藤本健のソーラーリポート
横浜市内在住の夫婦が実践! 電力会社と契約しない「オフグリッド」生活とは
by 藤本 健(2014/11/6 07:00)
電力会社からの電気を使わず、太陽光発電だけで生活する電力の自給自足。それは一つの理想的な姿ではあるけれど、そんなことは現実的に不可能だ……、と思い込んでいた。確かに電線を引くことのできない山小屋に、太陽光発電とバッテリーである程度の電気を賄っているところがある、という話を聞いたことはあったが、せいぜいそんなものだろう、と。
ところが、横浜市内に新築で家を建てて、電力会社と契約せずに自家発電だけで賄って、いわゆる「オフグリッド」の生活をしている人がいるのだ。今回は、そんな生活を楽しんでいる佐藤隆哉さん、千佳さん、ご夫妻の自宅にお伺いして、話を聞いてみたので、紹介しよう。
メーターがなくて、東京電力の検針員がびっくり!
このご夫妻のオフグリッド生活について知ったのは、10月初旬。Facebookを見ていたら、フランス・グルノーブルに在住の某著名日本人ミュージシャンが、奥様のサトウチカさんのブログを取り上げていたので、何の気なしに読んでみて衝撃を受けたのだ。「東電が我が家にやってきた(汗)」というエントリー。
電力自給の生活をはじめ一週間経ったころ、見ず知らずの人が勝手に家の敷地内をうろうろしていて、怖がっていたところ「ピンポーン」とやってきたのが東京電力の検針員だった……というような内容なのだが、そのシチュエーションといい、文章の上手さといい、とにかく面白くて、すぐに話を聞きたい! と思ってしまったのだ。
ブログの記事には、田舎の田園風景といった小さな写真が掲載されていたのだが、ブログをよく見てみれば「お住まいの地域:神奈川県」とあるので、横浜在住の筆者の家からも遠くなさそう。これは、ぜひ伺ってみたいと、見ず知らずの方ではあるが、思い切ってブログの問い合わせ機能を利用して連絡を取ってみたのだ。
筆者自身も10年前から太陽光発電をしていて、このような連載記事を書いていると伝えたのがよかったのかもしれない……翌日にはお返事をいただき、「取材」という形でご自宅にお伺いできることになったのだ。神奈川といっても、広いわけで、きっと丹沢とか大山、足柄山の山麓なんだろうな……と想像していたのだが、住所をお伺いしてさらにビックリ。横浜市内の家で、東海道線の戸塚駅から徒歩で行けるところだ、というのだ。確かにブログのタイトルは「Green note 都会でプチ自給自足生活~地球の恵みでシンプルに生きる~」とあり、横浜市内なら都会と言って間違いない。
きっかけは3.11の大地震
教えていただいた住所を頼りに、ご自宅のそばまで伺ってみると、「ここは本当に横浜市内なの?」という不思議な光景が広がってきた。そう、住宅密集地から抜け出したところに、突然、田んぼがあり、裏山のある、いかにも田舎な風景が出てきたのだ。
とっても自然豊かな環境であるのは分かるけれど、ブログの写真で見た家を発見し、その屋根のパネルを見た瞬間に、いろいろな疑問もいっぱい湧いてくる。
「家は南向きに建っているはずだから、東側に山が迫っている。ということは午前中は太陽が当たらないのではないのか?」、「見た感じ、太陽電池のパネルも少ないようだけれど、本当にこれだけでまともな生活ができるのだろうか?」、「そもそも、この電気をバッテリーに貯めて生活するなんて現実的なんだろうか?」、「やはり基本的に電気を使わない生活をしているのかな?」……などなど。いろいろと不思議に思いつつ、玄関のところまで行くと、カメラ付きのインターホンがある。「ということは、ちゃんと電気が使えているんだ……」なんて思いつつ検針員の人のように「ピンポーン」としたら、ご夫妻がニッコリしながら迎えてくれた。
玄関を入ってみると、木の香りがいっぱいに広がる木造住宅。お2人とトイプードルとの暮らしで、家は2階建てで延べ床面積90平方mとのこと。曇った日ではあったが、天井に設置されたLEDランプが明るく光っていて、見た感じでは、ごく普通の家のようだ。
