藤本健のソーラーリポート
太陽光パネル・エコキュート・蓄電池を各家庭に無料設置、宮古島でのビジネスは日本の未来の試金石となるか
2019年4月26日 11:00
自治体が先導する形で、エネルギー自給率の向上を進めている沖縄県の宮古島市。2050年には市内というか、離島である宮古島市全体で使うエネルギーの約50%を太陽光発電と風力発電で賄えるようにするシナリオを打ち出しているという話を前回紹介した。
しかし、それを実際に実現させるのは役所ではなく、企業。しかも補助金で成り立つ役所の下請け企業というわけではなく、実際にエネルギービジネスとして成り立つ仕組みを構築し、動き出した地場のベンチャー企業が存在するのだ。この小さな島での動きは日本全体に波及する可能性があるのか? まだスタートしたばかりの事業ではあるが、どんな仕組みになっているのか、実際に現地に行って見てきたので、レポートしてみよう。
前回の記事でも紹介した通り、宮古島は2008年に「エコアイランド宮古島宣言」というものを打ち出し、10年経った2018年に「エコアイランド宮古島宣言2.0」と改めるとともに、2030年、2050年のゴールを設定した。
このゴールでは、「地下水水質・窒素濃度」、「家庭系ごみ排出量」、「エネルギー自給率」、「固有種の保全」、「サンゴ被度」という5つの指標を打ち出し、それぞれ2030年、2050年の数値的な目標を掲げている。
発電にコスト問題が絡む宮古島
中でも注目したいのがエネルギー自給率。2016年においては2.9%に過ぎない自給率を、今後急速に高めていき、2030年には22.1%、2050年には48.9%にまでしようというのだ。
起伏が少なく、山もなく、河川がない宮古島において水力発電は不可能。そうした中では、エネルギー自給率を上げるための手段は限られてくるが、ここで挙げられている手段が太陽光発電と風力発電。現時点、宮古島の電力を賄っているのは7基あるディーゼル発電(C重油を使用)と3基あるガスタービン発電(A重油を使用)による火力発電。
しかし、離島であるために重油の輸送コストがかかるし、発電機の規模も小さいために効率が悪い。一方で、現在のところ電気料金は、基本的に日本国内同一のユニバーサルサービスと位置付けられているため、発電コストが電気料金を上回る逆転現象が生じており、その価格は1kWhあたり11円程度というのだから、かなり厳しい状況。こうした問題を解消していくことも「エコアイランド宮古島宣言2.0」の目的の1つだ。
この数値目標自体は素晴らしいが、ただ目標を掲げただけでは、絵に描いた餅になってしまう。それを実現するための役割を担っていきたいと2018年4月に設立されたベンチャー企業がある。それが株式会社宮古島未来エネルギー(以下MMEC)という、社長のほかまだ従業員数4人という小さな会社だ。
その社長である代表取締役・比嘉 直人氏は、沖縄電力グループ会社の出身で、宮古島メガソーラー実証設備のシステム設計責任者や、国内初の可倒式風車導入のシステム設計責任者、国内最大級の廃材由来の木質燃料ペレット製造設備の調査設計などを歴任してきた人物。
そして、宮古島市とタッグを組む形で、宮古島実証事業を推進したり、エネルギーコンサルティング事業、制御システム開発事業を行なう、株式会社ネクスシステムズの代表取締役も比嘉氏は兼務しているのだ。
「宮古島では、エネルギーが高コスト構造になっています。この構造にITをうまく取り入れて改善していきたい、という思いがMMECの基本的部分にあります。確かに燃料費は高いけれど、それ以上に高いのが固定費なんです。なぜなら電力会社側は最大出力需要にいつでも対応できるよう、体制を整えている必要があるのです。
これを調整力と呼ぶのですが、この調整力に高いコストがかかり、これが固定費となっているわけです。そこで電気の需要=負荷を予測し、平準化することができれば、固定費を下げることができます。そのためにはピークカットやピークシフトの実施が重要になってきます。また、これが再生可能エネルギーを多く取り入れていくために大切なものなのです」と比嘉氏は語る。
この調整力の問題があり小さな島では再生可能エネルギーは取り入れにくい、と言われている。たとえば、天気の急変によって発電出力が急に落ちた際、許容範囲を超えれば、すべてが停電するブラックアウトの可能性があるからだ。そうしないためには、常にバックアップとして火力発電を動かしておく必要があり、これが調整力として大きなコストになってしまう。
安価な調整力を実現するために、無料で太陽光パネルやエコキュートを設置
蓄電池を導入すれば、太陽光発電や風力発電の不安定さをカバーすることは可能ではあるが、現状非常に高コストでまだ現実的なところには至っていない。そこで安価な調整力を実現するために、前回の記事で紹介した地下ダムのくみ上げ時間をシフトさせるほか、電気で動くヒートポンプを使ってお湯を沸かす給湯器=エコキュートを利用したり、さらには電気自動車を効率よく活用しようというのが、宮古島の取り組みであり、それを実践しようとしているのがMMECなのだ。
「当社では『PV エコキュート普及事業』というものを展開しています。これは各家庭の屋根に太陽光発電のパネルを設置するとともに、エコキュートも無料で設置した上で、導入された各家庭に電気やお湯を有料で供給していくビジネスです。
すでに2018年度においては市営住宅40棟202戸に設置し、容量でいえば太陽光発電1,217kW、エコキュート120台を設置し、まさにこれから稼働するところです」と比嘉氏。
ご存知の方も多いと思うが、いわゆる屋根貸し事業と呼ばれるものの一つだが、一般の屋根貸し事業とはかなり異なる内容になっている。
「太陽光発電のビジネスというと、一般的にFIT制度を利用しています。しかしFITは制度的な歪みも出てきているし、そもそも長い目でみたときに継続的に続けられるものでもありません。そのため、発電した電気はFITを使わない形で沖縄電力に売電しています。一方で、導入した家庭には、現在沖縄電力から購入しているよりも安い値段で電気を販売するとともに、プロパンガスでお湯を沸かすよりも安い価格で給湯を行なっているのです」と比嘉氏は説明する。
宮古島市のプロジェクトを実現していく事業であることから、初年度は市営の集合住宅に設置したが2019年度から一般住宅にも広げて展開を進めるとのこと。導入する側から見れば、メリットしかない、夢のサービスのようにも思えるが、そんなことが本当に実現可能で、ビジネスになるのか、継続的に続けていくことができるのだろうか?
