大河原克行の「白物家電 業界展望」

日立アプライアンスが追求する「実質価値」とはなにか?

~石井常務取締役に白物家電事業への取り組みを聞く
by 大河原 克行

生活を豊かにする“夢”を買ってもらう

 日立アプライアンスは、2011年度における白物家電事業の柱として、「実質価値の追求」に取り組む姿勢をみせた。同社では、「日立はエコにたし算」を標榜し、単にエコを追求するのではなく、新たな機能などを加えて提供することを目指しているが、2011年では、そこに「実質価値」を置き、震災以降の新たな消費者ニーズに対応していく姿勢を示した。

石井吉太郎常務取締役

 一方で、ここ数年、日立アプライアンスは白物家電市場における存在感を着実に高めており、その成果はシェアの向上という形で表面化している。日立アプライアンスの石井吉太郎常務取締役に同社の2011年度の白物家電事業への取り組みについて聞いた。

 日立アプライアンスは、白物家電事業において、プレミアム戦略を基本戦略に掲げている。

 基本的機能に対して新たな価値を提供し、日立ならではの価値を訴求するプレミアム戦略では、これに準じた高機能モデルのラインアップをあらゆる製品群で強化。これによって、ここ数年は日立らしい付加価値を提案してきた。

 かつての日立は、どちらかというと高機能モデルでは弱いところがあった。

 日立独自の機能は持つものの、普及価格帯の製品が中心となり、高級ゾーンでの展開がやや遅れていたともいえる。

 しかし、日立アプライアンスを設立し、白物家電と空調事業を統合して以降、積極的に高機能ゾーンの製品を積極的に投入してきた。その戦略は、アジアを中心としたグローバル戦略でも同様のものとなっている。

 プレミアム戦略を軸とする理由を日立アプライアンスの石井吉太郎常務取締役は次のように語る。

 「なぜ日本の家電メーカーは、安い家電を作れないのかと言われる。日立も安いだけの商品は作れないメーカーの1社だといえる。だが、私は極論すれば、そうでなければ家電メーカーは生き残れないと考えている。日立アプライアンスの根本的な考え方は、家電メーカーは、消費者に家電という機械を買ってもらうのではなく、生活を豊かにできるという『夢』を買ってもらう企業でなくてはならないという点。こうした考えがなければ企業は廃れていく。企業を活性化するのは、いかにプレミアムゾーンで優れた製品を、夢という形で提案できるかに尽きる」。

 これがプレミアム戦略の基本的な考え方になっているようだ。

省エネに日立ならではの「実質価値」を加えて他社との差別化を図る

 では、2011年度から日立アプライアンスが掲げる「実質価値」とはなにか。これはプレミアム戦略を、2011年度の市場環境に置き換えた言葉といってもよさそうだ。

 石井常務取締役は次のように説明する。

 「東日本大震災という未曾有の災害によって、日本のなかには無駄の排除とともに、贅沢を控えるという傾向が強まっている。さらに、電力供給不足を背景に、徹底した省エネ、節電志向が高まっている。しかし、その反面で、一定の生活水準を維持したいと考えているのも実態だといえる。そこで求められるのが、贅沢ではない実質価値ということになる。実質価値を活力あるモノづくりで日本の市場に提供していきたい」

 生活に役立つ機能、使って便利な機能を搭載し、これを少ないエネルギーで実現することを実質価値とするわけだ。

これまでのプレミアム戦略から基本的な姿勢は変えないとしながら「実質価値」を重視するという(写真はオーブンレンジ発表会時のもの)家電全体の節電メッセージとして「できることから、みんなで節電」を掲げる(写真はオーブンレンジ発表会時のもの)

 例えば、洗濯機では洗濯槽に付着するカビの汚れの問題を自動的に解決したり、電子レンジでも少ない消費電力で、餃子や小籠包といったこれまでにはできなかった料理を作れるといった提案がそれに当たる。

