そこが知りたい家電の新技術
世界中のデザイナーが憧れる“古くて新しい”Dieter Ramsのデザインとは
by 阿部 夏子(2016/1/20 07:00)
デザイナーが目標とするデザイン
仕事柄、これまで何人ものデザイナーの方にインタビューをしてきたが、その中で何度も“Dieter Rams”という名前を耳にしてきた。恥ずかしながら、デザインに関しては全くの素人なので、「Dieter Rams(ディーター・ラムス)って誰?」というところからスタートしたワケだが、調べれば、調べるほど、ものすごい人だということが分かった。
今回、縁があり、ドイツ・フランクフルトにある、ブラウンデザインミュージアムを訪れることができた。ここは、Dieter Ramsがデザインしたブラウン製品が並ぶミュージアムだ。非常に幸運なことに、Dieter Ramsの弟子であり、彼を崇拝し、彼の哲学を引き継ぐDuy Phong Vu氏(以下、Phong氏)から直接Dieter Ramsの話を聞くことができた。Phong氏は、現在のブラウンのデザインチームで、トップを務める、ブラウンのデザインのことを誰よりも理解している人だ。
Dieter Ramsのすごさは、ブラウンのデザインミュージアムに、一歩足を踏み入れれば分かる。目の前に展示されているデザインは、ミニマムで機能的。さらに、斬新さすら感じるが、驚くべきことにこれらのデザインは1956年~90年代までに成されたものだ。
ブラウンは、Max Braun氏が始めた、ブラウン商会が前身となる。当時は一般家庭向けの製品ではなく、工場などで使われるコネクトベルトを作っている会社だった。その後、会社を引き継いだ彼の2人の息子が、家庭向けの製品なども扱うようになった。
時代は、第二次世界大戦直後。ヨーロッパでは、ビジネスに対する情熱が高まっている時期でもあり、ドイツのデザイン学校、バウハウスに代表されるモダンデザインが注目を集めていた。ブラウン兄弟も例外ではなく、バウハウスの哲学を学び、モダンなデザインを製品に取り込もうとした。
そこで、ブラウン兄弟はコマーシャルディレクターのFritz Eichlerのほか、バウハウスで教鞭を取っていた建築家、プロダクトデザイナーなど、新進気鋭のデザイナー3人に製品デザインを依頼した。3人のデザイナーが作ったのは、1950年代以降、世界的に発展していた家庭用オーディオシステムだ。そのうち、2つの作品、Fritz Eichlerと建築家の作品がその後のブラウンのプロダクツデザインのディレクションとして、決定。ブラウンでは2名のデザイナーのデザイン融合を目指していくこととなった。
その頃、Dieter Ramsは、空間デザインの会社に勤めており、ブラウンのオフィスのデザインを担当していた。その後、Fritz Eichlerが若きDieter Ramsのオフィスデザインを気に入り、ブラウンのプロダクトデザインを率いるデザインディレクターとして招き入れた。
当時、Dieter Ramsは、建築家であり、プロダクトのデザインを担当するのは、その時が初めてだったが、デザインの方向決めをした際に参加したデザイナーにも建築家がいたため、大きな問題にはならなかったという。これ以降、Dieter Ramsがブラウンのデザインを担当することになった。
ブラウン=Dieter Ramsのデザイン
「ブラウンのデザインには歴史があります。ディーター・ラムスがブラウンのデザインディレクターに就任した前と後では、全ての製品のデザインが変わっています。彼が行なったユニークな取り組みの1つに、『リ・デザイン』というものがあります。Dieter Ramsが入社する前に発表された製品を、デザインし直したというものです」(Phong氏)
記者はデザインに関しては、全くの素人ではあるが、並べられた製品を見ると、確かにそこには「Dieter Rams」らしいデザインというものが感じられる。彼のデザインは潔く、機能的だ。例えば、操作ボタンのカラーやサイズで、そのボタンの重要度がわかるように工夫されている。ひと目で一番重要な電源ボタンがどれか、分かる。
「彼のデザインは、必要最小限であり、シンプルで分かりやすい。だからこそ、何十年という時間がたっても、全く古くささを感じさせないのです。しかし、彼のデザインが当時の人々に、すぐ受け入れられた訳ではありません」(Phong氏)
1955年からの2年間はブラウンの「暗黒の2年間」として、今も語り継がれている。これまでのオーダーが全くストップしてしまったのだという。
「時代を反映しないタイムレスなデザインは、当時の人々には早すぎたのでしょう。しかし、経営者のブラウン兄弟は、オーダーが全くない状態であっても、彼をクビにすることなく、デザインを採用し続けました。人々は最初、あまりにもシンプルなデザインに驚いてましたが、徐々にそのデザインが受け入れられ始めました」(Phong氏)
実際、1960年代に入ってからは、ブラウンの調理家電はグローバルで成長を遂げる。ブラウン兄弟は、確かな知見を持った経営者だったのだ。
