カデーニャ

「かるーいノリで動けるいいメンバ-」が生み出すリコーのオープンイノベーション【キーマンズインタビュー】

 前回に引き続き、全天球ライブ動画撮影用機器「RICOH R」開発チームの生方 秀直氏との対談をお送りする。

 今回のテーマは「大企業とモノ作り」。日本企業が世界で苦戦している。「新しいものは日本企業から出ない」という悲観的な物言いがある一方で、生方氏のチームはいま、RICOH Rで新たな挑戦をしている。

RICOH R開発チームのみなさん。左より、リグの開発などを担当する井内 育生(いのうち いくお)さん、開発全体を指揮する生方 秀直(うぶかた ひでなお)さん、ソフト開発を担当する設樂 侑里(したら ゆり)さん

 リコーという大企業から挑戦すること、そして、動きの速い企業と戦うために必要なことは何かを聞いた。(以下敬称略)

日本対深セン(しんせん)、勝てるところはどこだ?!

——実験的なものを作る場合は、周囲との関係をいかにうまく築くかということが重要だと思います。そのために重要なことはなんですか?

——というのは、大企業が「作りました、どうぞ」と言うだけでは上手くいかないことが多くなっています。特に使い方がまだ確立されていないものは、上から「出来ました」と流れてきても受け入れてもらえない。御社はTHETAの時代からハッカソンもやられて、個人・企業との関係作りをずいぶんされてるじゃないですか。その辺、社内でどんな話になっているのですか?

 生方:カメラとも、コピー機やプリンターとも、エッジのところとは作法が違うわけですよね。そうした違いや変化を実感しているのは社内で我々のチームだけかも知れません。いわゆるB2Bのデベロッパーの関係とも違う、独特のものですね。THETAも手探りから始めましたし、RICOH Rは一歩踏み込んだ「開発キット」という形で進めていますし。

 ベースとして、リコーの中でもエンジニアの皆さんにはオープンなマインドがあるんですよ。それはウェブ系の開発に源流があると思うんです。そういう脈々としたものに、我々もナチュラルにはいっていったというところでしょうか。

 やや皮肉な言い方をすれば、そこにフィットしないものをもっていかないと「は?」「筋悪いんじゃないの?」と言われてしまう。

 VRの開発は、そもそもめちゃめちゃオープンな世界です。今後どうなるかはわかりませんが、少なくとも今は、開発者コミュニティも充実しています。ですからこのやり方は、自分で仕掛けたわけでもなく「時流に乗っかった」のです。

——オープンなモノ作り、というと、アメリカや深センではよくあるわけですが、そこで勝ち抜けるもの、成果を出せるものを作るにはどんな条件が必要だと思いますか?

 生方:やっぱり、勝負できるものをもっていないと、誰も感心を寄せてくれないです。「我々はオープンです」と言っても、それだけで協力が得られるわけではないし、相手にされないです。

 日本は面白いものを生み出せる力はまだあるのですが、しがらみのなかで開花し切れていない部分があります。そこでは、いままでのようにプロジェクトを大きくしていくのが正統的なやり方だと思います。

 しかし、コアになるものができたらコミュニケーションはしやすくなってきます。世界の先端を走っている人々はノリもいいですし、やりやすいですよ。それを活かさない手はない。

 僕らにしてみれば、我々のようなオープンべースのやり方がスタンダードなのに、プロジェクトのために社内でパワポを何百ページも作っているようなのは違うんじゃないかと思います。

——ライバルはいるわけじゃないですか、実際。でも、彼らともコミュニケーションはとるわけですよね。

 生方:ええ。Insta360のCEOであるLiu JingkangとはWeChatで友達になってますよ(笑)

——彼らとの関係、他のライバルと自分達の関係や、競合優位点はどこだと思っていますか? デジカメの頃は、良くも悪くもトップランナーがほとんど日本メーカーだったので、日本企業の中で閉じていて、あまり変わらなかった部分もあります。360カムの場合には海外がすでに主戦場で、とにかくたくさんの企業が出て来ている。彼らとの関係はどうですか?

 生方:一般的な日本企業というより、ぼくらのチームの感じ方になりますが、深センの企業は一番勢いがあります。しかし、コンセプトを生み出すところまでは行っていない。出てきたものを磨き込む速度が圧倒的です。ドローンもそうですね。語弊がありますが、別に彼らが発明したわけではない。でも磨き上げたのは深センの企業です。360カムも同じように進むと思います。

 となると、8Kやフレームレートのような、日本企業が大好きなスペック競争については中国企業がゴリゴリやってくるので、そこで勝負してもしょうがないと思うんです。カタログスペックに書けないところをやるしかない。

 ひとつは内部技術の構成です。複雑な光学系を発想して量産にもっていく力では、中国企業にまったく負けていない。もうひとつはコンセプチュアルな部分。新しいものを提案していく感じを、少なくともTHETAではやってきました。

 360のライブ動画は、単に配信サービスに垂れ流すだけでは飽きられるし、面白くない。生活の中でこういうものが使われるのはどこか? そこに誰が最初に気付くか? という競争です。それはエンジニアが100人いればできるという話ではありません。スペックではなくユーザー体験を革新することを、我々はできると思っています。

——ユーザー体験の革新、と言う言葉は良く聞くのですが、でもそれはそうそうできることではない。日本企業が下手だといわれるそういう部分を続けていられる理由はなんですか?