取材に伺ったのは11月1日だったが、ここに住み始めたのは9月13日からなので、まだ1カ月ちょっと。いろいろある疑問や、システムの詳細についてはともかく、なぜ電力自給の生活を始めたのか、そのキッカケについて伺ってみた。
「もともとマンション暮らしをしていて、電気についてなんて、何も考えずに使っていました。でも3.11を契機に、電気に対する意識が大きく変わりました。原発ってよくないものだと思うようになったし、危ないものを前提に電気を使う生活が成り立っていたんだ……ということを認識するようになりました。とくに、田中優さんの『地宝論』(子供の未来社)を読んで、原発に依存しない、いろいろなものに依存しないで自立していく生活がしたい、と思うようになりました」と話すのは自然療法士/セラピストであるチカさん。
ただ、だからといって、すぐに電力を自給しようとまで思ったわけではないそうだ。当初は、マンションでの電力契約を30Aから20Aに落として節電する程度だったとのこと。ただ、それでも畑で食糧を自給できたらいいな、電気も自分たちで賄えることができればな……、という思いから、自然豊かな土地を探し出したのだ。
「田舎に行けば、ある程度のことはできることは分かっていました。でも主人の会社が川崎にあり、そこに通える範囲である、ということが一つの条件。また都会にいながら、自然に調和した暮らしを最大限してみたいという思いもあったのです。神奈川にも自然が残った地域がいろいろあるので、鎌倉や大船など、山のあるほうを探した中、ここを見つけました」とチカさん。
「決め手の一つは、ここが市街化調整区域で、回りにこれ以上、家が建たない場所である、ということです。もともと田んぼや畑だったようですが、里山を残すという目的から今後自然公園になる計画もあり、目の前にマンションが建ってしまう心配もないんです。ちょうど家の前にすごく大きな庭が広がっているような気分ですよ」と隆哉さん。
敷地内に電柱を建てるのに抵抗があった
さて、ここからが本題。実際に、電力会社との接続をしないオフグリッド生活というのは、現実的なのか、そしてこのシステムがどんなもので、いくらくらいで導入できたのだろうか?
「今年3月の田中優さんのオフグリッドセミナーを聞きに行って、漠然とできるんだな…とは思ったのですが、そこで聞いたシステムはリチウムイオン電池を使っていて1,000万円くらいのシステムになるため、なかなか現実的ではなかったのです。そうした中、“エネルギーをみんなで自給しよう!”をモットーに活動している自エネ組のメンバーである建築士、大塚尚幹さんに伺ったところ、鉛バッテリーを使えば100万、200万といった単位ですむだろうとのことで、これならできるのではないか、と思うようになったのです。改めて田中優さんに相談してみたところ、20kWh程度のバッテリーを備えれば、なんとかできそうだ、ということも見えてきました。当時マンションでの生活で使っている電力が1日3kWh程度だったので、1週間分程度を備蓄できるようにするという計算です」(チカさん)
ただ、当初は基本的に電力の自給自足を目指しつつも、バックアップのために東京電力とも接続しておくつもりだったという。ところが4月の着工を目前にした3月に、1つ大きな問題が出てきたのだ。そう、近くに電柱はあるけれど、距離的にそこから直接、家に電線を引きこむのが無理であるため、敷地内に電柱を立ててほしいと要請されたのである。さすがに、そこには抵抗があるし納得がいかない。オフグリッドセミナーで田中優さんに相談しても、「やめるべきだ」とのお返事だったので、思い切って完全なオフグリッド生活を決心したそうだ。
その時点で、すでに家の設計は終わっていたはずだが、電力会社から電気を引かないことによる設計への影響などはないのだろうか?
