パナソニックの理由(ワケ)あり家電~Panasonic 100th anniversary in 2018

パナソニックが市場を独占している卓上食洗機、その歴史は「カゴ」と共にあった

2018年3月に100周年を迎えるパナソニック。国内の家電市場においてシェア27.5%を獲得するなど、名実ともに日本トップの家電メーカーだ。この連載では、パナソニックのものづくりに注目。100周年を迎える中で、同社がどのような思考でものづくりを続けてきたのか、各製品担当者に迫る

 かつて「家電大国」と称された日本においても、1つの製品ジャンルを1つのメーカーが独占している場合がある。しかもその製品は決してマイナーな製品ではなく、むしろ今後の成長が期待される家電製品のひとつ、「食器洗い乾燥機」だというのだから驚きだ。

 食器洗い乾燥機(以下、食洗機)とは、食後の汚れた食器を庫内にセットすると、自動で洗浄、乾燥までしてくれるという家電製品。日本での普及率は約3割と、欧米に比べるとまだまだ低いという印象はあるものの、つい先日パナソニックの食洗機の生産累計が1,000万台を超えるなど、市場は確立されている。なぜ1つのメーカーが市場を独占するという事態になったのか、食洗機を開発・製造しているパナソニック アプライアンス社がある滋賀県、草津を訪ねた。

食洗機の売上が年間100万台に迫ったピーク時があった

 食洗機には大きく分けて2つの種類がある。システムキッチンなどに組み込んで使う「ビルトインタイプ」と、独立して使う「卓上タイプ」。その中でも今回取り上げるのは「卓上タイプ」の食洗機だ。現在、年間約17万台の市場がある中、毎年新製品を作り続けているのはパナソニックだけであり、事実上、市場を独占している。

 一体、どうしてこのようなことになったのか、キッチンアプライアンス事業部 商品企画部 食洗機商品企画課 課長の橋本 茂幸氏に話を聞いた。

キッチンアプライアンス事業部 商品企画部 食洗機商品企画課 課長の橋本 茂幸氏

 「確かに今では、卓上タイプの食洗機を作っているのは、パナソニックだけになってしまいましたが、過去には、国内の大手メーカーはほぼ全て参入していましたし、市場が盛り上がっていた時期がありました」

 食洗機の普及率はビルトイン、卓上タイプ合わせて国内約3割と、ほかの家事家電製品に比べて決して高くはないが、現在よりも食洗機が売れていた時代があった。

 「食器洗い乾燥機のピークは2003年でした。卓上とビルトインと合わせて、年間の売上が100万台に迫る勢いでした。当時、我々は洗濯機と同じ事業部だったのですが、2003年は洗濯機よりも食洗機の方が売れて、『この勢いだったら、事業部の名前を変更しなければ』なんて話をしていたくらいです」

卓上タイプの食器洗い乾燥機。写真はパナソニックの2003年モデル
庫内には食器をセットするためのカゴが用意されており、ここに使用後の食器をセット、運転をスタートすると、食器がきれいに、乾燥まで終わった状態になる

 しかし、食洗機の売上は2003年から右肩上がりというわけにはいかなかった。当時、食洗機の市場が一気に盛り上がったのには、様々な原因が考えられるという。

 「その年は、雨水が不足しており、特に関西地方では渇水が深刻な問題となっていました。当時、食洗機は、節水ツールとしても注目を集めており、渇水問題が深刻化する中、食洗機の購入に補助金を付けるという自治体が登場したのです。さらに、当時の首相、小泉純一郎氏が『新・三種の神器』の1つとして食洗機を取り上げました。

 また、個人的にはこれが一番の要因だと考えているのですが、2003年当時、いわゆるイノベーターと呼ばれるような人が飛びつくような、目新しい家電製品が少なかったのです。そんな中、食洗機は新しさを感じる家電として注目を集めていました。それが2003年以降、ななめドラムを搭載した洗濯機や、自動お掃除機能を搭載したエアコン、サイクロン掃除機など、新しい技術を搭載した家電製品が続々と登場したことで、食洗機の存在感が徐々に薄れてしまったのだと考えられます」

市場が縮小していく中で、メーカーとして何をするか

 以降、食洗機の売上は一気に減少していく。卓上タイプの食洗機市場も年間50万台だったのが、2009年にはその市場は14万台にまで縮小してしまった。そして、2009年当時で、卓上食洗機のメーカーは3社にまで減っていた。

