新時代の家庭エネルギーマネジメントのセミナー実施

~メーカーの壁を越えなければ、HEMS市場は拡大しない【訂正版】

 7月12日、「東大日本震災を踏まえた家庭エネルギーマネジメントの新たな展望」と題したセミナーが開催された。

 このセミナーは、家電メーカー、東京電力など10社による「HEMSアライアンス」立ち上げ発表会直後に開催されたもので、東日本大震災以降の家庭向けエネルギーマネジメントの新たな方向と、HEMSの必要性やどのような課題があるのかをテーマに行なわれたもの。

利用者の意志によってエネルギー利用をコントロール

経済産業省資源エネルギー庁 省エネルギー対策課 課長補佐 潮崎雄治氏

 経済産業省資源エネルギー庁 省エネルギー対策課・潮崎雄治課長補佐が、行なった基調講演「今夏および来年度以降を踏まえた省エネルギー政策の今後と課題」では、今夏行なわれている節電対策について触れた。

 潮崎雄治課長補佐によると、東日本大震災の影響で、3月に実施された計画停電について「副作用が大きかった」とその影響力がマイナスに大きかったと分析。それを踏まえ、電力需給を計測し直した上で、今夏向けの需給対策を決定したという。

 その結果、需給側は契約電力量500kw以上の大口需要家、小口需要家、家庭均一に、15%削減とすることとなった。

今夏の電力供給見通しと需要抑制の目標夏期最大ピーク日の需要カーブ推計業務部門全体の需要カーブ

 具体的な取り組みとしては、家庭向けインターネットサイト「家庭の節電宣言」をオープン。各家庭の実体にあった節電メニューを選び、過去の電気使用量や節電実績の見える化、みんなで節電に取り組めるグループ機能、協賛企業からの参加賞・達成賞の提供などを実施している。

家庭の需要面の対策家庭の節電宣言節電アクションホームページのサンプルイメージ

 また、震災を踏まえた今後のエネルギー施策としては、従来からの基本理念3E「安定供給、経済性、環境適合性」に加え、S「安全性確保」であることが不可欠と位置づける。そこで今後の検討課題として、化石燃料、原子力、再生可能エネルギー、省エネルギーの4本柱に、エネルギーシステム改革、エネルギー技術革新、国際戦略という3つの戦略を掲げ取り組みを進めていくという。

 こうした取り組みと共に、エネルギー需給側が需要を見える化したことによって、「エネルギー利用の最適化が実現できるのではないか。それも従来のハードウェア側からの取り組みだけでなく、ソフト的な取り組みが期待できるのではないか」と潮崎氏は分析する。

 その1つがHEMS/BEMSの早期導入による、スマートハウス/スマートビルの構築。受給者がエネルギーの利用状況を把握することで、利用者の意志によってエネルギー利用をコントロールすることで、エネルギー利用の最適化が計れるのではないかと訴えた。

3Eを基本としたエネルギー政策の変遷省エネ政策の当面の課題需要側におけるエネルギー利用の最適化

需要を能動化することで、エネルギーをマネジメントする

東京大学 特任教授 萩本和彦 氏

 続いて、東京大学 特任教授である萩本和彦氏が行なった基調講演のテーマは、「エネルギーシステムインテグレーション スマートグリッドがもたらすもの」。

 スマートグリッドは最近よく耳にするキーワードの1つだが、基本的な考えとしては、需要を能動化することで、電力系統の需給調整能力を確保することだという。

 たとえば、再生可能エネルギーを活用する場合、問題となるのは天気のよい日には100%近い発電が可能であるのに対し、天気の悪い日には50%パワーの発電しかしないなど変動が大きいことだ。その問題を解決する手段の1つが、「ならし効果」とよばれる、広範囲の、大量のシステムを対象として合計することで、マイナス部分も打ち消すというもの。複数の県などを対象とすることで、変動が相対的に小さくなるという。

スマートグリッドとは?再生可能エネルギー発電の出力変動広い地域でのPV出力のならし効果と発電予測

 スマートグリッドは、再生可能エネルギーの大規模導入を支える要因となり、さらに蓄電池、需要能動化を利用した分散エネルギーマネジメントシステムにより、電力システムの需給調整の分担が実現できる。

