ぷーこの家電日記

第487回

気分は一流シェフ。自作のお惣菜便で義母と交換日記

9月1日に我々夫婦は結婚10周年を迎えた。正直我ながらびっくりだ。「結婚は一生しないんでしょ」と人からは言われ(それも失礼な話だが)、私自身も多分結婚しないんだろうなぁと思っていた30代中盤。それがトントンと結婚することになり、人生とはわからないものだ。

ただ一人暮らしも15年を越え、独身生活に慣れきっていた最初は、夫とはいえ誰かと共同生活することに慣れずお互いに結構ストレスを抱えていた。なので数年前にコロナ禍でお互いにテレワークが始まり、24時間ずっと同じ空間で生活する体験も、「結婚したてだったら無理だった。今でよかったね!」とお互い笑いながら話していた(笑)。おかげさまであっという間に10年。次の10年もお互い元気に迎えられたら嬉しい。

あまり何も変わっていない気もするけれど、やっぱり10年は結構な年月で、私たちは中年の新人から中年のベテランになってしまった(笑)。もちろん加齢は私たち2人だけではなく、お互いの家族にも訪れる。この年になってくると周りでもちらほらと耳にするようになる「介護問題」。いつか来るよなとは思っていたけれど、それは突然やってくるしやってきた。

離れて暮らす義母に「おや?」という症状が出始めたのは1年くらい前だろうか。それからあれよあれよと症状が酷くなってしまった。認知症が発症したのだ。認知症で一番多いのはアルツハイマー型だけれど、義母はレビー小体型認知症(のちにアルツハイマー型認知症も併発している混合型認知症と知る)というもので、現実にはないものが見えてしまう幻視などの症状が現れ、人が変わったようになった。1人で生活するのが難しくなり、緊急措置として3カ月の入院治療をして、その間に要介護認定を受けたり、退院後にどうするかの検討をしたり、お金のことなど問題が山積だったようである。

「ようである」というのは、実子である夫兄妹が力を合わせながら全部対応していたからである。役所などは平日にしか行けないので、夫は地元の福岡へ頻繁に足を運び色々な手続きなどをこなしていた。私もできることをしたいと思ってはいたけれど、私に迷惑をかけたくないという夫の思いとか、むしろ説明したり連携したりする余裕もないとかで、私は完全に蚊帳の外状態。義母の状況とかも全く聞かされず、「家族とは」みたいな話でそこそこ揉めたりした時期もあった。とはいえ自分の事務手続きなどもままならない私なので、多分役に立てることはなかったかもしれない。でも「むしろラッキー。私には関係ない」とまで割り切れずに悩んだ。

その後、治療がかなり効いたようで、3カ月の入院治療の後に2カ月ほど経過観察を兼ねて施設で過ごし、家に戻って来れることになった。その間に少しアルツハイマーが進行したようだし不安なことは尽きないのだけれど、ヘルパーさんや友人の力を借りながらもう一度普通の生活に戻れたのは本当に凄いし嬉しいことである。

退院した日から1週間、夫は実家で仕事をしながら義母の生活の見守り。帰ってきてから「ご飯とかどうしてるの?」と聞くと、「お惣菜とか買ってたよ」「ご飯は普通に炊けるし、お味噌汁も作れてた」「でも買い物はヘルパーさんとの時間内に終わらせるのが難しい」などと教えてくれた。無理強いするつもりはなかったけれど、「週1くらいでお惣菜とか送ろうか?」と提案すると、珍しく「それは嬉しい!」と夫も乗ってきた。やっとで私なりにできる関わり方が見つかったのである。

自分では介護も介助もできない。頻繁に帰ってもあげられない。でも、中途半端でも自己満足でもいい、人に頼ってもいい、できるだけ沢山の人が少しずつでも関わっていくのが長期戦で消耗戦となる介護において必要だと思っている。それと、私は嫁として何かしなければという義務感はほぼなく、純粋に義母がかなり好きなのだ。おそらく夫が想像している以上にすごく好きなのだ。なので少しだけれど何かできることがあるのは私自身がとても嬉しい。

食べ物の好き嫌いもあまり把握できていないし、口に合うかも分からないので、最初は手探りでやっていくしかない。電子レンジ対応の使い捨て容器を探してまとめて買い、送るための段ボールも買った。購入する枚数を間違えて段ボールが100枚も届いてしまって家に山積みになっている(笑)。自分たちのご飯を少し多めに作って取り分けたり、時間があるときに別で作っては冷凍庫に入れておいたりして、週に一度発送する。「今日送ったから、ちゃんと受け取れるようにフォローしてね」などと、夫との連携もこのお惣菜を通して増えたしスムーズになった。

そして義母は、「凄いねぇ!」「どこかで習ったの?」「美味しい!」「友達にも自慢しちゃった」などと、私がくすぐったくなるくらいにもの凄く喜んで褒めてくれる。アルツハイマーの症状でもあるのだけれど、短期記憶が曖昧で同じ話を繰り返したりするので、とにかく何度も褒め続けてくれる。すごい料理人になったような気分だ。こういう根からの良い性格のおかげで、沢山の人が手を差し伸べてくれるんだろうし、助けたくなるんだろうなと、いつか来るであろう自分の老後も「かくありたい」という姿勢を夫婦で学ばせてもらっている。

買い物してても「これ好きだって言ってたな」というお菓子を買い、段ボールの隙間に入れたりして、ちょっとした交換日記のようで正直楽しい。いつまでどのくらいまでこの生活が続けられるか分からないけれど、とにかく少しでも長くこの生活が続けばいいと、心の底から願いつつ、今日もご飯を作っているのである。

徳王 美智子

1978年生まれ。アナログ過ぎる環境で育った幼少期の反動で、家電含めデジタル機器にロマンスと憧れを感じて止まないアラフォー世代。知見は無いが好きで仕方が無い。家電量販店はテーマパーク。ハードに携わる全ての方に尊敬を抱きつつ、本人はソフト寄りの業務をこなす日々。