 「総需要が落ち込んでいく中で、事業部的にもギリギリのところでした。しかし、パナソニックとして食洗機の生産を中止するという選択肢はあり得ませんでした。その大きな理由の1つは、卓上タイプの食洗機市場が縮小していく中においてもパナソニックのシェアは確実に伸びていたということ。当時においても、約8割ほどを獲得していました。また、お客様が食洗機そのものに対して興味がなくなったわけではなく、卓上タイプを使って、手放せなくなったので、ビルトインタイプへ移行するというケースも多かったからです」

2009年当時のモデル。かつて年間50万台あった市場が14万台にまで落ち込んでいた

 もちろん、パナソニックとしても、急激に市場が縮小していくこの事態に手をこまねいていたわけではない。

 「当時、我々が行なっていたのは、食洗機に再度フォーカスしてもらうための取り組みでした。具体的には、お客様が何を不満に思っていらっしゃるかを徹底的に調べる、そしてその不満点を改善する、という2つを重視していました」

 ユーザーの不満点を調査した結果、一番多く出た不満が、食器をセットするカゴの使い勝手だった。使用時に付属のカゴに食器をセットするのだが、それがやりにくい、という声が多かったという。

 「卓上タイプの食洗機は1968年から生産しており、歴史が古いのですが、当時の製品は、中のカゴの形状や、収納する食器の種類に関して15年ほど、見直していませんでした」

 そこで開発チームは、食器の大調査を行なった。社内の約240世帯を対象に、自宅で使っている食器の種類やサイズ、さらには食事の時どれくらいの数の食器を使うか、よく使う食器はどれかなどを徹底的に調べた。当時調べた食器の数は、約2,000点にも上る。しかし、この調査によって、実際使っている食器の種類や数と、食洗機が想定しているものが大きくかけ離れていることがわかった。

 「当時の食洗機は、メーカー間での食器の点数競争が過熱していました。当時の食洗機は60点の食器を収納可能だったのですが、よくよく内容を見てみると、そのうち26点を小さな小皿が占めているなど、実際の使用シーンとはかけ離れていたのです。

2003年モデルのカゴの形状
奥に細かい仕切りが並んでおり、ここに小皿を収納するという構造だった

 日本は、世界に比べて使う食器の数も多く、バリエーションも豊かです。その中で、特によく使われていたのが鉢でした。当時の食洗機のカゴでは対応していませんでした。いわゆる小鉢といわれるような小さなものは、対応していましたが、煮物を入れたり、丼めしに使うような中鉢といわれる鉢は収納できなかったのです」

 そこで橋本氏は、カゴの形状を大きく変更。小皿の収納スペースを少なくし、中鉢を収納できるようにした。しかし、これにより、収納点数が従来の60点から53点に減ってしまったという。

改良後の2009年モデルのカゴ。従来より、収納点数が少なくなり、食器を立てる仕切りの間隔も広くなっている

 「点数が減ってしまったことで、営業担当からはクレームがありました。当時は、年間の手洗いとのコスト差を30,000円としていましたが、それが25,000円になってしまう。しかし、お客様にとって本当の利便性というのは、収納点数が多いことではありません。実使用に伴う機能が必要だということを説明して、理解してもらいました」

他社が市場撤退を決めた理由

 橋本氏のチームでは、食洗機の食器点数の数え方、内容が実際の使用シーンに即していないとして、電機工業会に基準の変更を申し入れた。醤油を入れるような小皿で食器点数を稼ぐようなやり方はユーザーベネフィットに基づいていないと考えたからだ。電機工業会とは、国内メーカーが加入しているもので、家電製品の基準などを定めるところ。例えば、洗濯機の運転時間なども、全て工業会が定めた基準で計測、表示している。

 「我々が電機工業会に申し入れをしたことで、不利を感じたメーカーはいたと思います。メーカーとしては、食洗機の市場が縮小しているときに、カゴの形状を改めるといった小さな改良に手間をかけたくないというのが本音です。それよりも、製品を抜本的に変えるような新しい技術を求めるものです。しかし、我々の方向性は新しい技術を求めるよりも、今ある製品について、お客様が何を不満に思っていらっしゃるか、どうすればそれを改善できるかというところでした」

 驚くことに、パナソニックではそれから新しいモデルを出すたびに、カゴの形状を改良している。

 「日本は、食洗機の設計が世界で一番難しい国だと思っています。例えば、魚料理ひとつとっても、料理法や魚の形に応じて様々な食器を使い分けます。また食器のトレンドもある。そういったものに対応しながら、セットしやすく、出し入れしやすい形状にするというのは、とても難しいことです。今、卓上タイプの食洗機市場にパナソニックしかいないのは、カゴの形状といったような、小さな、しかしお客様にとってはとても重要なことに対して、コツコツと改良を重ねてきたからだと思っています」

