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東芝の洗濯機が洗浄力と省エネを両立できる理由

by 大河原 克行
東芝 ドラム型洗濯乾燥機「ZABOON TW-Z9000」

 東芝ホームアプライアンスが2009年12月から発売しているドラム型洗濯乾燥機「ZABOON(ザブーン)」が、高い評価を得ている。

 ZABOON第1号となった現行モデルでは、そのネーミングからも想起できるように、洗濯機の基本機能である洗浄力の強化にフォーカスを当てることで、ドラム式で指摘されていた課題を解決。さらに、同社独自の可変磁力モーター「ACTIVE S-DDモーター」を、世界で初めて洗濯機に採用。基本性能の向上とともに、省エネ性を両立している。「ZABOON」の強みとはなにか。関係者への取材をもとに探ってみた。


洗浄力の強化を表す「ZABOON」というネーミング

東芝ホームアプライアンス アプライアンス事業部 ランドリー商品企画担当 主務 齋藤達也氏

 2009年12月に発売されたZABOONは、同社の洗濯乾燥機の新ブランドとして投入されたマイルストーンともなる製品だ。

 「新製品の開発にあたり目指したのは、洗濯機の基本性能である洗浄力の強化。基本に立ち返るとともに、それを表現するブランドを付け、東芝の洗濯乾燥機のイメージを定着させたいと考えた」と語るのは、東芝ホームアプライアンス アプライアンス事業部ランドリー商品企画担当 主務・齋藤達也氏。

 社内では、ZABOONという名称に「水をたくさん使用するイメージがある」として、同製品のもう1つの特徴でもある省エネの訴求力が損なわれるのではないかと、反対する声もあったというが、それでもこの名称に決定したのは、東芝が基本性能の強化に徹底的にこだわっていることの裏返しともいえる。

 「洗濯機の購入者にアンケートをとると、最も重視する点として洗浄力をあげる人が6割以上を占めている。しかし、ドラム式洗濯乾燥機では、洗浄力が弱いという印象が植え付けられ、エンドユーザーのみならず、販売店のスタッフでもそうした誤解を持っているケースが見られる。このイメージを払拭する製品を開発したいという想いを込めた」と齋藤氏は語る。

 さらに、新製品では、省エネと清潔性の観点も特徴に据えた。

 「省エネは家電製品にとっては基本中の基本。また、新型インフルエンザの蔓延以降、除菌に対する意識も高まっている。洗浄力の強化と省エネ、または清潔と省エネという相反する機能を両立させたのが、ZABOONの強み」だとする。

 では、東芝はこれらの相反する要件をどうやって両立させたのだろうか。


社長の号令で始まった世界初の技術

 東芝は、ZABOONにおいて、世界で初めて可変磁力モーターを搭載した。

 「ACTIVE S-DDモーター」と呼ばれるこのモーターは、モーターの駆動(トルク)力が必要な洗い時と、モーターの高い回転数が必要な脱水時に、磁力を変化させることで、最適なモーター回転数を実現。洗い時には駆動力を従来比20%向上させるとともに、脱水時には従来比1.4倍となる毎分1,700回転を達成しているという。

 これにより、無駄な電力を使わないという省エネ性を実現しているほか、同モーターの制御により、ドラムを急速に回転、停止させることで、たたき洗いの効果を高めることに成功している。

東芝ホームアプライアンス 開発生産本部ランドリー技術部電子制御技術担当 主務 志賀剛氏

 「モーターは洗濯機にとって性能を左右する基幹部品。その変革に挑んだのが今回の製品」

 ZABOONの開発を担当した東芝ホームアプライアンス 開発生産本部ランドリー技術部電子制御技術担当 主務・志賀剛氏は、ACTIVE S-DDモーターをそう位置づける。

 東芝では、1997年に発売した縦型洗濯乾燥機「うるさくしま洗 からみま洗 AW-B70VP」でDD(ダイレクトドライブ)インバーターモーターを初めて搭載。さらに、2005年に発売した「ザ・フロントインドラム TW-130VB」では、DDインバータを進化させたS-DDエンジンを採用。DDモーターは第2世代へと進化してきた。

