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非常灯になるつり革や、疲れないハイヒールなど「ジェームズ ダイソン アワード 2015」
(2015/11/16 15:19)
ダイソンは、同社が提携している教育慈善団体 ジェームズ ダイソン財団(英国ウィルトシャー州マルムズベリー)主催の、「日常の問題を解決する」作品を募集する、国際エンジニアリングアワード「ジェームズ ダイソン アワード 2015」(James Dyson Award、以下JDA)の選考結果を発表した。同コンテストは、2006年から毎年開催され今年で10年目を迎える。
JDAは、エンジニアリングやプロダクトデザインを専攻している大学生、または卒業後4年以内の人を対象にした国際エンジニアリングアワード。「日常の問題を解決するアイデア」をテーマに、今年は20カ国から過去最多となる710作品のエントリーがあった。国際選考は、参加20カ国からそれぞれノミネートされた上位5作品が審査され、国際審査においてTOP20が決定する。
国際最優秀賞は、3Dプリンターの技術革新を進める器械
国際選考で最優秀賞に輝いたのは、プリント基板(PCB)を3Dプリントする器械「Voltera V-One(ヴォルテラ ヴィーワン)」。カナダ・ウォータールー大学で、電子機械工学を専攻する大学院生4人が開発した。
PCBとは、電子部品を固定して配線するための基板で、スマートフォンや生物医学装置などさまざまな電子機器に使用されている。しかし、プロトタイプを設計するためには、時間とコストが掛かるという問題を抱えていた。
「Voltera V-One」は、この問題を解決するためのもので、ソフトで設計した回路図から、わずか数分でPCBのプロトタイプを作成できるノートPCサイズの3Dプリンター。3Dプリントにより劇的な技術革新が実現した昨今、PCBのプロトタイプの制作で時間を掛けるのは時代遅れだという考えのもと、開発に至ったという。
同作品は、一般的な3Dプリント技術と同じラピッド・プロトタイピングの考え方に基づいて開発された。導電性と絶縁性のインクを使い分けることで2層基板を描出し、さらにディスペンサーから抽出したペースト状のハンダと550Wのヒーターで加熱するリフロー機能により、基板上に自由に部品を追加できるという。
国際最優秀賞に輝いた学生チームには、今後のさらなる開発資金として30,000ポンド(約570万円)の賞金が授与される。
また、ジェームズ・ダイソンは「この解決策により、特に学生や小規模の事業者にとって、電子機器のプロトタイプ製作が格段に容易で手軽なものになるはずです。同時に、この発明が多くの新進エンジニアたちに、インスピレーションを与えてくれることを期待しています」とコメントを寄せている。
国内最優秀賞は、非常灯になるつり革「LIGHT STRAP」
日本国内審査において1位に選ばれたのは、災害時に非常灯になるつり革「LIGHT STRAP」。名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 在学中の、本田 光太郎氏と河内 貴史氏が開発した。
地下鉄で災害が起きた際に、非常灯しても使用できるつり革。圧電素子を用いた振動電池を内臓し、電車の揺れを利用して発電・蓄電する。災害時には、鉄道員の判断によりつり革のロックが解除され、引っ張るだけで取り外しができる。スイッチを押すと非常灯になり、避難時に人々の速やかな行動を助ける。
11月13日には、国内審査で上位5位に選ばれた作品の表彰式が都内で開催され、受賞者による作品のプレゼンテーションが行なわれた。「LIGHT STRAP」を開発した本田氏は、製作について次のように語った。
「地下鉄で地震などの災害が起きると集団パニックに陥ることが予想されます。そうしたときに安全で安心な避難を促すためには、共助の精神が大事だと考えました。停電した際にも、明かりを灯すことでお互いを助けられると思います。つり革を採用した理由は、日ごろからこの非常灯に振れる機会を生み、もしものときに即座に利用できるようにするためです」