「どこから家に配線するかが変わるだけで、基本的な設計にはなんら変更は必要ありませんでした。またバッテリーは家の裏の倉庫に設置してあり、全部で27kWh分。たまたまフォークリフトの中古のバッテリーを大塚尚幹さんがお持ちだということで、それを55万円で譲っていただき、これを使っているんです。
ほかのシステムとしては、太陽電池はパナソニックのHIT240という55,000円のパネル240kW×8枚=1.92kW、充電用のコントローラとしてINVERTEK社のSS-80CX MPPTというものが125,000円、それに交流の100Vに変換するインバータとしては同じINVERTEK社のDAI-3000Lというもので195,000円などとなっています。室内には、バッテリーの残量がどのくらいあるのかが見えるモニターを設置していますが、それを含めた工事一式を含めて220万円でした」(隆哉さん)
最近、住宅の屋根に載せる太陽電池の出力は4kW前後と言われているので、1.92kWの出力というのはその半分であって、かなり小さ目。とはいえ、バッテリー容量とのバランスを考えれば悪くないようにも思える。でも、本当にこれで生活ができるのだろうか?
「まだ住みはじめて1カ月ちょっとなので、なんとも言えない面はありますが、今のところ、とっても快適に暮らせています。ご覧いただくと分かる通り、照明はもちろん、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、炊飯器、トースター、掃除機、パソコン、プリンタ……と一通りの家電はあって、使えているんですよ」とチカさん。確かに、壁にコンセントはあるし、一通りの家電機器は揃っている。とはいえ、これらの家電機器をフルに使うほどの電力は賄えてはいないはず。その点について、チカさんは以下のように話す。
「マンションで暮らしていたころから、節電は身についていたので、生活が大きく変化したということはありません。『爪に火を灯すような生活をしているのでは……』なんて思わることがあるみたいですが、そんなことないんですよ(笑)。マンションに住んでいるころは、ドライヤーなんかを使うと、すごく罪悪感を感じていましたが、オフグリッドな生活になってからは、罪悪感からも解放されて気分良く生活しています。
自分たちで作っているエネルギーなので、どこにどう配分するかは、いろいろと考えながら使っています。具体的には晴れた日には洗濯機を回し、掃除機をかけたり、アイロン掛けをしたり、外では電動草刈機を使ったり、電動ノコギリも使うなど、かなり活動的になりますね。普段は炊飯器を使わず、土鍋でご飯を炊いているのですが、晴れた日は炊飯器でしか調理できないようなものをしたりもするんですよ。作り立てのエネルギーを、いかに上手に使ってあげるか、それがこのおウチには合っているんだと思います」
太陽光発電システム導入の遙か先を行く取り組み
この話を聞いて、正直なところ、「やられた! 一番痛いところを突かれた」と感じた。というのも、筆者の行動パターンと完全に逆だからだ。そう、電力会社と系統連系している場合、「晴れた日の昼間、いかに節電して、いっぱい電気を売るか」という発想になってしまう。
もちろん、世の中的に電気が足りなくなる日中に、いっぱい電気を供給することは、オフピークの観点からいいことではあるはずだ。ただ、自分で作った電気を使わずに、夜に原発や化石燃料で作られた電気を買うことに、後ろめたさがあるのも事実。その点、晴れた日、いっぱい電気ができているときに、いっぱい電気を利用するという発想のほうが、絶対的に自然であり、正しいなと感じたからだ。太陽光発電を導入している筆者は、人より一歩進んでいるはず……と思っていたが、佐藤さん夫妻のほうが、その遥か先を行っているな……と感じた次第だ。
ちなみに、佐藤さんの家にないのはテレビと電子レンジ。3.11以降、マンション暮らしにおいても使わなくなったので、実家に持って行ったり、人にあげるなどして処分してしまったそうだ。隆哉さんも、エネルギー管理について、こう語る。