「発電コストが高い離島だからこそ、FITを使わなくても十分にビジネスが成り立つ単価での売電事業ができ、宮古島フィールド実証の普及計画にのっとっているからこそ、市の協力の元、市営住宅に設置することができました。もっとも小さな企業ですので、最初に導入する費用を自力で賄うことができないため、再生可能エネルギー普及拡大という目的で、環境省から助成金を受けています。しかし、この事業を少しずつ大きくしていく中で、こうした助成金なしでやっていけるよう取り組んでいます」(比嘉氏)
ちなみに、市営住宅に設置されたソーラーパネルは、すべてパナソニック製となっている。この宮古島のフィールド実証に大きな興味を持ったパナソニックが積極的に協力しているという背景があるほか、HITという圧倒的に高い発電効率を持つソーラーパネルを販売しているのが最大の決め手にもなっている。
「とくに集合住宅の場合、屋根の面積が小さいため、そこにどれだけ多く発電できるかが勝負となり、HITの選択は必然的なものでした。またHITは太陽電池と相性が良い組み合わせですので、エコキュートも主にパナソニック製を採用しました」(比嘉氏)とのことで、パナソニックにとっても新しい実験的なビジネスが始まっているようだ。ただしエコキュートに関しては、パナソニック製に限らず、ダイキン製やコロナ製なども活用しているようだった。
ちょうど見学した市営住宅は、まさに設置工事が終わったところで、稼働はこれからというところ。そのためユーザーの声を直接聞くことはできなかったが、試算によればこれら市営住宅の場合、光熱費を1割以上減らせるとのことなので、メリットは大きそうだ。
年に約3回停電する宮古島では、蓄電池の需要も
そして前述の通り、2019年度は一戸建てを中心に市営住宅ではない一般住宅へのサービスも展開していく。ここにおいては図のような4つのプランが用意されている。
これを見ると分かる通り、ソーラーパネルとエコキュートという組み合わせだけでなく、ソーラーパネル単体やソーラーパネルと蓄電池の組み合わせ、そしてフルセットのソーラーパネル、エコキュート、蓄電池の組み合わせから好きなものを選択できるようになっている。そして、どれを選んでも、無料というのがMMECのサービスのすごいところでもある。
ただしプランによって、ユーザーへの電気代は変わるようになっており、蓄電池なしの場合1kWhあたり20円(昼間のみの供給)、蓄電池付きは27円(夜間も供給)と差を出している。高い蓄電池を設置した場合、初期コストが高い分、電気代を上げて回収するというわけなのだ。この蓄電池もパナソニック製が使われているが、電気を設置した家庭に供給するMMECとしては、この蓄電池が大きな意味を持ってくる。
つまり昼間のソーラーパネルによる発電は蓄電池に貯めておいて夜間に家庭へ供給すれば沖縄電力からの電力供給量を減らすことができる。またこうすることで、ピークカットやピークシフトを実現することができるし、通信機能を活用することで、宮古島全体での電力がひっ迫するときは蓄電池からの電気を供給し、余っているときは充電するといった貢献も可能になるなど、大きい意味を持ってくる。
「2019年度の計画では、戸建て住宅500戸に対し、4,000kWの太陽光発電のパネルを設置し、エコキュートを400台、家庭用蓄電池を300台設置することを目標としています。昨年10月から受付を開始し、当初は1,000戸への設置を目指していたのですが、なかなか住民の反応が芳しくなく、目標を500戸に下げたところです。
また4つ用意したプランが均等になるのでは……と考えていたのですが、実際には69%が全部入りのSプランを選択し、22%がソーラーと蓄電池の組み合わせを選択しており、9割以上が蓄電池を希望しているという状況。実は宮古島では、台風などの影響で年間3日程度の停電が起こることがあり、そこへの不安を感じている方が非常に多く、多くの家庭で蓄電池付きを希望されているようなのです」(比嘉氏)
ただ停電に対しては高い意識を持っているけれど、いざ太陽光発電、エコキュートを設置するとなると、まだ実績のないサービスであるだけに、身構えてしまう人も多いのだとか。
「リーフレットも配布しながら告知に努めていますが、まだまだ様子見ということで、加入に躊躇してしまう世帯が多く、なかなか加入が伸びていません。元旦に出した新聞広告もあまり効果がなく、毎月5回のラジオCMなども予定しているなど、いろいろな策を打っているのですが……」と現状を嘆く比嘉氏。
