大河原克行の「白物家電 業界展望」

パナソニックが創業以来初めて取り組む、主要本部機能の海外移転の狙い

~2012年度に調達・物流の本部機能をシンガポールに移転
by 大河原 克行

 パナソニックは、2012年度に、調達およびロジスティクス(物流)部門の本部機能をシンガポールに移転する。パナソニックが主要組織の本部機能を日本以外に設置するのは創業以来初めてのことだ。

 なぜ、パナソニックは調達・ロジスティクスの本部機能を海外へ移転するのか。それによってパナソニックはどう変わるのか。調達およびグローバル物流を担当する常務役員の藤田正明氏に、その狙いを聞いた。

日本からアジアシフトに舵を切る調達部門

4月28日に行なわれたパナソニックの経営方針説明の時のパナソニック社長 大坪文雄氏

 2011年4月28日に行なわれたパナソニックの経営方針説明で、同社・大坪文雄社長は、2012年1月以降の新ドメイン別体制への変更とともに、新たにグローバル本社を設置すること、さらに北米、欧州CIS、中国・北東アジア、アジア・オセアニア、中近東・アフリカ、中南米の5地域代表制を敷く新体制へと移行することを発表した。

 そうした発表の影で詳細な説明が行なわれることはなかったが、パナソニックにとっては歴史的ともいえる再編内容が1つ発表されていた。

 それは、2012年度に調達・ロジスティクスの本部機能をアジアへ移転するというものだ。

 パナソニックではこれまでにも、営業・マーケティング機能の現地化、一部生産拠点の現地化は進めていたが、これらにおいても本部機能はすべて日本が担っており、環境・技術品質部門、R&Dを含めた生産革新部門、そして調達・ロジスティクス部門も、日本に本部を置きながら、世界規模でのオペレーションを行なっていた。つまり、日本中心の組織体制によって、グローバル展開をしていたわけだ。

 だが、2012年度以降は、調達・ロジスティクス部門の本部機能を日本からシンガポールに移転。さらに、新興国市場を中心とした新たな製品づくり体制において、今後、OEM(他社ブランドの製品を作ること)やEMS(海外現地の製造業者や開発プロダクションなどに製造を委託すること)を積極的に活用する方針を打ち出したのにあわせ、工場支援などの本部機能も、2015年度をめどにアジア地域へ移転する方向性を明らかにした。これにより、生産関連職能は、日本中心からアジア中心へとシフトする姿勢を明確に示したともいえる。

これまでは、本部機能は全て日本においていたが、今後は様々なところに本部機能を分散させ、柔軟性の高いグローバルな展開を進めるというまずは2012年に調達・ロジスティクスの本部機能をシンガポールに移転する

重複部門の排除から再編に取り組む

 では、なぜパナソニックは、調達・ロジスティクス部門の本部機能の移転に踏み出すのだろうか。

 本題に触れる前に、パナソニックの調達体制およびロジスティクス体制を見てみよう。

 現在の調達体制は、汎用電子部品や汎用型の半導体などを全社集中で購買する調達本部と、原材料やデバイスなどを調達し、各ドメインに流通する商社機能を持つトレーディング社のほかに、ドメインごとに独自に部品を調達するという3つの体制が敷かれている。調達本部の海外拠点としては、中国、シンガポールのほかに、先頃インドにも新たに担当者を配置。またトレーディング社では米国、中国、香港、マレーシア、タイ、インドなどに海外拠点を置き、グローバルに対応できる体制を整えている。

 一方、ロジスティクスに関しては、グローバルロジスティクス本部には、全社ロジスティクスソリューションセンターのほかに、事業部門としてパナソニック ロジスティクス、パナソニック トレーディングサービス ジャパンという2つの子会社がある。

 実は、2010年7月以前には、トレーディング社のなかに完成品物流の機能などが含まれていたことから、これをグローバルロジスティクス本部の傘下へと移管するという再編も行なっている。調達機能と物流機能とを明確に切り分ける体制としたのだ。