 「今回のACTIVE S-DDモーターは、原理原則が大幅に変化した新世代のモーターになる」と志賀氏は語る。

 先にも触れたように、洗濯機に使われるモーターは、洗い時にはトルクが必要とされることから、強い磁力が求められる。だが、脱水時には高速回転が求められるため、逆に強い磁力は高回転にとってブレーキの役割を果たすことになる。これを高いレベルでバランスするというのが洗濯機のモーターの課題だった。

 もちろん、磁力を変えればこの課題を解決できるだろうという着想は以前からあった。しかし、安定した磁力を出すというのが、優れたマグネットの常識であり、これを安定的にインバーターで稼働させるという仕組みが洗濯機の基本的な考え方だ。磁力が変わるという発想は、むしろナンセンスだった。

 だからこそ、「洗濯機に可変磁力モーターを利用するというのは世界にも例がない」(志賀氏)のもうなずける。

 2006年11月、東芝グループで研究所が成果を披露する場が設けられ、その研究成果の1つとして、可変磁力が展示された。電力・社会システム技術開発センターが交通分野や産業システム、重電分野などでの応用を想定した研究を進めてきたものだった。

 この技術に目をつけた洗濯機部門は、洗濯機に搭載することを考えた。「これまでにない技術だけに、少なくとも4年はかかるだろうと考えていた」と志賀氏は当時を振り返る。

 ところが、2007年11月に、この技術をコンセプト展示した洗濯乾燥機の試作品が西田厚聰社長(現会長)の目に止まる。社内で技術展示された数十種類の製品のなかで、西田氏は開発途中の技術を搭載したこの洗濯乾燥機が最も注目すべき製品になると講評。「2年でやりなさい」と指示して研究所にモーター技術の開発の加速を促したという。この指示はその後、半年前倒しされ、開発はさらに急ピッチで進むことになった。

 こうして社内で次世代SDDモーターと名付けられた可変磁力モーターの開発は、東芝の生産技術センター、電力・社会システム技術開発センターの技術協力と支援を得て急加速し、材料開発や制御部分の大幅な見直しも同時に進められた。当初は4年と見ていた可変磁力モーターの開発期間は大幅に短縮されたのだ。

 「最も苦労したのは、磁力が変わるマグネットの開発。さらに、磁力を変えることが可能なシステムの確立、一度変わった磁力を安定して動作させる仕組みの構築にも苦労した。そして、これらをドラム式洗濯乾燥機という決められたサイズのなかに収めなくてはならないという課題もあった」(志賀氏)。

磁力を変える、着磁と脱磁の実験。鉄のボールが入ったカップに着磁した磁石と脱磁した磁石をそれぞれ入れてボールのつき方を見る着磁した磁石の先にはボールがたくさんついている脱磁するとボールは数個しかつかなくなる

 最適な磁力変化のバランスを実現するために、志賀氏をはじめとする技術者は、マグネットの「配置」と「配分」を何度も繰り返した。

 ACTIVE S-DDモーターでは、48個の永久磁石のうち、42個をネオジム磁石とし、残りの6個に磁力が変えられるサマリウムコバルト磁石を採用。この数と配置場所は、性能、コストのバランスを見極めた上で、試行錯誤を繰り返して、実現したものだ。

ACTIVE S-DDモーターモデル
左からネオジム磁石、サマリウムコバルト磁石ネオジム磁石とサマリウムコバルト磁石を採用。右から3番目がサマリウムコバルト磁石。この配置と数に試行錯誤を重ねたという

