そこが知りたい家電の新技術

キッチンウェア・ブランドbodumの今と昔 その2

~トップダウンだからこそ可能なフレキシブルでオープンな社風とは

 スイスのルツェルンに本社を構え、欧州、アメリカ、アジアなど実に世界55カ国で製品を展開するボダムについてのレポートをお伝えしている。前回は、現社長を務めるヨーガン・ボダム氏自らにボダムの歴史について語っていただいたが、今回はヨーガン・ボダム氏が強いこだわりを見せるデザインについて訊いた。

社内のインテリアは、全て社長自らが決定

ヨーガン・ボダム氏。デンマーク生まれ。父ピーター・ボダム氏が1944年に創業したボダム社を、1974年から引き継ぐ

 ボダムの製品のうち、いったいいくつが、IFデザイン賞、レッド・ドット、グッド・デザイン賞といった世界的に評価の高いデザイン・アワードを受賞しているのだろう。ボダムのカタログを見ても、そのことには大きく触れられていない。というのも、それら著名なデザイン賞を受賞したモデルは数十種類もあって、わざわざ宣伝するほどのことではないと認識しているからだ。

 その一方で、ボダムの製品が機能性だけではなく、デザイン面においても高い評価を受けているのは紛れもない事実だ。ボダムがデザインにこだわる姿勢の背景には、創業者の息子にして、現在のCEOであるヨーガン・ボダム氏がインダストリアル・デザインの重要性に気づき、創業者である父が推し進めた独自製品の開発を推し進める考えがある。

 「父の時代からデザインには重きを置いています。私が影響を受けているデザイナーの中に、1960年代に活躍したディーター・ラムス氏がいます。彼は、『Weniger, aber besser』(ドイツ語で、「より少なく、しかしより良く」の意)をモットーに、機能主義的な工業デザインを得意としました。

 彼のデザインは今日のデザイナー、例えば、アップル社のジョナサン・アイブなどにも大きな影響を与えています。オリベッティのタイプライターと言えば知らない人がいないほど、著名なイタリア人工業デザイナーであるエットーレ・ソットサスも興味深い人物です。

 当時の基準からすればアートといえるほど革新的なデザインを、当時、台頭してきた電子機器に与えました。フィンランドが生んだ20世紀を代表する工業デザイナーであるアルヴァ・アールト、北欧家具に見せられたイタリアのデパドヴァ夫妻が立ちあげた家具メーカー、デパドヴァなど、私自身が影響を受けたデザイナーを挙げたら枚挙にいとまがありません。ただし、間違ってはいけないのは、影響を受けることと真似はまったく異なるということです。トレンドを追って動くのではなく、私自身の基礎である北欧デザインを礎に、『シンプリシティ&ファンクション』というボダムのデザイン哲学を貫き、自らの方向性を守ることが重要です」

欧米では広く普及しているキッチン家電、ブレンダーも最近のヒット作のひとつ。ブレンダーにあわせた深型のボウルを共にデザインするところが、キッチンウェアの会社らしい
デンマークの家具デザイナー、ハンス・ウェグナーの手になる名作「チャイニーズ・チェア」。数百種類の椅子をデザインし、北欧デザインに大きな影響を与えた。写真の「チャイニーズ・チェア」は1943年にデザインされて、ウェグナーのキャリアの転機になったともいわれるほど高い評価を受けた

 ヨーガン氏の口からは、著名なデザイナーの製品名や、その生い立ち、歴史などがすらすらと出てきた。その様子を見ただけでも、デザインが大好きだということが見てとれる。実際、ボダムのオフィスを見回すと、イタリアのデパドヴァの家具や、デンマークの家具デザイナーであるハンス・ウェグナーの手になる名作「チャイニーズ・チェア」など、北欧デザインに起因するテイストに囲まれている。

 自然光を取り入れた明るいカフェテリアやオフィス空間に天然素材を使ったチェアやテーブルが配される様子は、ノーザンライトと呼ばれる北欧独特の透明感のある光があたる光景を再現しているかのようだ。

 「私たちの製品がキッチンを中心に考えられていることもあって、オフィスもこうした明るく、まるでひとつにつながっているかのような広々とした空間を選びました。まだデンマークに住んでいた若いころに体験した大きな農家からインスピレーションを得ています。キッチンが家の中心になって、大きなリビングルームでひとつにつながる空間があるのです」

 驚くべきことに、ボダム本社のミーティングルームやキッチン、さらにはオフィススペースに置く、家具までヨーガン氏自らが指揮を執って、デザインしたのだという。

 ヨーガン氏は、「仕事をする場所は、好きなものに囲まれていたい」と笑う。そこには、「自分が良いと思うものを貫く」という、良い意味でのトップダウン式の経営理念が見え隠れする。

ミーティングルームのインテリアもヨーガン氏自らが取り仕切る
ミーティングルームに飾られた絵画。キッチンウェアの会社ならではのチョイスだ
明るくて広々としたカンティーン(社員食堂)
ランチタイムには、全社員が集まって楽しいひとときを過ごす。毎日日替わりのメニューが提供される