 「東日本大震災以降、電力の使用状況発表が行なわれるようになり、エネルギー使い方の最適化が意識されるようになった。さらに、需要の能動化によって、自分のエネルギーの使い方を確認し、そのデータを第三者に見せて、アドバイスをもらうといった新しい利用法の可能性も生まれている。エネルギーマネジメントがサービスビジネスとして発生することも考えられる」(萩本和彦氏)

 このエネルギーマネジメントについて、萩本氏は「震災による計画停電は、分散エネルギーマネジメントの導入の必要性を前倒しにしたといえるのではないか」と指摘している。

Smart Grid概念の拡大住宅/地域の将来像をトータルに描くMETIスマートグリッド実証

5年、10年先の話が震災による影響で一気に現実化

 その後行なわれたトークセッションには、野村総合研究所の上級コンサルタントである伊藤剛氏をモデレータに、東京大学・萩本和彦特任教授、稲垣隆一弁護士、KDDI モバイルビジネス営業部 渡邉健太郎課長、パナソニック エナジーソリューション事業推進本部 冨永弘幸参事、三菱自動車工業 EVビジネス開発部 上級エキスパート 和田憲一郎上級エキスパート、三菱電機 リビング・デジタルメディア技術部 望月昌二専任の6人が参加。「大震災後の需給対策と低炭素社会のキーテクノロジー ~スマートハウスへの期待と課題~」について、ディスカッションを行なった。

三菱電機 リビング・デジタルメディア技術部 専任 望月昌二氏

 1つ目のテーマである、「これからのHEMSに求められることは何か?」に対して、三菱電機の望月氏は、「バブル期にはホームオートメーションが開発された。ただし、当時は家電品の集中コントロールという範疇にとどまっていた。それに対し、節電への意識が高まり、昨年のCEATECあたりから、エネルギーの利用状態を見える化システムを搭載した家なども出てきた。

 私が担当するエアコンも、発電、蓄電する機器に対しても使えるよう、コマンドを変更している。コントロールする機器の範疇がここまで広がると、一社ではまかないきれないものになってきている。しかも、昨年は5年先、10年先の話と思っていたが、震災で現実が追い越した感がある」とHEMSが過去のものとは異なる性質を持っていると指摘した。

三菱自動車工業 EVビジネス開発部 上級エキスパート 和田憲一郎氏

 電気自動車を開発する三菱自動車工業の和田氏は、「自動車会社にとってHEMSは距離があるものだった。しかし、3月11日以降、電気自動車の役割が変わった。以前は環境への貢献だったが、東北に緊急車両として送った電気自動車i-MiEVは、蓄電機能が期待されたことから、緊急開発し、1,500Wまでの家電製品を繋いで使えるようにした。しかし、電気自動車の蓄電池としての活用を絵に描くのは簡単だが、実現はきわめて難しいというのが自動車メーカーの正直な感想。規格も決まっていない。今回、HEMSアライアンスに参加することで家電メーカー、電力メーカーと一緒になって、電気自動車を蓄電池として利用するためには、どうすれば動くのか、色々と協議させてもらうことができる」と構想と現実の差を指摘した。

 こうした意見を受け、東京大学・萩本特任教授が、「過去にはうまくいかなかったことが、今回、どうすればうまくいくのか」と質問を投げかけた。

パナソニック エナジーソリューション事業推進本部 参事 冨永弘幸氏

 それに対し、パナソニックの冨永氏は、「HEMSには10年前から取り組んできた。それが3月11日を境に、ユーザーが本当に必要とするものとなった。さらに、もう1つの変化が10年前とは異なるインターネットの普及率。一般のユーザーがパソコンで、スマートフォン、ゲーム機をインターネットにつなぐことが当たり前になった。その延長で、HEMSで機器をつなぐことへの抵抗がなくなった」と家庭内での「機器接続」に対する意識の変化が大きいと指摘。