日立の縦型洗濯乾燥機「ビートウォッシュBW-D9MV」洗濯槽の裏側の汚れを洗い流す「自動おそうじ」機能を搭載。120回洗濯しても、洗濯槽の裏側にはカビや汚れが付着しない

 なかでも、実質価値を実現する切り口の1つに節電をあげ、「できることから、みんなで節電」を白物家電事業全体のメッセージとして提案する。

 「もはや家電製品は生活には不可欠なモノとなっている。しかし、それを利用するにはどうしても電気が必要になる。使わなくてはならないという宿命を持った製品であるならば、少ない消費電力で利用するというのは、メーカーの努力としては当然の取り組みだ。日立ブランドの白物家電製品は基本性能として省エネであることを前提とし、節電効果を訴求する。それに、実質価値が加わることで、他社との差別化につながる」という考えを示す。

 そしてこうも続ける。

 「日立製作所が中期経営計画で目指すのは社会インフラ事業の強化。ここでは、重電や通信が注目される一方、白物家電は対象から外れるのではないか、との見方をされる場合もある。しかし、社会インフラを構成するのは、個人ひとり一人の生活インフラであり、ここに白物家電が果たす役割がある。生活インフラは、社会インフラの1つであり、日立アプライアンスの白物家電事業は、そこに貢献していきたい」とする。

 ここにも単に機械を売るだけではないという姿勢が見られる。

戦うのであれば先に投資することが最適解

 2006年4月に、日立アプライアンスが設立された時点では、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、ジャー炊飯器の白物家電主要5製品の国内合計シェアは17%だった。これが2010年度には24%とシェアを7ポイント上昇させており、市場全体の約4分の1を占めるシェアを獲得している。そして、2012年度にはこれを28%にまで引き上げる計画を掲げている。

 では日立はなぜ着実にシェアを高めてきたのか。

 炊飯器を例にあげるとその理由の一端を理解できそうだ。

 いまから5年前の2006年時点の炊飯器の国内シェアをみると、日立は8番目というポジションにいた。まさに最後尾にいるメーカーだった。

 もちろん性能は悪くはなかった。省エネ性やご飯をおいしく炊けるという点で開発者は自信を持っていた。

 それにも関わらず市場での存在感が薄かったのは、「高級ゾーンには挑戦しない文化があった」と、石井常務取締役は指摘する。

 フラッグシップといえる製品が存在しないため、価格ばかりが注目され、機能の本質的な部分での訴求ができないという結果につながっていたのだ。

 「洗濯機や掃除機ではナンバーワンシェアを獲得していても、炊飯器になった途端に売り場には置いてもらえなかったり、ブランド力が認知されないという状態だった。そこで、炊飯器でもプレミアム製品の開発に着手し、日立ならではの機能を実現していった」

 毎年毎年、機能を検証しながら次の製品につなげるといった取り組みも徹底的に行なっていった。ここで圧力&スチームによる「極上炊き」といった機能が熟成されていくことになる。

8月中旬発売予定の日立の最新IH炊飯器「圧力&スチーム RZ-W1000K」内釜の周りに真空容器を採用し、省エネ性とおいしさを両立しているという

 このとき、石井常務取締役は思い切った投資に踏み出している。

 4年前に、炊飯器の生産ラインがある多賀事業所内に、内釜の塗装専用設備を設置したのだ。

 当時の生産台数からすれば過剰な投資ともいえるものだったが、その後の生産台数の増加に伴って、大幅な生産コストの削減が可能になったのだ。

 この戦略的投資は、まさに首位を取るまであきらめないという同社の姿勢を強く打ち出したものになった。

 「絶対にあきらめるな!」石井常務取締役は社内で、何度も繰り返しハッパをかけてきた。これが現在のシェアにつながっている。

「焼き蒸し調理 ヘルシーシェフ MRO-JV300」角皿にはフタが付いており、餃子や小籠包なども作ることができる

 これは電子レンジでも同様だった。

 電子レンジももともと日立のシェアが低い分野だったが、プレミアムラインの開発を開始するとともに、電子レンジ専用の塗装ラインを設置。これにより、大量生産時には大幅なコストダウンと高い品質維持、生産リードタイムの削減といった効果を生み出すことになったのだ。