カゴの形状は毎年改良している。ラーメン丼のような大きな鉢も立てて収納できるように工夫されている

 市場が縮小していく中で、派手さもない、見た目の変化も感じにくい「カゴ」に注力するパナソニックのやり方に、他のメーカーは追随できなかったというのが正直なところだろう。また、そうしたパナソニックの姿勢はユーザーの支持も集める。パナソニックの市場シェアは益々高まり、他社は次々と撤退を決めていった。

世界初、唯一のトリプルノズルを搭載

 改良を重ねていったのは、カゴの形状だけではない。庫内で水を放出するノズルの数を従来の2つから3つに変更した。

 「従来は、庫内の底面に2つのノズルを搭載していましたが、食器の配置の仕方によっては、上段に置いた皿の汚れを落とせませんでした。そこで、上段に置いた皿の汚れも充分に落とせるように3つ目のノズルを上段下に配置したのです」

上段下に配置したノズル。これを配置したことにより、上段に配置した皿の汚れもしっかり落とせるようになった

 水を放出する箇所を増やすということは、その分、水を使うということになるので、「節水」という食洗機の強みを1つ、失うことになりかねない。

 「そこで、分水という方法を編み出しました。水の経路を下3つ、背面1つに分けることで、従来と使用水量を変えずに、ノズルの数を増やすことに成功しました。3つのノズルを搭載したトリプルノズルというのは、当時はもちろん世界初、今でも卓上食洗機で搭載しているモデルはないと思います」

メーカーの競争よりも総需要を上げる

 今や卓上食洗機を作っているのはパナソニック1社のみとなってしまった。橋本氏は「メーカーの競争よりも総需要を上げることが大事。そのためには、これまで食洗機を使ってこなかった層にアプローチすることが重要だと考えました」と話す。

 そこで、2012年に発売したのが、単身・少人数世帯向けの「プチ食洗」だ。設置面積を水切りかごサイズ(幅47×奥行き30cm)とし、体積比を従来比約40%カットしたコンパクトな食洗機だ。

 「発売までには、様々な議論がありました。この製品を発売する頃には、食洗機全体の売り上げも上向いてきていましたが、新製品を購入するのは、もうすでに食洗機を使っている人ばかり、つまりリピーターが中心だったのです。プチ食洗は、すでに食洗機を購入している人とは違うターゲットを狙って開発しました。ターゲットは結婚や引っ越しを機に新しい生活を始める30代で、これまでにない色、ブラックもラインアップに追加しました」

2012年に発売した「プチ食洗」。従来とは違うターゲット設定をして、ヒットした
小世帯向けで、カゴも1段設定とした

 プチ食洗は、当初の狙い通り、食洗機を初めて使うという新規ターゲットに刺さった。

 「まずは使って欲しいという想いで、乾燥機能を省いたエントリーモデルを用意して、3万円で売り出しましたが、結局、上位機種が売れるという嬉しい誤算もありました」

家電メーカーにはないパネル100種類という発想

 一方ビルトインの市場も変化してきている。食洗機への需要はゆるやかながらも上がってきているのに対し、国内メーカーで生産しているのがわずか3社のみ。これには、パナソニックのビルトイン食洗機の展開の仕方、というよりも橋本氏のやり方が深く関わっている。

システムキッチンに組み込んで使うビルトインタイプの食洗機。国内では、卓上タイプよりも高いシェアを持つ。パナソニックは、ビルトインタイプの食洗機においても高いシェアを獲得している

 もともと、橋本氏はBtoB部門、システムキッチン部門から異動してきた。この人事はあまり前例がないものだったが、橋本さん自身、自宅で食洗機を使ってきたこともあって、食洗機は今後伸びる製品だという想いが強く、生産台数が年々下がっている現状をなんとか変えようという強い想いがあったという。

 「システムキッチンを長く作っていたこともあって、ビルトイン製品を展開するコツみたいなものは理解できていました。例えば、メーカーだけでなく、施行する工務店との関係性、そしてなにより重要なのが、デザインです。キッチンの世界というのは家電業界以上にデザインに左右される、そして大きなトレンドがあります。そのデザイントレンドに乗れないと、ビルトインは勝てない。そう確信し、すぐに当時のキッチンデザインを研究、前面のパネルデザインを100種類以上、揃えました」

 この発想は、家電メーカーにあるものではなく、システムキッチンも取り扱う、パナソニックだからこそ実現したものだ。しかし、いきなりパネルデザインを100種類に増やすということが可能なのか。

 「社内でもギリギリの判断で、これが限界だと言われました。ただ、パナソニックはそういうことができる技術の総合力があるんです。パナソニックが食洗機を長く作り続けてこられた理由の1つはそこにある思います」