KDDI モバイルビジネス営業部 課長 渡邉健太郎氏

 ただし、通信事業者であるKDDIの渡邉氏は、「3月11日、通信事業者は当たり前に提供していた通信インフラがいとも簡単に崩れてしまう事態に遭遇した。ネットワークが切れる、壊れるでは前提が壊れてしまう。また、現在の状況はスマートフォン、タブレットPCなどで無線系トラフィックが増加し、基地局などのコストが増大している。その環境の中、通信事業者としてより安心、安全を提供していかなければならない。HEMSアライアンスでは、中立を保った形でどう安心、安全、簡単に使えるものを提供していけるか、さらに設定の簡素化、紛らわしい設定なしに、自由に使えるよう、定義していきたい」と通信インフラ側も努力が必要な現状について説明した。

 また、「HEMS市場を立ち上げるために何が必要か?」というテーマに対しては、「インターネット環境がない家庭は今でもたくさんある。お年寄りがたくさんいる地域ではデジタルデバイドが起き、経済弱者でネットワークを利用できない人も存在する。社会的見地からすると、そこをどうにかしなければならない。通信環境が全家庭に提供出来るのかが、通信事業者に課せられた課題」(KDDI 渡邉氏)とHEMSの前提であるネットワーク環境の改善が必要だと指摘。

弁護士 稲垣隆一氏

 稲垣弁護士は、「IP通信の時は情報のやり取りだけだったが、HEMSとなると情報だけでなく、エネルギーのやり取りとなる。さらに、多数のキャリア、ソフト、販売するサプライヤなど全てが関わる。利用者も電灯がつく家庭なら全てが関わる問題となる。問題が起きた時に、誰が、どういった責任を負うのか。そんな問題もある中、HEMSを運営しなければならない。さらに、複数社の問題を回避するために、共通窓口を作って各社のQ&Aを持って運営するとなると、各社の機密情報を持ち合うことになる」と新たな問題が起こる可能性も秘めていると話した。

 三菱自動車の和田氏は、「電気自動車を、家電を動かすための蓄電池として利用した場合、ある程度利用制限を設けなければ、自動車としての性能が十分に発揮できなくなる恐れもある」と電気自動車の利用指針も必要だと話した。

 モデレータ役を務めた野村総合研究所の伊藤氏は、これらの発言について「HEMSを市場として立ち上げるためには、異なる会社、業種間でも円滑に物事が進むような規格を設けることが重要。市場を立ち上げるためには、まだまだ課題がある」とした。

メーカーの壁を越えなければ、市場は拡大しない

野村総合研究所 上級コンサルタント 伊藤剛氏

 このセッションに続き、野村総合研究所の伊藤上級コンサルタントが、「新たなエネルギービジネスの潮流」というタイトルで講演を行なった。

 伊藤氏は日本で大企業が次々にHEMSビジネスに参入する一方、米国ではGoogle、Microsoftがともに家庭用エネルギー制御サービスからの撤退表明をしている事実に言及。その原因として、米国のスマートグリッドのベンチャー企業の役員から、「現在ネットワーク化できるのは宅内モニタとスマートサーモスタットくらいで、家電製品などの末端の機器がスマート化されていないために、電力会社も需給調整ができず、十分な威力を発揮しない」という悲鳴があがっていると説明した。

 その状況を打破するためには、「メーカーの壁を越えなければ、市場は拡大しない。繋げるものが家電製品だけなら、1社で完結も可能だが、電気自動車がつながり、蓄電池を利用するとなれば1社完結はあり得ない。日本メーカーがいち早くメーカーの壁を越えれば、世界に先駆けての実現となる」と分析した。

 また、「省エネという点で先行する日本企業の技術は海外でもニーズがある。このニーズが日本企業を押し上げるパワーとなる」と日本企業にとってビジネスチャンスをもたらすと語った。

【7月20日お詫びと訂正】初出時に、伊藤剛氏のお名前と写真を誤って記載しておりました。ご迷惑をおかけしてた関係者の皆様にお詫びして訂正させていただきます。

1社集中ではなく、マルチ化しなければ市場は拡大しないクリーンな資源として需要側資源に注目日系企業の技術は海外で必要とされている




(三浦 優子)

2011年7月13日 14:47