「LIGHT STRAP」を開発した2名には、国内最優秀者として、2,000ポンド(約36万円)の賞金が授与された。
スタイリッシュながら歩きやすさを実現したハイヒール
国内2位作品は、慶應義塾大学大学院 理工学研究科 卒業の山田泰之氏による、バネを利用して歩行時に疲れにくいハイヒール「YaCHAIKA(ヤチャイカ)」。
ヒール部分に、2枚の湾曲した板バネと減衰性の高いゴム板を用いて、衝撃吸収機能を備えたハイヒール。歩行時にはヒール部が約3cm伸縮し、その変化が歩行時の衝撃を吸収し、快適で安全な歩行を実現する。静立時のヒール高は10cmとハイヒールの生み出すスタイリッシュな立ち姿を維持しながら、衝撃の少ない自然な歩行ができるという。
YaCHAIKAの開発背景について、山田氏は次のように述べた。
「女性と歩いているときに“足が疲れた”と言われても、聞き流していた男性は多いと思います。男性にはその痛みがわからないのですが、実際に履いてみるとかなり大変だということがわかったのです。そこをきっかけに、ファッションとしても成り立つハイヒールを開発しようと決めました」
製作段階では、YaCHAIKAを履きながら、コンクリートや砂利道などさまざまな歩道を歩いたという。女性にも履いてもらい、バネの強度などを計算しながらどれくらい負担が減るのか、何度も試して完成させた。
既に製品化が決定しており、改善を重ねながら2016年以降の販売を目標としている。
第3位に選出されたのは、震災で水道管からの送水が止まった際に、水道管に残った水を汲み出すことができる装置「BICHIKU Faucet」。一般的な蛇口に装着し、震災発生時に家庭の止水弁を閉じることで、家の中を巡っている水道管内の水を備蓄水として活用する。井戸の手押しポンプのようなレバーを上下させ、2回のポンピングでコップ約1杯分の水が取り出せるという。九州大学 芸術工学府 卒業の瀧口 真一氏による作品。
第4位は、人工知能とにおいセンサーなどによって尿・便の識別ができる排泄検知シート「Lifilm(リフィルム)」。介護現場におけるオムツ交換をスムーズに行なえる装置で、人体に装着しないため被介護者のストレスも軽減できるという。排泄状況はタブレット端末などで、被介護者ごとに管理可能。
同作品は、千葉工業大学 工学部の卒業生と在学生4人が製作したもの。代表の宇井 吉美氏を中心に、株式会社aba(アバ)として、介護機器を開発する事業展開も行なわれている。
第5位は、水をUVライトで除菌する「Fillap」。汚れた水などを除菌して飲めるようにする機器で、持ち運びやすいサイズを実現している。名古屋大学と愛知工業大学の学生4人チームが製作した作品。
なお、国内上位5作品のうち、国際選考において世界トップ20に選ばれたのは、第2位の「YaCHAIKA」と第4位の「Lifilm」の2作品。
問題解決とともに、発見力も磨いていける場を
国内選考の審査員を務めたデザインエンジニアの田川 欣哉氏、フリージャーナリスト・コンサルタントの林 信行氏も登壇した。
「年々、作品の完成度が高くなっているなと感じました。そのまま起業できるレベルの作品も多く、実際に起業していたりクラウドファンディングを開始しているチームがあるのも、JDAの面白いところだと思います。作品を生み出すだけでなく、その先を考えているところが他のデザインアワードとは異なる点だなと思いました。少しでも社会を良くしようという思いを、こうした場から発信していただきたいです」(田川氏)
林氏は、ジェームズダイソン財団が中学校の技術の授業で「ダイソン問題解決ワークショップ」を実施していることを踏まえて、以下のように話した。
「JDAの特徴である、問題を解決するという観点も大事ですが、課題の発見力というのも今後伸びていけばと思います。問題解決ワークショップなども行なっていますし、そうした気づくきっかけを中学校くらいから教育していけたら良いですよね。JDAが、日本自体を元気にするようなアワードになっていけたらと思います」