暮らし

[聴こうクラシック26]海の日に聴きたい、ドビュッシーの交響詩「海」

梅雨が明けて夏本番、海に山にと行楽シーズンが始まりますね。今回は、7月の第3月曜日の祝日「海の日」にちなんで、ドビュッシーの交響詩「海」をご紹介します。日本独自の祝日である「海の日」には、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」という趣旨があるそう。この夏、海に行かれる方も、忙しくて行かれない方も、刻々と表情を変える「海」を音楽で感じてみませんか。

 

2つ目の転機に生まれた、ドビュッシー最高傑作の1つ「海」

クロード・アシル・ドビュッシーは1862年フランスに生まれ、55歳のとき同国で亡くなりました。陶芸店の長男で、8歳のときに初めてピアノを習い、10歳でパリ音楽院に入学し、ピアニストを目指します。彼の人生には、大きな2つの転機が訪れます。1度目は、彼が27歳のときパリ万国博覧会でのこと。ドビュッシーは、東洋芸術の美しさに感銘を受け、西洋音楽の伝統にとらわれない、独自の美学に基づいて作曲することを決意します。そして着実にキャリアを築いてきた41歳のとき、「海」の制作に取り掛かりますが、作業は難航します。実はこの時期、私生活は大きな転機を迎えていたのです。最初の妻と別れ、当時人妻だった恋人エンマ・バルダックと駆け落ちをし、世間の批判を浴びるのです。そんななか生涯の伴侶となるエンマ・バルダックと、イギリスの旅に出て、イーストボーンの海辺のホテルに滞在し、「海」に最後の手を加えました。そして1905年10月に初演、月末に長女が誕生します。ドビュッシー43歳のときのことでした。

 

交響詩というジャンル、「海」をイメージする標題音楽

交響詩とは、標題のある管弦楽のための楽曲で、その形式は決められておらず自由です。標題は、作曲者自身がその楽曲の心象風景や印象などを聞き手に想像させるために設定するイメージで、多くの場合、文学的、絵画的な内容を表現します。今回ご紹介する交響詩「海」は全曲25分ほどの曲で、3部に分かれており、それぞれに「海の夜明けから真昼まで」「波の戯れ」「風と海との対話」という副題が付けられています。ドビュッシーが幼いころ、カンヌの伯母の家に滞在中に、浜辺にたたずみ、海をじっと眺めていた記憶があり、その思い出をもとに、この曲を作曲したと言われています。

 

西洋文化に身を置きながら、浮世絵で感じた東洋文化

現在保存されているドビュッシーの書斎を写した写真には、葛飾北斎の富獄三十六景「神奈川沖浪裏」が飾られています。この浮世絵は「海」の楽譜の表紙にもなっていて、彼がたいそう気に入っていた絵として知られています。彼は、西洋絵画にない浮世絵の遠近法や写実性、立体感に大いに刺激を受け、必ずしも西洋の伝統に従わなくても、芸術は十分に成り立つと確信をもっていました。「海」のなかでも、中国を起源とする打楽器「銅鑼」を用いて、東洋的な響きを効果的に表現しています。

 

さまざまな楽器が奏でる、海の表情

交響詩「海」では、各楽器が海の表情を豊かに表現しています。夜明けに暗く波打つ海をチェロが低い音で表し、地平線が日の出できらきらと輝く様子を、ヴァイオリンが弓で高音を細かく刻むトレモロという奏法で表現しています。弱音器をつけたトランペットとコーラングレというオーボエに似た楽器が登場し、地平線から太陽が顔を出す場面を思い起こされます。そして、水しぶきをあげる波をハープが短く奏で、その後ヴァイオリンが引き継ぎます。これはほんの一例で、聴く人によって楽器の音色からくる海の表情、捉え方が異なってくるでしょう。ドビュッシーはこう語っています。「海鳴りの音、曲線を描く水平線、木の葉を揺らす風、さまざまな印象をもたらす。そして、自分の意思とはかかわりなく、あふれだし、音楽となって表現される。(「ドビュッシー」ロデリック・ダネット著より)」

 

おすすめの演奏

 

 

それではこの作品に耳を傾け、海を感じてみましょう。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の演奏です。9分13秒あたりで銅鑼が鳴り響き、東洋的な響きが効果的に取り入れられていることが分かります。

 

参考文献

「クラシックの名曲解剖」野本由紀夫編著 ナツメ社
「ドビュッシー」ロデリック・ダネット著 偕成社
「吉松隆の調性で読み解くクラシック」吉松隆著 ヤマハミュージックメディア

 

 

あやふくろう(ヴァイオリン奏者)

ヴァイオリン奏者・インストラクター。音大卒業後、グルメのため、音楽のため、世界遺産の秘境まで行脚。現在、自然とワイナリーに囲まれた山梨で主婦業を満喫中。富士山を愛でながら、ヨガすることがマイブーム。