パナソニック 藤田正明常務役員

 「これまでの体制は、現場での最適化を優先したものだった。長年に渡り、製品ごと、国ごとといった現場に最適化した形で調達、物流体制を構築していたため、結果として複雑な組織構造となっていた。全体最適を考えた場合には、むしろ重複する部分や無駄な部分が目立っており、これを再編することでシンプルな体制へと移行することを狙った」(パナソニックの藤田正明常務役員)とする。

 また調達本部では、デジタルAVCネットワーク関連での調達が約6割を占めるデバイス調達、ホームアプライアンスが約6割を占める原材料調達のほか、加工部品やMRO(間接材)などにおいてグループ集中契約を促進。さらに行政機能やCSR機能などを強化することで、ドメインの個別調達を支援する体制を整える。

 「ドメイン側からみると、現地購入先の情報収集や分析、与信状況やCSRの確保といった観点で、調達本部が持つ情報を活用したい、あるいは調達のプロフェッショナル部門のノウハウを活用したいという要望がある。そうした要望に応える本部機能を強化していくことになる」と語る。

日本の部材メーカーとの関係変化は避けられない動き

 調達本部の機能をシンガポールへ移転する狙いにはいくつかの理由があるが、なかでも最大の理由は、アジアおよび中国におけるパナソニックの部材購入金額が今後増大すると予測している点にある。

 2009年度におけるパナソニックグループの調達額を地域別にみると、日本が57%であったのに対して、中国は22%、アジアは11%の構成比だった。これが2012年度には、日本の構成比が40%に縮小するのに対して、中国は30%、アジアは20%にまで拡大すると予測している。この背景には、パナソニックグループの中国およびアジアの主要生産拠点において戦略部材の調達が拡大していることや、海外外部委託先(EMS)におけるアジアでの調達集中管理、部材の集中調達といった動きが加速している点が見逃せない。その点でも、シンガポールを拠点とした調達体制が最適と判断したのだ。

 藤田常務役員は、「調達本部が現地に軸足を置くことで、部材認証の現地化、海外購入先の開発、比較購買から理論見積に基づいた理論原価の構築、そして人材育成という点での効果が期待できる。新興国を中心に、現地化が進む商品設計においても、調達部門が近い場所に軸足を置くことで、より緊密な形で連携ができ、競争力の高い商品企画が可能になる」とする。

 部材認証の現地化では、部材認証スピードの向上、部材の標準化促進が可能になるほか、海外購入先の開拓では、技術品質本部との連携によって優良購入先の開発とともに、ドメイン側で独自に調達する際にも、調達先の財務体質や品質、技術力などを判断できる材料が提供されることになる。

 さらには、分析ツールを活用することで、現地の工場に入り込んだ原価の見直し提案などを行ない、調達コストのさらなる削減に努めるほか、調達に関するノウハウを持つプロフェッショナル人材を一気に拡大することで、全社規模での戦略的調達を可能にする体制を構築する考えだ。

 「シンガポールに設置する調達の本部機能では、最適な場所で最適な部材を調達する体制とし、アジア地域の調達先の管理や長期的なロードマップの共有も行なうことになる。一方で、日本には一部機能を残し、パナソニックのグローバル本社や各ドメイン本部との連携のほか、当社の新規事業の取り組みに必要とされる日本の素材メーカーとの提携を図る。電池や太陽光発電、家まるごと、ビルまるごとといった付加価値型の提案では、日本の素材メーカーとの連携が最重視されることになり、その点では日本の組織がこれをリードする形になる」という。

 日本の部材メーカーとの取引比率が縮小する可能性はあるが、戦略的パートナーとの関係はこれまで以上に強固なものにしたいというのがパナソニックの姿勢だ。本部移転に取り組む一方で、契約の最適化のためには日本主導の契約体制を維持することになる。

 「本部機能を移転するから日本の部材メーカーとの取引比率が減少するわけではない。汎用部品は、一定の品質水準を維持しながらも、高いコスト競争力を実現する海外の部材メーカーから調達するのが自然の流れである。その流れに沿ったのが今回の本部移転の狙いとなる」と藤田常務役員は語る。

