カデーニャ

再現性を確立せよ - Moff流のIoTスタートアップ「モノづくり思考法」 【キーマンズインタビュー】

 ここ最近、盛り上がりを見せる日本のハードウェア・スタートアップ。もはや、「ものづくり」という言葉を目にしない日はないほどですが、すでにGoogle Glassが遠い過去に思えるほど、IoTは驚異的な進化を遂げています。数年経てばルールやトレンドが激変するIoTの世界で、消費者を魅了する製品で成長を続けるためには、何が求められるのでしょうか? そのヒントを求めて、スタートアップの先駆け、「Moff」のオフィスを訪ねました。

 2013年創業のMoffは、「明るく健康的な生活」の支援を目指すウェアラブルデバイス「Moff Band」を発表。子どもも大人も、一人でも大人数でも楽しめるウェアラブルなスマートおもちゃです。Kickstarterで目標額の4倍となる7万8000ドルの支援額を集めて脚光を浴び、日本のスタートアップでは前例の少ない成功を収めてきました。

 2017年には3億円の資金調達を実施するなど、創業からコンスタントに成長を続けるMoff。代表取締役の高萩 昭範(たかはぎ あきのり)さんは、京都大学法学部を卒業後、世界的なコンサルティング会社A. T. カーニーに就職。さらにメルセデス・ベンツのダイムラーに転職し、商品企画を担当した後にMoffを創業。スペック至上主義になりがちな「ものづくり」を、人や社会とのつながりから紐解くアプローチで実現させてきた起業家です(参照:Moffが総額3億円の資金調達を実施)。

 世界を席巻するIoT革命の真っただ中で、いかにして業界やユーザーと向き合い、スタートアップを成功に導くことができるのか? その思考法を聞いてみました。

 —— Moff創業を決めた一番のきっかけは何でしたか?

 高萩:もともと、知り合いと考えていたアイデアを、ハッカソンなどで楽しく進めていたんです。ですが、プロトタイプを作ってユーザーテストの反響を見た瞬間、「会社として取り組むべきだよね」と感じたのです。おおげさですが、「これは世界が変わるかもしれない」と思いましたね。

 —— ハードウェアのスタートアップに、以前から興味を持っていらっしゃったのですか?

 高萩:創業前は、自分が自動車メーカー出身でもあるので、ウェブサービスの開発に身を入れられなかったけれど、一方でゴリゴリのハードウェアの開発にも、あまり興味をそそられなかったんです。だから、その中間をやりたいと思っていて。ちょうどその頃、ハッカソンに参加したことが、Moff立ち上げの背景にあります。

 私にとっての「起業」のイメージは、「自分たちでプロダクトを作って世の中に出したい」という意識が強かったので、会社経営という面は、あまり考えていませんでした。

 —— 創業当時、日本ではまだIoTと呼ばれるプロダクトもなく、市場にもその考え方は浸透していませんでした。そんな中で、どのように成功へのシナリオを描かれたのですか?

 高萩:僕は、方法論が好きなんです。その理由は再現性です。例えば、一人の天才がパッと閃いて実現できるような世界は、そんなに好きじゃない。誰もが方法論に従って、コツコツと積み重ねていけば実現できる世界が、僕は好きなんですね。だから、どんな方法論ならプロダクトを立ち上げられて、製品として世に出せるかを考えたんです。2013年頃は、アメリカでハードウェア・スタートアップが次々と立ち上がっていた時期で、日本でも注目が集まり始めていた流れがあったので、彼らがどんな手法を使っていたかをかなり研究しました。シリコンバレーのツアーにも積極的に参加し、そこで得た情報も貴重でした。そういう意味では、立ち上げのプロセスは狙い通りだったと思います。

 —— Moff Bandは、当初は「IoT玩具」としてメディアやイベントで取り上げられたと記憶しています。しかし、Moffの目的は玩具市場やガジェット市場にあるのではなく、当初から「人の生活を支援するプロダクト」と、現代のIoTの潮流を先読みしていたように思いますがいかがですか?