 専用の塗装設備への投資は、決して少ない金額ではない。当然、社内からは反対の声があった。だが、これを押し切って投資したのだ。

 「大量生産が可能になってから投資するのか、それとも設備を整えてから大量生産を目指すのか。鶏が先か、卵が先かといった議論と同じこと。しかし、戦うのであれば先に投資することが最適解と考えた」

 電子レンジは、5年の間にシェアを倍増させ、順位を着実に引き上げている。

プレミアム戦略路線でアジアでも拡販

 内製志向は、先頃の東日本大震災でも効果を発揮した。炊飯器や電子レンジなどを生産する多賀事業所は、震度6強の揺れに見舞われ、敷地内の4棟の解体を余儀なくされるという甚大な被害を受けたが、震災11日後の3月22日朝から生産を再開するという迅速な復旧を遂げた。

 これも、モーターの開発および生産をはじめとする主要コンポーネントを社内およびグループ内から調達し、プレス成形機を社内に設置するといった、高い内製率を実現する日立アプライアンスの特徴が生かされたものといえる。

 日本の家電メーカーの多くは、海外での生産移転を進めている。もちろん、日立もコスト競争力が重視される製品は海外で生産し、具体的には300L以下の冷蔵庫や、二槽式洗濯機、低価格の掃除機は海外で生産している。しかし、日立の基本的な考え方は、日本の生産拠点で付加価値のあるプレミアム製品を生産することにあり、この姿勢はこれからも変えない考えだという。

 一方で、日立アプライアンスは、アジア地域においても存在感を高めている。

 とくに1970年に現地法人を設立して41年間の歴史を持つタイでは、冷蔵庫、洗濯機、掃除機などで実績を持ち、2ドア以上の冷蔵庫においては、日立がナンバーワンのシェアを持つという。

 ここ数年でシェアを高めているのがジャー炊飯器だ。

 タイ産のジャスミン米を徹底的に研究し、おいしくご飯を炊ける炊飯器を開発。これが大きな注目を集めている。

 「もともとタイ市場においては、低価格の製品しか開発していなかったが、2008年に、タイ市場では一般的ではなかったマイコンを搭載した製品を投入し、高機能製品分野に進出した。これによって、炊飯器は安ければいいという傾向が強かった市場に、おいしくご飯を食べるための炊飯器という新たな市場を創出することに成功した」

 高級ゾーンを中心にタイにおける炊飯器市場で一気にシェアを高めていったのだ。

 今後は、日本で生産したMade in Japan戦略によるプレミアム家電製品を、日本製を好む中国、アジア主要都市において拡販する考えも示す一方、新興国におけるブランド認知度向上に向けたブランドキャンペーンも展開していくという。

3月11日の東日本大震災で、被災した日立アプライアンス「多賀事業所」

 東日本大震災では、白物家電メーカーとして唯一生産拠点が被災した日立アプライアンスは、一時的に国内での生産が停止したものの、その後の社員の献身的な努力によって3月22日から生産を再開。それによって、一時は落ち込んだ国内シェアを巻き返すことに成功した。それどころか、同じ被災地域にある部品メーカーとの連携が震災を機に緊密になったことで、部品調達では優位性を発揮するといった成果にもつながっている。これがシェア回復の原動力になっている。

 白物家電事業で着実に存在感を高めてきた日立アプライアンスは、2011年度を実質価値という切り口から事業を推進することで、シェア拡大を目指す考えだ。

 この明確なメッセージが消費者にどう響くことになるのか。いよいよ出揃い始めた新製品の成果が試されることになる。






2011年8月29日 00:00