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ダイキンがゼロから“4方気流”を作った理由
――エアコン「うるるとさらら」

by 大河原 克行
“世界初”の4方気流を採用した、「うるるとさらら Rシリーズ」。住設ルートではRXシリーズとして販売されている

 ダイキン工業が、今年の主力モデルとして投入した「うるるとさらら Rシリーズ」。最大の特徴は、上下左右の四方向に気流を送ることができる「4方気流」である。

 室内機には、“世界初”となる横方向への吹出し口を配置。部屋全体を包み込むように快適な温度に保つことを狙ったこの機能は、温度ムラの抑制や省エネ化だけでなく、「うるるとさらら」独自の湿度をコントロール機能によって、美肌効果までも実現しているという。

 だが、この4方気流の実現に向けては、室内機内部のレイアウトを完全に見直すなど、かなり大がかりな改善が施されている。ダイキン工業の滋賀製作所 空調生産本部商品開発グループ 岡本高宏氏が「ゼロから作り上げたのと同じぐらいの工数をかけている」と語るように、外から見ただけでは想像がつかないほど、大幅に手が加えられているのだ。

 ダイキン工業は4方気流の実現に向けて、どんな取り組み、試行錯誤を行なってきたのか。岡本氏をはじめとするの開発メンバーに話を伺った。


実際の部屋はカタログに載っているような部屋ばかりじゃない

 そもそも、4方気流を搭載することによるメリットは何か。それは、部屋のどの位置でも問題なく据えつけて、快適に使用できる、という点である。

エアコンの設置場所は部屋の隅が多い。ダイキンの調査でも、8割以上という結果になった

 メーカーのリリースやカタログ、または会見場でのデモストレーションなどにおけるエアコンの設置場所は、そのほとんどが正方形の部屋で、壁の真ん中に設置する、といった環境になっている。各社ともこうしたテスト環境によって、部屋全体を包み込むように空調したり、あるいは人に向けて風を当てるといったようすを示してみせる。

 しかし、実際の部屋を考えてみると、長方形だったり、部屋同士がつながっていたり、L字型といった複雑な形状の部屋も少なくない。たとえ部屋が正方形でも、設置の制約上、エアコンの配置場所は壁の隅っこという場合も多い。デモストレーションで利用されるような環境は、現実にはほとんどないのである。

 実際、ダイキン工業の調べによると、84%の部屋で、エアコンが部屋の隅に設置されているという結果が出ている。

ダイキン工業の滋賀製作所 空調生産本部商品開発グループ 岡本高宏氏

 「室内の隅に設置された場合、横方向への気流および温度が調整しづらく、温度ムラも発生しやすい。結果として、温度ムラ解消のために能力過多の温度設定をしてしまい、省エネ運転を阻害するという課題があった。そこで、横方向にも気流を発生させることで、さまざまな形の部屋に対応し、温度ムラを減少させることができるようという考え方が4方気流の考え方のベースとなっている」(岡本氏)

 快適な空調を実現するには横方向への吹き出しが必要不可欠だったのだ。

 Rシリーズでは、部屋の隅にエアコンが設置された場合でも、片方向の吹き出し口だけを利用するといったことができる「据付位置設定機能」が搭載され、部屋の形にあわせて12パターンの気流の選定を可能としている。これが、4方気流の最大のメリットだ。

上下だけでなく、左右にも送風することで、さまざまな形状の部屋に対応するのが「4方気流」の考え方のベースとなっている4方気流を搭載したモデルと、搭載していない旧モデルとの空調効果の比較。4方気流の方が早く均一に空調できている風向きはリモコンで全12通りに送風できる

“全Bオープン”でアイディア誕生も、横への吹き出しに問題が発生

 4方気流のアイディアが生まれたのは、ダイキン工業のルームエアコンの開発および生産拠点、滋賀県草津市の「滋賀製作所」だ。

 滋賀製作所には、“全Bオープン”と呼ばれる社内コンテンストがある。差別化商品を創出する活動として、自由な発想を競い合う制度で、様々なアイデアがここから生まれている。ちなみに、全Bオープンの名称は、ゴルフの全英オープンをもじったもので、滋賀製作所が琵琶湖に隣接していることから、琵琶湖の頭文字である「B」を使っている(滋賀製作所も、ダイキンの社内では通称「Bセ」と呼ばれている)。

