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パナソニック、新コンセプトの「補聴器」が売れている理由

by 大河原 克行


需要はあるのに普及が広がらない理由


パナソニック「補聴器 ONWAモデルJJ」
 パナソニックが発売した補聴器「ONWA(おんわ)モデルJJ」が、予想上回る売れ行きを見せている。補聴器としては同社初となるテレビコマーシャルを見た読者も多いだろう。携帯音楽プレーヤーを想起させるような同製品は、補聴器市場としては若年層となる50~60代のユーザー層の掘り起こしに成功している。

 「すべては逆転の発想から始まった」とする同製品の取り組みと、発売から4カ月を経過した最新の動向を、パナソニック四国エレクトロニクス補聴器ストラテジックビジネスユニット事業企画グループ商品企画チーム・光野之雄氏に聞いた。

 補聴器の国内市場規模は、2007年度実績年間47万5千台。ほぼ横這いで推移している。

 これを1995年からの10年という長期的に視点で見れば、約20%の市場伸張がある。だが、この成長も手放しでは喜べない。というのも、補聴器の対象となる65歳以上の高齢者人口が約40%も増加しているからだ。

パナソニック四国エレクトロニクス補聴器ストラテジックビジネスユニット事業企画グループ商品企画チーム・光野之雄氏
 「補聴器の装着必要者は、約2,000万人に達する。しかし、普及率は24%と低く、潜在需要は1,500万人に及ぶと想定される」と、パナソニック四国エレクトロニクス補聴器ストラテジックビジネスユニット事業企画グループ商品企画チーム・光野之雄氏は語る。

 装着者が広がらない要因には、いくつかの要素がある。

 1つは、日本人特有のものといえるが、補聴器をすることに対する「はずかしさ」がある。

 「聞こえ」に不自由さを感じていても、補聴器をすることを避けるという人も少なくない。

 2つめには、聞こえの不自由さを理解していないという人がいるということだ。統計では、こうした人が約900万人もいるという。

 二度聞きが多くなったり、テレビのボリュームを依然より大きくして聞いたり、あるいは大声で話す、耳に手を当てて聞いたりする、といったことが日常的に起こっているにも関わらず、聞こえにくいということを自覚していないケースなのだ。

 「個人差はあるが、一般的に58歳以降になると、聞こえにくいという状況が起こりやすい。補聴器をしなくてはいけない状況にも関わらず、そのままにしておくと言葉を認識する力が低下し、あとから補聴器をつけても効果が得られないという場合もある」という。


“逆転の発想”で不満を解消

 一方で、補聴器を利用したことがあるユーザーからの不満もある。

 補聴器をつけても雑音が多くて聞き取りにくい、価格が高い、バッテリー持続時間に不満があるなどといったものだ。

聞こえにくさを解消するため「ONWAモデルJJ」では、両耳に設置する耳かけ型のイヤホンを採用した
 医療機器に分類される補聴器は、対面によるコンサルティング販売が中心だが、耳かけ型や耳あな型では、片耳ずつ販売されているケースが多く、片方で30万円以上というように高価であるために、イアホンを片耳にだけ装着するという利用が日本では多い。そのため、後方から車が来ているのにそれを認識できずに飛び出してしまったという事例なども報告されており、利用者の状況にあってない装着方法が、利用者の満足度を下げる要因にもなっている。

 こうした課題の解決を目指し、これまでの補聴器の考え方を根底から覆したのが、今回の「ONWAモデルJJ」ということになる。

 光野氏が「逆転の発想」というように、これまでの補聴器にはない取り組みが「ONWAモデルJJ」では行なわれている。

 1つは、ポケット型としたことだ。

 補聴器には、ポケット型、耳かけ型、耳あな型があり、小型化が進む耳かけ型、耳穴型が主流となっている。パナソニックも主力製品は、耳かけ型、耳穴型である。一方で、ポケット型は年々需要が減少し、市場構成比は1割にも満たない。

 それにも関わらず、パナソニックは、需要が縮小しているポケット型であえて、新製品を投入したのだ。

 だが、ポケット型にこだわるのには大きな意味があった。補聴器としては初めて液晶ディスプレイを採用。1.5インチの画面に音量、バッテリー残量、シーンモードなどを表示し、操作性を高めた。

店頭での接客体験もあるという光野氏。あえて、ONWA JJモデルの開発にもその時の経験が活きているという
 耳かけ型、耳穴型では「ピッ」という音の回数で判断するモデルが多いだけに、例えば、静かな部屋で使用するモードと、雑踏のなかでのモードを切り替える際にも、どっちのモードになっているのかを判断しにくい、という状況にあった。

 また、ポケット型としたことで、外部入力端子を設けられ、薄型テレビやDVDレコーダー、携帯音楽プレーヤーといったAV機器との接続が可能となり、より臨場感があるサウンドをHiFiオーディオ感覚で聴くといった楽しみ方ができる。

 さらに、一般的なポケット型補聴器では、マイク部が本体にあるために、衣服に擦れた音が雑音として入るが、ONWAモデルJJでは、イヤホン部にマイクを付属したために雑音も少なくて済む。