ユーザーにとってどう考えてもメリットしかなさそうなサービスではあるが、光熱費などには、なかなか住民に感心を持ってもらうことは難しいようで、いざ話を聞いても問題点がないかが気になって、しばらくは様子見……となってしまうようなのだ。
コテージホテルでも太陽光発電システムを運用、需給バランス制御など実証実験中
先日行なわれた見学会では、一般家庭ではないが、コテージホテル「かたあきの里」での実運用を見てきた。ここには、ソーラーパネル、エコキュート、そして蓄電池が設置されており、負荷の平準化と需給バランス制御、クラウド制御検証、通信方式検証など、各種実証実験の意味合いも兼ねた運用が行なわれていた。
宮古島伝統様式の住居を再現したコテージだが、太陽光発電を事務所側の屋根に設置しているため、景観を崩すことなく設置でき、コテージホテルとしての光熱費の削減も実現できているようだった。
ちなみにユーザーのデメリットとして考えられるのは、途中解約。このシステムを設置する契約は10年間となっており、その間に解約すると違約金が発生するのだが、その額が初年度なら10万円だという。1年後からは1万円ずつ下がっていくが、解約するとなると、違約金が必要になるのだ。
そのほか、給湯の温度が45℃と設定されており、温度調整する場合は、混合栓が必要となる。またユーザーがガスを使い続けた場合、基本料金を含めガス代がかさんで光熱費的なメリットが薄くなってしまうため、オール電化にする必要がある。そのためには、IH調理器を導入するなどが必要になるが、ここは自己負担になるという点だ。
実はこの点でも大きな問題がある。地元には多くのプロパン業者があり、ここと競合してしまうのだ。しかも、宮古島市がオール電化を推奨するとなると、既存の事業を圧迫することにもなる。
「MMECは、非常に小さな企業であり、宮古島全体でこうした計画を進めていくためには、当社だけでは当然賄いきれません。多くの同業者に参入してもらい、みんなで進めていくことが望ましく、そうした事業にプロパンガス業者が入ってきてくれれば」と比嘉氏は話していた。
さらにMMECの事業展開は一般家庭向けの太陽光発電システムの設置だけでなく事業所への設置も計画しており、2019年は事業所50カ所、計3,000kWの設置を目標としている。この事業所の太陽光発電システムも、MMEC側が所有することで無償で設置し、電気自動車を活用するのが大きな特徴となっている。
電気自動車自体は事業所側が所有する形になるが、これは社用車でも、自家用車でもOK。ユニークなのは、EV充電器で電気自動車への電力供給を無料で行なえるようにする、という点。ただし、ここにはひとつ条件があり、この充電器には回路制御装置が入っており、基本的に太陽光発電をしている電気を供給し、そうでないときは供給がストップするのだ。常時充電可能な充電器も設置するが、こちらは有料となる仕掛けになっている。
つまり、宮古島全体としてみたとき、太陽光発電による電力供給が過剰にならないよう、多く発電する際は電気自動車を充電することでピーク抑制の役割を担う形になっているのだ。
このMMECという小さな会社にとっては、壮大すぎる計画のようにも思えるが、補助金事業で成り立っている役所の下請けというわけではなく、エネルギーコストが高い宮古島だからこそ、事業として成り立つ仕組みが構築できているのはすごいところ。もっとも、システム導入のための初期コストが大きいので、現在は環境省による助成金を活用しているようだが、事業規模が大きくなれば、そこに頼らずやっていけるメドが立っているというのは心強い。
今後プロパンガス業者などが参入して、この事業がさらに島内全体に広がっていけば、宮古島エコアイランド宣言2.0で打ち立てた2050年のエネルギー自給率48.9%というのも夢ではなくなるのかもしれない。もちろん、ある程度の段階で、家庭や事業所だけでない太陽光発電所、風力発電所の設置を加速させる必要もありそうだ。だがまずは、これから数年で、どのように普及し、活用されていくのかは、じっくりと見守っていきたい。
現状では宮古島のようなエネルギーコストの高い離島だから実現できることなのかもしれないが、将来、原油価格などが上がってくれば、同じモデルをそのまま日本全国で展開できる可能性もある。その意味でも、宮古島での動きは、重要な社会的実験として注目すべきものだと思う。