やじうまミニレビュー

昭文社「震災時帰宅支援マップ 首都圏版」

~会社から歩いて帰るための携帯地図
by 伊達 浩二


やじうまミニレビューは、生活雑貨やちょっとした便利なグッズなど幅広いジャンルの製品を紹介するコーナーです


交通機関が止まったあの日の行動

東日本大震災当日、帰宅途中に通りがかった九段下交差点は、非常用車両で騒然とした雰囲気だった

 東日本大震災のとき、東京では、帰宅手段がなく困った人が多かった。

 JRを始めとする交通機関は停止し、いつ再開するのかわからない。一方で、会社は早退を指示するところが多く、路上は自動車で、歩道は徒歩で帰宅する人で溢れた。

 私の場合は、無事に歩いて帰ることができた。しかし、あの日、歩いて帰ったことは良かったのかどうか、また、選んだ経路は正しかったのかどうか、何度か考える機会があった。

 たとえば、2011年9月の台風15号の際にも交通機関が止まってしまい、深夜まで渋谷駅で動けなくなった同僚がいた。また、今年4月3日にも、強風のため交通機関が止まる恐れがあり、社内全体で早退が指示されたばかりだ。幸い、ほとんどのスタッフは、交通機関に影響が出る前に帰宅することができた。つまり、震災に限らず、交通機関に影響がありそうなときに、どうやって帰宅する、またはさせるのかが重要な問題になっているのだ。

 それを踏まえて、自分自身と部内の災害対応を考えるための資料の1つとして購入したのが、昭文社「震災時帰宅支援マップ 首都圏版」だ。一言で言えば、都心部に勤務/就学している人が、自宅へ歩いて帰るための地図帳だ。


メーカー昭文社
製品名震災時帰宅支援マップ 首都圏版
希望小売価格800円+消費税(書籍のため外税表記)
購入場所Amazon.co.jp
購入価格840円

 判型はA5変形で、縦長だ。これは片手で持ちやすくするためだろう。ページ数は144ページで、折りたたみの大きな地図が2枚折り込まれている。

昭文社「震災時帰宅支援マップ 首都圏版」筆記用具やLEDライトと一緒にしまえるコンパクトさ片手で持ち、もう一方の手のLEDライトで照らせる大きさだ

モデルルートを設定し、コマ地図でルートを解説

 まず、このマップの構成から説明しよう。

 最初に見るべきは「帰宅支援ルート索引図」だ。これは大きな地図で、地図帳の先頭に折りたたまれている。都心部から12本の帰宅ルートが記されている。都心から伸びている道路のうち、幅が広くて整備されている街道を中心にしてルートが選定されているのだ。

最初のページに折り込まれている「帰宅支援ルート索引図」郊外の帰宅支援ルートを示す「帰宅支援ルート図」の読み方。赤い線が帰宅ルート

 たとえば、都下の方向(西)であれば「甲州街道」「井の頭通り/五日市街道」「青梅街道/新青梅街道」の3つの街道がルートとなっている。もし小平(こだいら)市の方向に帰りたければ、索引図で小平(97ページ)を探し、そのルートである青梅街道を中野坂上(94ページ)までたどる。そこからは、94ページから97ページへ順番にめくっていえば、ルートがたどれるという仕組みだ。ルートは目立つように赤く塗られている。

 都心部を出発する12本のルートに出るまでの地図は、東西南北でマスごとに区切ったメッシュ図になっている。たとえば、弊社がある千代田区三番町は28ページにあり、西の地図は26ページ、東の地図は30ページにある。各地図には、その地区と隣り合った地区のページが記載されているので、たどりやすい。

 このメッシュ図の特徴は、道路の色分けだ。この地図では、震災時の道路の安全性が3段階に評価されており、色分けで示される。黄色が安全、薄いオレンジ色が中間、濃いオレンジ色が危険とされている。同じ道路であっても、場所によって、色が変わる。例えば、歩道が広く周囲の建物も安全な場所であれば黄色、周囲に家が密集しており火災の危険がある場合はオレンジ色になっている。

都心を表記するメッシュ図の読み方。道路の危険度は大きく3段階で表示される。黄色からオレンジ色に変わると危険避難場所や帰宅支援ステーション、コンビニなどの表記が充実している
見開きページの右上に周囲のページ番号が記されている。東西方向の移動は、前のページか次のページなのでわかりやすいインプレス周辺の地図。道路の色が場所によって異なるのがわかる

 たとえば、靖国通りで言えば、靖国通りの九段下までは黄色だが、神保町から小川町を経て浅草橋あたりまでは薄いオレンジ色となる。いわれてみれば、九段下までは見晴らしもよく、歩道も広く、周囲の建物も不燃性の高いビルが多い。神保町界隈から先は、ビルの規模が小さくなり、見通しも悪くなっている。

 また、各地図とも、危険な場所や、コンビニなどの記載も充実している。実施踏査を売りにしているだけに、自分が知っている地域の状況と比べても、妥当だと思う部分が多い。

思わず遠方に誘ってしまうのが欠点

 しかし、この地図には使い方に気を付けなければならない点がいくつかある。

 たとえば、西について言うと、中央線沿線と京王線沿線は、さきほど挙げた3つの街道でほぼカバーできる。しかし、その1つ南のルートは、「玉川通り/国道246号」になってしまう。つまり、小田急線沿線がカバーできないのだ。この地図を手にしたら、まず、自分の帰る方向がカバーできているかどうかを確認し、抜けている場合は、都心部のメッシュ部分を活用し、その先は別の地図帳を準備しておくべきだろう。

