そこが知りたい家電の新技術
20年後のロボット掃除機はどう進化していくのか? ロボットのプロに聞いた!
by 河上 拓(2015/6/9 07:00)
自動で部屋を掃除してくれるロボット掃除機。その仕組みや性能差はわかりにくい。そこで、家電 Watchでは“ロボットのプロ”古田貴之氏に話を聞いた。1回目は、ロボット掃除機の仕組みについて、2回目はロボット掃除機の性能差について伺った。そして最終回となる今回は、ロボット掃除機の未来を予想してもらった。
古田貴之
ふるた たかゆき 1968年生まれ
千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター「fuRo」所長。「ロボットにはもっと多様な可能性がある・不自由なものを不自由でなくする」を持論に8本足の電気自動車プロトタイプモデル「ハルキゲニア01」や、福島第一原発原子炉建屋内の調査用ロボット、未来の乗り物「ILY-A」など、奇想天外で画期的なロボットを開発。また、ドラマ「安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~」や映画「キカイダー REBOOT」など多くのSF作品において、ロボット出演シーンの監修/ロボット技術設定等も手がける。 www.furo.org
・古田さんが開発したロボット「Quince3」
福島第一原発原子炉建屋内の調査用ロボット・Quinceに3次元スキャナーを搭載した3号機。急勾配の階段も上がりリアルタイムで広範囲の環境情報を集めることが可能。建屋内の詳細な写真や線量マップ、空気中に浮遊している放射性物質のサンプリングを行ない、現地作業員の被曝量軽減や作業工期短縮に貢献している。
ダイソン360Eyeは暗い部屋では使えない!?
――これから発売されるロボット掃除機といえば、なんといってもダイソン初のロボット掃除機・ダイソン360Eyeです。残念ながら今年春の発売予定が、発売日未定となってしまいましたけど。
古田 ダイソン360EyeはカメラSLAM(Simultaneous Localization and Mapping:同時に位置確認と地図化)という技術を使っている、レーザーSLAMのカメラ版ですね。魚眼レンズがついていて、それでまわりを、ぐるっと360度見渡して、おおまかな地図を作りながら動くんです。
――カメラだとレーザーよりも物体を認識しやすいんですか?
古田 カメラSLAMで動くロボット掃除機は初めてなので、どう動くかは未知数だし、これは動かしてみないとなんとも言えないですね。ただカメラを使うロボット屋の共通の悩みなんですが、どうしてもカメラセンサーには弱点がある。カメラだから光が必要なんですね。暗いと見えないし、部屋が真っ暗だとだと使えないんです。要は状況によって、センサーがまったく機能しないってことがありえるんですよ。
――でも現在、発表されてる形だと、ダイソン360Eyeはカメラがメインのセンサーになってますよね。
古田 そうですね。たとえばホームベースに戻るのも赤外線センサーは使わずに、カメラで見てるんです。だからホームベース(充電ドック)に大きなQRコードのような格子状の模様が入ってる。このカメラを使ってホームベースに戻る技術ってソニーが過去に販売していたペットロボットのAiboと同じなんですね。光に左右されるから、なかなか実用されてこなかったんです。ペット型ロボットなら、ときには主人のこと認識しなくても「今日は機嫌悪いのね」って思えるし、ホームベースに戻れなくて迷子になってもかわいいなあで済ませられるんですけど、ロボット掃除機だと頻繁なミスは許されないからね。
――では、カメラセンサーの利点ってなんなんですか?
古田 ひとつは価格がレーザーセンサーに比べて安いこと。ひとの顔、表情の認識をするには、現在、カメラ以外のすべがほとんどない状態なんです。レーザーセンサーなんか使うと危なっかしいしね。
――でも表情認識はロボット掃除機には必要ないですよね。
古田 だからダイソンのカメラSLAMがいかほどのものかすごく興味がある。これまでの常識で考えると、あまり向いてないセンサーなんです。部屋が真っ暗な場合や、強い西日で部屋の床がテカってたときの白トビをどう対処するのか。そこをどうして補ってくるのかってところに注目ですね。でも普通に考えるとカメラに頼るのは難しいんじゃないかな。
ダイソンのお手並み拝見
――つまり他のセンサーをもっとつけるべきってことですか?
