老師オグチの家電カンフー

コロナ禍に妄想していた「せんべいメーカー」が製品化される

カンフーには広く「訓練を積み重ねる」といった意味があります。「老師オグチの家電カンフー」は、ライターの小口覺が家電をネタに、角度を変えてさらに突き詰めて考えてみるコーナーです
サイズは折り紙2枚分ほど。かじると軽く割れ、プレスされたタコはソフトで香ばしい

人間が想像した物はたいてい現実になるという話です。コロナ真っ盛りの2021年春、架空の家電メーカーの社員を主人公にしたストーリーを書いていました。

以下、妄想していた架空のストーリー

「これなんか、相当に画期的ですよ」

新製品の企画会議の席、開発の本山さんが試作した機械をテーブルの上に置いて言った。「せんべいメーカーです」

小型のホットプレートのような物体だ。本山さんは、大阪の家電メーカーから転職してきた40代後半のミドルで、我が社のヒットメーカーだ。

関西人らしくウケ狙いのアイデアが多いが、基本は他社で出した製品で流行りつつあるものを後追いで出すスタイルだ。タピオカが流行れば「タピオカメーカー」、から揚げが流行れば「から揚げ自動調理器」というように、企画会議では流行りに乗っかったアイデアを次々に出してくる。

まさにあやかり商法、良く言えばトレンド戦略なのかもしれない。ちなみに、我が社の最大のヒット商品である、お弁当箱サイズの小型炊飯器「ぼっちジャー」も彼のアイデアによるものだ。

「江ノ島名物のたこせんべいって知ってます?」

本山さんが続ける。

「大阪でたこせん言うたら、えびせんでたこ焼きを挟んだ食いもんですが、それとは違います。江ノ島のたこせんべいは、小さいタコを鉄板でプレスして作るんですわ」

言われてみれば、テレビ番組で見た記憶がある。

江ノ島名物、あさひ本店の「たこせんべい」。イイダコが姿のままプレスされている

「こないだ江ノ島に行った時に店の前を通りまして、行列ができてたんで覗いてみたんです。その瞬間、これや! って閃いたんですわ。というんも、以前からホットサンドメーカーの構造を応用して何かに使えないか考えてて、かける圧を強くすれば、このたこせんべいが作れるじゃないかと」

そして、本山さんは、実際にたこせんべいを作り始めた。

「これは醤油で味付けしたイイダコです」

ボウルには、体長10cmほどの小さなタコが入っている。

「これに、でんぷんの粉をまぶします。温度は185℃に設定してます」

試作機のランプが赤色から緑色に変わった。予熱完了。本山さんが、鉄板に白い粉をまぶしたタコを置く。そして、体重をかけるようにしてプレートを閉じる。蒸気が外に逃げようとするせいなのか、“キューーッ”という音がした。まるで、タコの断末魔の声のようだ。

しばらくすると、えびせんのような香りがしてきた。プレートを開くと、そこには、3Dから2Dになったタコの姿が。

一般的なえびせんよりも薄くパリパリで、口に入れると溶けるようになくなった。

「これ、もちろんタコ以外でもOKで、エビだろうがイカだろうが、小魚なんかもせんべいになるんですわ」

これを書いた2年半後、サンコーから「プレスでパリパリなんでもせんべいメーカー」が発売されました。私のアイデアをパクったわけでも、参考にしたわけでもありません。私の想像力が平凡だったんでしょう。なんだか負けた感があって心もペチャンコです。

サンコー「プレスでパリパリなんでもせんべいメーカー」4,480円
小口 覺

ライター・コラムニスト。SNSなどで自慢される家電製品を「ドヤ家電」と命名し、日経MJ発表の「2016年上期ヒット商品番付」前頭に選定された。現在は「意識低い系マーケティング」を提唱。新著「ちょいバカ戦略 −意識低い系マーケティングのすすめ−」(新潮新書)<Amazon.co.jp>