 さらに、これまではトレーディング社の各拠点で対応していたグローバル主要7拠点体制による調達を集中契約化するとともに、ドメインからの調達要請までを含めた集中購買へと踏み出す一気通貫型の仕組みへと進化させる考えだ。

 「アジア現地の調達本部が中核となり、ドメインを超えた地域購買情報の共有化、さらにはドメイン連携による部材の調達といったことが可能になる」という。

 部材の技術品質や環境品質の評価は技術品質本部が行なっているが、あるドメイン向けの部材として認証されたものは、別のドメインで利用する際には認証を不要にするといった情報の共有化も同時に行なうことになる。

 これは、拠点やドメインごとに購入先を固定化するという課題を解決することにもつながり、購入先の強化を実現する一方で、選択範囲の拡大という面からもメリットが出ることになるとみている。

ODMやEMSとの関係にも変化が

 パナソニックでは、今後、ODM(他社ブランドの製品を、設計から製造まで行なうこと)の積極的な活用を視野に入れており、新興国市場向けのボリュームゾーン製品への適用だけではなく、将来に渡っては先進国向けの製品においてもODMの活用が見込まれている。

 今回のシンガポールへの本部移転は、こうしたODMの積極的な活用においても、委託先でのコストの見える化につながり、より踏み込んだコスト低減へとつなげる狙いがある。

 例えば、部材は最安値で集中契約して、これを集中的に購買。パナソニックの大量購入によるメリットを生かして買い付けた部材を、外部委託先に支給することで、より低コストでの生産を実現するという仕組みだ。さらに、外部の委託先からの買い入れ価格をイタコナ分析(板や粉といった原材料まで遡ってコストを見直すパナソニック独自の施策)し、最安値を管理。これをパナソニックの製造拠点に一括供給するという仕組みも構築する。

 「現地に本部機能を移動することで、EMSへの部材支給を集中化するだけでなく、アジア地域の外部委託先の材料費、加工費、物流費にもパナソニック独自のイタコナ分析を実施。元値の中身である原材料まで踏み込むことができるようになる。製造拠点への着荷時のコストがさらに低減できるだろう」と期待する。

 課題となるのは、本部を日本に置く、技術品質本部、生産革新本部との連携だろう。これまでに比べて物理的な距離はどうしても発生することになり、部品の認証などの期間も伸びる可能性もある。

 だが、藤田常務役員は、「むしろ、現地部品の認証のスピードアップを図りたい。現在、約3~5カ月かかっていいる部品認証を、1~2カ月で対応できるようにしたい」と語る。

 調達本部の現地化によって、優良購入先の開拓や評価情報の共有、部材の標準化を推進。さらには目利きとなるプロフェッショナル人材の育成に取り組むほか、品質保証プロセスの強化支援、品質管理のための現地人材育成などによって、認証期間の短縮を図る考えだ。部材メーカーが持つ金型や成形の実力を事前に的確に把握することも、認証の短縮化につながるとしている。

3年間累計で1兆5,000億円のコストダウンを図る

 パナソニックは、調達において、3年間累計で1兆5,000億円のコストダウンを図る計画だ。三洋電機を含むパナソニックグループ全体の年間調達金額が4兆4,000億円規模とされるなかでは、意欲的な数値目標である。

 「集中・集約の強化、イタコナやVE(バリューエンジニアリング)活動の強化、調達SCMの進化および在庫削減、効率的グローバル調達、CSRおよび環境経営の徹底によって、キャッシュの創出力を強化。さらに、プロフェッショナル人材育成やITインフラの整備、活用にも力を注ぐことで、年平均で5,000億円、3年間で1兆5,000億円のコスト貢献を目指す」とする。

 人材育成では、調達本部の約60人の社員のほか、各ドメインに所属する国内2,500人、海外2,150人の調達職能社員に対して、調達スキルの認定制度や人事ローテーションを計画。製品設計部門の約5,000人の社員に対しても、調達に関するスキルを移植する考えだ。

