取り組みを相互に充実させていくことが今後の課題だという。
「オンとオフのバランスというのは、常に考えているところです。販売チャネルの偏りは、リスクになります。オンとオフ、それぞれの特徴をとらえて、どう展開するのがベターなのか見極め、対策を取り続けることが重要だと考えています。
今、取り組んでいるのは、オンラインとオフラインの価格を合わせることです。店舗で買った場合でも、オンラインで買った場合でも同じ価格で、同じサービスを受けられるようにすることです。今、オンラインの店舗と、実店舗がライバルみたいな関係になってしまっている側面があります。これを融合させる必要があります」
ショールームオープンで見えてきたこと
実際、杭州で最も大きいという家電量販店に足を運んだところ、客の姿はほとんど見えなかった。多くの人にとって「家電製品はECサイトで買うもの」であり、家電量販店に足を運んで、家電製品を買うという人は今どんどん少なくなっているという。
「中国では量販店のスペースをメーカーが借り上げて、製品を展示するという方式です。ただ、今の状態を見ると、購入場所として機能していない。今後、量販店での展開をどうするのかというのは、頭を悩ませていることです」
そこで新しく始めたのがショウルームの展開だ。アップルストアやテスラモーターズのショールームも並ぶ、目抜き通りの一角に2015年11月にオープンした。世界遺産、西湖のすぐそばで人通りも多い。同ショールームは、当初トワレの認知度をアップさせるためにオープンしたもので、1階は50平方m、2階は130平方mと決して広くはない。しかし、この場所にオープンさせることが重要なのだと語る。
「家電量販店など、たくさんの製品を一堂に展示することで、シナジー効果が生まれるなどといっていますが、正直その方式には疑問を感じています。製品が違えば、ターゲットも違う。例えば、高機能ドライヤーなどのビューティー製品は化粧品などが並ぶ、百貨店で売るのがいいと思います。トワレに興味がある人と、冷蔵庫を買いにきた人は違うはずです。このショールームでは、そういったアプローチをするという意味で投資しました」
実際、このショールームではトワレの体験もでき、製品の仕組みやラインナップなど、量販店の店頭では到底カバーできないところまで、製品を知ることができる。店頭ではトワレに限らず、様々なイベントを行なっており、月に1,800~2,000名が訪れているという。
「オンとオフのバランスをどうとっていくか、お客様にとって最もいい形はなにか、そこはこれからの課題の1つで、我々も模索しているところです」
中国発の製品を世界で展開へ
実はパナソニックの温水洗浄便座は2011年から全て、ここ杭州で生産されている。
「中国で開発、生産した商品を世界で展開したいというのは、1つの目標ではあります。アプライアンス中国は製造会社、工場としての位置づけからスタートした会社です。開発・製造・販売が一体となった取り組みができるようになったのは、本当にここ最近です。そもそも、中国と日本では市場が大きく違う。日本で開発されたものをそのまま中国に持ってきて売るという手法は通用しなくなってきています」
アプライアンス中国の温水洗浄便座は、現在、市場シェア15%を誇り、オンラインでの販売においては50%以上のシェアを獲得。温水洗浄便座の売上は単独1位を達成している。
「Wi-Fi搭載の温水洗浄便座は、まだまだポテンシャルがあります。現在は体脂肪のみを測っていますが、体重や尿検査など健康関連に貢献できる余地が十分にある。さらに言えば、それらのデータを病院や医師へ提供することで、食生活のアドバイスや調理家電との連携、必要な食材をECサイトですぐに買える仕組みなど、現実的かつ実現可能なアイディアがたくさんあります。1つの製品だけで終わるのではなく、横のつながり、連携、サービスを提供していく。中国の外資系企業でこれが可能なのは、パナソニックだけでしょう。そして、そこに我々の最後のチャンスがあると思っています」