索引図のアップ。大きな街道がない小田急線沿線はルートから外れている索引図には、都心からの距離が同心円で描かれている。一番大きな円は50kmを示す

 もう1つの注意点は、かなり遠方までルートが見えてしまうので、実際に歩ける距離を超えている場合でも、歩けるように錯覚してしまうことだ。

 たとえば、最初の索引図では、東は千葉、東北は柏、北は春日部/岩槻/上尾/川越、西は箱根ヶ崎/福生/八王子、南は南町田/ズーラシア(旭区)/保土ヶ谷まで、ルートが案内されている。しかし、これらの終点は、すべて30km圏内より遠く、一部は40km圏内より遠い。一般に徒歩帰宅圏内とされている20kmの、2倍も遠いのだ。

 地図を作った側でも、それはわかっていて、巻末に「東京15km圏経路マップ」という図をつけている。この図には、「徒歩帰宅できる限界の距離は合計で20kmといわれていますが、実際には様々な状況が起こりうるため、現実的に都心から徒歩で帰宅可能な15k圏内を収録したこの広域マップ(以下略)」と説明がある。それがわかっているのであれば、真っ先に見る索引図にも、20km圏の同心円を「徒歩帰宅限界」として記述して、同様の注意書きを添えるべきだったと思う。

巻末に付いている「東京15km圏経路MAP」徒歩帰宅の限界について記載されている。この注意を索引図にも掲載して欲しい

むやみな徒歩帰宅を避ける役割も

 東京都では、企業に対して3日間分の水と食料の備蓄を義務付けることを中心とする「帰宅困難者対策条例」が2013年4月に施行される。これは、一斉帰宅による交通網の混乱を避けることを目的としている。災害発生時に、ともかく帰宅するというこれまでの前提から、安全な状態が確認できるのであれば会社で待機するという姿勢への変化を促すものだ。

 この帰宅支援マップも、お守りがわりに避難袋やロッカーに放り込んでおけばいいというものではなく、まず目を通して、いざというときに自分が徒歩で帰るべきかどうかを判断する材料として使いたい。

 とくに、おすすめしたいのが、遠距離通勤の方が、“徒歩帰宅をあきらめるための地図”として、使うことだ。誰しも、非常時にはすぐに帰宅したいはずだ。だが、それが可能であるか不可能であるかを判断し、不可能であるならば次善の策を探すというのも重要な決断だ。

 たとえば、「自分の住んでいる八王子は40kmも距離があるから、交通機関が回復するまでは、会社にいよう」とあらかじめ方針を立てておけば、次にやるべきことを決めやすい。

 なお、この帰宅支援マップには、スマートフォンのアプリ版も用意されている。しかし、自分の帰宅ルートを含めて、いざというときのシミュレーションを行なうには、一覧性が高く、検索しやすい紙媒体の書籍版の方が優れている。また、非常時に携帯電話のバッテリ切れを気にせず使えるというのも書籍版の長所だろう。まず、書籍版を見てから、アプリ版を併用するかどうかを考えれば良いと思う。

 最後に余談を2つお話したい。

 まず、地図以外の備えについてだ。自分自身の経験から言うと、革靴と背広という装備で、10kmを超える距離を一度に歩き通すのはかなり苦しい作業だ。ましてやヒールが高い靴では、もっと苦しいだろう。徒歩帰宅を前提にするならば、歩きやすい履物の準備も考えたい。

 また、複数の調査結果によれば、帰宅する理由として「家族の安否確認」が一番多いという。自分自身のことを考えても、東日本大震災のときには、パソコンのメッセージシステムで家族と連絡が取れたため安心していられた。徒歩帰宅中も、無線LANのある場所でスマートフォンを使ってメッセージのやりとりができた。携帯電話網に頼らず、複数の通信手段を用意して、互いの安否を確認できる状態にしておくことも、むやみな徒歩帰宅を避けるための重要なポイントだ。携帯電話用を充電するためのUSBバッテリーとケーブルも用意しておくと良いだろう。

 もう1つ。実は、この帰宅支援マップを購入したのは、これが初めてではない。実は、2005年に最初の版が出たときにも購入している。それは、阪神・淡路大震災から10年目で、防災について関心が高まっていた時期だった。しかし、そのマップは、もう手元にはないし、どこにどうなったかも覚えていない。思いついたときに準備をすることはできても、それを続けることはとても難しいのだ。

 JR有楽町駅そばにある、関東大震災(1923年)の記念塔には次のような標語が書かれている「不意の地震に不断の用意」。つまり防災について一番大事なことは、その時だけではなく、常に備えるということなのだ。難しいことだが、少しずつでも準備を絶やさないようにしたいと思う。

JR有楽町駅前交番裏の小さな公園にある「関東大震災記念塔」。台座の部分に「不意の地震に不断の用意」という標語が書かれている記念塔の由来を記した説明板




2012年 4月 9日   00:00