古田 その通り。そこは技術者としては本当に見ものです。ダイソンの吸引力とサイクロン掃除機の性能はもう誰もが知っていますよね。でもロボット掃除機たるもの、それだけではただの筋肉馬鹿です。ロボット掃除機で重要なのは知能。知覚する部分と、脳みその部分です。ロボット掃除機のロボットたるところをどこまで上げることができるのか、お手並み拝見ですね。
ちなみにカメラSLAMっていうのは非常に難しい技術なんです。カメラの情報をリアルタイムで処理するのは難しいし、永遠のテーマなんだけど、じつはそれを克服したチームがある。千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター、つまり僕のところのSLAMのチームです。カメラとレーザーを使った自動操縦。「3次元画像SLAM」という8年前の技術なんだけどリアルタイムでできる団体は世界でもほぼいない。
――カメラとレーザーを使った自動操縦を成功させた研究所の所長である古田さんから見てもカメラSLAMには死角があるってことですか?
古田 そうですね。だから僕らはレーザーと併用してるんですけどね。
――では自動操縦の分野で、ロボット工学で主流なのはどういったセンサーなんですか?
古田 本当に理想的なのはレーザーセンサーですね。先ほども話したようにボットバックとコーボルトのレーザーセンサーは一点でしたけど、これが水平方向に全部操作できるようになる。あるいは最近だと、ボクらロボット屋のあいだでは、3Dのスキャナーが流行ってます。三次元になると空間の認識能力が向上する。まあロボット掃除機の場合は、掃除するだけだから、高い方向まで分からなくていいけどね。将来を考えると、3Dのレーザースキャナーっていうのは、2Dもそうだけど、どんどん安くなる方向です。
――それはなぜですか?
古田 これから車の自動操縦、半自動操縦のメインのセンサーになってくるからね。間違いなく安くなる。
――では高性能のレーザーSLAMを搭載したモデルが主流になりそうですか?
古田 それはどうでしょう。主流になるかはわからない。でも5年以内にもっと高性能のレーザースキャナを積んだ機種が発売されるんじゃないかな。
――さらにSLAMの技術が進化するとどういったことができるんですか?
古田 たとえば部屋の状態が蓄積されて、昨日と今日で部屋の何が変わったかをちゃんとチェックして、戦略的に動きつつ、ちゃんと臨機応変に対応できる。じゅうたんの段差や材質まである程度わかるようになる。
ロボット掃除機を使う前の準備が自動化
――部屋の状態の認識機能があがるんですね。ではもう少し先、20年後の未来、ロボット掃除機ってどうなっていますか?
古田 ロボット掃除機を動かすために最初になにをするか。これはロボット掃除機を使ってるすべての人に言えるだろうけど、床のある程度大きいものを自分でどけます。僕も家でルンバを使ってるんだけど、まず衣類とかタオルとか子どものちっちゃいおもちゃとか吸われたくないような物を机の上に避難させるんです。
――ロボット掃除機は、モップがけや、クイックルワイパーをするイメージに近いですよね。下ごしらえにまず自分で床を片付ける。
古田 そこが自動化していくんでしょうね。まずはレーザーセンサーを使った対極的な知能をつくる。そうすると衣類やなんかをちゃんとよけながら掃除ができるようになる。すごく散らかっている部屋も任せることができるんですね。さらに先には今度は能動的にゴミ以外のものをかき集めて、よけて、吸わないように動く。もしくはいったん吸い込んでから認識して「大事なものポケット」に入れるとかね。
――そうするとロボット掃除機の使い方自体が変わってきますよね。本格的な掃除をまかせられる。
古田 近傍センサーと言われる距離センサー、レーザーセンサー、超音波センサー使って、さらに動物体の認識機能が入り、もしかしたらなにか転がってきたものをよけたりペットにぶつからないように動いたりもできるかもしれない。形が変わって、もしかしたらおっこちたものをある程度は認識して拾うというような機能があるかもしれない。あるいは何かあったらほんのちょっとつまんでどっかに運ぶなんてこともやってくれるかもしれない。技術的にはできるし出てくる可能性もある。
――そうなると、近い将来、デパートやコンビニなんかの掃除もロボットに任せる時代が来るかもしれないですね。古田さんの「fuRo」が開発した福島原発で作業をするロボットの機能が生かされることはないですかね。たとえば階段が上れるようになったりはしませんか?
古田 それも技術的にはできますね。階段を上り下りして、2階も任せろ! ってね。ただそれが実用化されて家庭で必要とされるかはちょっとわからない。そういった機能をつけると価格も高くなるだろうし。
――家庭で使うものだからある程度、低価格にならなければ普及するのは難しいですしね。
古田 あとユーザーがどこまで求めるかにもよるよね。今のルンバの機能をみていると、高機能のレーザーセンサーさえもいらないんじゃないかなという考えも、なきにしもあらずだしね。掃除というミッションであれば、もしかしたら今後もルンバのようなどら焼き型の昆虫ロボットがそのままハイブリッドになったものが正解という見方もできる。まあ、みんながロボット掃除機にどこまで望むかですよ。費用対効果ですね。
――今後のロボット掃除機がどう進化していくのか、楽しみですね。