ゼロベースで作り上げた全く新しい卓上タイプ食洗機

 パナソニックが長年、食洗機作りに真摯に取り組んできたという背景は分かった。しかし、国内需要が伸び悩む中、今後どのように製品を展開していくのか。1つは海外進出、そしてもう1つは卓上食洗機の新モデルを用意することだという。“ゼロベース”で開発したというそのモデルは、デザイン、機能共に刷新された、全く新しい食洗機に仕上がっている。

 「新モデルは、これまでとは全く違う発想から開発をスタートして、フルモデルチェンジした全く新しい食洗機です。この製品はあえて私は口を挟まず、チームの若手に開発を任せたんです。長年、食洗機の開発に関わっていると、『こうしなきゃ』とか、『こうあるべき』というような思い込みに捕らわれてしまっているので(笑)。そうではない、新しい発想の製品を期待しました」

8年ぶりのフルモデルチェンジに関わったキッチンアプライアンス事業部 商品企画部 食洗機商品企画課 主務の谷山明子氏

 開発に関わったキッチンアプライアンス事業部 商品企画部 食洗機商品企画課 主務の谷山明子氏は新モデルについて「感性に訴えるような製品」を目指したという。

 「パッと見て、欲しくなる。卓上タイプの食洗機において、そういった感性に訴えるような開発はこれまで行なってきませんでした」

 売れない時代が長く続いたこともあり、本体の基本的なデザインはこの8年間ずっと変わらなかったという。

 「インテリアとマッチすることと、シンプルさを何より重視しました。例えば、インテリアショップに置いてあっても違和感のないデザインや佇まい、“食器洗い機能付きの収納庫”のようなイメージで開発を進めました」

食器洗い機能付きの収納庫のようなデザインを目指したという新モデル

 完成した本体は、フラットなスクエアデザインで、従来の食洗機のイメージとは全く違うものとなった。これまでは“圧迫感がないように”と、扉表面は斜めにデザインしていたが、新モデルでは潔くフラットに変更した。

前面パネルのデザインも大幅に変更。従来は圧迫感がでないようにと、斜めにデザインしていた
新モデルではフラットに変更。すっきりとしたモダンな雰囲気がある

 「表面に角度を付けないことで、本体の高さを最大限まで使えるようになり、庫内容量は20%向上しています。デザインだけでなく、本体の機能も大幅に変更しました。従来、露出していたヒーターを内蔵し、庫内がすっきりしました。また、従来は使用後に毎回残さいフィルターの掃除をする必要がありましたが、今回は週1回程度まで軽減しています。これは、フィルター穴から残さいが抜け、シンクへ排水されるように構造を見直したためです」

従来モデルの底面。左奥にあるのが、ヒーター部。ステンレスのカバーで覆われているものの、露出しており、手入れもしにくかった
新モデルの底面。露出していたヒーターを内蔵することで庫内がすっきりし、お手入れもしやすい
底面のカバーは取り外してお手入れできる
食材などのゴミは、外に排出され、細かいゴミはフィルターに溜まる。フィルターも取り外ししやすく、簡単に水洗いできる

 もちろん、新モデルでもカゴの形状を変更している。かごがシンプルかつフラットになり、食器が入れやすくなっているのだ。

 「今回のフルモデルチェンジは、新規需要はもちろんのこと、買い換え需要も意識したものです。卓上食洗機の選択肢は、もはやパナソニックしかなくなってしまったわけですが、前回購入していただいたモデルからの変化を感じていただけると思います」

中のカゴの様子。一見シンプルだが、所々に工夫が施されている
コップなど、安定してセットできるようにピンが設けられている

 11月から販売スタートするこの新モデルについて、橋本氏も「途中、口を挟みたくはなりましたが(笑)、革新的な製品が完成したと思います。私自身、食洗機を担当してもう10年以上経ちますが、今回のモデルはパナソニックの食洗機開発の集大成だと考えています」と太鼓判を押す。

食洗機に対する想いは他社に負けない

 最後に改めて、なぜパナソニックが卓上食洗機の市場を独占できたのか、聞いた。

 「一言でいうと、食洗機への思い入れがすごく強いんです。それは他社には負けないと思っています。自分達で使って、食洗機が良い製品だと知っている。だからこそ、さらに良い製品を作りたいという想いが強く、もっと多くのお客様に食洗機を知っていただきたいと思っています。

 ありがたいことに、お客さまから『卓上食洗機をずっと作り続けてください』『これがないと困る』という声もよくいただいています。また現状におごることなく、常に最良の製品を提供できるように努力し続けることが、我々メーカーとしての責任です」

阿部 夏子