 「本部がドメインを支援する機能を果たすことが最も重要。本部をシンガポールに移転することで、その役割がますます重視される」と藤田常務役員は語る。

ロジスティクスを取り巻く環境がアジア中心に

 一方、ロジスティクスの本部機能をシンガポールに移動するのは、部材の調達機能の本部移転と密接なつながりがある。

 また、ロジスティクスを取り巻く環境の変化も影響している。

 例えば、主要船会社の運賃決定部門は、日系船会社を含めて、シンガポールや香港、上海、台湾などに移行。港湾荷扱い量も上海やシンガポールが世界で最も多く、東京は25位に留まる。船会社の中核拠点と物量において、日本にロジスティクス本部を置くことがミスマッチとなっていたのだ。

 さらに、航空利用運送業者の取り扱い貨物量も、上海や香港などが中心となっており、アジア起点でのグローバルロジスティクス体制の構築が必要とされている。アジア起点とすることで、日系航空利用運送業者だけでなく、グローバル航空利用運送業者との連携強化により、コスト削減とグローバルロジスティクスの体制確立につなげることができるのだ。

 パナソニックでは、グローバルロジスティクス本部のもとに、全社ロジスティクスソリューションセンターをプロフェッショナルサービス部門として配置。さらに、貿易実務などを行なうパナソニックトレーディングサービスジャパンの体制を持つ。一方、国内物流に関しては、家電製品を中心にパナソニックグループの国内物流全般を担当するパソナニックロジスティクスと、住建および電材などの国内物流を担当するパナソニック電工物流の物流ルートがある。

 「本部の戦略行政機能をアジアにシフトする一方で、日本では関係部門との連携機能を担うほか、グローバル運賃集中契約機能をアジアにシフト、さらに日米欧での国内物流の先進事例をアジアなどの新興国に横展開していく。これにより、物量、船会社の価格決定部門が集まるアジアで集中契約を行ない、競争力のあるレートを獲得。さらに部材の調達物量が増加するアジアでのロジスティクス支援を直接現地で行なうことで、調達ロジスティクスコストの削減につなげる」とする。

 これまでグローバルロジスティクス本部としては、部材調達ロジスティクスには取り組みが不十分というのが実態だったが、複数のドメイン部材の国際間混載輸送によるコスト削減、梱包改善によるコストの合理化、サプライヤーと工場間の物流ルートの構築、VMI倉庫や輸送業者の評価と、物流レートの交渉などにも積極的に踏み出す姿勢だ。

 パナソニックでは、2012年度には海外売上高比率を55%にまで引き上げる計画を打ち出している。その点でも、グローバルロジスティクス体制を確立は喫緊の課題であり、シンガポールへの本部移転はその大きな一歩となるのだ。

調達・ロジの本部移転はどんな意味を持つのか?

 パナソニックは、今後の海外事業の強化、そして国際競争力の強化という観点から、調達・ロジスティクス部門の本部機能をシンガポールに移転することを決めた。

 繰り返しになるが、パナソニックの創業以来の歴史のなかで、主要本部機能を海外に移転するのは初めてのことだ。

 これがどんな成果を及ぼすのか、そして、2018年に創業100周年を迎えるパナソニックが目指す「エレクトロニクスNo.1の環境革新企業」を実現する上で、この決断はどんなメリットを生むのか。

 今回の調達・ロジスティクス部門の本部移転の成否、そして、2015年を目標に進められることになる工場支援などの本部機能のアジア移転の方針がどう具体化するのかが、将来に向けたパナソニックのグローバルカンパニーの姿を形づくるための試金石になるのは明らかだろう。これによって、パナソニックが持つあらゆる本部機能を、どの地域に置くべきかといったことが、改めて検討される動きへとつながる可能性も捨てきれないだろう。

 その点でも、今回の調達・ロジスティクス部門の本部移転は大きな意味を持つものになる。





2011年8月23日 00:00