 志賀氏が最適な配置と配分を導きだし、開発が大きく前進したのが2008年11月のことだった。「コバルトの原材料価格も下がりはじめ、製品化に向けた目鼻がついてきた。

 さらに製品化を強く後押ししたのが、着磁装置の開発だ。インバーター回路部分に工夫を施すことで、コストをほとんどかけずに、さらに装置を大型化させることなく実現した。

 実は、ZABOONでは、筐体サイズを幅610mm、高さ1,040mm、重量約79kgと小型、軽量化している。新たな仕組みを導入しながら、これを実現したのだ。

製品本体。幅610mmで、昨年モデルに比べると10mm小さくなっている本体側面。奥行きは714mm

 「ACTIVE S-DDモーターは、東芝のグループとしての強みが発揮できたことで完成した技術。これによって、世界初の可変磁力モーターを搭載した洗濯乾燥機が誕生した」というわけだ。

 また、可変磁力モーターは、省エネにも貢献している。脱水時には、従来比約40%増の回転数を実現しながらも、最大で約16%の消費電力削減を達成しているのだ。

 高性能と省エネという相反する要件を、新たなモーターが両立している。


徹底的にこだわった洗浄力と省エネ性

 そのほかの機能強化も特徴的だ。ZABOONでは、従来製品に比べて約5倍の高水圧で、ドラムの手前から奥までまんべんなく洗剤液を噴出する2本の高圧ダブルシャワーを搭載。たたき洗いの効率を高めた「パワフルたたき洗い」との組み合わせによって、高い洗浄力と省エネを両立する「節水ザブーン洗浄」を実現したという。

 また、乾燥にはヒートポンプを採用。PMV(Pulse Motor Valve)制御により、コンプレッサーの最適稼働を実現。ここでも省エネに寄与している。

 これらの機能によって、最上位の「TW-Z9000」においては、洗濯から乾燥までの消費電力量は約760Whを実現。従来の「TE-5000VF」が980Whであったことに比べると、22%も削減している。

 「洗濯から乾燥までのコストは50円以下。毎回、乾燥機能まで使うというユーザーは約3分の1に留まっていたが、この省エネ性能を生かして、気がねなく乾燥まで使ってほしい」とする。

 さらに、洗濯時には抗菌水ユニットからAg+イオンが溶けだした抗菌水で洗浄するほか、上位モデルでは、OHラジカルを含んだ微細なイオンの「ピコイオン除菌機能」を搭載。スーツやぬいぐるみといった、水洗いできないものに対しても除菌および消臭が可能になる。

操作にはダイヤル式を採用ふたを開けた状態ドラムの内部。洗剤液のシャワーや抗菌水による洗浄など多彩な洗浄機能を搭載する

 一方で、従来モデルで採用していたエアコン機能の搭載を見送ったことについては、「フルモデルチェンジというなかで、今回の製品は、基本機能の強化に立ち返ることを重点とした。エアコン機能は購入者には評価されていたが、実際の使用頻度などを考慮して、断腸の思いで搭載を見送った」(齋藤氏)という。


ネーミングと新技術で存在感を確立


家電量販店店頭などで使用されているポップ。ZANOONというネーミングは徐々に浸透しつつあるという
 昨年12月のZABOONの発売以降、売れ行きは好調だ。

 昨年まではドラム式洗濯乾燥機市場において、23%だった東芝のシェアは、3ポイント上昇して、26%となり、ZABOONに対する認知度も、発売1カ月後には、ブランド想起率で20%を超えた。「発売1カ月という点では、当社の薄型テレビREGZAよりも高い認知度となっている」(齋藤氏)という。

 また、購入理由としては、「省エネ・節水ナンバーワン」および、「洗浄力の高さ」の2つのポイントが複数回答で過半数を突破。ZABOONで実現した最大の特徴が評価されている。

 さらに、「さらに東芝が長年に渡って実現してきた静音性や、今回の製品で実現した軽量化という点も評価されている」という。

 同社では、今後もZABOONを進化させていくことになる。そのなかで可変磁力モーターの進化は重要な要素になるだろう。

 「他社が追随しても、その先にいける自信がある。新たな常識によって完成したZABOONによって、東芝の洗濯乾燥機は、よく洗え、しかも省エネでもナンバーワンであるというイメージを定着させたい」とする。

 東芝の洗濯乾燥機は、可変磁力モーターを搭載したZABOONによって、市場での存在感を大きく増したといえよう。





2010年6月29日 00:00