例えば、ブラウンは、1980年代当時、ヨーロッパで絶大な人気があった「ハイファイ・オーディオ」の撤退を決めている。ヨーロッパを中心としたムーブメントだったことなどいくつかの理由があるが、当時の日本企業の技術革新についていけなかったというのも、理由の1つだという。
Dieter Ramsは、「ハイファイ・オーディオ」の撤退を決めた時に、完全受注生産の「Last edition」を作った。「Last edition」は、同ミュージアムの中でも一番目立つ場所に置かれている。
「このデザインで、私が一番好きなのは背面です。背面の目立たないディテールまで考えられており、まさにタイムレスなデザインです」(Phong氏)
DNAを受け継ぐデザインとは
ミュージアムの中でひときわユニークなのが「タイムライン」の展示だ。この展示では、ブラウンの歴代のシェーバーがずらりと並ぶ。初代モデルから、最新モデルまでその数にも圧巻されるが、展示を見ていて気付いたのが、そのデザインの変化だ。初期のモデルに比べると、中期のモデルはデザインの印象が全く違う。
「1994年にDieter Ramsがリタイアしてからというもの、ブラウンのシェーバーデザインは、ジレットが担当していました。デザインを変えたことで、ビジネス的には躍進をした一面もあるのですが、2007年にP&Gがブラウンのシェーバーを買収してからは、またデザインが変わりました。P&Gでは、このままではブラウンのDNAがなくなってしまう! ブラウンのブランドを全面に出したデザインをすべき! という考えのもと、Dieter Ramsと同じデザイン哲学を持つ、新たなデザインチームを作ったのです。それが今の私のチームでもあります。
私達は、デザインとはタイムレスであるべきだと思っています。デザインとテクノロジーが一緒に進化していなければ、普遍的で、タイムレスなデザインというのは完成しません。テクノロジーを分かりやすく体現するのがデザインであるべきで、たとえば、先進性を追求して、プラスチックとメタルを組み合わせたとしても、機能が伴っていなければその製品のデザインは完成しません」(Phong氏)
Phong氏は、1999年にブラウンに入社。Dieter Ramsが引退したのは、1995年なので、彼が在職中に直接デザインを学ぶ機会はなかった。
「しかし、私にとって幸運だったのは、Dieter Ramsと一緒に仕事をしたシニアデザイナーたちと、一緒に仕事をし、彼らから直接デザインを学ぶことができたということです。そのことにより感覚や肌で感じることでしか学ぶことができない“ブラウンらしさ”をしっかりと受け継ぐことができたと思います」(Phong氏)
彼は、ブラウンらしさを受け継ぐ数少ない人物の1人であり、Dieter Ramsのデザインがどのようなものであったか、徹底的に理解しようと努力してきた。しかし、1人のデザイナーとしては、新しいデザインにチャレンジできないというのは、寂しくないのだろうか。
「製品の機能においては、高いクオリティーを目指すことが大事で、ユーザーが今何を欲しているか、短い周期で注視する必要があります。ですが、ことデザインに関しては、そうではないと思っています。デザインというのは、製品の性格やその機能を表すためのヘルパーだと考えているからです。その意味で、周期の短いショートトレンドは重要ではありません。我々は、“コーポレートアイデンティティー”が最も重要だと思っているからです」(Phong氏)
良いデザインのための10の法則
Dieter Ramsは、そのデザイン哲学を的確な言葉で残している。Dieter Ramsの作品を見ていると、これらの言葉が全てピタリと当てはまる。それは「良いデザインのための10の法則」として、ミュージアムの壁面にもしっかりと残っている。
・Good design is innovative
・Good design makes a product useful
・Good design is aesthetic
・Good design is makes a product understandable
・Good design is unobtrusive
・Good design is honest
・Good design is long-lasting
・Good design is thorough,down to the last detail
・Good design is environmentally-friendly
・Good design is as little design as possible
そこには、Dieter Ramsへの愛が溢れていた。展示された製品を通してはもちろん、普段ガイドを請け負っている人物も、1960年代からDieter Ramsの作品に惚れ込んできた魅力的な人物だった。
プロダクトデザインを志すものならば、一度は訪れてみたい場所だ。