「毎日、倉庫の中のインバーターを見て、今日の発電量をチェックしています。またその日の蓄電容量がどのくらいなのかもチェックしているのですが、現在までのところ順調に推移していますね。『蓄電池の寿命を縮めないために蓄電量が50%を切らないようにしたほうがいい』といわれているので、それもキープできています」と言って集計した表・グラフを見せてくれた。
やはり、東にある山の影響で、実際に太陽電池パネルに太陽が当たりだすのは10時過ぎからとのことだが、それでも十分維持できているようだ。ちなみに、筆者の自宅も同じ横浜市内にあり、東京電力との系統連系はしているが3.6kWの太陽電池の発電状況を記録しているのでそれと比較してみても、似た感じになる。
ここで気になるのがバッテリーの寿命だ。一般的に鉛蓄電池の場合、7年程度の寿命などと言われているが、とくに中古のバッテリーということで気になるところだ。
「正直なところ、寿命がどのくらいなのかは、まったくわかりません。でも、メンテナンスをしていくことで、結構長い期間使えると聞いています。2か月に1回程度、インジケータが点滅したらバッテリーに精製水を入れて補充することが必要で、1年半くらいすると電極に異物が付着してくるそうです。それを落とすための薬剤があり、これを使うことで電極が再生するのだとか……。実際、大塚さんのところでは8年程度もっているそうですよ。20年、50年という期間使えるのかどうかは分かりませんが、うまくメンテナンスすることで10年程度は使えるのではと期待しています」(隆哉さん)
発電状況、充電状況を見ながら、こんなにうまく生活できているとは、正直なところ予想外。冷蔵庫の利用もままならないのではないか……なんて思っていたが、まったく普通に生活できているようだ。ちなみに、佐藤さんの家で使っている冷蔵庫の消費電力は年間で280kWh。これを1日当たりでみれば0.7kWhであり、先ほどの表から計算した10月の1日あたりの平均発電量は2.7kWh。つまり、冷蔵庫で約1/4を消費するので結構な電力量ではあるのだが、十分賄うことが可能というわけだ。
ちなみに、筆者の家での昨年の月別の発電実績を表したのがこのグラフだ。もちろん、年によって天気や気候に違いがあるので、多少の違いはあるものの、毎年10~12月の発電量が少なくなる傾向にあるので、ここから極端に減ることはなさそう。その意味では、この消費電力を守っていくことができれば、問題なく生活できそうだ。もっとも、筆者の家では冬場の電力使用量が一番大きくなるので、そこをうまく乗り切れるかがポイントになりそうだ。
ガスはプロパン、将来的には井戸も掘りたい
一方、生活をしていく上で必要なエネルギーはインフラは、電気だけではない。水道やガスなどはどうしているのか。
「都市ガスは来てないので、プロパンガスなため、基本料金が高いんですよ。これを調理とお風呂に使っていて、先月が3,100円だったから、まあまあかな、と。冬はこのガスを床暖房に使うので、いくらになるか気になるところです。雨水タンクをトイレ用に使ったり、ペレットストーブの導入なども考えましたが、放射能が検出されたといった話を聞いて、とりあえず見送りました。将来的には井戸を掘ってみたいとは思っているんですけどね……」(チカさん)
ちなみにネット環境は、モバイルWi-Fiを使っているとのこと。
「当初、フレッツ光の導入も考えたのですが、電線というか光ファイバーを引き込むことになり、オフグリッドと言っているのに格好悪いなぁと思ってやめたんですよ」と隆哉さんは笑いながら話す。
お2人の暮らしを見る限り、確かに節電意識はすごく高いけれど、ごく普通の生活ができている。この方法であれば、日本中の一戸建て家庭の大半で、電力会社と契約をしないオフグリッドな生活が実現できるのではないか……と思ってしまった。まさに時代の最先端を行く暮らし方だと思うが、こうした家が今後どのくらい増えてくるのか、ちょっと楽しみなところだ。