 高萩:「人を元気に動かすプロダクト」というコンセプトは、立ち上げ前から変わっていません。今はウェブサービスやいろいろなアプリが増えており、もちろん、それらの利便性の恩恵は僕も受けていますが、人を活発にさせるというよりも、人の動きを止めてじっとさせることの方が多い印象があり、それだけでいいのかと疑問に感じていました。この世界は歴史も浅いし普遍性があるわけでもなく、大人はいいけれど、子供や高齢者はどうなんだろう。それが僕のものづくりの問題意識になっています。

 とても大きな話に飛躍しますが、「人間とテクノロジーの関係性を変えたい」という思いが根底にあるのです。例えば、ガジェットでもPCでもデスクの上に置けば、人間は作業のために、その前に座る必要がありますよね。「モノのスペックによって人間が固定されている」んです。そうではなく、「身に着けながら会話もできる」、Moffのような考え方があってもいいと思うんです。Moffを身につければ、コミュニケーションが変化し、健康増進につながるかもしれません。ハードウェアの観点から、「人間とテクノロジーの関係をより人間に近くしたい」という思いを常に持っています。

 —— プロダクトデザインの面でこだわった点はありますか?

 高萩:メルセデス・ベンツにいた時の経験が大きいですね。日本的なものづくりよりも、ドイツ的なものづくりに洗脳されているんじゃないかと思うほど、影響を受けています(笑)。

 彼らには基本として「哲学」「文化」「思想」の3つがありまして、製品を作る時、筐体単体を見るのではなく、全体の哲学とサービスを合わせて考えるんです。それらの思考は、スペックには全く反映されない時もあります。

 —— 車作りの手法がIoTに生かせるというデザイン思想は面白いですね。

 高萩:今でも忘れない体験があるんですが。ドイツ人との戦略会議の時、僕は他社の車とメルセデスベンツのスペック比較をやったことがあるんです。でも、結果があまりよくなくて。そして価格が高い。「これはどうなんだ」とドイツ人に僕が問うたら、凄い勢いで怒られまして(笑)。「モノづくりを何も分かっていない」と。例えば、「安全性」の話になった時、僕はエアバッグの数を数えちゃったんですが、「エアバッグの数だけを見ていても安全性は分からない」というのが彼らの考え方で、面白いなと思いました。「車の安全性の鍵は、ドライバーが危険をいかに早く感知できるかにある」と彼らは考えていて、、そのためにシャーシ設計から考え直すこともあるし、危険感知に至るドライバーのストーリーをいかに意識して設計できるかが重要だと教えられたことがあります。だから今でも、スペック的な議論は好きじゃないのです(笑)。

 単に車を作っているのではなく、「車のある世界を作る」ことがメルセデスベンツ流の考え方で、その中では、歩行者の動きも含めて車以外の要素も製品づくりにつながってくるんです。この考えは、自分でプロダクトを作る立場になって、いい影響を受けたな、と感じられます。

(左:Moff Band、右:プロトタイプ)

 —— Moff創業当時、どのようなところで一番苦労されましたか?

 高萩:Moffを作り始めた当初、日本のメーカーさんには全く取り合ってもらえませんでしたね。「これと、これが足りない」みたいに、スペックの問題ばかりを言われましたね。

 プロトタイプの製作が特に苦労しました。当時は、フリーで活躍しているハードウェアのプロダクトデザイナーがなかなかおらず、特に、電子製品に詳しくてウェアラブルを作った経験のある方は全く見つかりませんでした。筐体設計と意匠設計をミスれば、どんなによいプロダクトでも成功は難しいと考えていましたので、プロトタイプに落ち着くまでは苦労しました。大変なのですが、独自のハードウェアを持つ方が、お客さんに、Moffでしかできない体験を説明する時に説得力が出てきます。

 —— 逆に、ハードウェア・スタートアップをやっててよかったと思われた瞬間は、どんな時でしたか?

 高萩:試作品ができてきた時は、「おおー!」とみんなで盛り上がりましたね。ハードウェア・スタートアップの特権というか、喜びですよね。思っていたモノが形になって目の前に現れる体験というのは。製造やコスト面の苦労は山積みなのですけれどね。

 —— 開発は日本ですが、製造拠点は海外なのですか?

 高萩:今の製造拠点は、長野県のVAIOの工場です。僕らはコミュニケーションと立ち上げのコストをとても意識していまして、できる限り製造管理にかかるコミュニケーションの工程を減らし、そのかわりにアプリケーションやサービス開発にコストと時間を割いた方がよいと思いました。その意味では、日本のほうがいろいろな意味でコミュニケーションのコストを低く抑えられるメリットはありますね。

 —— 今、日本のスタートアップ界隈ではIoTやハードウェアが盛り上がっていますが、Moff創業の2013年頃の盛り上がりと比べて、何が一番変わったと思いますか?