日本人デザイナーに訊く“ボダム流デザイン”

 シンプルでありながら、機能的でもあるデザインにこだわるボダム氏にとって、デザインとは形だけではなく、カラーも重要だ。

 「1960年代後半は、カラフルな色合いにあふれた時代でした。1980年代にモノクロームが一世を風靡しましたが、ボダムとしては20年前にスタートした電気ケトルの頃から、再び、カラフルな世界に戻ってきました。自らの哲学に則ってデザインすると同時に、デザイナーの好き勝手にデザインするのではなく、顧客のフィードバックを反映することも重要です。私たちが扱っているのは、アートではなく、あくまで工業デザインですから」

ボダムといえば、そのカラフルなカラーラインナップも魅力

 ボダムでは、1980年代以降にデザイン部門が設立され、現在は工業デザイナー、グラフィック・デザイナー、エンジニアといった製品開発にかかわるメンバーに加えて、店舗や内装を担当する建築家によってチームが構成されている。

 そのチームの中には、日本人デザイナーも含まれている。プロダクト・デザインを担当する島津はるかさんだ。彼女は、ビストロ・シリーズのコーヒー・グラインダーや、ダブルウォール・ケトルなどのデザインを手がける。ドイツで工業デザインを学んだのち、プロダクト・デザイナーとしてボダムに入社して6年が経つという島津さんにとって、プロダクト・デザインとはどんなものだろうか?

日本人の両親の下、ドイツで育ち、プロダクト・デザインを専門に学ぶ島津はるかさん。自らデザインしたコーヒープレスを手に
最近のヒット作であるコーヒーグラインダーのデザインも島津さんが手がけた。新しい形が登場することが少ない家電の世界に、あえて新しい形を出そうとした結果でもある

 「ボダムの基礎にある北欧デザインをベースにしつつ、私が学んだドイツのデザインや、日本のデザインにも共通する部分を取り入れています。スチールやウッドといったシンプルな素材を生かすと同時に、プラスチックを使ったポップなカラーや形も大切にしています。それらは相反するものではなく、例えば、ステンレス製のトースターに通気口として付けたパンチングの模様から、現在のeボダムのドット模様が生まれました。ラバーコーティングでもドットを使っています。

 もちろん、単なる飾りではなく、滑り止めの機能が盛り込まれています。このように新しい機能からデザインが生まれることも、デザインから機能が生まれることも、ときにはあるのです。特に家電は新しい形がなかなか出ない世界なのですが、あえてそこに新しい形を提案するようにしています。そのためには、ハンドルの長さであったりとか、ちょっとした角度の違いなど、日常生活を通して不便だと感じたり、こうしたら便利だと気づいたことを気に留めてデザインに生かすことが重要です。そうした日々の積み重ねによって、消費者のニーズをデザインに反映しつつ、新しいデザインを生むことができるのだと思います」

 ひとりの生活者として、生活の中で浮かんだアイデアを大切にし、プロとしてデザインに落としこむ島津さんの姿勢は、ボダムのデザインが常に新鮮に保たれているひとつの要素になっているようだ。最後に、デザイナーとエンジニアが一体となったチームの中で、誰が司令塔になるのですか? という質問を投げると……

 「デザイナーもエンジニアも、自分の仕事が製品の中心となるという意識を持って開発にあたっています。同時に、社長との距離も近く、社長の頭に浮かんだアイデアや方向性を、実際の形やカラーに落としこむことも私たちのチームの大きな役割です」

 実は、本社滞在中に、島津さんの発言を裏付ける、面白い出来事があった。今後日本で、フレンチプレスメーカーとセットにして売り出す予定の、あるコーヒー豆のテイスティングをヨーガン氏自らが行なっていたのだ。コーヒーを淹れるのも本人自らが行ない、さらにはそのテイスティングには、筆者も参加した。重大な責任が……と緊張する筆者をよそに、ヨーガン氏は、一度のテイスティングで、豆を決定。時間にしてわずか15分ほどの出来事だった。

ヨーガン氏自らが、コーヒーを淹れて、テイスティングを開始
使うのはもちろん、自社のフレンチプレスメーカーだ
4種類の豆からあっという間に、1つの豆を選び出して、決定してしまった

 日本であれば、このテイスティングに何十人もの人数を集めて、何度も会議をして、決めるかもしれない――そう伝えると、「なぜそんな必要がある? おいしいコーヒーの味はわかる」とチャーミングに笑うのだった。

 フレキシブルな企業体質を持ち、トレンドに流されずに、自分たちの哲学に沿って俊敏にデザインを生み出すことができる。それがボダムにおけるデザインの、最大の魅力に思えた。

 次回は、そうした独自の思想を実際の形にする工場を訪ねて、ボルトガルへと向かう。

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川端 由美