 4方気流の基本的な発想は、この全Bオープンから生まれている。

ダイキン工業のエアコンの開発と生産を行なっている、滋賀県草津市の滋賀製作所4方気流の基本的な発想は、全Bオープンから生まれた

 横方向に気流を送るという発想自体は、2008年の全Bオープンにて出ていたという。当時は、左右の気流とともに、冷房時には上方向、暖房時には下方向という3つの気流が同時に吹き出すことから「3方向気流」という言い方もされていた。しかし2009年5月頃には、冷房でも暖房、加湿や除湿運転においても気流を制御するという観点から「4方気流」という言葉が生まれ、それがそのまま機能の名称になった。

 だが、サイドに吹き出し口を配置することは、実際には大きな困難を伴った。これまでのエアコンでは、横方向の吹き出しという発想がなかったため、室内機のレイアウトはそれに対応したものにはなっていなかった。

 端的にいえば、内部のレイアウト構造が、左右対称にはなっていなかったのだ

 これは、ダイキン以外のメーカーのエアコンでも同様のことがいえる。ほとんどのエアコンでは、向かって右側に電装品やモーター、フィルター掃除部品などが配置されている。これによって、大型部品による通風抵抗を回避する効果がある。

 しかし、こうした内部レイアウトでは、結果として右方向に吹き出し口を配置することは不可能だった。

ダイキン工業滋賀製作所空調生産本部商品開発グループ・松原篤志氏

 「左右対称のレイアウトに変更しなければ、左右方向への吹き出し口が配置できない。そのためには、多くの部品を改良する必要があった」(滋賀製作所 空調生産本部 商品開発グループ・松原篤志氏)というのも当然の展開だ。

 しかも、買い換え需要の中心となる15年前のエアコン室内機の横幅は、800mm以下の製品が67%を占めている。これらの需要層を取り込むには、小型化を維持しながら、新機構を実現する必要もあった。


ダイキンのエアコンがセンサーを使わず、“部屋全体の空調”にこだわる理由

 そこで開発メンバーでは、本体内のレイアウトが左右対称になるように、内部構造の配置転換に着手。まずは、電装品とフィルター掃除機構を室内機前面部に配置するために、部品を改良した。さらに、薄型ファンモーターを開発して、室内機の前面左側に配置。これと対称となるように、右側は配管スペースとしてレイアウト配置した。これにあわせて、熱交換器についても、内部レイアウトにあわせて最適化した。

 つまり、まさに「ゼロから開発した」という表現が適しているほどの改良が施されているのが、今回の「うるるとさらら Rシリーズ」の特徴だといっていい。

Rシリーズの内部構造。左右対称としているエアコンは珍しいという向かって左側には薄型ファンモーターを配置右側は配管スペースとした
内部構造とカバーは別々となっており、カバーをはめこんで完成させる左右の吹出口はカバーに付いており、内部機構と連動して開閉する仕組みこのレイアウト変更により、左右にバランスの良い空調ができるという

 ここまでダイキンが左右の横吹き出しにこだわったのは、ダイキンがエアコンの基本コンセプトとして掲げる、“部屋全体を包む込む空調”にこだわっているからだ。

 「ダイキンのエアコンづくりを考えた場合、(他社製品のように)センサーで人を認識してそこに吹き分けるという考え方は受け入れられない。人を追って、スポット的に風を当てるのは、結果として省エネの観点でも適当ではない。センサー機能を搭載するのではなく、左右の横吹き出しという新たな発想に挑戦したのも、部屋全体の空調を考えたため」と、岡本氏は断言する。


“無給水加湿”と併用で、美肌やウイルス抑制など相乗効果も

 この4方気流は、ダイキンの“うるるとさらら”にしかないエアコンの加湿機能と併せることで、さらに効果を発揮する。

 4方気流では、大型のビッグフラップをコントロールすることで、暖房でも冷房でも、除湿や加湿運転でも、人に風が当たらないよう送風することもできる。このため同社では、Rシリーズの気流を“包み込む気流”と呼んでいる。

ビッグフラップをコントロールすることで、風を人に当てない空調ができるという除湿や加湿運転時には、写真のようにフラップを室内機直下に降ろし、4方向に気流を放つ。そのため、人に風が当たらない

 この包み込む気流と加湿運転を同時に行なうことで、いくつかのメリットがある。まずは「美肌効果」。室内の湿度が高くなることで、肌の保湿力が向上、目尻のシワが低減できるという。また、喉や鼻の粘膜を潤すことで、ウイルスの抑制効果や、冬には体感温度を高める効果もある。ダイキンでは、この4方気流と加湿運転を併せて「エアプロテクト」運転という名前を付けている。