 「イヤホンにマイクを付けると、風切り音を拾いやすいこと、イヤホンとマイクが近いためハウリングが起こりやすいという課題もあるが、ノイズ抑制技術やハウリング抑制技術といった、AV機器メーカーとしてのノウハウを活用している」のが特徴だ。
本体は手のひらに乗るコンパクトなサイズ本体側面の外部入力端子。テレビやDVDなどの音を雑音なしでそのまま聴ける

補聴器で追求した「スタイルの良さ」


売り場用のPOPもこれまでの補聴器とはイメージが大きくかけ離れたものを採用した
 ONWAモデルJJでは、開発コンセプトとして、「聞こえの良さの追求」、「使いやすさの追求」、「スタイルの追求」の3点をあげている。

 聞こえの良さとしては、パナソニックが持つデジタル・オーディオ・テクノロジーを活用。携帯音楽プレーヤーと同様にイヤホンを両耳で聞くタイプとし、左右それぞれに「聞こえ」を自分で調整できるステレオ・チューニング方式を採用。音の臨場感、音の方向感を失わないようにした。

 「両耳で聞くことで、補聴器のボリュームを小さく設定することができる。そのため、長時間の使用でも疲労を軽減できる」という。

 欧米では、両耳で聞くことが定着しているが、日本では片耳で聞くというスタイルが中心となっており、それによって、方向感や距離感がわかりにくいといった課題を改善することもできる。

 ノイズを抑制するパナソニック独自のDSPを搭載するなど、デジタル技術を多用しているのもAV機器メーカーであるパナソニックならではの成果だ。

 そして、聞こえの良さを高めるために、周りの環境にあわせて適音を選択できるように、「スタンダード」、「パーティー」、「インドア」、「シアター」の4つのモードから選べる「シーンセレクト機能」を用意した。

 とくに、「シアター」では、9,600Hzという高い周波数帯にまで再生帯域を広げることで、テレビや音楽、映画などの臨場感あふれる高音質を再現した。

 「歳を重ねると、高い周波数帯の音から聞き取りにくくなる。補聴器を使っていなかった時に体験した高音質に、改めて触れることができた、という利用者からの声をいただき、開発陣がこの機能を搭載したことに自信を深めた」という。

 2つめの「使いやすさ」では、液晶ディスプレイを搭載したことで、格段に進歩した。

 利用者がわかりやすいように、グラフィカルな液晶表示を採用し、いま自らがどんな状況で利用しているのかを視認できるようにした。エルダー層でも使いやすい操作と表示を心がけている。

 さらに安定したイヤホンの装着感を実現するために、耳かけ式のマイク付イヤホンを用意。耳あなに密着し、どんな耳の大きさの人でも違和感なく装着できるようにした。
本体背面。電池ケースは細かい作業が苦手な人にも操作しやすいように、すぐに取り出せる大きめのものにした専用スタンドに置くだけで充電が可能な「スタンド充電方式」液晶画面の表示はグラフィカルにし、利用者がわかりやすいように心がけた

 使いやすさの観点では、バッテリーにも配慮。専用スタンドに置くだけで充電が可能な「スタンド充電方式」を採用。さらに、単四乾電池も使用できることから、外出中にバッテリーが切れた場合にも、コンビニなどで電池を購入して利用できるようにした。

 そして最大のポイントが、「スタイルの追求」である。

 アクセサリーのような光沢感のあるシェル形状のデザインを採用。水滴の表面張力のように膨らみを持たせながら、凸凹を少なくし、ふき取りやすい造形を実現した。

 これまでの補聴器のイメージを一新する、携帯音楽プレーヤーのようなデザインとしたことで、自分はまだ若いと思っているユーザーに対しても、補聴器のイメージを打ち破り、見られても恥ずかしくない、そして、人に見せたくなるようなデザインとした。

 「補聴器は、耳の油や汗がつきやすい。ふき取りやすいというのも補聴器のデザインには不可欠な要素」という点も考慮している。

 2009年1月7日の発売以来、3月末での販売実績は5,000台。当初計画の約1.2倍の売れ行きとなっている。

 「これまでの補聴器では、70歳代中盤から後半が購入の中心。だが、ONWAモデルJJでは、70歳前半が中心となっている。5歳ぐらい低年齢化している。アクティブシニアを呼ばれる層の購入が促進されている」という。

ONWAの2009年カタログでは外国人男性を起用。左側にあるのは2008年モデルのカタログ。表紙のイメージもガラリと変えた
 カタログも、ONWAモデルJJでは、外人の男性を起用し、携帯オーディオプレーヤーのカタログと見紛うようなものとした。

 「従来の補聴器のカタログでは、まず医療機器であるという前提から、聴力の変化や耳の構造、難聴の種類といった説明から入っていた。これも一新し、製品そのものをお洒落に見せることに力を注いだ。

 すべてにおいて、これまでの補聴器の考え方を一新して開発したのが、今回のONWAモデルJJということになる。

 逆転の発想でスタートしたONWAモデルJJは、補聴器利用層の低年齢化とともに、ポケット型としては、異例の人気を博している。停滞感がもあった補聴器市場に、新たな需要層創出という、大きな風穴をあけることになるかもしれない。



2009年7月1日 00:00