 生方:THETAについては、私は作った後に事業部を離れてしまっています。内部的に厳しいことを言えば、カタログスペック競争に陥ってきたかなとも思います

 僕らはVRという市場、視覚に対するコンピューティングの次の世界に注目しています。その世界では提案していかないと前に進めない。そういう提案ができている企業は、日本にもたくさんありますし。

 その先に条件としてあるものは、正直私にもよくわかっていません。ただ、たまたまやり始めて、THETAから含めれば2013年以降、長期間やっていますし、なにより、かるーいノリで動けるいいメンバーが集まった、ということでしょうか。

バーチャルな組織を素早く動かすには

——いま、チーム全体で何名くらいで動いているんですか?

 生方:非常に難しくて。製品的にも組織体験的にもチャレンジングなやり方をしているんですよ。

 僕自身は、これを生み出して次世代の映像技術を作ろうとしているわけですが、現状、事業部の中にいる人間ではありません。一方、マーケティングはTHETAの事業部の協力を得ています。非常にハイブリッドな構成でオペレーションをしています。

——ということは、社内でバーチャルな組織を作ってやっている、ということですか?

 生方:エンジニアも、THETA系の人も、そうでない人も入っていただいています。かっこ悪くいうといきあたりばったり(笑)。

——「これだけのものを作るのに、社内にあるリソースなら使っていいよ」というコンセンサスは得ている、ということですよね。

 生方:そうですね。事業部長を中心に、チャレンジングな風土でやってみよう、という話はあります。そういうやり方も重要だろう、みたいなコンセンサスは得ています。

——「大企業はダメだ」と一方的に言われやすいのですが、実際には、大企業だとすでにあるノウハウや製造リソースが使える、という強みがありますよね。ハードウエアスタートアップはそこで苦労している部分がある。

 生方:そうなんですよ。結果、THETA事業部からも協力を受けているのでTHETAの亜流ではありますし、生産・開発もTHETAのラインでやります。足りない部分を色々社内外の方々にご協力いただいていますが。

 こういう座組を組めるのは、プロジェクトマネジメントの妙です。そこが構想できないと、いくらリソースがあっても活かせません。

 僕から見ると、社内の組織能力を知らない人は本当に多いですよね。今の大企業は機能分化しているので、お金を集めるところから最終的に市場に投入するまで、全部を担当するのは難しいんです。僕らはプロジェクトが小さいのでそれができますし、元々それが狙いなんです。「図面出来たよ。あと量産よろしくね」って渡すようでは、絶対にできないんです。

——リコーには、そういう横断的なやり方をする風土があったんですか?

 生方:そういうことを許容する部分は、あったと思いますね。

——今はそういう自由なやり方が許容されない企業が増えて、だからこそ社内スタートアップ的な「仕組み」を作るところから始める企業が増えている、という印象を持っています。

 生方:だいたい「仕組み」に走るんです。僕に言わせれば、仕組みがあろうがなかろうが、出すヤツは出すし出さないヤツは出さないんですよ。

 アイデアがいけるかどうか、評価は人によって千差万別です。最初はスモールスタートで実績を作るというやり方の方がいいですよね。

——すなわち、やってみていけそうなら進めるし、ダメそうなら早い内に手を引く、と。

 生方:そうはいってもお金がかかるし、最初はアンノウンな世界に入ってくことになるので、誰をどう動かして、どのくらいの予算でできるのかが重要で。それをやるのに1億円ならやらせてはもらえないけれど、数百万円ならやらせてくれるかも知れない。推進上の機微というか、リアルタイムでの判断が必要ですね。型があるものではないので。

——そこは、生方さん自身がリコー社内で艱難辛苦を乗り越えた結果として身につけたものなんですかね。

 生方:そうですねえ。組織機能論的に言うと、今は社内でずっと同じことをやっている人が多いと思うんですよ。ですが、私は経営企画からコピー機の企画、コンシューマ製品にクラウドと、色々なことをしてきたので、仲間も多いし勘所もわかります。どういう風にもっていったらいいかがわかったんです。たまたま僕が根無し草みたいな感じだったので。偶然、ですかね(笑)。

モノ作りは「ステップ」、社内リソースを活かすためにも「外部の説得力」を活用

——魔改造機を作るのは0から1にすることです。それに対し、これからRICOH Rがやろうとしていることは、1を10にすることです。この作業はなかなかに大変なものです。

 生方:そうですね。モノ作りはステップ論でもあるので、手続きも必要になります。その辺はKickStarter的なものでは作れない部分がありますので、企業がいままで積み上げてきた仕組みやプロセスを踏襲しています。

 1を10にという部分は、魔改造機を実戦投入した結果、やっていることに対する「仮説の確からしさ」に対する裏付けが実体験をともなっている、ということで、社内的にも「やっていいんじゃないか」という判断が出たのではないか、と思います。

 こういうお堅い会社であっても、実際に我々がアイドルのライブを撮影した録画を見せると、ニヤッとしてもらえますからね。「いいね」って。そういう時は、社内で作ったいかにも研究的な映像を見るよりも、生のアイドルが動いているものを見てもらうと。

——すなわち、実際にプロが撮影した力のあるものを見せると全然説得力が違う、と。

 生方:その時に「一消費者」として喜んでもらえる、というか。「これはいいよ!」と言ってもらえるリアリティ。ですよね。ここちらの理論構築に対して「いいね」と言ってもらえるように整えてきた、ということです。

——そこがまさに「外の人と実践的に組む」ことの本質的な価値かもしれませんね。

 生方:未完成のものだけと世の中に出しちゃうと、事情の知らない人も見るわけですよ。でもそこで得られた知見があります。別にプロばかりが見るわけではなく、映像が汚いねとか言われることもあります。「アイドルのライブで○○ちゃんだけずっと見てた」とか。そういう反応を、社内評価として出し、世の中にも開いていく。そこが重要だと思います。

この記事は、2017年8月10日に「カデーニャ」で公開され、家電Watchへ移管されたものです。

西田宗千佳