 加湿時に使用する水は、外気から取り込んだ水分子。そのためユーザー側は、タンクに水を入れるといった手間のかからない“無給水加湿”機能となっている。

 「ルームエアコンで唯一、無給水加湿機能を搭載しているのが“うるるとさらら”。外気から水分を取り入れ、水分量をコントロールするのがダイキンの仕組みであり、(イオンを飛ばすような)他社の保湿機能とは一線を画すものとなっている。そして、気流を直接当てないため、肌のキメや唇のうるおいという観点でも大きな差が出ている」(松原氏)

エアプロテクト運転では、肌の乾燥を押さえ、肌の保湿力を上げる効果があるというエアコンでは唯一、加湿運転ができるのが「うるるとさらら」。給水する必要のない“無給水加湿”ができる

熱交換器/ファン/フィルターなど、細かい部品も改良

熱交換器は、管の径を複数組み合わせ、円弧状にするなどで、効率をアップしている

 このRシリーズでは、4方気流以外にも部品レベルから多くの改良が加えられている。

 室内熱交換器では、内部レイアウトの変更にあわせた最適化を行なうとともに、冷媒が通る管に業界最小径となる4mmの管を採用。熱伝導率を40%向上させている。また、直径6.35mmと8mmという複数の伝熱管を組み合わせることで、通風抵抗の低減と、管内圧力損失の最小化を実現している。

 さらに、全体の形状を円弧形状にすることで、空気の吸い込みをスムーズにすることに成功。従来の熱交換機の折れ曲げ部で発生していた空気の流れの乱れなどを改善し、熱交換性能を向上させているという。

 また、新開発のクロスフローファン「Hyperソウエッジファン」では、従来の形状を大幅に見直すとともに、送風ファンの表面には、風回りのロスを低減するようにディンプル(凹み)を採用。7%の効率性向上を実現したという。

 「このファンの開発段階での呼び名は“バットマンクロスフローファン”。ソウエッジファンの翼に、三次元の三角形状で切り目を入れたことから、コウモリの羽のように見えた。バットでなくバットマンとしたところは、不思議といえば不思議ですが(笑)」(岡本氏)

 これはその後、ストレスフリーを意味する“SFファン”と呼ばれ、まさに部屋全体の空調を制御して、人を包み込むストレスフリーの特徴を生かした名称となった。

 また、自動掃除フィルターには「ループフィルター」という新たな構造を採用。従来のフィルター構造に比べて約30%削減という大幅な軽量化と、PETによる単一素材での成形を実現。「フィルター部には1mm以下の精度で布をつないだり、よれがないというような織物の技術を活用した。単一素材としたことで、廃棄の点でもメリットがある」(岡本氏)という。

室内機に搭載されるファン。切れ目を入れた新形状となっている。開発ネームは“バットマンクロスフローファン”風回りのロスを低減するために、ゴルフボールのようなディンプル(凹み)を入れている自動掃除フィルターには、織物の技術を活用した目の細かい「ループフィルター」を採用した

ダイキンの基本コンセプトを具現化したエアコン

ダイキン工業 滋賀製作所 空調生産本部 デザイングループ・関康一郎氏

 ところでRシリーズでは、4方気流の採用にあわせ、デザインに関しても新たな挑戦があった。

 デザインを担当した滋賀製作所 空調生産本部 デザイングループ・関康一郎氏は、「4方気流という新たなこだわりの機能にマッチしたデザインとはなにかを追求した。マーケティング部門の女性の声も取り入れた女性視点でのデザイン」と語る。

 結果的に、フラップが下に大きく迫り出ることで、部屋全体を空調するという、これまでにない新しい本体デザインとなったが、これは社内でも賛否両論があったという。

Rシリーズは、フラップのユニークな動きも特徴のひとつ。しかし関氏は、グッドデザイン賞の受賞について「製品コンセプト全体を評価してもらった結果」と話す

 しかし、そのデザイン性の高さは2009年度のグッドデザイン賞を受賞したことでも証明された。

 グッドデザイン賞の審査委員の講評では、アニメ「ガンダム」や「トランスフォーマー」のようなユニークさ、ロボット空調家電の登場といった新規性を感じさせるデザイン性にも注目が集まった。

 しかし関氏は、「デザインそのものの評価ではなく、製品コンセプト全体を評価してもらった結果の受賞。目指すコンセプトを具現化するデザインになった」と、見た目の面白さだけで選ばれたことを否定する。


 「4方気流」という新たな提案を実現するためには、部品の見直しや、室内機レイアウトの大幅な変更、そして新たなデザインの採用など、さまざまな障壁があった。しかし、それらを乗り越えて誕生した「うるるとさらら Rシリーズ」は、“部屋全体を包み込む空調”という、ダイキン工業が目指す基本コンセプトを具現化したエアコンと言えるだろう。





2010年8月2日 00:00