 高萩:たぶん、2017年に僕らがKickstarterに出していたら、成功しなかったかもしれません。その理由は、ハードウェア・スタートアップやIoTスタートアップに求められるレベルが年々上がっているからです。例えば、医療用のハードウェアを作って欲しいとか、特定のニーズが高まっているのが一例です。

 2013年から15年頃までのハードウェア・スタートアップはガジェット系が多かったですが、2016年以降は「ハード・テック」なスタートアップが増えて、研究結果や実証実験が重視される流れが強くなってきた気がします。その関係で、大学発ベンチャーや元研究員の起業家が増えているように感じます。

 —— クラウドファンディングはスタートアップが使う資金調達の手法としてかなり浸透した印象があります。一方で、巨額の資金を集めたにも関わらず、支援した製品が届かないなど、トラブルも多発していますよね。実際にクラウドファンディングで成功するために、何が必要だと思いますか?

 高萩:製品が届かないというのは、プロジェクト主催者が踏むべき手順を間違えたから起きることですよね。量産設計の目処が立つ前から、Kickstarterでプロジェクトを進めてしまうとか。Indiegogoの「Hardware Handbook」に詳しく書いてありますから、その通りにやればいいかと(笑)。

 製品化を約束したのに、製造コストの範囲内で実装できない問題や、試作品では実現できたけど量産品になったら部品を変える必要があったり、さらに筐体の耐久性の問題など、製造工程でさまざまな問題が出るのは当たり前のことで、それを把握できないうちに、「試作品ができたから」とKickstarterに出してしまうと、量産という、実は予測不可能な領域に踏み込んだ約束をしてしまうことになります。おそらく、そこが問題の根底にあるのだと思います。いまのKickstarterはコンセプトムービーなどでいろいろと製品を過剰に見せることで期待を煽る一方で、ユーザーの目は肥えてきています。クラウドファンディングで成功するために大事なことは、ユーザーに対して正直であることだと僕は思います。

 —— 今後のMoffのモノづくりの方向性について教えてください。最近ですとヘルスケアや健康の領域に積極的ですよね?

 高萩:身体的または精神的にマイナスの状態にある人を、楽しく正常に戻す、またはマイナスの状態に入る前に楽しく戻してあげる。そういったところで役に立つプロダクトを作っていきたいと思います。介護や運動、健康予防といった分野に広がればと考えています。

 —— 最近高萩さんが気になったIoTは何ですか?

 高萩:「Amazon Echo」は素晴らしいなと思いました。アメリカ人の知人の家で触ったのですが、喋ると音楽や動画が流れたり、ニュースを読み上げてくれたり、そういうことが自然な形で実現しているんですよね。とても便利ですし、プロダクトとしていいなと。

 —— 皆さんにとって当たり前で、外部から見たら異質に見える、「スタートアップならではの行動」ってありますか?例えば、「自分たち、スタートアップだな!」って思う瞬間のような。

 高萩:商談でハードウェアの原価を計算している時ですかね(笑)。見積もりを出した時や新しいプロジェクトの会議をしている時、一斉に計算を始めるんですね。初期でいくら使って、いつまでに回収して、とか。そんな計算、ウェブサービスだったらやらなくてもよさそうじゃないですか(笑)。

この記事は、2017年7月25日に「カデーニャ」で公開され、家電Watchへ移管されたものです。

コウガミジェイ

デジタル音楽ジャーナリスト。音楽ビジネスメディア「All Digital Music」編集長。テクノロジー系メディアで編集者として活動。独立後は、「デジタル音楽テクノロジーとイノベーション」をテーマに、音楽、デジタル・エンターテイメントに関するサービスやテクノロジー、ビジネス、スタートアップに特化した執筆・講演活動などを行う。ジャーナリストとして「SENSORS」「WIRED」「オリコン」「Real Sound」などのメディアや経済誌で音楽ビジネスに関する寄稿やインタビューを手がける他、テレビ、ラジオへの出演、講演、企画に多数携わる。 Web:http://jaykogami.comTwitter:@jaykogami